ワイドショー
この作品に登場する団体名や人物名は全て架空であり、実際の人物、団体とは一切関係ありません
ネクタイを締め、鏡の前で結び目を調整する。スーツに埃がないか確認する。両手を口の前でくぼませ、「ハアーッ」と息を吹きかける。少し臭ったのか、口臭スプレーを2,3回口に吹きかけ机に置く。
ドアのノックがあり、「どうぞ」と応えると、若い青年が
「Tさん、お時間です」とドア越しに話す。
「わかりました」とTは応え、ドアを開けて青年に付いていく。
Tはあるスタジオビルにいた。といってもTはスタジオビルの職員ではなく、ある事件の特集のゲストとしてスタジオに来ていた。
その事件は当時、非常に注目を浴び、世間が真相を突き止めようと躍起になっていた。だが、事件は解決せず、今日時効を迎える。 そんな訳でテレビ局が、時効を迎える今日に関係者を迎えて真相に迫る姿を見せて、視聴率を上げる。そういう魂胆なのだろう。
Tは最初オファーに乗り気ではなかった。人の不幸を視聴率に変えようなど、普通の良心があれば、悪い事だと分かる。だが、報酬を2倍にされた時点でTの良心は折れた。後ろめたさを感じながらもオファーを引き受け、今に至るという訳だ。
Tはそんなこと事を思い返しながら、ゲストの席に座る。
しばらくして、アナウンサーと司会者がスタジオに入り、ゲスト達と挨拶をし、中央の椅子に座った。
スタジオがライトアップされ、よく見るスタジオの風景になった。
目線の先にはカメラの赤いランプと暗闇で忙しそうに動く人だかりがある。本番1分前の合図が掛かり、カメラマン等の人間達がスタジオを囲む様にして位置についた。
「では本番いきまーす。3,2,1、」
「皆さんこんばんは、真相タイムズのお時間です。司会のMです。よろしくお願いいたします。」
「NテレビアナウンサーのSです。」
「そして、今夜のゲストの皆さんです。どうぞ宜しくお願いいたします。」
「お願いします」
「さて、今回のテーマは、いまから十五年前の一九九五年、三月に起こり、今日時効を迎える、l県M川市未成年者殺人事件についてです。本番組では当時の関係者の方々においでいただき、真相により近づいていきたいと思います。」
「では、早速ですが事件の概要をこちらのボードにまとめたのでね、、、」
Mがボードをスタジオの中央に持ってくる。そこには事件の時系列順に警察、関係者などの証言が羅列してある。その中にはTの証言もあり、やや、大きめの枠に入れられている。
問題の事件だが、何故に注目を集めたかというと、事件概要が当時にしては奇妙であり、何より被害者が未成年だったという点が大きいだろう。また、犯人像が若手であると推察された事から世間はさらに注目した。
事件の概要はこうだ。
一九九五年、三月十五日未明、I県内M川市の林道でジョギング中の男性がグルグルに丸められた黒いビニールの塊を発見する。男性は「林道に不審物がある。」と警察に通報。三十分後警察が到着し、不審物を確認。形状から中身を推察する事が出来ず、爆発物である可能性もある為、県が自衛隊に協力要請し、撤去または解析を依頼した。解析の結果、爆発物でもなく、危険物質でもないと判断された為、中身を確認したところ、人間の白骨死体が発見された。この事は
「林道でグルグル巻き死体」
という見出しで翌日の一面を飾った。
死体は現場地域で三週間前から行方不明になっていた十七才の男子高校生、Fであると判明した。死因は腹部の刺し傷による出血によるもの。死体に目立った外傷はなく、抵抗跡や犯人の付着物なども発見されなかった。Fは事件前から同級生や地元の非行グループらと共に非行行為をしており、学校を休みがちだったという。恐らく、非行行為中になんらかのトラブルに巻き込まれ、殺害されたのだろう。そう警察は睨んでいた。だが、同級生や行動を共にした非行グループも事件のあった日にFを目撃しておらず、証言の裏も取れていたので、そこでF付近の者の犯行の線は消えた。
次に組織による犯行と見て、県内や県付近の暴力団などをあたったが、これも無駄骨に終わった。ここまで来た段階で警察は見切りを付けようとしていた。
ここである人物の証言が思わず事態を変える。その人物は塊を発見した男だった。
男の証言によると、男は塊を発見する五分前、反対側の林道を走る一人の若い青年を目撃していたのだ。
