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6 君に恋したこの町で(5)

 いつだったか、家に帰りたくないと赤毛が呟いた。それなら、ボクの家に泊まればいいと誘った。二人だけでずるいとおさげも入ってきた。狭い屋根裏部屋で三人で毛布を被り、ランプを中心に「あめふりまちのひみつ」のノートを広げて雨降り町の話をたくさんした。夜更かしをしたのはあのときが初めてだった。母さんはボク達が起きるまでゆっくり眠らせてくれた。

 重たい足取りで町を歩く。コートは返し損ね、彼女には酷い言動をとってしまった。これからどうしたらいいのだろう。頭が重い。足を動かすたび、気怠い感覚に捕らわれる。疲れ切っているんだとわかっていても歩みを止めなかった。

 そういえば、赤毛に彼女が好きなんだろうと言われたっけ。

 好意の類には色々あるが、赤毛は「恋」を指していた。

 教室で女の子たちが話題にしていたのを見かけた覚えがある。その横顔は楽しそうで、それでいて真剣だった。ボクには関係がない、縁がない話だと思っていたのに。

 どうして赤毛はあんなことを言ったのだろう。他人からはそう見えたのだろうか。彼女に対しての挙動を思い返す。彼女にとった態度におかしな点があったのは否定しない。端正な人形に戸惑ったのも事実だ。人は美しいものに惹かる。それなら、人を食べたボクはその影響を受けて無意識に美しいものに惹かれただけかもしれない。

 だから違うと結論づけても、何かが引っかかった。思えば、ここ数日、彼女に思考を占められてきた。

 今だってそうだ。消えろと言った癖、寂しくなっている。

 ふと気づけば、ガラクタ山の前にいた。

 あぁ、そうだ。ここで早朝までやり過ごそうと考えていたんだ。もっとも、彼女との約束は潰してしまったようなものだけど。

 ボクは戻れない。母さんのところにも、赤毛とおさげにも、屋根裏部屋にも、学校にも、早朝になったら魔法を解くと偉そうに赤毛に言った自分を殴りたくなった。ごめんとここで呟いても雨に消えるだけだ。

 「関係者以外立ち入り禁止」の看板を無視してガラクタ山に入る。塗装されていない足場は悪く、気まぐれのように立っている外灯がガラクタを照らしていた。外灯の下で休める場所はないかと見渡していると、がしゃがしゃと物音がした。

 こんな時間に誰かいるのだろうか。音の方向を辿り、物陰に潜んで様子を窺う。小さなガラクタの山を漁っている人の姿があった。山からガラクタを引っこ抜いては投げ捨て、また抜いては投げ捨ている。山に穴を空けているようだ。

 外灯に照らされる後ろ姿に見覚えがあった。貧相なずたぼろのワンピースに、栄養失調気味の頼りない体型。伸びた手足は汚れを知らない白さを誇り、その手首や足首には球体間接があった。

「……なにやってんだ」

 魔法人形の彼女が振り返る。瞬きをしない金の目が呆れたボクを捉えた。

「ちょうどよかった。少年、あれをかえしてきてくれ」

 彼女が指した先には、ガラクタの上に丁寧に折り畳まれた母さんのコートがあった。

「どういうことだよ」

「ワタシは、もういちど、ねむろうとおもう。だから、いま、つくっているんだ。ねどこを」

 彼女はガラクタを両手で持ち上げて、振りかぶった。壊れていたものがさらに壊れる。見た目に反して力があることに驚いたが、今はそれじゃない。

「眠るって」

「少年にきえろといわれた」

 淡々と事実を述べる彼女に意図はない。いっそのこと、ボクをなじってくれればよかったのに。

「ワタシは魔法人形。ただの人形ではない。魔法がとかれないかぎり、ワタシは人形にはもどれない」

「解き方を知っているのなら、始めから自分でやればよかったじゃないか」

「それはできない。これはワタシのたからもので、しんぞう。ぬいたらとまる。あめがふっていようがいまいが、からだは、うごかなくなるだろう。だが、魔法はとけていない。うごかない魔法人形になる。少年があるといったこころは、のこったままだ」

 彼女は自分の首筋を差し、本物の人形らしく首をかたむけた。

「ワタシは、からっぽになりたいんだ」

 人形はからっぽでいいんだと繰り返す彼女は、自分自身に言い聞かせているように思えた。

「イマードはワタシをこわせなかった。だから、ワタシにじぶんで「死」をえらばせるようにした」

「イマードって奴は、本当に勝手だな」

「ワタシは、それを、あいじょうだと、おもっている」

 誰かの幸せを願うのが愛だと言うのなら、彼女が語るイマードからは愛とやらを到底感じられなかった。

 彼女は捨てられた。それなのに、今でも想い続けている相手を歯がゆく思う。

「まほうは、いつでもとける。でも、ワタシにはできなかった。イマードを、わすれてしまいたくなかったからだ」

「矛盾しているよ」

「わかっている。きっと、これもこころなんだろう。少年もそうだろう」

 心当たりがないわけではなかった。帰りたいと言いながら大切な人たちの様子を見に行き、喜んだり悲しんだりしている。勝手に期待しては失望して、泣いたかと思えば、彼女に当たり散らしている。

