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呪われし者の英雄譚  作者: 桐条京介
1章 呪われた子と妾の娘
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 早朝。独立国家ゼロの初代女王となったミルシャは、部屋のドアをけたたましく叩く音で目を覚ました。

 王女ではあっても、妾の娘。正当な王位継承権を持つ者とは立場が違う。母親のアリーシュと一緒に、王都で暮らすようになってからずっと言われ続けた。可能な限り父親で国王のゲルツが守ってくれたものの、さすがに細部までは監視しきれなかった。生前から母親は凄惨な仕打ちを受けた。死後はミルシャに集中した。泣くと虐める相手が調子に乗るだけなので、絶対に涙は見せなかった。おかげで生意気だと、余計に虐げられた。

 王女の身でありながら、早朝から館にいる馬の世話などをさせられた。使用人にまで蔑んだ目で見られた。分け隔てなく接してくれたのは、館に置いていかれたような面々ばかりだ。

 普段から使用人より早く起きるミルシャが、誰かに起こされるのは珍しかった。何事だろうと思いながらも、どうぞと廊下にいるだろう人物に声をかける。慌てた様子で中に入ってきたのは、例のドジなメイドだった。

「おはようございます。こちらの部屋でお休みだったのですね」

「ええ。女王にされたからといって、いきなり慣れない部屋で寝るのも、肩が凝りそうだったもの」

 そう言ってミルシャが微笑むと、メイドもそうですねと笑顔で頷いた。

 勝手に命名された独立国家ゼロの女王となったのだから、どの部屋を使うのもミルシャの自由だ。なにも昔から与えられている、狭くて無機質な部屋で眠る必要はなかった。だからといって、先日まで領主がいた部屋で休むのはごめんだった。女王としてその部屋を使わなければならないのなら、全面改装してからにしようと決めていた。

「ところで、こんな早くから何か用なの?」

 閉められたカーテンの隙間からは、かすかな朝日すら差し込んでこない。まだ外は暗いのだと、すぐに理解した。

「そ、そうでしたっ! 姫様……じゃなくて、女王様? ええと、ミルシャ様にお客様です」

「フフ。好きに呼んだらいいわよ。あまりこだわらないし。で、お客様というのは?」

 慌てふためくメイドに問いかける。彼女もまた寝起きなのは、ボタンの掛け違いなどが目立つメイド服を見れば明らかだ。

「そ、それが……なんだか、怖い感じの騎士様です。お年を召した方なのですが、とにかく迫力があって……腰が抜けそうでした」

「怖い感じの騎士様、ね。誰だかわからないけど、すぐに行くわ。ホールの方でお待ちしてもらって」

 昨夜まで領主の館だったここを城とするのであれば、エントランスから続くホールは謁見の間になる。弱小国家の誕生すら知らない人間が大半なので、気にする必要はさほどない。単純に、広くて便利だから使いやすそうだった。

「わかりました。では、お願いしますっ!」

 ぺこりと頭を下げて、足早にメイドが部屋をあとにする。ドアを開けっ放しで立ち去るあたりが、ドジたる所以なのだろう。自分でドアを閉めてから素早く着替え、ミルシャは老齢の騎士が待ってるであろうホールへ急ぐ。

 朝食をとってないのでお腹が鳴るが、まずは来客の相手をしなければならない。食料がどれだけ残されてるかはわからないが、食事はそのあとだ。

 この町に来て以降、ミルシャに用意されたのは地下の部屋だった。囚人みたいな扱いも、慣れれば平気になる。呪われた子と蔑まれてもなお、生きるのを諦めないラースリッドみたいな人間もいるのだ。この程度で不幸だと嘆いていたら彼に怒られる。

 階段を使って地下からエントランスへ入り、そこからホールへ移動する。メイドが言っていた老齢の騎士の他に、甲冑を身に纏った兵士が何人かいた。直立不動で立っていた全員が、ミルシャの姿を見るなり、恭しく頭を下げてきた。

