琴音転入! コロッケはすごく美味しいのに
いよいよ加正寺琴音の転入当日。
学年に令嬢が転入してくると噂が立ち皆が注目するなか、
一台の高級車が学園の前に停まるのが麗音愛に見えた。
「椿、今日は裏門から玄関へ回ろうか」
「え? でも裏門からは入るの禁止だし、職員室の窓の前通らないといけないよ」
「それをどうするかって話」
わざといたずらっぽく笑うと、椿の目も輝く。
「楽しそう!」
「よし! じゃあ椿の教室に早く着いた方が勝ちだね」
「うん!」
急いで麗音愛は裏門へ回る。
自意識過剰は承知の上。
それでもリスクは回避したい。
ワイワイと生徒が群がる校門前。
その騒ぎに教師たちも集まり、麗音愛と椿は楽勝で教室に着いた。
「じゃあ、また放課後に」
「うん!」
また数名の椿ファンに睨まれる。
これ以上の こんな注目はもう御免だ、そう思って教室へ歩いていたその時、
麗音愛の携帯電話が鳴る。
母の直美だ。
「はい」
『あ、玲央君?
ごめんね、お話する時間がなくて』
「ううん、どうしたの? 緊急?」
『いいえ、今日、加正寺さんのお嬢さんが転入だから』
「あぁ、うん」
『きちんと面倒見てあげるのよ、言ってあるから』
「え!?」
麗音愛の声に数名が振り返り、すぐ興味がないように散っていく。
『あなたの方が上級生なんだから』
「そんなの、関係ない……」
『椿ちゃんにしてあげていることをすればいいだけよ』
「いや、それは」
『お友達なんだから、同じでしょう
失礼のないようにね。
今日母さん夕飯作るから、塾は休んで? お買い物お願いね
メールするから、じゃあね玲央君、頼むわよ』
反論もできぬままに電話が切れてしまった。
「友達じゃなくて……椿は親友だ」
通話が切れた音に、ただ麗音愛は一言呟く。
ワイワイと2年生の廊下も琴音の噂話が飛び交うのが聞こえた。
◇◇◇
「玲央先輩~!」
「はい、こんにちは」
昼休みに教室に現れた琴音に、驚きは出さず笑顔で対応する麗音愛。
カッツー達友人は驚きで声も出ない。
「えぇ~驚かないんですか? でも嬉しいです!
どうですか? ここの制服、似合っていますかー?」
スカートをお姫様のように持ち上げにっこり微笑む琴音。
「う……うん」
あしらうには、どの答えが正解かわからず
もう、無機質な微笑みが崩れそうになるのを必死に耐える。
「きゃあやったー!
玲央先輩~学校内を案内してもらえませんか?」
「クラス委員長に頼むといいよ
俺は図書室に行く用事があるので失礼するね」
「え~じゃあ私も行きます~!」
「会議は関係者以外立ち入り禁止だよ」
「え~……」
じゃ! と麗音愛は教室を出て行きかけた時
「じゃあ、椿先輩のとこ遊びに行こう~っと」
と琴音の声がしたので足を止めた。
「えー椿ちゃんとも知り合いなの?!」
カッツーが此処ぞとばかり話しかける。
「はい、そうですね~今から会いに行きます~」
「つ、椿のとこに何をしに行くの?」
「だって玲央先輩は忙しそうだし、遊びに行くだけですよ
行かないんですか?図書室」
言ってしまった手前、麗音愛はそのまま教室を出て
琴音が椿の教室へ向かうのを横目で見たが
その視線を知っているかのように振り返って手を振られたので慌てて図書室へ向かった。
付け焼き刃の女子撃退法なんて、すぐに折れてしまいそうだ。
「椿先輩」
「えっ……あ、えーっと」
教室でサイダーを飲んでいた椿の元に当たり前のように訪れる琴音。
「琴音です」
「琴音さん、こ、こんにちは」
名前は覚えている。ただ出現に驚いた。
「おい、椿に何か用か?」
佐伯ヶ原が、画集を見る手を止めて椿の元へ来る。
椿フレンズも今注目の琴音を見て驚いていた。
ざわざわざわめく教室。
「えー遊びに来ただけです~
玲央先輩は図書室に用事があるって……
あの藤堂さんと玲央先輩はお付き合いしていないんですよね?」
「え……そうは聞いているけど……」
「サラの個人情報を聞きまくって、なにやってんだ」
「個人情報って、佐伯ヶ原先輩
大げさですよ~!
好きな人の情報収集なんて佐伯ヶ原先輩もするでしょ?
