同化剥がし~血の桜~
槍鏡翠湖の世界で
麗音愛と椿に
青空の下
桜の花びらがヒラヒラと舞い散る。
「綺麗……!」
椿が目を輝かせた。
「見たことない……?」
「山の薄い桜しかないから……
すごく綺麗!!」
「ソメイヨシノだね」
わーっと無邪気に桜の木の下で
猫のように花びらに戯れる椿。
チラチラと舞い落ちる桜の花びらが
椿の頬をかすめていく。
「美子は……」
麗音愛はゆらゆらと呪怨を
椿と自分の周りに漂わせ守備をする。
美子は、何故自分を憎んでいるんだろう。
裏切りとはなんなのか……。
麗音愛はそれが気になっていた。
あの時の、ラブホテルでの一件が思い出されるが
あれ以降は何もないし
あの時しっかり分かりあえたはずだったのに……。
大切な幼馴染に変わりはない。
昔も今もこれから先も。
「あ!見て」
剣一が自分の車で帰宅したところだ。
任務のあとなのだろうか
怪我をしているようだった。
綺羅紫乃を手に持っている。
「もう、最近っぽいな
今年の春……?」
車の鍵を閉めた剣一は
イテテとマンションの玄関へ向かう。
「剣一さん!」
椿は剣一の元へ声をかけ走っていく。
驚いた剣一だが
とりあえずは立ち止まり、椿を見た。
椿は先に剣一に事情を話すつもりか、麗音愛は黙って見守る。
その2人の向こう、
駐車場の入り口に美子がいた。
高校生の美子。
憎しみに歪んだ顔。
手には槍鏡翠湖。
椿はもちろん来ている事がわかっているだろう。
間に入らなければ、と思ったその時
槍鏡翠湖は剣一を見ずに
そのまま麗音愛へと槍を構え
襲いかかってきた!!
「ころす――」
「――っ!」
全力で向けられた殺意。
遅れはしない、晒首千ノ刀を振るい
殺意の槍を払いかわす。
「俺が何をした――!?」
「ころす!」
「その事で苦しいのなら、話せ!!」
「タケルはうらぎりもの!」
「何を裏切った!?」
攻防をしながらも、結局麗音愛は
美子・槍鏡翠湖の話を聞こうと動いてしまう。
剣一に紫の炎をまとませた椿も
2人の叫びを聞いた。
「タケルは、わたしのものだ!!」
「えっ?」
麗音愛は動揺し
それを聞いた椿の心臓がズキーンと張り裂けそうに痛んだ。
「おまえはうらぎりものだ!」
動揺は晒首千ノ刀の統率にも影響が出る。
麗音愛は羽をまとって少し距離をとった。
美子は椿に向き直る。
「おまえもしね!!」
「はっ!」
油断がでた!
槍鏡翠湖の結界攻撃が、椿の目前に現れる。
「椿!!!」
麗音愛の呪怨も間に合わない。
しかし、紫の一閃煌めき、結界攻撃を消滅させる。
「何がなんだかわからんが……よっちゃんどした? 憑依か?」
「剣一さん――!!」
綺羅紫乃を構えた剣一が椿の前に立つ。
「けんいちきさまぁ!!」
「ヒェ!怖っ!」
「つばきも、おまえらみんなころす!」
そう言い捨てるが、美子は麗音愛を追う。
「麗音愛……」
椿達から距離を置くため
麗音愛はわざと美子に追わせ、住宅街へ消えていく。
追わなければと、走り出そうとした椿を
剣一が止めた。
「待って!とりあえず君の名前と、この状況説明してよ」
追われながら一体どういう事なんだと麗音愛の頭も混乱していた。
自分は美子のもので、それを裏切った……?
淡い初恋ではあったが
自分の気持ちに、多分美子も気付いていたはずだ。
それでも、美子はずっと剣一を
ここまでの憎しみになってしまうほど
想い焦がれていたのに……。
でも、きっと
あのラブホテルの時のように
自分勝手な気持ちはきっと誰にでもある。
自分を頼ってくれる事は素直に嬉しいと思っていたが
確かに少し、距離が離れた。
それは寂しさから縋っていたような淡い初恋を終えた事。
そして
この晒首千ノ刀を振るうようになったため……。
それでも!
「俺は、美子を裏切ってなんかいない!!」
「うそだ!!」
槍鏡翠湖は浄化は使わない。
それより突き刺して殺してやる!
そんな強い殺気が
麗音愛の肌をチリチリと撫でた。
リーチの差がキツイ!!
「嘘じゃない!!
