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自称異世界転生ソムリエ

 無駄な説明は省きます。


 トンネルを抜けたらそこは異世界でした。

 OK? OKですね?




 


 朝の日差しが寝室に差し込む。

 奇妙にすっきりとした気持ちで目覚めた私は、笑顔になるのを止められなかった。

 寝起き全開スマイル。世界の神様ありがとうございます!!


「コウファ、起きて。出発に遅れちゃう」

「……んん、起きてる」


 ふわふわの毛布の下から伸びてきた腕に、私はしっかりと抱きとめられた。私の四倍もありそうな逞しい腕は、それだけでも一日中見ていられそうだ。


「おはようリュン、何食べる?」

「昨日発酵薄焼きパン(ナジケル)の生地を寝かせておいたの。私が焼くからコウファは食べたいものを好きなだけテーブルに出しておいて」


 癖のある真っ赤な髪、甘い顔立ちに無精髭。首は太く、胸板も厚く、うっすらと脂肪の乗った腹筋はどんな打撃だって受け止めてしまう。

 昨今の流行、もしくは夢女の永遠の理想トップ争いには食い込めないゴリゴリマッチョレスラー体型の、この男性が私の夫だ。


「リュンは今日も別嬪だな」

「そうよ、でも顔を洗ってもっと美人になりたいから離して」

「ははは、行って来い」


 彼の腕から逃れ、弾むように洗面所へ向かう。


(はーーーー!! むり! しんでしまう!!)


 尊さに息が詰まる。

 異世界の神様、ほんとうにありがとう!


 磨かれた高級品の鏡に映るのは、十六歳の少女だ。

 艶々で真っ直ぐな黒髪、形のよい瞳の色は金色、長い手足に肌は透けるような白。

 この世界でもとんでもないレベルの美人だ。

 この異世界王国“リーデンス”に移住した際には幾人もの貴族に声をかけられ、奴隷商人や女衒に浚われそうになり、金持ちのボンボンに脅されることも数え切れない。

 しかし。


 結婚してますからーー! 残念!!


 もう夫以外目になんて入らない。無理。

 三十四歳という美味しすぎる(当社比)年齢、見た目も強そうならば実力も王国で一二を争うレベルの魔法剣士だ。

 転生前にストレスと現実逃避で読みまくっていた異世界転生物語。それはもう、異世界転生ソムリエと呼んで頂いてもよくってよ? と自負する程度にはテンプレを知っている。

 美男美女の年の差夫婦で、押し寄せるテンプレを千切っては投げまくっているのだ。かかってこい!!


「リュン、スープは何いれる?」

「卵と、それからパミ草がいいな」

「おう、まかせろ」


 窯に火がまわっているのを確認して、パンやコウファの好きな腸詰め等いろいろな物を焼いていく。コウファは料理も上手いし皿洗いだって丁寧だ。豪快な見た目を裏切る素晴らしさ。ああ、夫格好いい。

 推定百八十五センチの大きな背中が器用に動き回り、朝食が完成する。


「ナジケルおいしい」

「ああ、腕を上げたなぁ」


 発酵させた薄焼きのパンは外側カリカリで中はお餅のような食感の不思議な食べ物で、この世界で小麦と同じくらい流通しているナジと呼ばれる実の粉末からできている。


「俺がいない間、寂しくて泣くなよ」

「寂しいけど泣かないわ、子供じゃないもの。それに店番は“ハナ”がしてくれるし」

「ハナがいれば安心か」


 コウファは王立職業斡旋ギルドのベテランだ。

 魔物は存在するが冒険者ギルド、などというものは無く、害獣魔獣、魔物退治は基本的に専業兵士の仕事だ。

 それでも間に合わない場合、斡旋ギルドに登録して、なおかつ一定の信頼を得ているフリーの狩人や傭兵に声をかける。

 今回コウファは、およそ半月の害獣魔獣退治にかり出される。結婚しておよそ一年、新婚生活を堪能してようやく重い腰をあげたのだ。


「コウファが頑張ればきっとすぐ帰れるわ。待ってる」

「勿論、ご期待に添えるよう頑張るさ」


 食後のお茶を飲み、コウファはバスターソードと背嚢を持って集合場所へと出かけていった。お出かけのハグとキスは当然しましたとも。無精髭の感触、ありがたい……。


 片づけを終え、開店準備を整える。

 一年前に建てたこの家は、一階部分が店舗と小さな倉庫、キッチンとトイレだ。

 店舗は“たばこ屋”風の小さな窓口から販売する仕組みで、開店当初はとても珍しがられた。

 私は錬金術が使えるので、販売するのはお手頃なポーションや塗り薬が主で、その他は量り売りの塩や砂糖、実験途中でなぜか出来てしまったワサビもどき。それと駄菓子も売れないかと試したら、むしろそっちが主流になりそうな勢いの人気になった棒つき飴と箱入りクッキー(気が向いたら焼くので限定品)だ。ちなみに砂糖価格高騰につき販売個数は限らせていただきます。

