第2話 旅立ち
「それでアンタ、そんな命令を引き受けたってわけ?」
店内に並べられている武器を見ているウィリエルに向かって、肩まで伸ばした紅い髪の上に手ぬぐいを被った少女は、苦々しい顔を浮かべて言う。
「そんな命令、なんかじゃないさ。サクゾバ様のお嫁、つまりはこの国の王妃を決めるという大役を、この俺なんかに託されたんだ」
「……はぁ。あの王様に嫁ぐ相手を、ねぇ。……可哀想で仕方ないわ」
「まあ、王妃になったら今までのような自由は保証されないだろうな」
「そこじゃないわよ……はぁ」
呆れた表情で、少女は二度目のため息をつく。
少女はカウンターから出て、ウィリエルの隣に立ち、目の前にある適当な剣を手に持つ。視線を剣に向けたまま、ぽつぽつと話す。
「……行っちゃうんだ」
「まあな。なんだ、スニ、寂しいのか?」
「は、はあ!?」
スニと呼ばれたその少女……この街に構えている武器屋の看板娘である、スニーサ・ジーナは顔を真っ赤に染めて、ウィリエルの方に振り向き、素っ頓狂な声を上げる。
「ば、ばか。どうしてアンタはそうストレートに……そうよ、寂しいわよ。悪い?」
「いや、何も悪くないさ。俺も寂しいし」
「そ、そうなんだ……」
スニーサは再び手に持っている剣に視線を移す。顔から赤みは消えていない。
ウィリエルは剣を一本手に持ち、誰もいない方向を向いて、軽くひと振りしてみる。どうも手に馴染まず、うーんと唸りながら首を傾げる。
「やっぱり剣はいらないかな。第一、剣術習ってないし」
「ばか、何言ってんのよ。最近はモンスターの目撃が増えてきてるのよ。いざとなった時どうすんのよ。アンタ、魔法もまともに使えないっていうのに」
「ぐっ……それを言われたら言い返せないな。ところで、これっていくらすんの?」
「それは安いわよ。5000Gくらいね」
「……マジ? 全然足りねえ……」
「はあ?」
驚くスニーサに、ぽりぽりと頬を掻きながらウィリエルは告白する。
「実はさ。この旅に出るに当たって、俺に支給されたの、500Gだけなんだよね」
「はあ!? 500Gってアンタ、ジュース5杯程度じゃない! あの野郎、どこまでクズなのよ……!」
「……あー、それがさ。現時点の俺の所持金、400Gなんだわ」
「なに一杯飲んでんのよ! ち、ちょっと待ってなさい」
そう言ってスニーサは、店頭に並んでいる商品を全て見ていった。そして最後の商品を見た後に、ため息をひとつついて言った。
「ダメ。ここには安くても3000Gのものしかないわ」
「そ、そうか……なら、仕方ないな。やっぱり剣なしで――」
「あ、アンタさあ! あ、アタシが作ったのでも……いい?」
不安そうな表情でウィリエルの言葉を遮って言った質問に、ウィリエルは「もちろん」と即答した。するとスニーサはパアッと顔を輝かせて、「待ってなさい」と言って店の裏に姿を消した。
しばらくして、彼女は鞘に入った一本の剣を抱えて持ってきた。
「こ、これなんだけど、さ。アタシが作ったので、初めて親父が認めたやつでさ……ど、どうかな?」
ウィリエルはそれを受け取り、鞘から抜き出して、ひと振りしてみせた。するとウィリエルの表情に自然と笑顔が浮かんだ。
「いい、いいよこれ。スゲェしっくりくる。これ買わせてくれ」
「ホ、ホント!?」
喜びを見せるスニーサに、「ああ」ともう一度振ってみせる。本当に手に馴染んでいるようで、剣先が綺麗な弧を描く。
「それで、これはいくらなんだ?」
「お金はいいわ。アンタにあげるよ、それ」
「いいのか?」
「どうせ商品として店には出せないしね。……それに、アンタが使ってくれるなら、嬉しい、かな」
「スニ……わかった、ありがとな。へへっ」
ウィリエルは剣を鞘に納めて、スニーサの方に向き直した。スニーサは彼の表情を見て、顔を少し引き締める。
「それじゃあ、行ってくるよ」
「ええ。使えもしない魔法を無闇に使うんじゃないわよ」
「うるさいな。分かってるさ」
「……絶対に無事に帰ってきなさいよ」
「ああ。大丈夫さ、こいつがある」
そう言って、例の剣を持ち上げるウィリエルに、「ばか」とスニーサは笑う。
店のドアに手を当てて顔だけ振り返ってもう一度言う。
「じゃあな」
「ええ。いってらっしゃい」
ドアを開けて店から出て行く彼の姿を見届けて、スニーサは一瞬涙を見せたが、すぐに手で拭った。
「さて、と」
くるっと後ろを振り向いて、店の裏の奥に入っていく。そこには、この店の店主であり、スニーサの父親である男がいる。
「親父、話があるんだけど」
スニーサの表情は少しにやけていた。