出会ってしまいまして。
今更なんて言えない。
僕が彼女の幻想を見だしたのは、多分もっと前で、ちょうど元の”彼女”が死んだ時期には見ていたのかもしれない。狂った僕を見つめる彼女。それが話しかけるようになったのはここ最近だった。
「ねえ。私のこと、覚えてる?」
ああ覚えてるさ。忘れるわけがないし、忘れられもしない。その中途半端なところが僕らしいとも言える。彼女に手を振って合図する。彼女は安心したようにあごに手をのせて微笑んだ。
僕は殻の中、ずっとこもっている。助けられなかった後悔と憤り、入り交じっている。僕があのときに遊びへ誘っていたら彼女は死ななかった
彼女と僕と幼なじみだった。よく遊んだ。他の同級生からは馬鹿にされたこともあったけど、僕らはいつも遊んでいた。あの時までは。
事故だった。僕らを知らない人間にとってはなんの変哲もない。僕も最初この近くで事故があったんだなってのんきに思っていた。彼女の親からの電話があるまでは。
僕は抜け出せないでいる。たまにこうして幼い幻想のままの彼女と話していた。
「ごめん」
彼女はきょとんと、こちらを見た。変わらない。長い髪はそのままだし、大きな瞳も無傷だった。僕が安置所で見た彼女とは違う。あれはもう彼女の中に彼女自身を見いだせなくなるほどぼろぼろだった。
僕と彼女は見つめていた。ああ落ち着く。ただ一つ問題があるとすれば彼女は僕が触れようとすると逃げる。あのきれいな髪を撫でたい。
「だめだよ」
嫌がられるから僕はやめた。
「それが見えるのかい?」
彼女ではない女の子の声がする。窓を見ると、黒い髪を短くした少女が立っている。手にはその身の丈からは考えられないような鎌を持っていた。
「誰だ! 誰も入らないでって」
「まあ待て」
遮って鎌の女の子は話す。
「私はユタ。それより、驚かないのかい?」
そう言ってぱたっと窓のそりから僕の部屋へ降りた。そういえば……。嫌な感じがする。だってここは二階だ。こんな少女が昇れるはずがない。そもそもあの鎌はなんだ。
「お前は誰だ!」
「だからユタだって言ったろうに」
さも当たり前に応える少女。後ずさってしまうが、後ろには壁しかない。
「私はね、魂の回収者うんぬんなんだ」
鎌に手をかける。
「ちょっち目をつぶっててくれ。もうここにはいられないんだ」
凄い剣幕の少女にもう後ずさりできなかったことを思い出し、口からひぃって声が出る。あ、彼女を、あの子を守らなきゃ。そう思ったのもつかの間だった。ユタと名乗る少女は鎌であの子を切る。血ではない、ふわふわした白いものが昇っていった。
「ふぅ。いっちょあがり」
「な、なんだよ。あの子に何をしたって言うんだ!」
少女へ詰め寄る。
「おっと。そこからは来ないでほしい。私も”しごと”なのでな。寄らば斬るぞ」
「あの子をどうしたんだ!」
「天国へ返した……と言ったら君は信じるかい?」
「天国へ? そんなもんで、信じるか!」
もうめんどくさいなぁ、ぶっきらぼうにガラス玉を手に持って呟いた。
「君には忘れてもらうよ」
刹那、目の前に彼女が現れる。こつん、と頭に何かが当たる。
それが懐中時計だというのにはすぐ気付いた。だって何も起らなかったから。
「……あん?」
彼女はもう一度それで僕をこづいた。
「……ああ。最近ペースが早いからもう仕事が切れてきてるな」
「一体なんだっていうんだ」
変な少女に懐中時計で二度も小突かれる十六の引きこもりという図はあからさまに異常だった。
「ラスト五件の合図だ。記憶が消えないのは初めてじゃない。まあ、君には消えてもらうよ」
「消えてもらう? そんなことより彼女を、あの子を返せ」
「君は社会から消えるんだ。って思ったけれど、君はもう消えているようなものだな……。ああ言うのすらめんどくさい」
僕の話なんて聞く耳持たずに少女は頭をぽりぽり掻いて、どこからか知らないけれど、大きな魔女が被るような帽子を手にとって被り、僕に向けて言い放った。
「君は今の日常から消えて幽霊を”消す”作業と”増やす”作業をしてもらう。大層めんどうなことですまないが、これは”しごと”なんだ。”しごと”をしないものはいてはいけない。それが私のアイデンティティなのでね。それとルールは守らなくてはいけないんだ」
異様な光景と異様な僕と。日常なんてものは最初からなくて、あるのは非日常だけだったのかもしれない。彼女が死んでから僕は彼女以外の事物が灰色にしか見えなかった。でも今なら見える。その少女の色は真っ黒で、死を具現化したものだった。