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お昼休みは罠の味

 


 朝、早寝しすぎたせいで早朝に起きた椿。


 制服に着替えて、つい早く出てしまう。

 先に出るので朝食は食べましたと、手紙を郵便受けに入れて出てきた。


 椿の行動は制限されていたが、登下校のコースを歩くのは特に問題はない。



 その分眠れぬ夜を過ごした麗音愛は、いつもより遅く起きてしまう。

 剣一がリビングでコーヒーを啜りながら、手紙をヒラヒラ揺らした。


「椿ちゃん先行くって手紙入ってたぞ」


「え!?」


「お前、謝らなかったの?」


「メールしたけど、既読つかなくて…」


「まぁ、そんな時だってあるだろ?」


「え」


「えって……

 椿ちゃんだって十分強いし、1人で好きに行動したい時だってあるだろ」


「そんな、俺は別に」


「いい機会なんじゃないかぁ?

 玲央だって、椿ちゃんだってお互い人生楽しむ権利だってあるだろって意味。

 あの子にもお前以外のコミュニティ作ってやんなきゃさ~

 じゃ俺行くわー」


「いってらっしゃい……」


 インスタントコーヒーからあがる湯気を前に、考えこんでしまった麗音愛は

 時計を見て慌てて支度を始めた。





 早く着いた椿は、ジャージでグラウンドを走っていた。

 モヤモヤした時は運動が一番。


 朝練のサッカー部員が走る椿に声をかけるが

 軽く会釈してそのまま無視して走り続けた。


 外の洗い場で頭だけ水をかぶり、吹き出た汗を流す。

 男子のような豪快さだがゴシゴシとタオルで髪を拭く姿に見惚れるサッカー部員達。


 1人が椿に声をかけると、あっという間に取り囲まれてしまった。


「あの、ごめんなさい……私ただ走りに来ただけで」


「おい! やめろ! 戻れ!」


 その怒声に部員は散り散りになってグラウンドに戻っていった。


「麗音愛……じゃない……」


 よく似た声に一瞬、麗音愛かと思ったが立っていたのは麗音愛ではない。


「部員が怖い思いさせて、ごめんね

 俺はサッカー部の部長。3年の川見」


「……グラウンド使って、すみませんでした」


「全然いいんだよ、すごい走れるんだね」


 長身の川見は笑うと、少し麗音愛に似ていた。




 制服に着替えた椿が教室に入ると

 わっと椿フレンズが群がってきた。


「椿――!!

