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4 君が知らないこの町で(2)

 幽霊バスが終着地点に止まった。

 そそくさとバスを降りて傘を開く。運転手はボクたちに声をかけず、興味すら示さなかった。

「話しかけられなくてよかったね」

「それにしたって無愛想だなぁ。どこの人だろう?」

 先程の機嫌の悪さはどこにいったのやら。ボクの後ろでおさげと赤毛はこそこそと話をしていた。

 バスの降車口の扉が閉まる直前、運転手がこちらに顔を向けた。

 制帽の下には、暗闇があった。

「うーん、あのおじさん知らないなぁ」

「え、おじさん? 俺、お兄さんだと思った」

 暗闇にぽっかりと二つの穴が覗く。

 穴の奥からぼぅっとした青い光を放っていた。

「そんなに若く見えた?」

「お兄さんだと思ったけどなぁ。大人の年齢って、わかんないや」

 目を逸らせない。心の底を見透かすような眩い光に背筋が凍る。なんだあの光は。気持ち悪い。隠していたものを爪を立ててがりがりと削られていくような感覚。動けない。逃げれない。あの青い光に彼女の金の目が重なった。何かを確かめるような知ろうとする目にふつふつと怒りが湧いてくる。どうしてどいつもこいつもそうやってしりたがろうとするんだ。

 ぼくを、あばくな。

 運転手が顔を前方に戻す。がちゃんと扉が閉まった途端、肩が軽くなった。排気口から濁った煙を吐き出しながら、おんぼろバスは曇天の下を走っていく。

「ムギ君?」

 おさげに声をかけられ、はっとした。そのとき、ボクはどんな顔をしていたのだろう。なぜか二人はとても驚いていた。

「もしかして、何か言われたのか?」

 覗き込もうとする赤毛から顔を背ける。

「いや、なんでもない」

 年齢に違いはあったが、二人には「バスの運転手」に見えたらしい。

 でも、ボクは。

「幽霊バスの噂、本当かも知れないな」

「えー? そうかなぁ」

「なんだよ、ムギ。俺たちを驚かそうとしているのか?」

 冗談だと笑い飛ばす二人に、ほのかに安堵した。

「お姉さんは運転手さんを見た?」

「きっと、少年とおなじようにみえた」

 何気ない彼女の答えに息を呑む。気取られないよう俯き加減に横を通り過ぎ、先に進んだ。


 緑が覆っていた。

 手入れされていない草木が無造作に生い茂っている。錆び付いた柵が並び、苔が生えた空っぽの聖堂を覗き、灯らない外灯を見上げた。轍に沿って歩けば歩くほど町の形跡が増えていく。ボクたちは本当に町の出入り口付近まで来ているのだ。最初は皆で他愛のない話をしていたが、だんだん口数が少なくなっていった。

 立て札を発見した。魚の影に罰印がつけられ、注意書きが書かれていた。

「きけん。このさき、みずうみ。ホタル魚、せいそく。みずうみ、のぞきこまない。こども、たべられます。こどもは、おとなをどうはんする」

 おさげが立て札を読み上げる。

「もうすぐね」

 好奇心と緊張が入り交じった複雑な面もちだった。この立て札の先に、例の湖があるのだ。忠告通りに立て札を通り過ぎれば、出入り口の門に到着する。けれど、ボクらの目的は門ではない。湖だ。

 赤毛がわざとらしい咳払いをして、ボクたちの視線を集めた。

「我ら「けんしょうごっこ隊」は、お姉さんの協力を得てここまで来れた。だが、ここからは危険である。ホタル魚がいるか本当に怪しいところだが、奴らの噂は隊員たちも充分に知っているだろう。もし、見つけたらすぐに仲間に知らせて逃げること。そして、一人では絶対に行動しないこと。いいな?」

