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呪われし者の英雄譚  作者: 桐条京介
2章 暗黒の魔剣
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 ラースたち一行に、暴れ者としてランジスの町で有名だったジドーが加わった。騎士に強制される形でミルシャに謝罪したあと、ラースにもこれまでの非を謝ってくれた。おかげで、すっかり和解済みだ。

 一度頭を下げたことで、ラースにも謝りやすくなったそうだ。ミルシャや騎士がこうなるのを狙ったとは思えないが、普通に会話できる相手が増えたのは単純に嬉しかった。

「それにしても、凄えな。呪われる魔剣を持って、なんともねえんだからよ」

 鞘がないので、そのまま手で持ち歩いてるラースの魔剣を、隣を歩くジドーがまじまじと見る。

「試しに、俺が持ってみたらどうなるんだろうな」

「やめておきなさいよ。そんなに生きる屍とやらになりたいの?」

 旺盛な好奇心を発揮しようとするジドーを諌めたのは、同じくラースの隣を歩くミーシャだった。

 先頭を護衛役の騎士が歩き、後ろをジドー、ラース、ミルシャが三人横並びでついていく。周囲に魔物の気配は感じない。警戒を怠らないようにしつつも、どこかのんびりとした雰囲気が漂う。

 平和な時間を少しでも満喫したいのに、先ほどから魔剣のため息ばかりが頭の中で響いている。

「この大男に我を引き抜かせておけば、今頃は町を瓦礫の山へ変えてやったものを。所有者の寿命が尽きぬ限り、他の者に我を扱えぬのが口惜しいわ」

 聞こうとしなければ、あまり気にらないのだが、今回ばかりは意識を傾けておいてよかった。魔剣の呟きから得た知識を、ラースはジドーやミルシャに教える。

「どうやら、この魔剣ヴェルゾは、所有者が死ぬまで他の人には使えないみたいだよ」

「そうなの? でも、それって変じゃない? マオルスク様は、簡単に死ねなくなるとか言ってなかった?」

「そのあとに、所有者の寿命が尽きるまでとも言ったけどね。僕にはよくわからないけど、ヴェルゾが言ってるから間違いないと思うよ」

「まあ、伝承や伝説の類って、色々と不確かだったりもするしね。ラースが無事なら、私はそれでいいわ」

 ラースを見て花のように笑うミルシャに、ジドーが余計なひと言を告げる。

「ずいぶんと適当な女王だな。らしいけどよ」

「あら……女王に対する敬意が感じられないわ」

 ミルシャが言うと、先を歩いていた騎士がすかさずこちらを振り向く。

「斬りますか?」

「お願い」

 あっさり頷いたミルシャに、ジドーが抗議する。

「さ、さすがにあんまりだろっ! 女王として、民にもっと優しくしろよ」

「十分にしてあげてるでしょ。ラースの許しがなかったら、この程度で済んでないわよ」

「悪かったよ。まったく、お前のラースへの愛にはまいったぜ」

 お手上げのポースをするジドーの隣で、当のラースは顔を赤くした。

 ラースへの愛という点について、ミルシャは否定しなかった。好いてもらえてるような感じはあったが、勘違いでないのが判明したようなものだ。心の中が、温かい感情で満たされる。

