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呪われし者の英雄譚  作者: 桐条京介
2章 暗黒の魔剣
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 騎士たちの前へ進み出ると、館を覆い尽くそうとしている魔物の群れ目がけてラースは剣を振った。魔剣の力で発生した衝撃波が、多くの魔物たちを一瞬で絶命させる。

 あまりの破壊力に、騎士たちが驚く。次々と説明を求められるマオルクスは、ラースリッドを救世主だと言った。

「てやあァァァ!」

 元領主の館への侵入を許せば、ミルシャが危険な目にあってしまう。そんな姿を見るのは嫌なので、とにかく大群を相手に剣を振り続けた。

 一対一でもかなりの力を発揮してくれるが、衝撃波を繰り出せるおかげで多勢に無勢の状況でも一発逆転を狙える。

 討ち漏らした敵は、騎士たちが対応してくれた。圧倒的に数が減ったのもあり、マオルクスらの士気も上がる。勝てるかもしれない。全員が、希望を見出し始めた。

 戦場となったランジスの町に、魔物の悲鳴が響く。ラースを危険な存在だと判断し、真っ先に狙ってくる。様々な種類の魔物がいるが、観察してる余裕などない。手にしている魔剣の力で、まとめて吹き飛ばす。

「さすがは封印されし魔剣。呪われたりしなければ、絶大な力を発揮するな」

 側に来たマオルクスがニヤリと笑った。もしかしたら、ラースがまだ正気か確かめたいのかもしれない。

「本当ですね。僕に戦いの経験なんてないんですけど、適当に剣を振るだけでなんとかなるんですから」

 ミルシャを狙った魔物でさえも、簡単に一刀両断できるほどの力がある。呪われたりしなければ、誰もが欲しがるに違いなかった。

 ほどなくして、館を襲う魔物たちの数は目に見えて減少した。魔剣を手にしたラースが現れたことで、状況が覆ったのだ。

「まだ気は抜けぬが、なんとかなりそうになってきたな」

 マオルクスがため息をつく。結構な年齢のはずなのだが、衰えを感じないほどの動きを見せていた。

「そうみたいですね。僕もホっとしてます」

 にこやかに笑うラースリッドを見て、騎士のひとりが苦笑する。

「なんとも緊張感のない少年ですな。彼のおかげで、助かったのは事実なのですが」

 奥さんが一緒についてきたと言っていた騎士だった。他の住民と一緒に避難中の最愛の女性を守るために、必死で戦ってきたのだろう。剣と鎧が魔物の返り血で汚れていた。

「平和そうに笑う姿を見せられると、魔剣を持っている事実を忘れそうになるな。それにしても不思議だ」

 周辺に魔物の姿が見えなくなったのもあり、マオルクスがラースの事情を他の騎士たちに説明した。全員が全員、驚きを露わにする。魔剣を手にしても呪われない人間がいましたと言われて、いきなり拍手喝采とはならない。半信半疑で、体調や意識に変化はないのかと質問してくる。

 ひとつずつ丁寧に答えてるうちに、謁見の間にいるはずのミルシャがエントランスへとやってきた。驚くマオルクスがどうしたのか尋ねると、戦いの音がやんだので心配になったという。

「なるほど。まあ、女王陛下がご心配なされたのは、我々よりもこの少年――ラース殿なのでしょうがな」

 マオルクスの言葉に、騎士たちがザワつく。

「そうなのですか? 見るからに平民の出だというのに、レイホルンの王女でもあったミルシャ様の心を射止めるとは。さすが、魔剣に認められし者だ」

 周囲の反応に戸惑うラースのすぐ側で、ミルシャが顔を真っ赤にする。反論したところで、マオルクスを始めとした騎士たちが納得するとは思えなかった。ほとぼりがさめるのを待つ必要があると判断したのか、ミルシャは町の中に逃げ遅れた住民がいないか探しに行くと言い出した。

