薔薇香る、怒気ティータイム
闘真に抱きかかえられた椿を追いかけて飛ぶ麗音愛。
あまり触れたくない椿は妖魔の尻尾に足をかけているが
見てて危なげだ。
闘真はグイと無造作に椿を抱き締めたので
椿の拳が顎に命中したのが見える。
どうしても攻撃はできる位置に行けず
そのまま着いて行く。
着いた先は
山奥にある……薔薇園だった。
先に椿は、闘真を押しのけ、薔薇園に立っていた。
「ダークネス! お前は遠くにいろ!
近くに来たらどうなるかわかんだろ
視界に入るのも不快だから降りろよ」
遠くからでも、椿の瞳を感じる。
大丈夫だ、と麗音愛が頷くと椿も頷いた。
この薔薇園は結界が張れるように作られている。
まだ知識には乏しいが
あの闘真の強気を見ると浄化結界の類だろう。
山奥なのでそこらの巨木に麗音愛は登って
椿を見る。
会話が聞こえないか、試してみる。
呪怨のかけらを飛ばす。
まるでお城の庭園のように
色とりどりの薔薇が見事に咲き誇っている。
「……綺麗」
つい、素直に言ってしまう椿。
「へへ、でしょう」
闘真は嬉しそうに笑った。
「べ、別に嬉しくない!」
「そうですか? 姫様にすごく似合う」
「や、やめてよ!」
「こちらへ来てくださいよ
此処は俺の庭なんです」
「えぇ?」
闘真と薔薇
なんともミスマッチで驚いてしまう。
薔薇園の真ん中にはテーブルクロスまでされたテーブルセットがあり
そこにバスケットが用意されている。
「座ってください」
「……」
「アフタヌーンティーにしましょう」
「毒が入ってそう」
「まさか!
いつか姫様とこうお茶したくて
ずっとこの庭、育ててきたんですから」
スッと椅子を引いて、どうぞと笑顔の闘真。
仕方なく座る。
ずっとこの庭を?と重く思う椿とは裏腹に
闘真はバスケットからポットを出してニコニコとティータイムの用意をしていく。
「温かいローズティーですよ。あとこのクッキーは
ヴィフォとカリンが作ってくれたんです」
「……そうなんだ。でも食べたくない」
「あっは、まずそうですよね
あの2人のクッキーとか
うん、でも美味い」
バリバリと無作法にクッキーを齧る闘真。
以前に椿が調理実習でクッキーを作った時の、皆の笑顔のように自然な笑顔。
見たくない。
こいつらの、普通の生活なんて。
普通の人間みたいな事をしてるなんて考えたくない、と椿は思ってしまう。
「学校行ってるの?」
「まぁ社会勉強みたいな感じで
転々とですね」
「……嘘でしょ」
「姫様も通ってるじゃないですか」
「そう、だね……」
なんだか変な気分になる。
自分も同じなのか、違うのか
違いたいけど、同じなのか。
「幸せです
すごく今」
「な、何が?!
昨日から麗音愛と遊ぶの楽しみだったのに!」
「俺はずっと
生まれた時からずっと姫様に会えるのを
楽しみにしてきました」
「なに……」
「本当ですよ、まぁ自覚したのは物心ついてからですけど
こんな風にお茶できるとか幸せ過ぎます」
また無邪気な笑み。
気まずさを誤魔化したくて、ついローズティーに口を付けてしまった。
ローズの香りが広がる。
「……あなた達どこに住んでるの?」
「話したらいけないって
言われてるんで」
「生まれてからずっと利用されて……こんな哀しいことない」
「なんでですか?
俺は幸せですよ
ずっと会いたかった姫様とやっと会えて
だから
早く戻ってきてほしいんです
俺は姫様のこと愛しています」
愛しているだなんて
初めて異性に言われたが
嬉しいどころか、冷たい汗が流れる。
「や、やめて!
私達はそんな言葉を言ったらダメな存在だよ!!」
「どうしてです??」
ドン!!と衝撃と風が吹いたかと思うと
麗音愛が呪怨の翼を纏って降り立っていた。
「麗音愛……!!」
「ダークネスお前……!!」
「……喉が乾いたから、俺も茶をもらう」
闘真の殺気も気にせずに
麗音愛は、椅子を引いて晒首千ノ刀を土に突き刺し
そこに座った。
「麗音愛……い、今淹れるね」
椿に命令はできない闘真は
椿がバスケットを漁って、ティーカップにローズティーを淹れるのを
見守るしかできない。
今までの自分に向けられた表情、瞳とは
違う顔で
麗音愛にお茶を差し出した椿を見て
闘真は、殺意のような殺意だがそこに何かが混じる想いが湧く。
「ここの浄化結界を発動させるぞ」
「いいよ、やってみろ
椿ありがとう」
麗音愛は動じないようにローズティーすら口につける。
それに激昂した闘真がテーブルに手を打ち付けた。
カップが揺れて溢れ、テーブルクロスに紅いシミが出来る。
「麗音愛!?
