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疑い深さは蜜の味  作者: 流 一徳
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キャンピングカーへの序章

ウィークデイのある日、仕事を早々に切り上げ自宅に戻った博史に、日頃はめったにおかえりの声もかけてくれない妻の明美がめずらしく玄関までやってきた。

「今日は早いのね。週末ちょっと私と付き合って欲しいところがあるんだけど」と話しかけられた。

博史は「迎えに出て来るなんて珍しい…」と口には出さずに思いはしたが、

「ん?どこか行きたい所があるのかい?」と答えた。

明美は50歳を越した今でも相変わらず身だしなみには気をつけて、家の中でさえも決して油断した所を見せない潔癖気味な女性である。

「うん、旅行好きな2人の先々考えて、これからどんな旅が良いかなぁと考えていたら、キャンピングカーはどうかな?と思ってね。ネットで調べていたら東京ビックサイトでキャンピングカーショーというのを今度の週末にやるそうで、見に行ってみたいと思って。どうかな?」

キャンピングカーってつまりはアウトドアで過ごすことで、バイクは乗るのに虫嫌いなこの人分かってるのかなぁ?とこの時点では「どうしたんだ一体」とは思いつつも、

「構わないよ、特に用事ないし」とやっと仕事から解放された気の抜けた感情からか、たまには妻とのデートも良いなとそんな軽い気持ちから返事をした。


博史と明美夫婦はお互いの子供達が就職した後で再婚したバツイチ同士で、バツイチ夫婦定番の外で歩く時には手を繋ぎ至近距離で歩くを実践している。はたから見ると良い歳してと思われるかもしれないが、幾つになっても恋する青年と麗しい乙女なのである。


夕食を済ませ一息つくと、明美がやっと話が出来ると博史が寛ぐソファにやって来てニコニコしながら話しだした。

「キャンピングカーってすごく種類があって、日本では今軽キャンパーというのが人気なんだって。私などキャンピングカーは1千万円と思っていたんだけど、実は日本ではそんな映画に出てくる様な大きなのはたくさんは売れてなくて、実際には使い切れる大きさのものが多いんだって。私にも運転できて、うちのマンションの駐車場に停められるものが良いと思いのだけれど、そんなの探さない?」

もう彼女の心はキャンピングカーを買うことが決まっている?様である。

「じっくり見たこともないし、車内にも入ったことないから先ずは実物見てから考えてみるよ。もちろん高い買い物なので貯蓄を崩して買わないとならないだろうから、その辺の金銭面も買うなら考えないとな。」

何かもうどんな物を買うかはさておき、買う事が決まっている様な会話である。博史はこういう所が優柔不断というか嫌われない様に話を適当に合わす所が長所でもあり短所でもある。

「うんうん、そうね!予算も決めないとね。そうだ!めぼしい所のカタログ送ってもらわなくちゃ。忙しくなりそうね、きっと人生でマンションの次に高価な買い物だろうから、じっくり時間をかけてね」

明美は活力が漲って来た様で、とてもワクワクしている様だ。

「でも明美、例えば北海道へ旅するとして、この前は飛行機で羽田から千歳へ行ったけど、キャンピングカーなら途中フェリーに乗るとしてもずっと走っていくんだよな?まあバイクもそうだけどさ」

「それが良いんじゃない。途中途中でその地域を観光したり、スローな時間を味わいながら旅出来るのよ。でもキャンピングカー買ったからって、旅の途中私はその中で毎日毎日寝るつもりなんてないわよ。時には今と同じ様にステキなホテルや旅館にもキャンピングカーで乗り付けて泊まりもする。出来たら小さなバイクもトレーラーに載せて牽引して持っていけないかしら?つまりはキャンピングカーは我が家が移動していくだけで非日常の中の日常、ホテルや旅館はその非日常なのよ」

何言ってるのかよく理解しきらない博史だったが、「そうなんだ」と分かったふりをして読み始めていた新聞に目を落とした。


博史の勤める会社は五反田駅から徒歩10分程度の所に有り、朝のラッシュは致し方ないにしてももう50才をとうに過ぎた年齢の身体には流石に年々厳しくなって来たと感じる今日この頃である。

来年はいよいよ役職定年の年である。すでに関連会社に出た者もおり、上司の顔色を伺う未だ残っている同期の者たちを少なからず白い目で見ている自分を感じていた。では自分はどうなんだ?と振り返ってみても、出世にあまり興味もなくここまで過ごして来たもので、今更ジタバタしても始まらないとある部分開き直って努めて考えない様していた。しかし部下だった後輩が自分の上司になって自分に命令する…我慢できるのだろうかと不安に思う気持ちも芽生え始めていた。


博史の勤務する会社は、一部上場の西洋製缶という缶製品を主力としたメーカーである。社歴も長く、所謂老舗のメーカーで、社員数も全国の工場合わせて3千人に届く程度の大所帯である。現在の役職は広報部長、周りから見たら役員一歩手前の羨むポジションを得ていた。

しかし本人は出世に関してはいたって呑気。特に派閥だとかに入るわけではなく、つまりは仕事は好きだが会社を動かしたいとかの欲求が欠落していて、そこを買われての広報部長が実態の様であった。

広報部長の仕事は、御多分に洩れず西洋製缶においても激務であった。日々体力よりもやはり精神をすり減らす職務であった。

そんな博史の現在の唯一の息抜きは、妻の明美と出かける旅行。飛行機と鉄道、車とバイクを使い、海外も国内も長期の休みの時にはほぼ必ず旅へ出て、国内では全ての県を一度は訪れていた。


明美との出会いも旅?がきっかけであった。車よりむしろバイクが好きな博史がよく足を運ぶバイクショップが企画したツーリングに、颯爽とカッコ良いウェアーとピカピカのバイクに乗って参加して来た女性が明美であった。

明美は看護師をしているとの紹介があったが、その時の博史には全く女性として意識にも入らない状態であった。

しかし男女の仲は摩訶不思議。明美はまだバイクに慣れてなかったのか、休憩する度にバイクを転ばし、でも周りの手助けをやんわりと断り続け、小さな身体で独力でバイクを引き起こしていた。その意地っ張りな姿に博史は理由もなく惹かれてしまった。

そこからが始まりであった。

後日からの博史のアタックも強烈ではあったが、似た様な境遇や趣味が同じで人柄も良い博史に明美も心を開くのに時間はかからなかった。

共にバツイチで、もう2度と結婚などとお互いに思っていたはずであったのに男女の仲は分からないものである。


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