「確かに、家の中に隠れてじっとしていた者がいるやもしれませんな。では、護衛の騎士をつけましょう。もちろん、ひとりはラース殿で決定ですな」

「そ、そうね。呪われずに、魔剣の力を引き出せるラースは、とても頼りになるもの」

 まだ魔物が残っている可能性は高い。ラースの他に、一名の騎士がミルシャの護衛をすることになった。マオルクスら残りの騎士たちは、元領主の館である王城や住民を守る。

 戦闘経験が豊かな騎士が先頭を歩く。魔物の存在や危険を察知した際、真っ先にミルシャへ教えるためだ。不測の事態が発生した場合に備えて、ラースは彼女の側にいた。

 騎士が提案してくれた陣形で、ランジスの町を巡回する。各家々が、派手に破壊されていた。誰かいませんかとミルシャが声をかけるも、反応はない。

「最初の時点で、きちんと全員を避難させられていたのかな」

 ラースの問いかけに、ミルシャは「そうだといいんだけど……」と返した。

 レイホルンの王都シュレールへの集団引越しがあったのは、昨夜だ。どれくらいの人数が、ここランジスに置いていかれたのかも把握できていない。名簿でもあれば、元領主の館に避難中の住民を相手に点呼を取れば済むのだが。

「とにかく、町を大きくひと回りしてみましょう」

 ミルシャがそう言った時だった。咆哮のような声が、風に乗って届いてきた。

「……どうやら、何者かが戦っているみたいですね。様子を見に行きますか?」

 頭がすっぽり隠れる兜を装備中の騎士が、ミルシャに尋ねた。

 ミルシャが頷くと、騎士が小走りで先行する。マオルクスらと一緒に戦い続け、あちこちに傷も負っている。それでもなお俊敏に動けるのだから、もの凄い体力だった。

 騎士の背中を追いかけていくと、郊外周辺でひとりの大男が大勢の魔物と対峙していた。あれは……ジドーだ。

 事あるごとにラースを虐めてきた人間だが、過去に酷い目にあわされたからといって、見捨てたりはできない。

「僕が魔物へ突撃します。騎士さんは、ジドー君を守ってください」

 背後から声をかけると、騎士は「わかりました」と応じてくれた。

 素早く騎士がジドーの前へ移動し、繰り出されたばかりの魔物の攻撃を大剣で受け止める。

 何が起きたかわからないでいるジドーの対処は騎士とミルシャに任せる。魔剣を持っているラースが、周辺の危険を排除する。

 魔剣の衝撃波で遠距離にいる魔物たちも含めて、大半を吹き飛ばす。残った魔物が攻撃してくるも、魔剣で難なく受け止める。

 反撃したりする技術はなくとも、受け止めるだけなら持ち前の動体視力で何とかなる。あとは敵目がけて剣を振るだけだ。

 誇れる剣技などないラースの腕では、簡単に攻撃を命中させられない。魔物たちも、余裕を持って回避する。

 普通ならここで一連の攻防はひと段落するが、ラースの手にある魔剣がそれを許さない。纏う暗黒のオーラに触れただけで、敵にダメージを与える。加えて衝撃波も発生するので、相手にとっては厄介極まりなかった。

