ウィンナーコーヒー
駅前の路地裏にその喫茶店はある。八月の太陽の痛いほどの光の束を遮るようにグリーンカーテンが設置されているため店内は冷房設備がないのに涼しい。
お洒落なアンティークがそろいおちついた雰囲気の照明は雨上がりの夕暮れのように神々しく輝いていた。六坪ほどの空間に小さな丸イスが三つとカウンター席があって私は一番奥の席に座りブレンドコーヒーを注文した。さっき買った短編集を手にくるはずのない翔太をまつ。運ばれてきたコーヒーの湯気の隙間から翔太が話しかけてきそうなそんな気がした。
「なぁウインナーコーヒーってウインナーついてくんのかな?」
えっ。首を傾げて真剣に聞いてくるから私は口に含んだ水をふき出しそうになる。
「翔太。ウィンナーコーヒーにはウインナーはついてこないよ」
「じゃあなにがついてくるんだ?」
「なにもついてこないよ」
「わかった。ソーセージだ」
「はいはい」
翔太は中学、高校のときの同級生。野球をやっていて大学にいってからもまだ続けている。ラインの写真に優勝の二文字がかかれた電光掲示板を背景にした野球部の集合写真が送られてきた。私は野球のことは詳しく知らないからわからなかったけどかなりすごいことらしくメディアでも大きく取り上げられたらしい。
「でもさよかったよまた優勝できたから里恵にあえた」
「またまた」
メニューを見ながらそう言うと注文決まった?と手のひらを上にむけた。私がブレンドを頼むと翔太はうーんと唸って迷っている。
「頼めばウィンナーコーヒー」
「いやブレンドもいいなと思って・・・・・・」
さんざん迷ってきりがないから私がおかわりすればいいというとへの字に曲がった唇をだらしなく緩めてしまりのない笑顔を見せた。
「じゃあそうする」
コーヒーができる間、翔太はモンブランを食べていた。あとで知ったんだけどこの喫茶店のモンブランはテレビで紹介されたほどおいしいと有名なモンブランを食べなかったことを後悔した。
「翔太は元気でやってるの?」
「はってるほ」
口にまだ残ったモンブランをぺちゃぺちゃ食べながら言った。話しかけておいてなんだが喋るか、食べるかどっちかにしてほしい。
「里恵は最近元気?学校でいじめられてない?歯科衛生士ってよくわからないから先輩とかいるの?」
「大丈夫だよ。最近は実習ばっかで先輩とかいないし」
うそをついた。私は実習先の病院でしこたま怒られていた。機械の設定を間違えたり床に滑って器具をぶちまけたりなかでも患者さんとの会話が苦手で緊張して言葉に詰まってしまう。受付をやっていてもあがってしまって何を言っているかわからないと苦情がきた。
「どうしたのなんかあった?」
無神経な野球バカのくせに核心を突いてくるから腹が立つ。
「私、人と話すのが苦手なんだ」
「うそだ。いまもこうやって話してるじゃないか」
「それはそうだけど・・・・・・」
「あのさじゃあ落語聴いたら?」
「落語?」
「そう落語おもしろいよ」
翔太はジーンズのポケットからスマートフォンを取り出した。私が持っている機種よりひとまわり大きい最新機種で保護カバーの色が同じだった。
「俺が好きな落語家。古典も好きだけどやっぱり創作落語がおもしろいんだ」
年頃の男の子に比べてアプリツールが少ない翔太のスマートフォンは容量が軽そうだ。そのなかで動画や音楽をダウンロードできる便利なアプリツールがインストールしてあった。友達によると男の子はそのアプリツールにエッチな動画を隠しているって言っていたけどこの野球バカにそもそも性欲なんてあるのだろうか?