 商品の在庫を確認し、窓口に設置している秤の埃をはらい、愛用の“バターナイフ”を腰のベルトに差して“リュンのお店”の小部屋に設置された椅子に腰を降ろす。販売員が立ちっぱなしなんてナンセンスだ。

 

「おいで“ハナ”」


 店の奥の小あがりに魔法陣が浮き上がり、そこから真っ黒なメスのライオンがあらわれた。私の召還獣、ハナちゃんだ。強い獣をイメージしたらなぜかメスのライオンだったのだ。雄ライオンは働かないからかもしれない。

 大きなハナの喉と頭をなで回してグルグル声を堪能したら、ようやく開店するべく施錠の魔法を解除し、窓を開けた。ちなみに開店時間も閉店時間も決めていない。私は自由だ!


「おはようリュンちゃん、お砂糖入荷してる?」

「はい、でも百リーンで銀貨一枚です」

「あら、やっぱり値上がりするわねぇ」

「今年は海側が不作でしたから」


 開店当初からの常連、ルンナおばさんが値上がりに文句をいいながらも砂糖と塩を購入、妹さんが訪ねてくるからとクッキーの予約をして去っていった。

 その後もちらほらお客が途切れずあらわれ、子供たちがハナに会いたいと来て、窓口に顔を出したハナを撫でて満足そうに去っていった。初めてハナを見たらしい通りがかりの人たちは皆ぎょっとした顔をしていた。たばこ屋の窓から柴犬ならぬメスライオンだ。確かにこわい。


 その招かれざる客が来たのは昼食時に一旦窓口を閉めていた時だ。“ただいま休憩中”と札をかけているにもかかわらず延々とノックされ、最後には脅すような拳で打ち付けるような音に変わった。

 イライラした。

 ゆっくりと食後のお茶を飲み、閉めている窓口を開ける前にハナを手招きする。


「食いちぎっちゃだめよ?」

「グルル」


 賢いハナが頷き、小窓を開けたと同時に悲鳴があがった。


「なっ、なっ、」


 窓口から顔を出したハナが牙を剥きだして唸り、見知らぬ中年の男が尻餅をついていた。私が好きな中年は夫だけなので、その他はゾウリムシかダンゴムシにしか見えない。


「休憩中ですので火急の用以外は販売しません」

「おっ、おまえが店主か!」


 はいアウトー。テンプレテンプレ。

 人の話聞かない、初対面でお前呼ばわり。こんなやつ本当はいるはず無いと若い頃は思ってましたけど、実際は腐るほど居るんですよね。あ、私十六歳でした。


「お急ぎじゃないようなので、閉めます。では」

「おい!!」


 お話が出来ないのでパタンと窓を閉めて施錠。ついでに遮音魔法もかけました。不愉快な気持ちになったので、午後は夕方の買い物時間しか開けないことにします。


 そんなことがあった翌日、開店しようと窓をあけたら、店の目の前に馬車が停まっていました。燃やそうかな??


「おはようございます、リュンさまですね」


 丁寧に頭を下げてきたのは見覚えの無い中年男。昨日とは別の中年男である。丁寧に頭を下げられても、現在進行中で営業妨害だ。


「そこに馬車を停められるととても困るのですが」

「どうぞお話をお聞きください。すぐすみますから」


 ニコニコと脅迫されて、内心すでにぶち切れている。中年が店の中に目をやって、まだハナが召還されていないのを確認するのが見えた。


「では五秒だけお話を聞きます」

「リュンさまに目をかけられた尊い方がおられます。リュンさまの作られる薬は大変素晴らしく、その方はリュンさまの望まれる環境を整え、リュンさまが安心して働ける場所を用意すると言われております。そして」

「長い」


 五秒っていったでしょ。

 いくらでもしゃべりそうな中年男を遮り、後ろで心配そうに見ていたルンナおばさんに手を振った。


「おばさま! いつものようにお願いします」

「リュンちゃん、やりすぎはだめよ!」


 ルンナおばさんが小走りで視界から消えると、中年の顔からは嘘くさい笑顔も消えていた。


「良い話だと思うのですが」

「どこがでしょう」

「このような小さなお店でなく、王都に大店を構えることもできるでしょう」

「夫を裏切り、誰かの愛人になって?」

「そうとは申し上げておりませんが」

「でもそうでしょう? こういう話、聞き飽きてるんです。もう少しひねりがあってもいいと毎回思うんですけど、みんな異世界小説読み過ぎなんじゃないかしら」

「は? いせかい……」

「黙って」


 年若く美しい少女(人妻)を奪ってその評判の店、質の良いポーションを独占、その召還獣も使い放題。

 馬鹿なのかな? どうして出来ると思うのかな?


