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2 君と出会ったこの町で

 誰にだって、秘密のひとつやふたつくらいあるはずだ。

 人には話せない何かを隠している。年齢なんて関係ない。他人からすればどうしようもない些細な事柄だったとしても、本人からしたら大きな秘密かもしれない。

 学校の先生は隠し事が悪い行為のように言うけれど、だからといって正直者が素晴らしいとは思えなかった。そんな思考を持つボクは捻くれ者だ。素直になれない可愛げのないガキだ。好意的に話しかけてくれる人に笑えない子どもだ。

 知ってる。これはただの意地。

 土砂降りの雨が小雨に変わる。傘を叩く音が優しくなる。

 ボクは魔法人形と名乗った彼女を食い入るように見つめた。金色の瞳は図鑑に載っていた「月」に似ている。分厚い雲に隠されたここではないどこか。

 この町で生まれ育った子どもは、太陽や月といった「星」を目にしたことがない。

 空を、知らない。

「少年は、イマードでは、ない」

 片言の彼女は、人違いだと理解してくれたらしい。体が動かしにくいのか、それとも動かし方を知らないのか、頷く動作がぎこちない。

「少年。イマード、しらないか」

「知らない。イマードって誰」

 彼女が自分の襟首を指す。行動の意味を掴めずにいると背中を向けた。とんとんと自分の襟首を指先で叩く。見ろと言っているのだろう。近づけば、襟首に「イマード」と刻まれてた。

「ワタシをつくった。イマード。魔法使い」

 魔法使いが作った人形。この町でイマードという名前を聞いたことがない。しかも聞き慣れない発音だ。もしかしたら異国の人かもしれない。

 彼女の首筋には、名前以外に真四角の小さな蓋があった。

「これなに?」

 蓋をつついてみる。触れた瞬間、がばりと振り返った。思わず肩が跳ねる。生気がなかった金の目が、驚いたボクをぎらぎらと映している。

「たからもの」

 宝物。その言葉を口内で転がした。

「みたいか、少年」

 感情のない表情からでは、意図が読めない。

「なんで?」

「きょうみ、ないのか」

 そんなの、あるに決まっているじゃないか。

 でも、本当に見ていいのだろうか。恐怖と関心が泥水のように混ざり合う。

「みたいか、みたくないのか」

 質問を重ねられ、ボクは生唾を飲み込んだ。

「みたい」

 彼女が襟首の蓋を開けた。

 蓋の下にあったのは、時計だった。

 その時計はおかしかった。

 時計の針が、逆さ回りではなかったのだから。


 正しく針が動いてる時計を初めて目にした。

 秒針を狂いもなく進める時計が、彼女の襟首に嵌め込まれている。肩ひもに吊り下げた懐中時計の蓋を開ける。ボクの時計は今日も逆さ回りだ。

 おかしいのは、魔法人形の時計だ。

 雨降り町にある時計は、逆さ回りになる魔法がかかっている。例え別の場所から持ち込んだとしても、魔法のせいで逆さ回りになってしまう。

 母さんと先生から時計は右回りが正しいと教えられたけど、ボクにとって左回りこそ見慣れた「正しい」時計だ。

「これ、なに」

「とけい」

「しってる」

 右回りに秒を刻む針に違和感を抱いてしまう。

「どうして、左回りじゃないんだ」

 瞬かない金の目がボクを映す。彼女の目は琥珀にも似ていると思ったとき、今頃、距離の近さに気づいた。かっと顔が熱くなる。咄嗟に仰け反れば傘から外れた彼女は雨に当たり、首を傾げられた。

 自分の頬に触れる。なんだ、今の。どうして、顔が火照ったんだ。

「み、みっともない。着なよ」

 誤魔化すようにコートを脱ぎ、乱暴に頭に被せる。成人男性用のコートは彼女にも大きいようだ。すっぽりと体を覆ってしまった。

「ワタシはしっている。とけいは、みぎまわり」

 彼女はコートを取り払いもせず、くぐもった声で淡々と話す。

「でも、この町の時計は魔法で左回りになるんだ」

「それは、さかさま」

「そう、逆さま」

「おかしい」

「だろ」

 コートを取り払い、傘に入れる。コートの着方を知っているかと尋ねれば、不慣れな様子で袖を通し始めた。ボタンに手間取る姿に苛ついて、途中からボクがやってしまったけれど。

「さかさまになるのは、ワタシのとけい」

「なんで?」

「ワタシ、魔法人形。ひととは、おなじ、じかんをきざめない」

 釦を袖口まで全て留め、目につく球体間接を隠した。

「そんなの当たり前だろ。あんたは、いや、その、お姉さんは人じゃないんだから」

 彼女に尋ねたいことは山ほどある。どこからきたのか、どうしてガラクタ山にいたのか、魔法人形を作ったイマードは誰なのか、首筋の右回りの時計は何なのか。

 そして、問題がひとつ。

 魔法に関わる存在は忌避しなければいけない。それが雨降り町の掟だ。誰かに見つかれば間違えなく大人たちに回収される。彼女がどうなるか子どものボクには教えてくれないだろう。

「ねぇ、人のふりってできる?」

「人のふり」

 鸚鵡返しする彼女に頷く。

「この町はね、お姉さんのような魔法に関わる存在に寛容ではないんだ。色々話したいけれど、もう少ししたらボクの友達がくるから」

「いまは、じかんが、ない」

 よく理解できましたと彼女の頭を撫でた。

「どりょくは、してみよう」

 彼女の手を引いて立ち上がる。魔法人形は成人したばかりの若い女性を模したのだろう。「少女」というよりは「娘」がしっくりきた。

「少年」

「なに」

「なぜ、少年はワタシをひみつにする」

 彼女が疑問に思うのはもっともだ。

 ボクは口角を上げて答えた。

「子どもは、大人に反抗するものだろ」

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