 だからといって、ラースがミルシャに告白するつもりはなかった。今は隣にいれるものの、これから先はどうなるかわからない。彼女は女王で、ただの一般人ではないのだ。

 ミルシャとジドーがさらに会話を続けようとした矢先、急に騎士が空を見上げた。

「女王陛下! 逃げてくださいっ!」

 騎士の言葉に、真っ先に反応したのはジドーだった。盾になろうとするかのように、ミルシャの前へ出る。そのあとでラースが剣を構える。空から黒い物体が降ってきたせいだ。

 魔物の攻撃かと思ったが違う。黒マント姿で、顔をフードで隠した人間みたいだった。

「だ、大丈夫ですか」

 近寄ろうとするミルシャを、黒マント姿の人物が片手で制した。

「私に近寄るなっ! 巻き添えを食いたいか!」

 顔立ちなどは謎のままだが、発した声から女性なのがわかった。

「巻き添えって何を――」

 ジドーの言葉を、こちらへやってきた騎士の人が遮る。

「陛下、来ますっ!」

 大剣を手にした騎士に注意を促され、空を見ると、羽のある魔物が数匹ほどこちらへ向かって飛んできた。外見は、謁見の間でラースが倒した奴に似ている。

「人間の女っ! 我らから逃げられると思うな!」

 大地へ激突するかのごとく、かなりの速度で謎の人物へ突っ込む。フードの女性が、一匹目の攻撃を回避する。身体を貫こうとした爪が、地面に突き刺さる。

 続いて二匹目がやってくる。ここで側にいたミルシャが、謎の人物を助けるように命じた。

 騎士がジドーへミルシャを守るように叫び、大剣で二匹目の攻撃を防ぐ。爪と剣がぶつかりあい、周囲に甲高い音が響く。

 余計なことをと言いたげな目で騎士を見るフードの女性に、死角から三匹目の同種の魔物が襲い掛かる。

 黙って見過ごしたりはできないので、ラースも参戦する。魔剣ヴェルゾを盾代わりにして、魔物の爪を防ぐ。

「何をしている。さっさとこの場から立ち去れ!」

 黒マントにフードという特殊な格好の女性が叫ぶ。相変わらず、どんな顔をしてるかもわからないが、声は低い感じながらも凛としている。

「そうはいかないわ。この場にいるということは、貴方もここの関係者なのでしょう? だったら、女王として放置はできません」

「女王?」

 フードの女性が訝しげな声を出した。

 会話の時間がもう少し欲しいところだが、標的を殺そうとしてる魔物たちが待ってくれるはずはなかった。

 魔物の数は合計で三匹。もっと数がいるかとも思ったが、増援はなさそうだ。

 騎士が一匹の魔物と正面から戦う。身体にダメージが残っているせいか、簡単には押し返せそうにない。

 フードの女性はナイフを片手に、スピードを活かした攻撃で別の魔物をかく乱する。こちらもすぐに決着がつきそうな様子はなかった。

 残りはラースリッドだ。剣の技術は他二人に劣るも、持っている武器のグレードだけは圧倒的に上だ。

 切れ味抜群の魔剣は敵の硬い爪などものともせず、少し力を入れれば、もろとも敵の身体を斬ろうとする。

 回避しても、今度は衝撃波が魔物を襲う。近距離でも遠距離でも、抜群の能力を発揮してくれる。

「それは……魔剣?」

 顔を隠してる女性が驚いてる間に、ラースの相手をしていた魔物が絶命する。衝撃波が羽に命中し、スピードが低下したところで一気にとどめを刺した。

 簡単に仲間が倒されたのを受け、驚くと同時に魔物たちは頭に血を上らせる。

 よくもと叫んでラースへ攻撃しようとするが、その際にできた隙を騎士が見逃すはずもない。

 手にしている大剣で、易々と魔物の胴体を薙ぎ払う。これで残りは一匹。

 さすがに状況の不利を理解したみたいだが、すでに遅い。投げつけられたフードの女性のナイフが太腿に刺さる。

 悲鳴を上げて空へ逃げようとするも、飛び上がったところにラースリッドが衝撃波をお見舞いする。

 こうして威勢の良かった三匹の魔物は、実にあっさりと全滅した。

 戦いを終えたところで、ミルシャが謎の人物に近づく。側には騎士が控え、警戒を怠らない。

「一応……お礼を言っておくべきかしらね」

「必要はありません。自国の民を守るのは、女王の務めですので」

「そういえば、さっきもそんなことを言ってたわね。町の広場で立札を見たけれど、本気なの?」

「……もちろんです。この国に、もうレイホルンからの助力は期待できないでしょうし……私がなんとかします」

「そう。頑張ってね」

 そう言って女性が立ち去ろうとするそぶりを見せたところで、ラースリッドは唐突に思い出した。

 あっと大きな声を上げたので、フードの女性も含めた全員がラースを注目する。

「どうしたの?」.