「ほら耳貸せよ」
翔太はイヤホンの片方を私の右耳につけた。えー毎度ばかばかしい噺をひとつからはじまるその落語はどうやら創作落語で世の中の矛盾を皮肉に笑いを誘い。おもわずくすっとしてしまう内容だった。
「お待たせしました。ブレンドとウィンナーコーヒーです」
私たちはその声で我に返ってお互いの顔の距離があんまりにも近いことに気づいて目をそらす。翔太が頼んだウインナコーヒーはコーヒーの上に生クリームが乗っている。
「えっ。これがウインナーコーヒー?うそだろ。超かわいいじゃん」
「スプーンでかき混ぜてコーヒーに溶かしながら飲むんだよ」
私の忠告もむなしくそのまま飲むから鼻のてっぺんに生クリームがついてピエロみたいになっている。
「ハンカチある?」
「ティッシュならあるよ」
翔太は照れ隠しか荒々しくカップを置いた。カップとソーサがガチャリと大きな音を立てて私は背筋がびくりとした。差し出したポケットティッシュを二、三枚乱暴に抜くと鼻の先についたクリームをふいてくしゃくしゃに丸めてポケットに押し入れて笑った。ぐしゃぐしゃと短い髪の毛をかきむしったあと小さく深呼吸をしてスプーンでコーヒーをかきまぜた。黒い大海原に浮かぶ巨大な白い泡が少しずつ溶けていきやわらかい色になっていく。私も目の前のコーヒーに手を伸ばした。カップを鼻先までもっていくと上品な香りがまるでブラックホールのように渦巻いて私を取り込んでいく。そのまま舌にころがせば体全体に静かな苦味を感じ取ることができる。時間を気にしないで誰かと話したのは久しぶりだった。心なしか店内が薄暗くなった気がする。
「なぁブレンド飲ましてぇ」
私がうんというまえに翔太はカップを手にとりそのまま口に入れた。
「このコーヒーいつも飲んでるやつより苦い」
「せっかちに飲むから、はいミルク」
ミルクが入った容器を翔太に差し出したが翔太はそれを拒んだ。
「いや、苦いのは別に嫌いじゃないし、それに、苦いのを怖がらずに味わっていればこのコーヒーは、奥で微かに甘い味がするんだ」
翔太はそう言ったがもう私のコーヒーに手をつけなかった。きっと想像以上に苦かったのだろう。
「なぁ。このあと寄りたいとこあるんだけどつきあってくれる?」
「いいけど。どこにいきたいの?」
「本屋さん」
「翔太が本なんて読むの?」
「ばかにしてる?」
「ちがう、驚いている」
年中無休で野球のことを考えてそうな翔太が本を読む?アリとキリギリスのキリギリスがまじめに働くくらい想像できなかった。
「なに笑ってんの?」
「なんでもない。でも私、翔太のこと知っているようでなにも知らなかったんだなって」
「なにそれ」
翔太はそう言うと残ったコーヒーを一気に飲み干した。私もコーヒーが冷めないうちに飲み干そうとしたがすでに冷めていてただ苦いだけのコーヒーになっていた。
お会計を済まして外に出るとうっすら暗くなっていた。空を見上げるとはやばやとのぼっているあの星はこと座のベガでやがてその左下のほうに白鳥座のデネブ、鷲座のアルタイルが現れる。夏を代表する星座だ。その三つの星を指でなぞると夏の大三角が出来上がる。
「宮沢賢治の星めぐりの歌を思い出すな」
「本読んでるアピールはいいよ」
呆れて言うと翔太はむっとして顔を膨らました。
「星めぐりの歌は昔から知ってるよ。歌ってやろうか」
「別にいいよ」
がっくりと肩をおとした翔太はそれから開き直ったように笑う。そういえば関東近辺の梅雨明けは例年よりも遅いって気象庁がテレビでいってたっけ。私たちが住む場所は、盆地になっていて日夜を問わずとにかく暑い。そして周りを山で囲まれているため雨雲が入ってきにくいみたいだ。