闘真! ダメ! 約束が違う!
そんな事をしたら!! 絶対許さない!!」
紅夜に似た覇気が、闘真の脳みそを揺さぶった。
「……姫様はどうして
紅夜会に戻ってきてくださらないんですか」
「人を不幸にすることは許さない
それに
も、戻ったら
私は紅夜に何されるか……」
「とても楽しみですね!!」
あぁ……と
その時やはり椿は、紅夜会との深い違いを寒気と共に感じる。
両断されたカップとテーブルが3人の間を舞った。
それは麗音愛が、晒首千ノ刀で両断したからだった。
闘真も自ら出血させた腕から
血の刀を出現させ、血の刀を麗音愛へ向けた。
刃が対峙する。
「帰るぞ椿、ティータイムは終いだ」
「ダークネスっ!!」
「闘真、俺はお前の名前を覚えたぞ
お前も覚えろ、いい加減」
「闘真! 約束の場所にも来たしお茶はした!
もう、帰るね!!」
椿はそう言うと、闘真の血の刀の前へ両手を広げ飛び出た。
「……姫様」
傷をうけたような闘真の顔。
椿は、麗音愛に手出しさせまいと必死に睨む。
「闘真、あなたとは仲良くはできない!
私は白夜団の椿だから
白夜の武器を統べる桃純家の当主なの」
「きっとわかってくださると信じています」
闘真は血の刀を解放し
血は
バチャバチャ!と壊れたテーブルとテーブルクロスに降り注いだ。
「でも嬉しいですよ
こうやって
薔薇を見てもらえて
いつも姫様のことを考えて
世話してるから」
何も言えない椿に
闘真は、ハサミを取り出した。
剪定ハサミだ。
「姫様、薔薇の花を持って帰ってくれませんか
花束作ります」
「……捨ててしまうかも」
「いいですよ
それでも」
椿が麗音愛を見ると、麗音愛は無表情で頷く。
好きにさせた方が後腐れなく帰れるだろうか。
「わかった」
「ありがとうございます、待っててください」
テーブルから離れて
闘真は
チョキン、と薔薇の花を一本ずつ切っていく。
そして棘を血のナイフで綺麗に落として
薔薇の花束を作った。
椿の炎のように、椿に似合う
紅い色、濃いピンク色の薔薇達。
用意していたんだろう
ラッピングペーパーに
リボンまで丁寧に
潰れたバスケットから取り出して
ブーケを作った。
「姫様、おまたせしました」
「あ、ありがとう……」
また、つい御礼を言って
大きな花束を受け取ってしまった。
「ほら、お前にもやるよ」
落とされた首のように花だけを麗音愛に投げつける。
グロテスクにも見える
赤に白斑の薔薇。
花言葉も不穏な言葉だったはず。
受け取ることもせず、麗音愛の足元に堕ちた。
「咲楽紫千、お前は絶対殺す」
「あぁ」
「私、麗音愛と帰るから」
そう椿が言うと、麗音愛が手を椿に差し出す。
少し無機的な呪怨を使う麗音愛の表情とは対象的に
蔓延の笑みを浮かべて手を伸ばす椿。
耐え難い殺意の衝動が
闘真の中に、また吹き出す
咲楽紫千麗音愛への殺意が。
辺りはもう、早くなった夕暮れが
落ち着いて闇になろうとしていた。
何も言うことなく
麗音愛は椿を連れて飛び去った。
下を見ると
暗い薔薇園に残された闘真が
小さくなっていく。
薔薇の花束が腕の中で風に揺れた。
「麗音愛、ごめんね」
「謝らなくていいよ」
「うん……」
あ、と自分のリュックも背負ってくれている事に気付く椿。
嬉しくなって
少し強くしがみついた。
「薔薇が痛い」
「あ、ごめん」
「椿は悪くない、それどうする?」
「闘真は嫌だけど、お花は可哀想だよね」
「マンションの玄関ロビーに飾っておこうか」
「うん!」
「早く帰ってカラオケ行かないと」
「え!? もう今日は無理かと思ってた」
「行くよ、今日も親は留守だし」
「良い子の麗音愛が……お見張りさんは? 今のルートイレギュラーで
大騒ぎかも」
「連絡は兄さん経由でしてあるし
俺は、そんな良い子ではないよ」
「わー!!」
いきなり飛ばした麗音愛にしがみついた椿の手から
麗音愛は花束を
離させ持った。
投げ捨てたい気持ちを抑えつつ
帰路へ飛ぶ。
紅夜会のナイト、子ども達
戦うだけではなく当然だが日々暮らしている。
そんな事は余計な事、考えなくていい。
麗音愛も椿もそう思いながらも考えていた。
後日
白夜団が闘真の薔薇園の場所を捜索したが
薔薇園が見つかることは、なかった。