この証言が事態を急変させる。警察はこの青年を容疑者と睨み、捜査を続けた。容疑者はFと年が近く、Fと面識がない、青年。単独犯だとすれば、一人で殺し、遺棄した事になる。ビニールも元からあった物ではないことから、計画的犯行であると推測された。
男の証言からその青年のモンタージュが作られ、公開された。
しかしこのモンタージュ。かなりいそうな顔であるが、近しい人物は出てこなかった。
モンタージュと言えど人間の作った物であるから、そう簡単には犯人に繋がらない。それが当時としては常識だった。
がしかしだ。
通常、モンタージュにはタレコミなどが入ってくるものである。一つに対し、一件や二件は必ず付いてくる。
だが、
このモンタージュに関しては何ひとつもタレコミが無かったのだ。
これまでの経緯から、その青年像を推察する。
Fとの面識がなく、計画的に犯行を行い、痕跡を残さない。
そして何より、誰一人としてその顔を知らない、青年。
この犯人像から、巷では「犯人はプロの殺し屋なんじゃないか」という噂も流れた。時に死体発見から四年後の事だった。
その時、あるもう一つの事件が、世間の関心を集める。その事件は本件よりさらに謎が多く、今もなお、捜査が続いている。
そんな事もあってか、この事件はモンタージュの青年を謎にしたまま、今日時効を迎える。
以上が概要である。
Tは自分の出番を待ちながらホワイトボードの情報や他のゲストの話を見聞きしていた。
本件とTの関係であるが、Tは事件当時、警官であり、ジョギングの男の話を元にモンタージュを描いた。
間接的に言えば、犯人の顔を見た人物である。
「次にお話を伺うのは、当時、犯人のモンタージュ作成に関わられた元警察官のTさんです、改めまして、本日はどうぞ宜しくお願い致します」
「お願いします」
「えーまず始めにですね、こちらをご覧頂きたいんですけれども、、」
Mはスタジオ内のテレビモニターに顔を向ける。
モニターには何年かぶりに見るモンタージュが映っている。やはりいつ見てもよくいそうな顔だ。
「いやー、結構ある顔ですよねえ、Tさん」
「ええ、そうですね」
「ところがですよ、皆さん、なんとこの顔のモンタージュ、タレコミが一件も入っていないんです」
「奇妙ですよねえ、Tさん」
「はい、自分としても不思議で何度もモンタージュと証言を見返したのですが、やはりこの顔に行き着いてしまうんです」
MはTの方に向き直し、
「これはあくまでも、噂なんですがね、この顔、この世に存在しない者、つまり幽霊の顔っていう説があるんですよ」
「へーそうなんですか。」
その後もMと他のゲストの話が続き、番組も終盤に差し掛かって来た。
「さて、時効成立まで残り、一時間を過ぎました、真相に近づいて参ります」
「ここまでに分かっている事をまとめて行きましょう」
「犯人は事件当時、青年であった、計画的に犯行を行い、痕跡も残していない、そして何より、誰もその顔を知らない」
「こんなに不思議な事をそのままにしていて良いのか?いいや、良い訳がない」
Mは一本のディスクを懐から出し、右手に掲げる。
「今回、番組はある人物を捜索しました、その人物とは、モンタージュの証言者であるB氏です」
ゲスト一同はざわめく。Tも動揺する。
「そして今回の特集に際して、もう一度モンタージュ作成に協力してもらいました」
「そして、この画像が今回、新しく作られたモンタージュです」
Mはディスクをテレビモニターのトレイに入れる。
画面にはそれまでのモンタージュとは違う、全く別人の顔が映し出された。スタジオには動揺の声が響き、
Tも更に動揺した。
これは、、、
MはTの方を振り向く。
「Tさん、流石に動揺を隠しきれないようですね。」
「いや、こんなに違うとはね、、、」
「そうですよねえ。」
いや、違う、そうじゃない。というかこの顔は、、、
「更に今回、モンタージュの専門家の方にこのモンタージュの人物の十五年後を描いてもらいました。」
なんだって、、、
「つまり、その画像こそが真の犯人の今の顔です。」
Tはじっとして動かず、真っ直ぐモニターのみを睨む。
「それではご覧いただきましょう、15年前、Fを刺殺し、顔が割れる事なく今日までその姿を隠し続けてきたその犯人の今を」
スタジオのライトがモニターに集まり、周囲には緊張が走る。