 「けんしょうごっこ隊」なんて初めて聞いた。赤毛が勝手つけた名前に文句をつけようとした矢先、おさげに元気をよく返事をされた。

「ムギ隊員! 返事は!」

「ムギ君も返事!」

 調子に乗る二人に、その名前は反対だと抗議する。

「少年、返事」

 まさか彼女まで言うとは思わなかった。

「……わかった」

 多勢に無勢。満足げに頷く赤毛を軽く睨んでおいた。

「これより、「けんしょうごっこ」を始める!」

 赤毛の合図と共に、立て札が立ち塞がる先に足を踏み入れた。


「あれ?」

 最初に気づいたのは、おさげだった。

「ねぇ、雨が降ってないよ」

 そういえば、雨音がしない。蝙蝠傘から空を仰ぐ。分厚い鼠色の雲が今日も空を占領していた。だが、顔に雨は当たらない。

「本当だ。降ってない」

 赤毛が水溜まりを指した。波紋がない静かな水溜まりに、ボクたち「けんしょうごっこ」隊は顔を見合わせた。

「あめの魔法がかかっているのは、まち。そとがちかいから、まほうは、うすれる」

 だから、ここでは雨が降っていない。彼女の説明に納得してから、魔法人形は魔法の雨が降っているから動けることを思い出した。雨が止めば、彼女はただの人形になる。けれど、彼女は普段通り。変わった様子はない。ボクたち三人についてきている。

 こちらの視線に気づいたのか、彼女は屈み、ボクにだけ聞こえる声で囁いた。

「まちの魔法はとけていない。だから、ここにきてもワタシはうごける」

「そうなんだ」

「少年は、やさいしんだな」

 素っ気なく返したのに、どうしてそんなことを言ってくるのだろう。ちらりと一瞥した彼女は口元を綻ばせていた。目を疑った。頬が一気に熱くなった。

「少年は、たのしいか」

「急に、なに」

「あのこどもたちといっしょにいる少年は、たのしそうみえる」

 彼女はボクの何が知りたいのだろう。怪訝に思ったが、動揺のほうが強かった。柄にもなく本音が零れる。

「……楽しいさ」

 だから、一緒にいるんだよ。

 ボクは傘の柄を強く握りしめた。

「おさげちゃん、問題です。雨が降っていないってことは?」

「傘を閉じてもいい!」

 水溜まりの前で会話をしていた赤毛とおさげが、青色と黄色の傘を同時に閉じた。突然、笑いだし、駆けだした。

「すごい、すごいよ! 雨が降ってない!」

「すげぇ! 走っても濡れない!」

 からからと二人の笑い声が響く。そうだ。二人の言う通り、雨が降っていなければ傘を差す必要はない。当たり前の話が、彼らにとっては当たり前ではない。雨降り町にいる限り、ずっと雨に捕らわれ続ける。

 ずいぶん前に、おさげはこの町が好きだと言った。でも、このまま雨が降り続ければいずれ沈む日が来るかもしれない。おさげも赤毛と同じように、町を出ていかなければならなくなる。「けんしょうごっこ」の思い出が水の底に沈むのだ。

 子どもはいずれ大人になる。

 赤毛はボクよりさらに背が高くなる。同じくらいの身長のおさげも、ボクを追い越すのだ。

 ボクは彼らと同じ時間を共有できない。

 だって、ボクは。


 人では、ないのだから。


「ムギ君、お姉さん!」

 おさげが手を振る。

「早くしないとおいていくぞ!」

 赤毛がボクたちを呼ぶ。

 おさげの姉が残した「あめふりまちのひみつ」のノートには、記されていない点があった。

 あれらの姿は人の目には見えないが、人を食べることで食べた人間の体を得られる。

 体を得たあれらは、晴れの日以外はその体を保てる。

 ただし、あくまでも仮初め。成長はできない。

 そして、この世界の住民ではないからバスの運転手のような同類の存在を見分けられる。

 ボクは、この町に紛れ込んだ異質な存在だ。

 「妖精」と呼ばれる、化け物だ。

「転んだって知らないぞ!」

 肩を竦めてから、大声で注意した。

 ボクは、ここにいたかった。

 遊びたかっただけなんだ。

「お姉さんも、行こう」

 でも、わかっている。

 ボクは帰らなくてはいけない。彼女がただの人形に戻りたいというように、在るべき場所に戻るべきなのだろう。

「少年」

「何?」

「少年は、ほんとうに、魔法をときたいか」

 何を今更、尋ねてくるんだろう。昨夜、答えたじゃないか。魔法を解きたいと望む彼女に同意したじゃないか。

 隠し事をしている彼女に、意地悪な質問をした。

「ねぇ、魔法が解けたらどうなると思う?」

「あめがやんで、はれる」

「お姉さんは?」

「人形になる」

「ボクは?」

 彼女は答えなかった。いや、答えられなかった。

 異質な存在が同類を見分けられるのなら、彼女だって薄々気づいているのだろう。

「少年」

「お姉さん。ボクは「ボク」だよ」

 なんて浅はかで脆い答えなのだろう。

 彼女は先程のように笑ってはくれなかった。

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