一筋のココロ温む
闘真の薔薇が花びらを開ききり
マンションロビーを彩っている時。
「玲央」
学校の廊下で、幼馴染の美子に話しかけられた。
長い黒髪は艷やかに微笑む、振り返って見る男もいる美人だ。
同化剥がしの儀式のあと退院し
改めて両親と御礼の挨拶に来た美子だったが
じっくり話はしていなかった。
「どう?」
「……うん、あんなにいらないって思ってたのに
槍鏡翠湖がなくなったら少し不安になった」
切なそうな笑顔の美子。
「……うん」
「剣一君への気持ちも……」
「うん」
「なんだか軽くなった
でも、それも寂しい気もするの」
「うん、そうだよね」
あの時の記憶はないようだが、何かの変化はあったようだ。
美子が小さい頃から
ずっと一緒に心にいた恋心
その想いを共有した槍鏡翠湖が離れた。
どんな形でも、喪失感はあるだろう。
「なにかあれば、いつでも助けるから」
「玲央……ありがとう
やっぱり団とは、はい無関係です
とはいかないようだしね。非戦闘員として在籍はするよ」
「うん、守秘義務とかあるから……
でも母さん達がきっと、関わる事はないようにしてくれるはず」
「ワガママばっかりで、みんなに迷惑かけて」
「いいんだよ、美子はよく頑張った」
「ありがとう」
ザワザワとうるさい廊下で、17歳の2人がこんな話をしているとは
誰も思わないだろう。
「そういえば玲央」
「ん?」
「加正寺琴音さんって」
その名前を聞いて、ギクリとする麗音愛。
「え、やっぱり何かあるの?」
「何もないよ、知ってるの?」
「いたの、事務所に。
玲央のこと色々聞かれた」
「え!」
「何も言ってないよ」
「うん、何聞かれた?」
「お付き合いされてるんですかー?とか」
はぁ~っと下を向き溜息をつく麗音愛に、美子が下から覗き込む。
顔が予想以上に近くて、麗音愛の心臓が跳ねた。
「彼女できたの?」
「まさか」
「ふふ、そうだよね。じゃ、また今度お茶行こ
素敵なカフェ見つけたんだ」
美子は、にっこり笑うと『またね』と手を振って行ってしまう。
加正寺琴音が転入してくると言ってはいたが……。
特に学園内で騒がしい事はない。
まぁ転入生が1人来たくらいで、そう話題にはなるまい。
「玲央玲央!!
すんげぇ~お嬢様が転入してくるらしいぞ!!
その子と俺、結婚できないかな!?」
「カッツーの最低さは相変わらずだけど、お嬢様って……?」
「なんとかじ?とかってとこの
社長令嬢が来るらしいって話題だぞ!
結構SNSで有名だったらしいけど急にやめたって話でさ」
カッツーが携帯を見せてくる。
そこには、保存されていた琴音の顔が写っていた。
「でも、やっぱ椿ちゃんが一番だな!!
玲央、そろそろ椿ちゃんに俺と真剣交際するように言ってくれよ!!」
「断る」
麗音愛は溜息をついた。
騒がしいのは苦手だ――。
土曜日昼間。
白夜団本部
調査部部長の絡繰門雪春の前に座るスーツ姿の麗音愛。
「晒首千ノ刀同化継承者
咲楽紫千玲央君」
「はい」
「それでは最近の様子を聞こうかな」
「特に変わりはありません」
無表情で答える。
「そうか……椿さん
同化剥がし成功、おめでとう」
「良かったです」
麗音愛は、自分も美子の精神世界に入った事は言わなかった。
白夜団を信用はしていないし
何やら研究対象にされても迷惑な話だ。
「君も気を失っていたようだけど、本当に
何も?」
「はい、気がついたら全て終わっていました」
「そうか……」
「えぇ、報告通りですよ」
「まぁ確かに他一族が干渉した例はないのでね」
雪春はタブレットで報告書を完成させたようだ。
「本当に変わりはない?」
「……あの、加正寺さんの事なんですけど」
「あぁ、すごいね。君に助けられてそれで入団したって
色々と噂聞いてるよ。玲央君にご執心だとか」
「やめてください」
麗音愛の剣幕を見て、ふっと笑う雪春。
「彼女、SNSで結構な人気があったらしいけどね
今後のためにやめてもらったよ
調査部のほうに入ってもらえないかという話もしてるんだけどね
SNSでの彼女のこと知ってたの?」
「いえ、興味ありません」
「何か聞きたいの事があったのでは?」
「どうして、わざわざ転入を?
あと、他の2人も……」
「うん、あそこの場所は地脈で特別な場所だと前にも話したけど
白夜団の子どもの保護かな
まとまっていてくれた方が守りやすい」
「……保護」
「イヤかい?」
「いえ、理由がわかれば少しは」
保護される程弱くはないのだが
名目上はそういう理由なのだろう。
そういえば、あの学園に決めた理由は兄の勧めだった、と麗音愛は思い出す。
「君と椿さんは何も変わらないよ
親友同士これからも協力し白夜団として闘ってほしい」
「もちろんです」
「……本当に変わりはないね?」
「はい」
「あ、団長が寄るように言ったけど
出かけるので、また電話すると」
「わかりました」
秋のビル風が、本部から出た麗音愛を襲うように吹く。
麗音愛は、また一つ嘘をついた。
あの同化剥がしの後
呪怨の統制が少し楽になった。
自分の精神の統制のレベルが上がったのか
あの闘いで強くなったのか
今までの気の張り詰めよりは若干、楽になった気がした。
「麗音愛!」
麗音愛の元に駆け寄るトレーニングウェアの椿。
「椿!?家で待っててって言ったのに」
「えへへ、トレーニングがてら来ちゃった!お腹減ったよ~」
感情が少し戻ってきた感覚がある。
笑顔の椿を見ると、麗音愛も自然に笑みが出た。
今までと同じ反応でも、心の暖かさは増えた気がする。
心に一筋、暖かい血が戻る。
ポニーテールの椿が自分を嬉しそうに見つめてくるので
ひとつ心臓が大きく揺れた。
「麗音愛?」
「ラーメンでも食べて帰ろうか」
「うん!」
「結構、距離あるのに疲れてない?」
「全然余裕!
でもスーツの麗音愛と一緒だったらおかしいかなぁ~」
「全然、大丈夫
よし!走っていくか!」
「えぇ!」
騒がしい2人。
えへへと笑う椿の頬を、また秋風が撫でる。