 小窓を閉めて、店の横の非常口から表へと出た。本当に馬車が邪魔。


「ほら、その馬車に自称屈強なゴロツキが乗っているんでしょう? 私知ってるんだから。暗くなるまで待ち伏せて襲ってくるくらいなら今にしましょうよ。どうせ小娘一人浚う仕事とかいわれて鼻の下伸ばしてお金貰ったんでしょう? 出てきなさいよゴミ男。

どうせ私の夫の髭の一本以下の価値すらない不細工ばっかりなんでしょ」

「……てめぇ!」


 馬車の荷台から飛び出て来たのは案の定体臭が酷そうな筋肉自慢の男で、清潔感あふれるコウファと比べるのもおこがましい人種だった。

 その後ろからもぞろぞろと三人、昼日中ということも忘れて額に青筋立てて怒鳴っている。


「調子にのりやがって!」

「腕の一本も折れば大人しくなるさ」


 堂々とした下衆宣言に心が軽くなった。

 心置きなく削り取れる(・・・・・)


 私を囲むように手を伸ばしてきた男どもの腕を避け、腰から“バターナイフ”を抜き取り、身を伏せながら腕を振り抜いて三人の膝下を撫でた(・・・)


「……あ?」


 屈んだ姿勢のまま後ろへ飛び、飛沫を避ける。

 汚い唾液がかからぬように。


「ぎゃあああああ!!」

「あ、あし! 足が」

「うがあああっ!!」


 下衆男が見苦しく転がり、膝下から血、唾液をまき散らしながら叫ぶのをうんざりしながら見下ろして、顔色を青から白に変えつつある中年男を見据えた。別に見たくもないけれども仕方がない。


「今なら切断した足も元に戻る特級ポーションの在庫が三本ございますけど、どうします? 時間が経つほど効果は薄くなりますけど」

「あ……」


 バターナイフから血糊を飛ばして清浄魔法をかけ、鞘に戻す。このナイフは“鎧だってなんだってバターのように切れる”私特性のナイフだ。あまりに危ないので夫と私の持つ二本だけしか作っていない。見た目はごく普通のナイフなので、コウファの戦いを見た人はコウファ自身の腕のおかげだと思われているし、私自身の腕は街のひとたちならばよく知っている。


「リュンちゃん!」


 中年男があわあわとしているうちにルンナおばさんが警備兵を呼んできてくれて、わたしはニコニコと手を振った。


「おばさまありがとう! 今日は足しか切ってませんよ!」

「はぁぁ、足だけってあんた……ほらあんたたち、月払いでいいからポーション買わないと。払えなかったら借金奴隷に堕ちるし今日のことで結局は犯罪奴隷になるけど、足がなくなるよりいいでしょう」


 おばさまが手を差し出して来たので、渋々最初から用意していた特級ポーションを渡すと三人各自に己の足を持たせて切れ目に中身をかけていった。

 数秒で傷跡も残さず繋がると、見物人から「おお」と歓声があがる。

 宣伝ありがとうございます。


「では連行しますね」

「ご苦労様です」


 若い警備兵が少し頬を染めて、上官の年輩の警備兵はうんざりした顔で事情聴取もそこそこに縄に繋いだ三人を連れて行った。ついでに捕らえられた中年男がキャンキャンと弁解をしている。おそらくあの男だけはすぐに釈放されるだろう。

 毎度恒例行事ながら、面倒くさい。


「リュンちゃん、お店開けられる?」

「ああ……馬車……」


 店先の馬車はそのままで、あとからルンナさんの旦那さんが移動させてくれるとのことで、お言葉に甘えた。

 ルンナさんの予約していたクッキーだけを持って、彼女の自宅にお茶を飲みに誘われたのでお邪魔する。

 一年前に色々あってから、彼女は頼れるお母さん的な人になっているのだ。


「毎回飽きもせず、よく続くわねぇ」

「びっくりですよね」

「貴方自身にびっくりよ」


 ルンナおばさんが苦笑いしている。

 

「わたしがどんなにコウファを愛しているのか、毎回出会い編から語るべきなのかしら」

「私はもう聞き飽きたから、わたしの居ないところでやってね」

「えぇ……」


 辺境の村でコウファに出会い、あまりの理想の男性っぷりに出会った日に求婚してしまい、そこから年の差問題や辺境の村ならではの軋轢や事件や諸々を語ると軽く単行本一冊を越えるわけですが。


「ほんとリュンちゃんは、とんでもなく美人なのにとんでもない性格よね」

「コウファが愛してくれているからいいのです」


 浮気もNTRも発生しませんからね!

 愛があるから夫を長期間の仕事へ笑って送

り出せるのです。

 

 だって私、攻撃魔法、回復魔法、召還術、錬金術、空間魔術を身につけている上に肉体強化でコウファより強い、最強主人公設定ですから。




 

 


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