「醜いね、ボクは」

 感情とやらに、心とやらに、とことん振り回されているのは自覚していた。

「うつくしいさ。ワタシよりも」

 人形の彼女のほうが美しいと褒めても喜ばないだろう。彼女が求める美しさは、外見ではないのだから。

「ワタシはねむる」

 彼女はガラクタで作った巣穴の中に、器用に体をねじ込ませる。

「また、ひつようになったら、おこしてくれればいい」

 似たような光景をどこかで見た記憶があった。

 そうだ。初めて彼女と会った日だ。

 あの日もガラクタの中に埋まっていた。飛び出した手に、本物の人だと勘違いした。今ならわかる。あれはわざとだ。彼女なりの主張だったんだ。

 ボクが誰かに受け入れられたかったように、彼女は誰かに見つけて欲しかった。

 誰かに必要とされたいと感情は、鬱陶しいぐらいボクたちにつき纏っては絞めてきて、その癖、自分の価値を決めようとしてくる。

 なんだ。そうだったのか。

 ボクは会ったときから、彼女に恋をしていたんだ。

 ボクと似ているようで似つかない魔法人形に、惹かれて、妬いて、憧れて、恋をしていたんだ。

 ボクは君に恋をした。けれど君は人形で、ボクは妖精だった。

「ボクは、必要だ」

 彼女に自分自身を重ねていたのは否定しない。彼女の願いを叶えれば、他人の価値に委ねず、自分で自分を認められるような気がしていたのも認める。

 でも、今はそれよりも。

「君が好きだから、必要なんだ」

 涙を湛え、震えた声で告白するのはとても情けない。

 ボクは彼女の手を取り、またあの日のように引っ張り上げた。


 視界に映ったのは、低い天井だった。

 吊されたランプに見覚えがある。屋根裏部屋だと理解してから飛び起きた。ボクはベッドにいた。窓から差し込む薄っぺらい明るさが朝を告げていた。慌てて窓を開ける。いつもと同じ、灰色の空が広がる雨降り町がある。起床時間にはまだ早く、町は眠りに包まれていた。

 記憶を必死に辿る。ボクはガラクタ山で彼女の手を掴んだ。そのあとだ。夢だったのだかと思ったが、ボクの手は剥がれたままだ。でも、なぜか寝間着に着替えている。帰宅した記憶はもちろん、着替えた覚えもなかった。

 ぎぃと誰かが梯子を登ってきた。身を竦めれば、緑色の頭をひょっこりとだした彼女と目が合った。しばし、無言で見つめ合う。

「おはよう、少年」

「お、おはよう」

 ガラクタ山で会ったときと同じ姿だ。だが母さんから借りていたコートは濡れておらず、手袋と靴は履き替えられていた。彼女は布団の上にボクの着替えと肩掛け鞄を乗せた。その中に父親のコートも混ざっていた。

「少年、すぐいくぞ」

「どこに」

「魔法をとくのだろう」

 楽しげに薄く微笑んだ彼女に、ようやく現実に引き戻された気がした。

 あのあと、ボクは倒れたらしい。人の体を食べてその姿を模した妖精だ。風邪はひかないと思っていたが、魔法が解けかかったせいで負荷がかかり、予想以上に疲労していたらしい。疲れていたのは自覚していたが倒れるまでとは思わなかった。服に袖を通しながら、着替えを見ないよう背中を向けさせた彼女に声をかける。

「それで、ボクをここに運んだわけ?」

 そうなれば、この姿は母さんに見られていて当然だ。彼女はあっさりと頷いた。なんてことをしたんだと怒りよりも呆れのほうが強かった。母さんに怯えられていたはずなのに、屋根裏部屋にいる。どう言い包めたのかむしろ気になった。

「少年をみて、ないていた」

「そう」

 ぶかぶかの大人用のコートを着るのも最後だろう。ボタンを上から順に留めていく。

「じぶんがねがったから、そうなったって」

 最後のボタンを留め損ねた。

「願った?」

「じゆうになりたいと、ねがったそうだ。これは、つみだと、いっていた」

 彼女曰く、母さんは夫と子どもがいない生活が欲しいと願ってしまったらしい。ボクはここに来る前の家庭を詳しくは知らない。わかるのは父親が暴力的で、その父親に湖に落とされた子どもは母親を守って欲しいとボクに頼んだこと。

 母親は夫の折檻を受けながら、子どもを守らなくてはいけない立場に疲弊し、解放されたいと無意識に望んでしまった。そういうところだろうか。

「ねぇ、知ってる? 雨は魔法を連れてくるんだ」

 願った日は、きっと豪雨だろう。

「これは魔法のせいだから」

 この町はそうすることで守ってきたものがある。

「母さんは、悪くない」

 下から物音が聞こえた。それは、早足で遠ざかっていく足音だった。

「ねぇ、また泣かせたかな」

 梯子の下を覗く後ろ頭に尋ねる。

「あぁ、なかせた」

 彼女はやっぱり、どこまでも正直者だった。

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