玲央先輩って身長何センチかわかります?」
「なっ……」
珍しく佐伯ヶ原が頬を赤らめ慌てる。
「先輩は画家だって聞いて
そういうのわかるかな?って思っただけなんですけど……」
「わ、わかっても教えるか!」
「好きな人……」
その言葉で椿は固まってしまっている。
「椿先輩! 応援してくださいね~」
「お、応援?」
戸惑う椿の前に、詩織が口を挟んだ。
「つばちん、この子
ほんとに友達なの?」
「そうよ、急に来て
ベラベラ椿に話しかけて、椿固まってんじゃん
んで玲央君好き? 応援とか? 失礼じゃない?」
周りの椿フレンズも、馴れ馴れしい下級生を睨みつける。
女子の眼光鋭い殺気に佐伯ヶ原はヒヤッとしてしまう。
「え~……もしかして、皆さん
玲央先輩のファンでした?」
「全然」
「それはない」
「……ないけどさ」
詩織だけ、少し言いにくそうに否定した。
「じゃ私もう行きます、これ玲央先輩に渡してもらえますか?」
「……これは?」
「うふふ、秘密です。絶対渡してくださいねー!じゃまた!」
女の子らしい可愛い封筒。
お手紙だ。
「つばちん、応援するの?」
「わ、私にはよくわからない!」
そう言っても律儀にファイルに手紙を挟んで仕舞う椿を見て
佐伯ヶ原も、はぁっと溜息をつく。
「お前……」
「ん?」
「いや」
結局、佐伯ヶ原も何も言わなかった。
◇◇◇
「あれ、麗音愛
今日は塾じゃないの?」
放課後
校門を出た足元の落ち葉は、まだ柔らかい。
ぴょんと跳ねて、踏んでいく椿。
「母さんが今日は夜いるから、皆で夕飯食べようってさ
買い物頼まれてるんだけど、一緒に行かない?」
「うん!」
てっきりすぐ帰宅だと思っていた椿がパアァと明るくなる。
「今日はあっちのスーパーに行こうかな
お肉屋さんがあるし」
「そうなの?」
「できたてコロッケ食べよう?」
「え! コロッケ―!!? やったー!」
頼まれた夕飯の買い出しをして
お肉屋さんのコロッケを買ってベンチに腰掛ける。
椿がほかほかの揚げたてを、ふぅふぅして頬張った。
「美味しい!」
「だろーできたてコロッケって最高なんだよね!」
「美味しい!! 美味しい!!」
きらきらと目を輝かせて食べる椿。
それをまた温かい目で見る麗音愛。
「? どうしたの? そんなに見てきて…」
「いや、喜んでくれて嬉しいなって」
「……? そうなの?」
ベンチの向こう側に、父親と小さな娘も一緒にコロッケを食べていた。
椿の耳に会話が聞こえてくる。
「パパ美味しい~~なんでずっと見てくるの???」
「そうかそうか~パパお前が嬉しそうに食べるの見ると嬉しいからさ~」
「変なのぉ~」
「この気持ちは親になった時わかるかなぁ」
椿は父親の笑顔と、麗音愛の笑顔を見比べる。
「こ、子ども……?私」
「ん? 椿、コロッケ俺のも食べる? カレーも美味しいよ。俺まだ食べてないから」
「え……」
『パパのも食べるか?』と父親が話しているのが耳に入った。
「! あ、う! ううん!!」
「椿?」
「だ、大丈夫!! ありがとう」
「? そっか」
向かいの娘は、パパの分も喜んで食べている。
食べ終わった麗音愛が
ティッシュを探そうとしているのがわかった椿は
リュックのポケットから渡す。
「ありがと」
リュックを見た椿は、琴音から頼まれた手紙を思い出した。
「あの、麗音愛これ……」
「え……手紙……?」
可愛い封筒を見た麗音愛が、少し驚いた声を出す。
「俺に……?」
ゴシゴシと手を綺麗にして、手紙を受け取ろうとした。
「あ、琴音さんから」
「え? あぁ……」
一気にげんなりした顔になった麗音愛は、手紙を受け取って
そのままリュックに仕舞う。
「昼休み、加正寺さん、そっちに行ったの?」
「うん……」
応援してくださいと、言われたとは胸がモヤモヤして言えない。
麗音愛も麗音愛で、何か言われたのか? とは聞きにくい。
「麗音愛は図書室行ってたんだ?」
「あ、うん……別に用事はなかったんだけどね、はは」
「そっか……」
美子さんのところに行っていたのかな、と椿は思う。
麗音愛と美子の間には、確かに幼馴染の絆がある。
それを考えるとキリキリと、また胸を締め付ける。
可愛い娘と父親が、手を繋ぎながら楽しそうに去っていった。
急に麗音愛が自分に優しいのは
最初に年下だと勘違いされたし
もしかして、小さな子どもだと思っているからなのではと椿は不安になり始めた。
それってどういう存在?
親切?
まさか父親だと思っているわけは、ないと信じたい。
幼馴染という麗音愛と美子の絆は手に入らない。
そしてわけのわからない大嫌いになっちゃうかもしれない彼女彼氏なんて
そんなのは嫌だ。
でも自分には最高の絆がある。
「麗音愛!」
「ん?」
「私達は親友だよね?」
「……うん」
「絶対、絶対の親友だもんね!?」
「うん、そうだよ。俺達は親友だよ」
それを聞いて、安心した椿の笑顔。
とびきりの笑顔。
「良かった~……」
「良かった?」
「うん! だって違ってたら嫌だもん」
「……」
すぐに返事ができない麗音愛。
「え? やっぱり麗音愛……」
「ま、まさか! 親友以外に思うわけないよ」
「うん! 親友、嬉しい!!」
「だよね、はは……」
「やっぱりコロッケもう一個食べちゃおうかな~」
「夕飯すぐだよ」
「だって~美味しい!」
少しだけ、血の通い戻った麗音愛の心
その心が変な音を立てた。
それに気付いたのは、麗音愛だけで椿は気が付かない。
2人の心が少しずつ、ずれた音をたてる。
いつもありがとうございます
どっぷり恋愛パート開始です。