 苦戦らしい苦戦もなく、場にいた魔物たちすべてが絶命する。改めてラースは、手にした魔剣の強力さに驚く。

「フン。この程度の雑魚どもを倒したところで、自慢にもならぬわ。もっと我に、歯応えのある敵を斬らせるのだ」

 魔剣の声が頭の中に響く。マオルクスによれば、ヴェルゾという名前みたいだった。

「嫌だよ。僕、基本的に戦いは好きじゃないし」

「ぐう……あらゆる者に恐れられた我の所有者が、殺し合いを嫌う平和主義者みたいな男とは……信じられん……」

 魔剣の嘆きはまだまだ続いてるが、気にしないでミルシャたちのもとへ戻る。頭の中に聞こえてくる魔物の声も、さほど気にならなくなりつつあった。

「お、お前……本当にラースなのか?」

 魔物を全滅させるラースの姿を見ていたジドーが、驚愕とともに尋ねてきた。

「そうだよ。この魔剣のおかげだけどね」

「ま、魔剣だと?」

「うん。どうやら僕は、魔剣に呪われないみたいなんだ」

 ポカンとするジドーに、ミルシャが話しかける。

「ねえ、いじめっ子。どうして、貴方はここにいるの?」

「うるせえっ! テメエみたいな女に、俺の気持ちがわかってたまるか!」

「気持ちをわかるも何も……質問の答えになってないわよ」

 ラースがジドーに虐められていたのを知っているせいか、普段は誰にでも優しいミルシャなのに、言葉の端々に棘みたいなものが混じる。

 責めるように、理由を説明するまで質問し続ける。やがてジドーは観念したように口を開いた。

「捨てられたんだよっ! 引っ越し先の王都で生活していくためには、俺みたいな大飯食らいは邪魔なんだとよ! チッ! あんな家族、こっちから願い下げだぜっ!」

 ラースはかわいそうに思ったが、ミルシャは違うみたいだった。地面へ座り込んだままのジドーへ、明らかな嘲笑を浴びせる。

「それで自暴自棄になって、避難勧告にも応じずに、ひとりで町をうろうろしてたの? あっきれた」

「何だとっ!?」

「だって、そうでしょ。ここにいるラースリッドはすでに両親を亡くし、親戚からも見捨てられた。貴方を始めとした町の人に、ずいぶんと酷い目にもあわされたはずよ。なのに恨みに思ったりもせず、危険を承知で皆を助けるために魔剣を手に取ったのよ。いじけて自殺みたいな行動をした貴方とは大違いだわ。そんな人間が、よくも今までラースを甚振れたわね」

 弾丸のごとく食らわせられる言葉の数々に、さすがのジドーも何も言えなくなる。口喧嘩に限定すれば、ミルシャは最強かもしれない。

「……けどよ、どうすりゃいいんだよ! 行くあてもねえんだぞ! 俺に何ができるっていうんだよっ!」

「きっと……僕よりたくさんのことができるよ」

「……はあ?」

「ジドー君は腕力もあるしね。だから、僕たちを助けてほしいんだ」

 笑顔で助力をお願いするラースに、ジドーのみならずミルシャまでもが唖然とする。何か変なことでも言ってしまったのだろうかと、急に不安になる。

「……プッ、クッ……ハハハ! お前を見てると、うじうじしてた自分がアホみたいに思えてくるぜ」

「アホみたいじゃなくて、実際にアホなのよ」

 的確で容赦のない指摘をするミルシャに、ジドーは顔をしかめて「うるせえよ」と言った。

「とにかく! 命を救ってもらった恩もあるしな。俺の力が必要だってんなら、いくらでも貸してやるよ。ただし……俺は大飯食らいだぞ」

「アハハ……うん、よろしくね」

 ラースとジドーが握手する。ミルシャも、もう何も言わなかった。

 感動的な一場面が形成されたあとで、護衛役の騎士がすっとジドーに近づいた。

「話がまとまったのなら、まずは女王陛下への数々の無礼な言動を謝罪してもらおうか」

「あン? 女王陛下? そんな偉い人が、どこにいるんだよ」

 きょろきょろとするジドーの目の前で、胸を張ったミルシャが右手を上げた。

「町の中にある立札に書いてあったでしょ。私が独立したこの国の初代女王のミルシャよ。理解したのなら、敬いなさい」

「……冗談だろ? お前は物好きなラースの女だろ。いつもあそこの丘で、イチャイチャしてたじゃねえか」

「物好きって……いいえ、それより! 貴方……覗いてたのっ!? 返答次第では、即刻死刑よ」

 ミルシャの言葉に従い、兜のせいで表情の読めない騎士が大剣を構える。

「ま、待てって! そもそも、あんな場所でイチャついてる方が悪いんだろっ! 俺のせいじゃねえぞ!」

 両手を前に出して弁解したあとで、ジドーは側にいたラースに話しかけてくる。

「お、おい……本当にあの女が女王なのか?」

「うん。人がたくさんいると、女王陛下らしくなるんだけどね。周りに僕たちがいると、普段の彼女に戻るみたいだ」

 小さな声で「嘘だろ……」と呟くジドーの隣で、ラースは笑う。女王となっても、ミルシャが変わりない姿を自分に見せてくれるのが嬉しかった。

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