いつだってずっと助けになる!!」
暗闇の屋根の上で戦う麗音愛を
必死で追いかけてきた椿の心がその言葉を聞いて
また発作のように痛んだ。
「だから、美子もお前も
そんな事に縛られなくていい!!」
「だまれ!!
ころさなければ、どうにもならない!!」
「美子がそんな事を思うわけがないだろう!!」
「おまえがなぜわかる!!」
「俺の方がお前より、ずっと長く傍にいたんだ!!」
見上げる椿の、隣にいる剣一が
『なんだ、あいつ公開告白か?』と呟く。
ぎゅうっと椿が自分の制服の胸元を握りしめた。
思春期で距離が少し離れた時もあった、それでも
ずっと見守ってきたつもりだ。
「美子は誰よりも、兄さんが好きなんだ!!
殺したいなんて思わない!!
俺の事も椿の事も大事な友達だって思ってくれている!!」
「――だまれ!!!」
槍鏡翠湖の怒りが爆発し、瞬時に強力な浄化結界が発動される。
隙きを与えたわけではない。
攻防として麗音愛は正確に動いていたが
女の情念の深さと引き出される力など予想できなかった。
「!!」
これは危険だ――!と麗音愛の本能が告げた。
ゾクリと溶ける前兆に一瞬怯えたその時――。
「麗音愛!!」
椿が麗音愛と美子の間に現れた。
背にいる麗音愛を炎の結界で包む。
炎をまとって、椿が緋那鳥を構え
槍鏡翠湖の前に立ったのだった。
「おまえ」
「私が相手をします。
私はあなた達を束ねる桃純家の当主
桃純椿。
――あなたの力も借りたい槍鏡翠湖」
「なにを」
「だから、あなたの苦しみも辛さも、私が一緒に
これから受ける!!」
精神世界を侵食できたのか
椿も炎をまとい、宙に浮いている。
「椿!!」
「麗音愛は、下がっていて!!」
椿には、何がなんだかわからない気持ちが心を占める
でも、この場所に来たかった強い想い。
守りたかった。
でも、麗音愛と美子の距離を離したかった。
それもあった。
でも
守りたい気持ちは美子へも槍鏡翠湖へも注がれている。
「美子ちゃん!!
私は大事なお友達だと思ってる!」
「おまえなど、きえろ!!」
「消えないよ!!」
緋那鳥と槍鏡翠湖の刃が弾き合う。
最初の幼い美子の姿より断然に強くなっている。
椿にも、このリーチの差が厳しい。
麗音愛を結界に入れつつも
槍鏡翠湖の結界攻撃に炎結界で対撃する。
体攻撃と精神攻撃のぶつかり合い。
椿の喉に汗が伝う。
槍を避け、斬り込んでも避けられ
頬を腕をかすめ斬られ血が吹きでる。
後ろで叫ぶ麗音愛の言う事は、聞かない。
斬り込み斬られの攻防が続く。
「もうしね!!!」
槍鏡翠湖の叫びと共に
「!!」
椿の胸に槍鏡翠湖の刃が食い込むーー!!
「椿ぃい!!」
「椿ちゃん!!!」
咲楽紫千兄弟の叫びが、響く。
ぐふっと血を吐く椿を見て
美子・槍鏡翠湖はニヤリと笑った。
しかし、血を吐きながらも椿も微笑んだ。
力強く槍鏡翠湖の柄を両手で掴む。
「――この胸のなかには舞意杖がいるの」
「!!」
「心を通わせる道具になる」
「きさま」
「美子ちゃんから離してあげるね」
「……!!」
椿の炎が槍鏡翠湖を伝って、美子にも燃え上がる。
「うあああああああああ!!」
「大丈夫、大丈夫だよ……!!」
そう言いながらも椿の貫かれた胸からは大量に血が流れ
麗音愛を包んだ結界も力不足で解除された。
青空に散っていく椿の血は、まるで桜の花びらのようだ。
「椿……!!」
「やめろ! 玲央」
剣一を見ると、手を出すなと目で訴えられる。
そうは言っても
抑えられずに燃え上がる椿を後ろから支えた。
「椿……!」
この世界で死んだらどうなる??
きっと精神が死んでしまう……。
血を吐く椿はもう目を閉じて返事もしない。
燃える優しい暖かい炎の威力が落ちていく。
美子・槍鏡翠湖は血の涙を流し叫んで落ち着く気配はない。
支えた身体に突き刺さる槍の鋭い刃に
麗音愛の心臓も突き破られたような絶望感を覚えた。
「椿、しっかりしろ!!
舞意杖、椿を助けろぉおお!!」
その瞬間、炎はまた蘇り強く燃え上がった。