信号待ちで立ち止まる。黒いソーダ水を飲み込んだような夜めく心をおさえながらとなりにいる翔太を眺めた。野球選手としてお世辞にも大きくはないが小さくもない。半そでのボーダーのシャツから見える三頭筋から上腕二頭筋にかけてかなりがっつりしていた。日々のトレーニングで培われた筋肉は血管を浮かばせて常に緊張状態で張り詰めている。座っていたから気がつかなかったが下半身が太いからジーンズが太ももの部分にひっかかりボディーラインがはっきりとわかった。翔太は服とかお洒落とか興味がないと言っていたけど、男の人にとって筋肉はファッションのひとつで最大の武器になると思う。その健康的な肉体は女の本能を呼び起こすには十分すぎる材料だ。
「なあ星新一とかわかる?」
「あ、うん。ぼっこちゃんとか読んだことある」
何事もなかったように私は空を見上げて言った。翔太の体を観察してたなんて恥ずかしいことは言えない。
「俺、ショートショート好きなんだ。なんかさすぐ終わって読みやすいし話の最後に驚かされるだろ、あれがいいんだよ」
星新一を私が知っていたのは父の書斎に星新一の全集が置いてあったからだった。短編にも満たない長短編のことをショートショートといいそのジャンルを確立したのが星新一というわけだ。
「でも怖い話もあるでしょう」
まあと短い髪をかきむしり数本だけとび出した前髪を必要以上に触った。信号が青に変わり、みな足早に駅に向かうのに翔太は立ち止まったままだった。川の流れをせき止める一枚岩のように立ち尽くし何かを待っていた。夜空には恒星が銀紙みたいに何億と貼り付いている。
「俺らの命も星から見たらショートショートだよな。きっと」
翔太がこっちをむいた。目があう。
「好きなんだ。おまえのことが」
「それであなたは走って逃げてきちゃったってこと?バカだね~」
香奈は小学校からの親友でいまも同じ専門学校に通っている。私と違って器用で要領がよく気遣いができる香奈は研修先でも評判がいい。学校でも持ち前のリーダーシップを遺憾なく発揮し、みんなからの信頼も厚かった。それは香奈が斜に構えることなく真摯に相談に乗ったり私たちの話を聞いてくれるからだろう。実際に昨日の夜泣きながら電話したら朝一番に家に来てくれた。
「しょうがないじゃん。だって・・・・・・」
あのとき私は逃げた。全力で歩道をわたり改札を抜けプラットホームにとびだした。都合よく到着した電車に乗って一人分あいた席に座り口をわなわなさせて震えていた。私は怖かったのだ。ずっと仲良くしてきた友達が突然男の目をしたことに。
「それで、そのあと連絡したの?」
「できるわけないよ。翔太からもラインがきてないし」
「まぁ里恵らしいちゃ里恵らしいけど」
香奈はそういって紙コップに淹れたインスタントコーヒーを手に取った。昨日の今日で一杯百円もしないインスタントコーヒーだから私は白湯を飲んでるみたいで自分で淹れたくせに一口飲んで飲むのを止めた。
「あと里恵しょうがないじゃんって口癖やめな」
「え、なんでよ」
「世の中にはしょうがないじゃんで済むことなんてないからよ」
香奈は立ち上がり荷物をまとめながらいった。今日はこれから予定があるらしくさっきから時計を気にしてばかりいる。ドアノブに手をかけて部屋を出ようとしたとき私が漏らした言葉に反応して振り返っていった。
「今日中にラインでもなんでもいいから連絡しなさい。わかった」
香奈の後ろ姿を眼で追いながら私はスマートフォンを手にとり。文字を打って返信ボタンを押そうと人差し指を伸ばす。
「だめだなぁ~私は」
伸ばした人差し指を折り曲げてスマートフォンをベッドに置いた。膝を抱えて顔をうずめてさっきの言葉を繰り返す。
そんなこといったってしょうがないじゃん。
午後からのアルバイトまで時間がある私は少し腫れて開きにくくなったまぶたを閉じた。