 王女らしく扱われる経験が皆無だったミルシャは、兵士たちの態度に強い戸惑いを覚えた。どうすればいいのかわからないでいると、先頭にひとりで立つ老齢の騎士が楽にしていいですかなと聞いてきた。

「は、はい。どうぞ、楽にしてください」

 ミルシャの言葉を受けて、老齢の騎士だけではなく他の兵士たちも頭を上げる。全員が覚悟を決めたような目で、真っ直ぐにこちらを見てくる。強い気持ちを持ってないと、なんだか飲み込まれそうだった。

「ミルシャ王女……いや、今はミルシャ女王になるのですな。ワシはマオルクス。老いぼれ騎士でございます」

 老齢の騎士の自己紹介に、ミルシャは目を丸くする。マオルクスという名前は王都で何度も聞いた。対面した経験はなかったが、父親であるゲルツ国王の信頼も厚い騎士団長だと記憶している。それがどうして、このようなところにいるのか。疑問を放置したままにするのも気持ち悪いので、おもいきって質問をしてみる。

「マオルクス様といえば、我が国――いいえ、レイホルンの騎士団長ではありませんか。どうして、早朝からこのような場所におられるのです?」

 マオルクスは苦笑いを浮かべる。

「臣下に様付けをするのはおやめください。それに、ワシはもう騎士団長ではありませぬ。何年も前に、任は解かれておるのです」

 王都での出来事をほとんど教えてもらえないミルシャに、そうした事情はわからなかった。素直に頭を下げると、またしても苦笑される。

「近いうちに退役しようと思っていたところ、今回の出来事が起こりました。老いぼれの身ではございますが、少しでも女王陛下のお役に立ちたく、こうして参上いたしました」

「……事情はわかりました。ですが、本当によろしいのですか。レイホルンからの命令ではないのでしょう?」

 王妃のファナリアは昨夜、館や町に滞在していた兵士を全員引き揚げさせた。独立国家を統治するミルシャに、兵は与えないという意思表示だった。下手に兵士を残せば、反乱を起こされる可能性もある。そのつもりはなくとも、やろうと思えばできる状況にしておくのはあまりにも危険だ。

 元がつくとはいえ、騎士団長を務めていたような騎士が独立国家に在籍するのは好ましくない。妾の子であるミルシャを忌み嫌うファナリアが、わざわざマオルクスに誕生したばかりの独立国家を助けろという命令を出すなどありえない。

 マオルクスたちは自分たちの意思でこの場へやってきたことになる。要するに、国を捨てたのだ。少数でも兵士を得られるのはありがたいが、彼らは大丈夫なのかと心配になった。

「ご心配には及びませぬ。亡命したところで、ワシには家族も親族もおりません。だからこそ、自身の信念を貫けたのです」

 口ぶりからして、王妃ファナリアを快く思ってないのは明らかだった。

「ワシひとりで女王陛下のもとへ来るつもりだったのですが、後ろにいる八名の大ばか者もついてきてしまいました」

「王妃のやり方に我慢ができないのは、我らも同じです。ならば、マオルクス様と行動を共にしようと決めました」

 マオルクスの背後にいる兵士のひとりが誇らしげに言った。全員が頷き、後悔はないと意思表示する。

「家族を伴ってこちらへ来た者もおります。申し訳ありませんが、住む場所を提供してくださるとありがたいのですが」

「わかりました。貴方たちの気持ちに、独立国家の初代女王として、心より感謝します。まあ……城すらありませんが」

「なあに、こことて慣れれば立派な城になります。お気になさる必要はありますまい」

 マオルクスが豪快に笑う。数名程度ではあるが、国に仕える騎士がいてくれる。新しく女王となったミルシャには、それだけでも心強く感じられた。


 亡命してきた兵の家族に住居を与えるため、ミルシャはマオルクスらと一緒に外へ出た。住民が激減したランジスの町の中央に、人だかりができている。

 何事かと覗き込めば、そこには今回の一件が書かれていた。ランジスの町は、昨夜より独立国家ゼロの王都になった。レイホルンとは、もはや何の関係もないのだと。

「これは一体……どうなって……おお、ミルシャ様っ!」

 人だかりの中にいた老人のひとりが、ミルシャに気づいた。王位継承権を与えられた妾の子として、王都では知らない者がいないほど有名だ。ランジスの町にも、顔や名前を知ってる人間がいても不思議ではなかった。

