21話 サクヤ・テンロウ 前編
第21話です。サクヤの過去です。よろしくお願いします。 ※誤字修正いれました
ビゼンノ国。この国は、異世界の来訪者様がその武威を持ち、興された国でございます。来訪者様の名を、ゲンイチロウ様とおっしゃいます。
ゲンイチロウ様は、冒険者として頭角を現し、瞬く間に最高ランクの冒険者に駆け上がると、とある国からの高位貴族としての叙任の話を蹴って出奔、我が天狼族、白虎族、黒獅子族の祖先達を引き連れ、国を作り上げるため、その武威を持って魔物がひしめく森を切り開き建国されたのでした。
ゲンイチロウ様は、聡明な王として善政を敷き、他国の圧力にも負けず、その甲斐あって国は大きく栄えたと言われております。
ゲンイチロウ様亡き後は、3種族の中で一番の武力を持っていた白虎族が王位を継承し、国を治めてきたのです。
そのため、この国は武による立身出世が多く、成り上がるには力を、という風潮のお国柄でございました。
そんな国で私、サクヤ・テンロウは、生を授かりました。
私は、建国の偉大なる種族、高位貴族である天狼族の本家の長女として生まれ、優しい母と父、弟のコウガ、私を大変可愛がってくださったお祖父様と邸で暮らしておりました。
幼い頃の私に、お祖父様は建国の祖、ゲンイチロウ様のお話や、冒険者が竜を打ち倒すお伽話をよく聞かせてくださいまして、冒険者の登場する絵本に夢中になったものでございました。
「お祖父様、サクヤもぼうけんしゃになれますか?」
「なんじゃ、サクヤは冒険者になりたいのか?」
「うん! サクヤね、ぼうけんしゃになってね、それでね、お祖父様に冒険のおはなししてあげるの!」
「そうかそうか、そりゃ楽しみじゃ。冒険者になるならば強くならねばのう。儂が刀の修行をつけてやろうかの。そのかわり、あきらめないで立派な冒険者になるのだぞ?」
「うん! サクヤ、お祖父様とやくそくする!」
私は、いつしか、世界中をめぐり、ダンジョンで大発見をしたり、この世のものとは思えない素敵な景色を見つけたりと、憧れになっていたお伽話の冒険者のようになりたいと思っていたのです。
私は、冒険者になるべく刀の修行に魔法の修行と明け暮れていました。あいにく魔法は才能がなかったのか、私の力が及ばなかったのか、スキルを習得することができませんでした。
そんな日々の中、私の敬愛するお祖父様がご病気でお亡くなりになりました。私を可愛がってくれて、色々なことを教えてくださったお祖父様。私はしばらくの間泣いてばかりでした。ですが、お祖父様のお残しになってくれた冒険者のお話や、お祖父様との約束を思い出し、それを心の支えにし、夢に、憧れに向かって再び鍛錬を続けるのでした。
そんなある日のことでした。
「サクヤ、第一王子殿下がお前を婚約者候補にと、仰せつかった。刀の修行はもう辞めなさい」
「そんな! 嫌です! お父様、お断りになって下さい! 私は、冒険者になるとお祖父様に約束したのです!」
「すまないが、サクヤ、お前はテンロウ当家の娘なのだ。家のためと思って理解してくれ。明日からは、王宮での所作などの勉強をしてもらう。指導する者も決まっているから、大人しく邸にいるように」
足元が崩れていく気が致しました。私が今までやってきたことは無意味だったのです。テンロウの家の娘が冒険者になど、最初からなれる訳がなかったのを理解したのです。
今まではお祖父様の手前、何も言われなかったようですが、今やお祖父様はおりません。家督は、弟が後継として決まっていたので、私は他の家の娘と変わらず、政治のための政略結婚に出されるのです。
天狼族は義理堅く、忠義者の家柄です。偉大な祖先は主と認めたゲンイチロウ様に生涯の中世を捧げたと言います。そんなテンロウの血を引くお父様は、この国の近衛師団の団長を努めております。
そのような役職柄、よくパーティーのお誘いがあるのですが、私は、一度も出席したことがありませんでした。ある日、国王陛下、王子殿下が御出になるからと、半ば無理やりに主席させられたパーティーで、運悪く、王子殿下の目に止まってしまった様なのです。
それからというものは、口調からちょっとした動作など細かく指導され、いずれは王妃として嫁ぐための勉強の日々を、嫌々送っておりました。もはや、冒険者になるなどの夢は叶えられないと諦観をもって日々を過ごしておりました。
「ほう、やはり美しいな。他の候補とは比較にならぬ美貌だ」
私を、値踏みするようにして見ておられる方は、この国の第一王子殿下、ソウヘイ・ビャッコ様でございます。お目見えとして、王宮の晩餐会に招かれたのです。王子殿下には、私の他にも婚約者候補がいらっしゃます。候補の中から正妃を始め、子孫繁栄のために複数の女性が選ばれることでしょう。
はっきり言って、この王子殿下を、失礼ながら、私は嫌いでございました。高圧的な態度、自分の思い通りに行かぬものはないといった振る舞いは、どうしても受け入れることができません。私はできるだけ近寄らぬようにして、指一本触れさせることはありませんでした。
♢♦♢
「サクヤ様! 急ぎ馬車へお乗り下さい!」
私が邸で鬱屈した日々を過ごしていたある夜、国境の守備を任されている黒獅子の家が反旗を翻したとのことでございます。
きっかけは、あの王子殿下が、黒獅子の分家である貴族の子息に因縁をつけ、決闘騒ぎを起こし、決闘代理人を使い手討にしてしまったのです。それ以前からも白虎家、王族の執政のあり方には不満が溜まっており、いよいよそれが爆発したのでした。
悲しいことに、時間というものは色々なものを風化させてしまいます。物だけではございません。かつては尊かった、建国の祖より受け継がれてきた誇りさえも、崩れ去り、埃となった後に吹き飛ばしていってしまったようです。
この建国からの400年あまりで、この国は腐敗してしまったのでした。この国の一員として、建国の祖、ゲンイチロウ様に大変申し訳なく思います。
お父様は、王の近衛として王宮で警護に当たるとのことでございます。そして私達も、街に間者が潜んでいないとも限らないので、国王陛下に近い派閥の家の主だったものは、王宮に避難する事になったのです。
「いいか? クロジシに同調している貴族も多い。もしもの時は、お前たちを逃がすからそのつもりでいてくれ。なにがあっても生き延びてくれ」
お父様に言われて不安を覚えます。私は、婚約者候補になどなってしまっているので、王子殿下に親しい存在と思われていて非常に危険な身の上になってしまったのです。
反乱軍は、進攻する領土の貴族、民衆を陽動、物資を接収しながら、王都に歩みを進めているそうです。凡そ、王都に到達するには、二月以上かかると予想されております。
この国はどうなってしまうのでしょうか。月女神ヘルザ様、お祖父様、どうか幸運を私達にお与えくださいませ。私や、多くの人々は、不安を抱えたまま過ごすのでした。
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