私のバイト先は家から百メートルほど離れたところにあるレストランだ。最近入った新人、麻紀ちゃんの教育を任され少し億劫になりながらも厨房の段取りや接客の仕方などを教えていた。麻紀ちゃんは近くの高校に通う十七歳のかわいらしい女の子だった。私のわかりにくい説明をうんうんと頷いて真剣に聞いてくれるからこの頃はアルバイトが楽しくてしょうがない。てきぱきと働く麻紀ちゃんはお客さんの受けもよく麻紀ちゃんのシフトの日は多くの人でいっぱいになるほどだ。私がそんな人気者の麻紀ちゃんに相談を受けたのは七月の終わりの蒸し暑い午後のことだった。
「穂積さんちょっといいですか?」
いつもにこにこ麻紀ちゃんが思いつめた顔で話しかけてきたから私はちょっぴり緊張していつもより低い声でなぁにと尋ねた。
「私、どうしたらいいかわからなくて・・・・・・」
「どうしたの?今日はお客さん少ないし早くあがれるって店長いってたからあとでゆっくりきくよ」
麻紀ちゃんはわかりましたといってカウンターに戻っていく。私は後輩に始めて頼られた事への喜びとへたなアドバイスはできないというプレッシャーでどきどきしていた。
仕事が終わって私は麻紀ちゃんを自宅に呼んだ。麻紀ちゃんは規則違反ぎりぎりのスカート丈、夏用の制服とその下に薄っすら透ける可愛らしいシャツを着ていた。私の家まで伸びる道は、よく見るとなだらかな坂になっていて、慣れない人が平地と同じ感覚で歩くとかかとを擦ってしまう。麻紀ちゃんもかちゃかちゃとローファーをならして私のとなりを歩く。すぐ目の前にある富士山の頂上には雲がかかり薄っすら赤く萌えていた。時計を見なくてもなんとなく時間が分かるのはこの地に長く住んでいるからだろう。
玄関を上がって階段を登る。部屋に人を入れるのは躊躇はないけど少し緊張していたのかな?顔が固い。
「麻紀ちゃん、そう固くならずに座って、座って、あ、そうだコーヒー飲む?インスタントだけど」
「いただきます」
ケトルポットに水をいれお気に入りのカップを用意した。麻紀ちゃんはかしこまって足も崩そうとしない。それほど深刻な問題なのか私は特になにも考えず引き受けたことを後悔し始めた。ケトルポットから湯気が上がる。窓の外のお日様は八ヶ岳をオレンジ色に染め始めた。もう五分もなにも喋ってない。
「穂積さん私悩んでるんです」
「どうしたの」
「実は昨日、幼馴染の男の子から付き合ってくれって交際を申し込まれたんです」
はぇ。思わず力が抜けた私は体の底から聞いたことのない腑抜けた声を漏らす。
「なんだ恋の相談か」
「ひどい。私は真剣に悩んでたんです~」
話しを聞くとその男の子のことは嫌いではないらしい。幼稚園から一緒で親同士も仲がよく家族ぐるみの付き合いをしていたそうだ。
「昔からきょうだいのように仲良しだったからびっくりしちゃって、私、きもちわるいって、いってしまって、たくちゃんを傷つけて・・・・・・」
「大丈夫?」
麻紀ちゃんはそのときのことを思い出したのか感傷的になり涙を流した。よほど後悔しているのだろう。小さな雫がぽたぽたと落ちる。
「たくちゃんは勇気をだして告白してくれたのに私がその気持ちを踏みにじっちゃった。穂積さんどうしたらたくちゃんに許してもらえますか?」
私は安いコーヒーをカップに注いだ。部屋の中は冷房をがんがんにかけて若干寒いくらいだから、ちょうどいい温度だと思う。どこかの電柱にはりついたヒグラシのカナカナカナという鳴き声が耳に入ってきて、これから夏本番なのに晩夏をイメージさせて余計にせつなくなる。ヒグラシは俳句では、秋の季語としてよく使われるが夏場はアブラゼミやミンミンゼミと同じく四六時中鳴いてる。ただヒグラシは、他のセミとは違い日陰や涼しい森の中を好むから東京のような都会の街ではなかなかお目にかかれない。ミッキーがプリントされたカップを手にとり麻紀ちゃんはようやく一口飲んだ。
「おいしいです」
「よかった」
鼻をすすりながら笑う麻紀ちゃんに安心しながら私もカップを手に取る。コーヒーに映る自分の顔を見つめながらゆっくり口にいれた。
「なんかさコーヒーってせつなくて優しい恋の味だよね」
