6話 これがゴブリンか?
第6話です。よろしくお願いします。
旅の2日目も相変わらずにドナドナだ。馬車は、平原を過ぎ、左右を森に囲まれたような街道をひた走っている。ひたすら揺れに耐えながら、ロランさんと話をしている。あまり変なことを聞くと、いくら他の大陸出身と偽っていても、常識的なことなどで齟齬が出ると辻褄があわなくなるからなるべく当たり障りのない会話だ。
ヴィクトル王国は、西のアポリナル王国よりも王国民に優しい国らしい。税率なども低く、中々に善政の国のようだ。ヴィクトル王国にはダンジョンが3あるらしく、国の資源庫として管理されているらしい。管理は冒険者ギルドとのこと。
ノーザンスト大陸には6つの国があるらしい。大陸の中心よりやや南東に位置するヴィクトル王国は、南北を海に面していて、東をカーマテミス王国、西にアポリナル王国、北西にユスティア公国、南西にウィンフル王国と、4つの国に国境線を面している。大陸北西にはヨナス王国と言う、大陸最大の軍事国家があるらしい。ヨナス王国の侵略を、他国家で牽制しているそうな。ここ数十年は、大きな戦争などはない模様。
「戦争が起これば我々商人は儲かるのですがね。ヴィクトル王国はヨナス王国との間に3国家挟んでいるので、我々ヴィクトル王国の商人などは、安全域から戦争特需に与れるんですよ」
爽やかなスマイルで怖いこと言うロランさん。まあ、戦争なんて当事国じゃなければそんなものなのか。この大陸が乱世でござるの大陸ではなくてよかった。そんなことを考えてると先行していた冒険者組に馬車が止まった。此方の馬車も止めて様子を伺い、休憩かな? なんて思っていたら、リオッテさんだけ此方に走って来ているようだ。
「魔物の群れがいるわ。私達で先行して殲滅してくるから、あなた達はこのまま待機しててちょうだい」
それだけ告げるとリオッテさんは足早に前方に戻る。おお、ついに魔物とエンカウントか。見に行ってみようかな。
「ロランさん。俺も様子見に行ってみてもいいですか?」
「マヒロさんは何か戦闘系のスキルはお持ちですか? 無いのなら、ここは彼らに任せて大人しくしていたほうがいいでしょう。マヒロさんに怪我でもされたら大事ですし、戦闘行為は彼らの仕事なので任せておきましょう。それと、何か遭った時のためにこれを持っておいてください」
おお……、剣だ。ロランさんから護身用にと渡されたのは、80cmくらいの片手剣だ。剣を鞘から抜いてみると刀身が鈍色に光る。初めて生き物を殺すことを前提とした武器に触れた。薄ら寒いものが背筋を走る。
「前方が騒がしくなってきましたね。マヒロさん、すぐに対応できるように注意しておいてくださいね。一応、私も少しは戦えるので安心してください」
爽やかスマイルのロランさんが、いつもと違う真剣な目つきで周囲に気を配っている。そうか、今現在前方では、命のやり取りが行われてるのか。平和な世界で暮らしていた俺には全然実感がわかないが、この世界では魔物がいるのだから命の危険が身近にあるのか。
ロランさんに言われたとおりに周囲に気を配っていると、ガサガサと茂みが蠢く。鋭く目を光らせる。狐の様な小動物が飛び出してきた。ふっ息を吐く。緊張して呼吸が止まっていたみたいだ。後方にかけて行った狐を目で追った瞬間、
「マヒロさん! 前っ!」
茂みの方へ顔を戻す。視線が絡む。緑の肌に、大きく裂けた口、乱杭歯。小柄な鬼の様な生物。これがゴブリンか? 緊張からか顔が強張る。逃げたいのに体が動かない。
次の瞬間、ゴブリンがギャギャギャと言いながら口を大きく開き走り寄ってくる。
「うぉぉぉぉ」と声が出る。どうするればいいのか、ゴブリンが跳びかかって来る。必死に手を動かしゴブリンを手で押し返すよに受け止めるが、腰が引けていて倒れる。目の前にゴブリンの顔がせまる。「うぁぁぁぁ」と意味の無いことを叫んだ瞬間、緑の液体がこぼれ落ちてきた。
何が起こったのか理解が追いつかない。ゴブリンは力なくもたれかかっている。
「マヒロさん! 大丈夫ですか? 怪我はありませんか?」
ロランさんがゴブリンの死体を引き剥がし、引き起こしてくれた。心臓がうるさい。どくどく言ってる。興奮からか、恐怖からか体がガタガタ震えている。
「あ……、ロランさん、助かりました。何が何だかわからなくて、いきなり飛びかかってきて」
「いえいえ、なんともなくて本当に良かった。怪我はないようですね。ゴブリンの血が付いてしまっていますからすぐに綺麗にしてしまいましょう。こちらへどうぞ」
ロランさんに促され、馬車の荷台に行くと、一事二言ロランさんがつぶやいたと思ったら、体が朧気に光って、服についていた緑の血らしきものが消え去った。生活魔法とやらで綺麗にしてくれたらしい。ゴブリンの血は緑なのか。ロランさんから水を勧められ、喉を潤す。緊張していたのか喉がカラカラだった。ロランさんは引き続き周囲に気を配ってるようだ。
俺の心臓の鼓動が治まってきた頃に、ボントスさん達が戻ってきた。
「前の方の魔物の数が多くて時間かかっちまったがもう安全だぜ。こっちにも1匹流れちまったみたいだな。ロランの旦那すまねえ。問題なかったか?」
「ええ、ゴブリンが1匹流れてきましたが、なんとか対応できましたよ。警戒を厳重にして進みましょうか」
どうやら前方の魔物は殲滅したらしい。何やら数が多かったので冒険者3人総出で交戦したそうだ。ロランさんに爽やか笑顔が戻ってきた。
改めて飛びかかってきたゴブリンをみると、側頭部から血を流していた。おそらく俺に組み付いていたところを、ロランさんが横から一突きしてくれたのだろう。
恐ろしかった。本当に命の危険を感じた。これは現実なんだ。死んだらそこでお終い。そんな当たり前なことを忘れてゲーム気分でいたようだ。何がいつでも転移で逃げられるだ。そんなこと考える暇もなかった。気を引き締めなおそう。このままでは、人生を再建し直すどころか、すぐに死んでしまう。これからは安全第一と、ここは異世界だと言うのを忘れないようにしなくては。
せっかくロランさんが剣を貸してくれたのに、抜くことなく焦って投げ棄ててしまっていたようだ。剣を拾う。なんと情けないことか。まあ、平和の国、日本で暮らしてきたのだからいきなり魔物相手に切った張ったは無理だよな。剣なんか振った日には自分の足までバッサリいきそうだ。
「ロランさん、本当にありがとうございました」
「いえ、怪我もなく切り抜けられて本当によかったです。そんなに畏まらないでください。私達の仲ではないですか」
お礼を改めて伝えながら剣を返す。ロランさんの爽やかスマイルの裏に、何か黒いものが見える気がする。私達の仲になるほどいつのまにやら関係が深まっていたようだ。さすが商人。この借りは大きな借りになってしまったようだ。まあ、できることはしますけどね、命の恩人だし。
「さて、出発しましょうか」
幌馬車に乗り込み腰を落とす。街についたら、自分の身を守る方法を真剣に考えなくては。街についたらやることがたくさんあるなと、頭の中でやることリストを作成していく。
そんなことを考えていると、馬車はヴィクトル王国へ向けて出発した。
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