第1話 愚王の命令
ここは、世界の片隅に位置する小国ブルタリア。
先代の王が昨年亡くなり、長男であるサクゾバ・ド・ブルタリアが跡を継いでいる。
さて、そのサグゾバであるが。どんな人物かと聞かれて、国民は口を揃えて言う。
「デブ」
「クズ」
「無能」
かなりの偏食家で、食事は肉しか受け付けないという。例え国民が飢えていようとも、自分が食する肉を譲る気は感じられない。加えて玉座から全く動こうとしないという。太るはずである。
彼が王位を継承してからというものの、この国に良いニュースが流れることはなく、むしろ活気が消え失せようとしている。基本何もしようとしない彼であるが、たまに思いつきで行動を起こすことがある。
しかし、その内容はいずれも取るに足りない脳足りんなもので、食糧不足に悩まされがちであった時に行われた「料理コンテスト(審査員は王サクゾバのみ)」、国中の若い女を集めて開かれた「少女の下着コンテスト(審査員は王サクゾバのみ)」、根拠もなしに時代が来ると言って推し進めた「新作物開発プラン(もちろん失敗)」など。
そんなクソデブ無能な王は、ある日、またも思いつきで行動を起こしたのであった。
「失礼致します」
少年が玉座の間に入り、深く頭を下げる。
「来たな、我が弟よ」
王はその少年を「我が弟」と呼び、ニタァと気味の悪い笑みを浮かべる。その笑みを見た側近の女性が一瞬体を震わせる。
「はい。本日はどのようなご要件で、私めをお呼びに?」
「貴様を呼んだのは他でもない。頼みがあるのだ。聞いてくれるか?」
「はいっ。もちろんでございます! 我が国の発展のために、何も手添えができないこの無能な私めに陛下の命令を頂けるだけで幸なこと。このウィリエル・ド・ブルタリア、命を賭けてでも遂行してみせます」
その少年――ウィリエルの言葉を聞いて、王はまた下賤で気持ちの悪い笑みを浮かべた。
「そうかそうか。そうであるなあ、この国の何の役にも立たない、ドジで、馬鹿で、無能な貴様に命を与えてやるのだ。我はなんと慈悲深いのであろう。皆もそう思わないか?」
王の言葉に、従者共は笑みを作って頷いてみせる。それを見て王は満足気な顔をして、体重を椅子の背もたれに移していく。
「さて、命令の内容であるが……我の嫁となる女を探してくるのだ」
「嫁……ですか?」
「そうだ。どうもこの国には、我に相応しい女がおらん」
サクゾバの周りに立つ女性たちが、彼の見えないところで喜びを見せる。
「はあ。そうでありますか」
納得できない、と言うウィリエルに「わかっとらんな」と言わんばかりにサクゾバは頭を振る。
「そこでだ。お前は世界中を回り、我に相応しい嫁となる女性を探してくるのだ!」
「はっ。……それで、陛下に相応しい女性とはどうのような方なのでしょうか。何か具体的な希望はございませんか」
「ふむ……そうだな」
サクゾバを右手を顎に当て、考えるような素振りを見せながらポツポツと口にしていく。
「この我に嫁ぐのだ。綺麗でいないとダメだ。可愛さも外せない。いざという時のために、我を守ることのできる強さも必要だな。……しかし、我がいないとダメだという弱さも欲しい。それに……少し下世話ではあるが、胸は重要だな。もちろん大きい……いやしかし、小さいのも……アリだな。そうだ、我の世話を完璧にこなす家事力もいるな。貴様には分からぬかも知れんが、国を治めるというのは非常に疲れるものでな……癒し、そう、癒しだ。我を包み込む者でないとな。見るだけでも癒されるというのも必要だ」
「えぇ……」
どんどん出てくるサクゾバの欲を聞いて、つい呆れた声を漏らした従者は、咄嗟に自分の口を押さえた。しかし、それは仕方のないことだ。この王は、なんと呆れる愚者なのであろうか。
「……うむ。これらの素質を持った女性を探してくるのだ」
いや無理だろう、その場にいた皆がそう思った。なにせ奴の出した条件は、矛盾しまくっており、それらを全て兼ね備えた女性などこの世に一人もいないはずである。――しかし、一人だけ違った。
「承知致しました。このウィリエル・ド・ブルタリア、命を賭けて、この命を遂げてみせます」
そんなウィリエルの様子に、王以外の皆がため息をついたのであった。
馬鹿なのはこの王だけではないのだ、と……。