 川見先輩と話してなかった!?」


「え? う、うん」


 どこで見られていたのか、とギョッとしながら自分の席に着いて

 授業の準備を始めるが皆も椿の周りに座る。


「今日の放課後、サッカー部に見学行くんでしょ!?」


「え、約束はしていないけど……」


「お願い椿! 私も一緒に行っていい? 川見先輩めっちゃイケメンじゃん~」


「すっごい人気なんだよ! 超絶イケメンだよ!」


 そうなんだ……と椿は思う。

 麗音愛の方がもっともっとカッコいいのに、と考えて

 でも麗音愛を頭から追い出す。

 考えたら胸が苦しくなる。


「私も!! 絶対行きたい!! サッカー部の人と仲良くなりたい!」


「え、でも私は…」


「その後に絶対何かあるじゃん! 夕飯絶対一緒に食べるよ!!」


「それはわかんないよ」


「お願い椿!!」


「行こう行こう!」


 キャーキャーと加熱する椿フレンズ。


「椿!」


「れ、麗音愛……」


 遅刻ギリギリなのに、まず椿のいる教室に現れた麗音愛。


「椿、今日は帰り一緒に……」


「あ、ごめんね玲央君~つばちんは今日サッカー部行くことになってて」


「え?」


「ごめんね! 玲央君! 椿、お借りしまーす

 サッカー部のイケメンと遊べるチャンスなんだ☆」


「別に、麗音愛に、そんな事言わなくてもいいよ!」


「え」


 チャイムが鳴る。


「麗音愛チャイム鳴ったよ」


「あ、あぁ」


 そのまま麗音愛は結局、自分のクラスに戻り

 お昼休みまで椿と会える機会はなかった。


 昼休みに話をしに行く!と決めていたのに

 そこに加正寺琴音が現れる。


「玲央先輩……」


「あ……」


 今までの雰囲気と違い、悲しげな表情。

 そうだった手紙の返事をメールでする事をすっかり忘れてしまっていた。


「お手紙……椿さん渡してくれませんでした?」


「いや、もらったよ」


「そうなんですか……」


 憂いに満ちた顔。

 美子を見ていたからわかる、恋する少女の切なげな顔。


 麗音愛の心までつられて痛んだ。


「あ……ごめんね。返事できなくて」


「じゃあ、お昼を一緒に食べませんか?」


 心は痛むが

 椿のところに行かなければ……。


「あの、私お話が……」


 ここで相手をしていたら、長くなりそうだ。


「わかった! 学食で待っててくれるかな?」


「はい!!」


 一気に明るくなる琴音。

 すぐに麗音愛は椿の教室へ向かうが姿はない――。


 そうだ、何を考えてる。

 椿も今日は弁当がないのだから……。


「玲央先輩ーーー!!こっちでーす!」


 時既に遅し、琴音の後ろの方に椿が友達と食べ始めている。

 自分が本当にバカに思える。



「何あれ、付き合ってんの? 玲央君とあの子」


「知らない」


「え、大丈夫? 喧嘩?」


「別に私は麗音愛とは別に……喧嘩なんてしてない」


 そう喧嘩なんてしていない……。

 それにお昼を別々に過ごすのはいつものことだ。


 琴音が、きゃっきゃと麗音愛の前で楽しそうに話をしている。

 麗音愛も笑顔……に見える。

 朝のランニングでお腹はペコペコだったのに

 また、ラーメンの味がわからなくなる。

 まだ豚丼大盛りもあるのに。


「椿さん、今朝はどうも」


「きゃー川見先輩!! あ!武田先輩も! 今日見学行かせてもらいますーーー!!」


「え、勝手に……」


「良かった! 嬉しいよ、来てくれて」


 サッカー部のイケメンが集まって黄色い声があがり

 学食中の視線が集まる。


「椿先輩すごいですね~」


「あぁ……そうだね」


 琴音に注目している周りの視線を感じながら

 麗音愛は和食A定食の味噌汁を啜る。


「それで、デートは土曜日でいいですか!?」


「!?」


 吹きそうになるのをなんとか堪えた。


「ふぇえ!? 玲央!! お、お前!!

 琴音ちゃんとデェエエエエ!? デェエエエエ!?」


「おい、カッツー邪魔すんなって……」


 ちゃっかり隣のテーブルに座っているカッツーが首を突っ込むのを西野が止めた。

 カッツーの奇声にまた注目が集まってしまう。


「いや、俺は」


「御礼がしたいんです!!

 それだけですよ!!」


 琴音ちゃんがデート誘ってるぞ

 と聞こえる。

 いや、反感なんて気にしないで断らなければ――。


「ん~~、ここの学食って

 あんまりいい物使ってないですね……これあんまり美味しくない

 デートの時は

 すっごーーく美味しいお店に行きましょうね!

 絶対気に入りますよー!

 SNSで今話題です!」


「いや、俺は……」


「今予約しました!」


「え!」


「玲央が断るなら俺が行く!!」


「玲央先輩は来てくれますよ!!

 一度だけでいいんです!! お店も予約しちゃったし」


 琴音が手を合わせて、麗音愛に必死でお願いする。


「玲央先輩お願いします!!」


「……わかったよ」


 きゃーっと喜ぶ琴音。


 一度だけでいいのなら、もう行って

 さっさと帰ってくればいいのだ、と麗音愛は決めた。


 デートなんて思うからいけない。

 ただの野外学習だと思えばいい!!


 野外学習だ、これは。


「これは野外学習だから」


「えぇ? デートですよ」


「デートだろ」


「デートだろう玲央ぉおおおおお」


「デートだな」


「お前らうるせーって!」


「玲央先輩面白ーい」


 クスクスと琴音は笑っている。

 みんなも笑って

 仕方なく麗音愛も笑った。


 結局デートなのか野外学習なのか。

 いや、野外学習だ。


 つい、遠目で見てしまう、サッカー部のイケメン集団

 麗音愛には縁のない華やかな人達。

 それが椿の周りを囲んでいる。


 いつもは男子生徒とはあまり話をしない椿が

 今日は話が弾んでいるように見えた。


 遠くに感じるなんて、初めての感覚だった。








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[一言] …………………琴音嫌い。
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