自分で言って頬を染める。二十歳にもなってなにを青臭いことを。
「分かります。ほろ苦い優しい味です」
私は、エアコンを止めた。立ち上がって窓を開け外の空気を取り込んだ。日暮れというのに肌を焼くような熱風が吹き抜ける。二階から見渡す見慣れた町の風景に当たり前のようにそびえたつ富士の山。ゆっくり背伸びをして、深呼吸。私は、麻紀ちゃんが求める答えを知っている。
「大丈夫だよ。麻紀ちゃんが泣くほど彼のことを大切に思っているなら。これまでの関係は壊れることはないよ」
「それでもまだ怖いです」
俯いた麻紀ちゃんはまるで明日にも世界が終わってしまうかのように不安な表情を浮かべていた。
「もう遅いし帰ろうか。送っていくよ」
二人で外に出ると緩やかな傾斜があって、左手には小さな花壇がある。いつ見ても土が綺麗に均されているのは、母が手入れを続けているからだろう。それにしても皮肉だ。と私は思う。私が悩んでも答えが分からなくて、すっかり諦めかけてたのに、同じ悩みを抱えた後輩に相談されて気がつくなんて、なんだか、落語みたい。
「なんで笑ってるんですか?」
小さな郵便局と赤いポストを通り過ぎると麻紀ちゃんは私に言った。どうやら家を出てからずっとニヤニヤしていたらしい。空にはもう一番星が貼りついていた。
「なんかさ、若いっていいなぁって思って」
「穂積さんもまだ若いじゃないですか」
「うん。精神的には、まだ中学生」
「じゃあ私は、小学生ですね」
突然、子どもみたいな口調で言った。ほんとに幼い、憎たらしいほど可愛らしい声だった。麻紀ちゃんは、私の手を不意に握りぴったりと体をくっつけてきた。花の十七歳。私も麻紀ちゃんみたいに可愛かったらもっと違う青春を送れたのかな。
「私の友達がね言ってたんだけど、あの星からしたら私たちの命なんて短編小説にも満たない、ショートショートなんだって」
私は適当に夜空の星を指差して言った。
「その人。ロマンティックなんですね」
「違うの。ただの本好きの野球バカ」
「穂積さん。その人のこと好きなんですね」
「そうかな?自分じゃわかんないよ。だっていつも一緒にいたし、特別な感情がないわけじゃないけど、それが恋なのか分からない」
我ながら曖昧な翔太に対する答えだった。麻紀ちゃんは、私に体をさらに密着させて言った。
「それは、恋です。そして穂積さんはその人のことが好きです。私がたくちゃんを好きなように」
その台詞は、優柔不断でなかなか答えが出せない私が一番求めていたものだった。麻紀ちゃんはもう答えを見つけやるべきことを理解している。街灯に照らされ、ふと、七時を過ぎたことに気がつく。
「穂積さん。ありがとうございました。お互い頑張りましょうね」
麻紀ちゃんは、もう前を向いて歩いている。うじうじしてるのは、私だけか。久しぶりに翔太のラインのトークを開いた。私の指先に迷いはなかった。返信ボタンを押すと私は猛然と来た道を全力で走り出した。最近運動をしていなかったからすぐに息切れを起こし汗をたくさんかいたけど、不思議と足は軽かった。翔太に告白されたあの日から、どうしたら翔太が私を許してくれるのかそればかり考えていた。臆病な自分をあの場から逃げたことを許してくれるかな。そればかり考えていた。自信がないことを言い訳にしてまぁいいかで済ませようとしていたんだ。目を細め、上を向いた。瞳には薄っすらと涙を滲ませていた。星の命と比べれば人の命なんて一瞬の輝きかもしれない。その刹那の輝きの間に私たちは人を好きになって、恋をして、また新しい命を生み出す。私はもう夢見る少女ではないけれど恋してる。それは、私にしか分からないたしかなことなのだ。
ぴこん。
既読がついてラインにメッセージが入った。夜空の向こうは何億もの星が輝いて、私の心を照らしてる。私たちの物語はこの瞬間からはじまる。それがどんな結末を迎えようと、私は途中で逃げるつもりなどないのだ。
FIN