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同化剥がし~幻想切なエンド〜

 

 椿の炎が激しく燃え上がると

 槍鏡翠湖(そうきょうすいこ)は、最後の叫びをあげ

 槍は消え

 美子の姿はそのまま下に落下する。


「椿!」


 抱き上げた椿は死んだように目を閉じている。

 冷たい身体。


 嫌な焦りが胸を穿つ。


「椿!!」


「……麗音愛」


「治療を! 早く!」


「うん、大丈夫……

 ここの世界、統制できた……傷も……治せる」


 また少し目を閉じると

 椿は何かを呟いた。


 ざっくりと裂けた制服も戻り

 血の色もなくなっていく。


 はぁ~と麗音愛が大きく息を吐く。


「……怒ってる?

 2人でって言ったのに」


「少しだけ、

 でも心配しただけだよ

 無事で良かった」


 麗音愛は椿を抱き上げたまま美子の元へ向かう。


 倒れた美子の元には剣一がすでに駆けつけていた。


 これは槍鏡翠湖なのか

 それとも美子の心なのか。


 麗音愛から降りた椿は、2人を見守る。


 剣一が倒れた美子を抱き寄せ

 手をそっと握った。


 また風に乗った桜の花びらがひらひらと降り注ぐ。


「ここは幻想の世界なんだって?

 よっちゃんの」


「……うん」


「俺も幻想なんだってな~」


 笑う剣一。


「……うん、剣一君ごめんね」


「いいよ」


 握られた手を、美子が強く握り返した。




「……好き、剣一君」



 何度目になるのか、か細い祈りのような告白。



「うん、知ってるよ

 いいよ、幻想なら」



「……え?」



「夢のなかなら、付き合ってもいいかもね」



 ニコリとまた笑う。



「剣一君……

 ありがとう……嬉しい」



 ふふ……と美子は綺麗な涙を流して消えていく。


 桜の花びらのように――。



 それを見送った剣一は立ち上がり

 麗音愛と椿に微笑んだ。


「兄さん」


「椿ちゃんお疲れ様

 玲央もよくやったな」


「剣一さん」


「玲央、現実の俺にも頼れよ」


「うん、頼ってる。

 さっきもありがとう、椿を守ってくれて」


「幻想でも俺はお前の兄貴だからな~

 お前の大事は俺も守るよ」


「かっこつけすぎだ」


 ふっと麗音愛も笑った。


「はい、椿ちゃんハグ~」


「おい!」


「じゃあね、時間くれてありがとう椿ちゃん」


 剣一が存在していられたのは

 椿が無意識に留まらせていたからだった。


「起きろ、玲央」


 桜の花びらで剣一が消えていく。

 視界を埋めていく桜の花びら。


 すぐに麗音愛と椿は手を繋いだ。





「玲央!!」


 ――ハッ!!


 剣一の声で目覚めた麗音愛。


 腕の中には椿がいる。


 祭壇を見ると、美子も倒れたままだ。


「椿」


 ゆっくりと目を開ける椿。


「麗音愛……」


「うん」


「どうなった?儀式は」


 焦る剣一が椿に聞いた。

 儀式場では、誰も動かず見守ったままだ。


「はい! 成功です! 剣一さん、美子ちゃんのところへ」


「わかった」


 剣一が駆け寄って先程のように抱きかかえると

 美子は目を醒ます。


 剣一が無事を麗音愛に目で伝え、頷く。

 見守っていた直美が脱力し、座り込んだ。




 そして椿が立ち上がり

 右手を上に掲げると

 その手には槍鏡翠湖が握られている。


 曇天の下でも

 光輝く槍鏡翠湖、その鏡からは光芒のような光が溢れた。


 見守る当主陣から驚きの声があがり

 美子の母の泣き声と感謝の言葉も響いた。


「同化剥がしは成功しました!!