 ミルシャが尋ねた。

「僕、多分この人を知ってる。前に、助けてくれた人だよね」

 フードの女性は何も言わない。

「助けられたって、本当?」

「うん。ジドー君に虐められてる時に」

 ミルシャとラースの会話に、当人のジドーがばつの悪そうな顔をする。

 それでも当時の様子を思い出したのか、あの時の煙かとジドーが言った。

 つい先日。ジドーに虐められてる際に謎の煙が発生し、ラースを逃がしてくれた。その際に聞いた声と、黒マント姿の女性の声がそっくりだった。

「気のせいよ」

「あの時はありがとうございました。では、一緒に帰りましょう」

「……どこへ?」

「領主の館です。元……になるんですかね。そこに皆がいます。さあ、早く」

「待ちなさい。私は一緒に行くなんて言ってないわよ」

 嫌そうにする女性へ、今度はミルシャが声をかける。

「女王としての命令です。応じてもらえないのなら、ここにいるラースに力ずくで同行させてくださいとお願いします」

「……物騒な女王陛下ね。笑顔で脅迫するなんて驚きだわ」

 顔の大半を隠してる女性が、大きなため息をついた。

 どうやら、ひとりで別行動を取り続けるのは無理だと判断したらしい。

「魔剣を持ってる人間に脅されたら、どうしようもないわ。それにしても貴方……身体は何ともないの?」

「はい。なんだか、魔剣を持っても呪われないみたいです」

 今日だけで何回されたかわからない質問に答えると、女性はかなり驚いたみたいだった。

「簡単には信じられないけど、嘘は言ってないみたいね。いいわ。貴方に興味がわいたし、一緒に行ってあげる」

 喜ぶラースとは対照的に、ミルシャがどことなく不満げな顔をする。

「……興味を持ったのは魔剣に……ですよね?」

「え? ああ……魔剣よりも、ラースと呼ばれてる少年の方に……かしら」

 顔を隠してるフードの中で、女性がクスクス笑う。明らかに、ミルシャをからかって遊んでいた。

 それがわかったからこそ、ミルシャも引きつった笑顔を浮かべる。

 このような状況を経験するのは初めてだった。ひたすらおろおろするラースに、ジドーがこっそり近づく。

「お前……実はモテモテだったんだな。メニルもいるし」

「そ、そんなことないよ」

「……あら。ラースったら、メニルさんとも何かあるのかしら?」

 メニルの存在は、ミルシャも知っているみたいだった。それだけならいいが、とにかく彼女のラースを見る目が怖い。

「やきもちはみっともないわよ。女王陛下」

「そんなのではありませんっ!」

 ミルシャの怒声が周囲に響き渡る中、状況を見守っていた騎士がやれやれと肩をすくめた。

「陛下、巡回を続けましょう。町に残ってる住民がいるかもしれません」

「そ、そうですね。では、巡回を再開します」

 最初は三人だけだった見回りに、ジドーや謎の女性が加わり五人となった。

 歩きながらミルシャは、謎の女性に質問する。

「顔は隠したままでも構わないけど、せめて名前くらい教えてもらえないかしら」

「……セエラよ。顔も見たいなら、お好きにどうぞ」

 セエラと自己紹介してくれた女性が、フードから顔を出す。現れたのは綺麗なブロンドのショートカットが特徴的な、美しくも凛々しい女性だった。

 おおっと、ジドーが感嘆の声を上げる。

「こんなに美人だと思わなかったぜ。尻がデカいから、ホットパンツもよく似合うしな」

 卑猥さも含んだジドーの感想に、セエラの目がキラリと光る。

 気がつけば、彼女はジドーの首筋に、魔物から回収した自分のナイフを突きつけていた。

「お尻が……どうかしたかしら?」

「な、何で怒ってるんだよ。デカいのはいいことじゃねえか」

「……死にたいみたいね」

「ま、待てって! お、おい、ラースっ! 助けてくれっ!」

 どうやら大きなお尻がコンプレックスらしいセエラとジドーのやりとりに、ラースとミルシャは揃って苦笑する。

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