「貴方様が、女王となるのですな。どうぞ、よろしくお願いします」

 老人が笑顔で、小さく頭を下げた。町に残されたほぼすべての住民が、取り乱したりはしていなかった。不思議に思ったミルシャは、前から知っていたのかと聞いてみた。

「いいえ、知りませんでした。ですが、昨夜に住民の大半が引っ越していくのを見れば、大体の予想はできます。残されたのは老人か、家族に必要とされなかった者ばかりですからな」

「そう……なのね。何と言えばいいのか……」

「気にしないでくだされ。元から、家でも邪魔者にされてばかりいましたからな。逆に、残していかれてよかったのかもしれません。好きなように生きられますからな」

 名前を知らない老人は、どこまでも前向きだった。他の住民も、どことなく晴れやかな表情を浮かべている。もしかしたら、前々からこのような事態になるのを想像していたのかもしれない。

「貴方の言うとおりですね。どこまで私にできるかわかりませんが、少しでもこの国をよくするために頑張ります」

 ミルシャが言うと、住民から拍手が巻き起こった。罵倒する者は誰もおらず、奇妙な一体感を覚える。

 誰もが見捨てられたとは口にせず、これからの明るい未来ばかりを期待する。そんな中で、マオルクスを始めとした騎士たちだけが神妙な顔をしていた。

「そうでした。家族を連れてきた方々に、住居を提供するのでしたね」

 思い出したようにミルシャが言った。幸か不幸か、空き家になったところがたくさんある。本来の持ち主はどうせ戻ってこないだろうから、新しい住民たちに好きに使ってもらえばいい。

 そう考えて幾つあればいいのか尋ねたが、返ってきたのはひとつという答えだった。

「私の妻だけが、ともに死にたいと同行してくれました。何度もレイホルンへ残るように言ったのですが、最後まで聞いてもらえませんでした。私には勿体ないくらいの女です」

 マオルクスについてきた若い兵士の言葉に、ミルシャは強い違和感を覚える。

「ともに死にたい……ですか。それはどういう……」

 ――意味ですか。そう聞こうとしたが、ミルシャの台詞は最後まで完成しなかった。途中で、住民のひとりが上げたと思われる声に遮られたからだ。

「た、大変だっ! 魔物が攻めてきたぞっ!」

 驚くミルシャたちとは対照的に、マオルクスら騎士はきたかとばかりに目を細めた。

「マオルクス殿……貴方は魔物の襲来があると、知っていたのですか?」

「……はい。王妃が側近に命令しておるのを、聞きましたからな。魔物の侵攻は食い止められそうもない。ならばランジスの町を捨てようと」

 ここでようやく、ミルシャは王妃ファナリアの意図を理解した。南端の辺境となるランジスを放棄すると決めたはいいものの、魔物に無条件降伏したような形になれば、周辺諸国へ弱腰だと認識される。大勢の兵士を投入して犠牲が増えれば、他国へ攻め入る隙を与えてしまうかもしれない。ならばいっそ、国から独立させてしまえばいい。

 王位継承者でもあるミルシャを女王にして、住民とともに死亡させる。そうすれば、王族も懸命に独立国家を助けようとしたと言い訳できる。

 怒りと屈辱で、唇が震える。こんな真似を、優しかった父親のゲルツ国王がするとは思えない。騎士たちも、王妃のやり方が気に入らないと言っていた。

「……むざむざ、住民を殺させるわけにはいきません。城とは呼べませんが、かつて領主の館だった場所ならば、多少は頑丈です。そこへ住民を避難させてください」

 マオルクスたちは「はっ」とかしこまったあとで、町に点在する住民へ声をかけるために移動を開始した。

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