 これから

 私、桃純椿を

 桃純家当主として、お認めください!!」


「椿……」


 直美の指示で

 ドーンと儀式の太鼓がなった。


「お見事でございます、桃純様」


 団長として深々と頭を下げる。


 公開儀式など異例のこと、同じように礼をする当主から

『椿ーいいぞー!!』と龍之介のように叫ぶ者。

 なにやらぶつぶつと話し込む者など、様々だ。


 祭壇にはすぐに幕が張られ

 用意されていた病院へ向かう車に美子が運ばれていく。

 見送ると剣一が走ってきた。


「大丈夫だ、意識もはっきりしてるし元気だ。

 一応検査するって」


「椿、大丈夫?」


「うん……」


 でも、なんだか浮かない顔でぺったりと座り込んでしまう。


「病院へ行こうか?」


「ううん、いい……ちょっと疲れただけ」


「うん、そうだね」


 椿の胸はまだズキズキと痛んでいた。

 それは槍鏡翠湖を受け入れた故なのか

 精神世界での闘いの影響なのか、


 それとも……。


 わからない。


「椿、心配だよ」


 黙る椿を覗き込む麗音愛。


「……麗音愛」


 切なげな潤んだ瞳で

 儀式服に身を包み紅をさした椿に見つめられ

 場違いに心臓が変な音を立てる。


「担架を使いますか?」


「もし病院へ行くなら一緒に」


 後ろからの声に、椿が麗音愛の袖をぎゅっと掴んだ。


「大丈夫です。俺が控室に連れて行きます」


 そう言うと、椿を抱き上げる。


「麗音愛」


「病院嫌だよね」


「……うん」


 ぎゅうっと、椿が麗音愛の胸元にすがるように抱きついてきた。


 ひゅーっと言う剣一の足を蹴って

 そのまま控室に向かう。


 椿は麗音愛に抱えられ

 心が落ち着いていくのがわかった。


 麗音愛は麗音愛で闘いは去った、その安堵が

 少しずつ心に染み渡る。


 母親の直美は幕の外で当主達相手に色々と話をしている。

 無事はもう伝わっているはずだ。


「本当に大丈夫?

 皆には見えていなかったと思うけど

 よくやったよ俺達は……」


「麗音愛もあっちの事、覚えているよね?」


「うん、春夏秋冬の美子がいた」


「うん……」


 剣一への片想いの歴史。

 空想の世界でだけの切ないハッピーエンド……。


「椿、お疲れ様!」


 笑わない椿に敢えて大きな声で明るく言う。


「一人じゃ無理だった、麗音愛が来てくれたから」


「俺も行けてよかった」


「重いよね、ごめん歩ける」


「もう着くから、無理しないで」


「……美子ちゃんのとこにも行かなきゃね」


「うん、でも今は俺らも休もう」


 麗音愛がすぐ美子の元へ行くのではと思っていた椿は

 少しホッとしてしまった。


 椿が支度をしていた部屋に着いて

 ソファに座らせる。


「ありがとう」


 テーブルにはお弁当やお茶が用意されていて

 2人でごくごく飲み干して

 はぁ~~と息を吐く。


「あ~~疲れたな」


 アハハと笑う麗音愛に、椿も一緒に笑った。


「お腹空いた!!」


「1個じゃ足りないね

 何か追加でないか聞いてくるよ

 それか早く帰りたいよね」


「うん、もう挨拶とかはいいのかな……」


「何か言いたい?」


「ううん、何も。あれで良かったのかなって

 みんな認めてくれるかな」


「同化剥がしは成功した。これ以上ないよ

 絶対、大丈夫」


「うん……そうだね」


 置いてあったチョコ菓子を開けて椿に渡すと

 ニコニコと食べ始める。


「剣一さんってさ、本当は美子ちゃんが好きなのかな?

 お付き合いしたいのに……していないのかな」


「100%ないって言ってたし

 俺から見ると、妹みたいな感じだよね」


「そっか……」


「うん……」


 椿にじーっと見られている事に気付く麗音愛。


「どした?」


「んっ!?え、はい麗音愛も食べて」


「うん……今回は本当に、心配したよ

 あんま無茶はもうしないでほしい」


「麗音愛もだよ」


「まぁ、いつもお互いさまだよね……」


「うん」


『でもしないこと』と誓いで拳を合わせ2人で微笑んだ。


 その時コンコンとノックの音がする。

 麗音愛が返事をして立ち上がった。


 剣一か佐伯ヶ原か?と思ったが

 開けると、女の子が一人。


「……はい」


 誰なのかと椿も覗き込む。


「あ、あの!この前は

 ありがとうございました!!」


「え?」


 麗音愛は、目の前の頬を染めた少女は知らないのだが……

 と焦る。

 少女はまだ頭を下げていた。

 が、チラッと麗音愛を見上げた。


「もしかして、わからないですか?」


「は、はい……すみません。わからないです」


 正直に謝る麗音愛に、少女はフフッと笑う。


「やっぱり思ってた通りの人だ」


 椿もガタッと立ち上がり、麗音愛の元へ来た。


 正装のワンピースを着た少女が、椿を見て頭を下げる。


「桃純家当主様

 同化剥がし成功おめでとうございます」


「は、はい」


「突然すみませんでした。

 私は、加正寺琴音(かしょうじことね)、と申します。

 どうしても

 咲楽紫千玲央さんにお会いしたくて伺ってしまいました」


「「え?」」


 羽織袴姿の麗音愛を

 加正寺琴音(かしょうじことね)は横目で見つめ、また頬を染めて微笑んだ。




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[良い点] ああーーーライバル現る?! 琴音ちゃんがどんな子かすごく気になる… 美子ちゃんも好きだから幸せになってほしい(´;ω;`) 剣一受け止めてやれよ…夢でなら付き合ってもいいとか残酷じゃよ……
[一言] 一難去って、また一難? で、キミ誰?……
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