Mはモニターに手を大きく振り、Tはやはりモニターをじっと睨む。
「その画像がこちらです」
画像が表示される。
その画像が映された瞬間、現場は氷ついた。
Mはしばらくモンタージュを眺めると、他のゲストと違い、一人だけ頭を垂れているTに近づいた。Tの前に立ち、モニターを指さす。
「この顔に見覚えありませんかねえ、Tさん」
「、、、、、」Tは沈黙する。
Mは向きを変え、中央に進みながら構わず続ける。
「今回、Bさんに貴方の作ったモンタージュを改めて見てもらった所、 全くもって自分の証言とは違うという事でした」
Tは沈黙を貫く。
「そして、専門家の方の話によると、当時公開されたモンタージュの画像は、日本人男性の顔の平均値を表した意図的なモンタージュであるというんですね、つまり、誰しも見覚えがあるようで見覚えがない、そんな顔だという事なんです、そして、今日までにそんな顔の人物はこの世には実在していないんです」
「、、、、」
「どうりでタレコミが来ないはずですよ、何せ、モンタージュの人物は最初から存在していないのですから」
「、、、、」
「つまり、貴方は実在しない人物のモンタージュを意図的に描いたという事なんですね」
「では、何故、貴方は実在しない人物のモンタージュを描いたのか」
「貴方は当初警察官であり、この事件でのモンタージュ作成においてその功績を認められている」
「それなのになぜ、貴方は嘘を付く必要があったのか、ここが今回私が一番疑問に思った点でした」
「ですが、この画像を見た瞬間、やっと理解しましたよ、貴方が嘘を付かざるを得なかったその理由を」
「、、、」
「答えは簡単、この画像がその理由を物語っています」
Tはもう一度、画面のモンタージュをみる。
そのモンタージュは紛れもなく、
Tの顔であった。
「恐らく、貴方はFを殺害した犯人。しかも、当時の警察内部の情報を知っていた為、痕跡を隠す事は容易だった、だが、ここで問題が起こった、死体を遺棄した後、ジョギング中のB氏に顔を見られた、このままではモンタージュで顔が割れてしまう、そこで貴方は思い付く、自分がモンタージュを作れば自分と割れる事はないと、そして、貴方は存在しない人物のモンタージュを作り、約十五年間もの間、民衆に信じさせた」
「そして今日、時効を迎えるこの日に関係者として出席し、我々と共に真相を追い求める姿を見せながら、優越感と共に時効を迎えようとした」
Tは諦めたのか、動かなくなった。下にうつむき、じっとしている。
MはTに近づき、
「合っていますか?」と尋ねる。
Tは下にうつむきながら、小さく、
「ああ」
と言った。 Tにもはや逃げ場などなく、Tは動かずにじっとしている。
スタジオが静まりかえっていると、暗闇から二人の人影が歩いて来る。影はTの前まで来ると、
「Tだな」と名前を訪ねる。
Tが「はい、」
と答えると、
「警察だ、お前を殺人、死体遺棄、及び虚偽罪の疑いで逮捕する」
Tは手錠を掛けられ、立ち上がる。
二人組の男に連れていかれるTをみながら、Mは机の上に置かれたモンタージュをもう一度見る。
やはり、どこにでもいそうな顔だ。
Mがしばらくモンタージュを眺めているとアナウンスが入った。
「お疲れ様でした、ご協力ありがとうございました、気を付けてお帰りください」
Mはスタジオの暗闇に向かって一礼すると、モンタージュを机に置き、そのままスタジオを後にした。
楽屋に戻り、服を着替え終えると、ノックがあった。Mは「今出るよ。」と一言いうと荷物を持って部屋を出た。
車中、Mは数人が話合っている傍らで、携帯でモンタージュを見ていた。
マネージャーがMの見ているモンタージュに気づく。
「おっ、Mさんそれが例のモンタージュですか、」
「ああ、そうだよ、今回の協力の見返りだ」
「これであの未解決事件を先取りできますね」
「ああ、そうだね」
マネージャーはカメラマン達の方に向き直し、談笑する。
Mは変わらず、モンタージュの画像を見つめている。
しばらく眺めるとモンタージュの画像を長押しする、
「この画像を消去しますか」
携帯の画面にテロップが出る。
「実在した、幽霊、か、、」
そう呟くと、
「はい」のテロップを押した。
ペンネームの通り、初心者が書いた作品ですので、アドバイスや修正のコメントを書かれる時には何卒、柔らかいご指摘をお願いいたします。