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呪われし者の英雄譚  作者: 桐条京介
8章 仇と決着
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 ドサリと地面に落ちたイルヴォラスを見て、ようやく終わったと安堵する。その場にへたりこむほどの疲れも感じてないので、本当に絶命したのかを確認しにいく。

 恨み言を口にするでもなく、イルヴォラスは白目を剥いて息絶えていた。結局、この魔族がどうして人間の国を乗っ取りたかったのは不明のままだ。

「どうして、人間の国を占領したかったんだろうね。魔物だから、当たり前なのかな」

 なんとなく、ラースは手にしている魔剣ヴェルゾに聞いてみた。人間よりもずっと長い間生きてると言っていたので、何か知ってるかもしれないと思った、

「……詳しいことは本人でなければわからぬ。だが、我が封印される前の魔王は、好んで人間の国を滅ぼそうとしていなかった。それが気に食わなかったのやもしれぬな」

「ふうん。よくわからないけど、人間と同じで、魔物も色々いるってことだね」

 とりあえず納得する。改めて周囲を見渡すと、魔物の姿はほとんど見えなくなっていた。

 無造作に放ち続けたラースの衝撃波によって、近くにいた魔物の大半が巻き添えを食らったのだ。

 残った魔物も、リーダーのイルヴォラスが討ち取られるなり退却を開始した。

「次々と逃げていくね」

 またしても、ラースは魔剣ヴェルゾに話しかけた。

「ウム。奴らに明確な目的はなかったのだろう。イルヴォラスに従っていたからこそ、今回の戦争にも参加しただけにすぎん。旗振り役がいなくなれば、戦闘を続ける理由もあるまい。恐らくは、魔王のいる居城へと帰るはずだ」

 元は同じ国の兵士でありながら、人間も上の判断ひとつで敵味方に分かれて戦う。今回のレイホルンで起きた事件がいい例だ。

「とにかく……終わったね。これで少しは平和な時間を過ごせるのかな」

 戦いばかりしていると、サディにこき使われてた日々ですら懐かしく思えるから不思議だった。

 その叔母も、魔物によってレイホルンが占拠された際に帰らぬ人となった。今も残ってるかはわからないが、マントをかけてきただけの遺体をきちんと処理して、お墓を建ててあげたいと思った。

「おい、ラース! 無事かっ!」

 どれくらいその場でボーっとしていたのか。気づいたら本陣へ戻っていたはずのジドーが、セエラと一緒に一匹の馬に乗って近くまできていた。手綱を握っているのはセエラだ。

 しっかりとセエラの腰に捕まっていたジドーが、名残惜しそうに馬から最初に降りた。

「二人とも、ずいぶんと仲良くなったんだね」

 ラースは笑顔で手を上げた。

「おおよ! セエラはもうすっかり俺の虜だ。いくらラースでも、セエラのデカい尻だけは譲れねえぞ」

「……怪我をしたせいで、頭がおかしくなったのかしら。もう一度、瀕死の状態まで追い込んだら、治るかもしれないわね」

「ちょ! 待ってくれっ! 馬に俺を蹴らせるな。本気で痛いって!」

 ドカドカと馬に蹴られ、地面へうつ伏せに倒れるジドーを見てラースが笑う。

「フフ。ラースに笑ってもらえてよかったわ。これからは毎日の日課にしようかしら」

「勘弁してくれ。俺の身が持たねえよ。どうせ下敷きにされるんなら、お前のデカい尻の方が……」

「……あら。まだそんなことを言う元気があるのね。デリカシーのないアホ男は本当に元気だわ」

 夫婦漫才のようなやりとりを目の前で見せられてるラースの側に、今度はミルシャがやってきた。マオルクスら騎士も一緒だ。

「魔物が急に逃げ出したから、もしかしてと思ったの。さすが私のラース! どんな敵が相手でも、必ず勝つと思っていたわ!」

「え!? うわっ、ちょっと!」

 近くまで来たミルシャが、握っていた馬の手綱をいきなり離して空を舞った。

 満面の笑みを浮かべた女王陛下が目指したのは、もちろんラースリッドの胸の中だ。

 抱きとめてあげれば恰好もつくのだが、生憎とそんな筋力はなかった。騎士たちに鍛えてもらっていたとはいえ、数か月にも満たない期間で、急激に男らしい体つきにはならない。ジドーとは違うのだ。

 地面に仰向けで倒れる。気遣ってくれるかと思いきや、まったく気にしない様子でミルシャはラースの胸に頬を寄せてきた。

「ラース……私のラースリッド……」

 毎日のように小高い丘で会っていた時は、想われてるかどうかもわからなかった。戦争が始まって取り巻く環境が一変してからは、関係が一気に変化した。

 ラースはともかく、女王になったミルシャが好意を前面に押し出すようになった。依存しているだけかもしれないが、誰かから愛してもらえるのは嬉しかった。

「コホン。陛下。勝利をお喜びになるのも結構ですが、臣下の者が大勢見ておりますぞ」

「見せておけばいいのよ。背伸びして恰好いい女王様になろうとしても無理。私は私らしくいくわ。例え、女王様であってとしてもね」

 舌を出したミルシャを見て、マオルクスら護衛中の騎士が肩をすくめた。全員が苦笑いを浮かべる。国民と一緒に畑仕事をしてる姿も見てきただけに、王族らしい振る舞いをさせるのを諦めてるのかもしれない。

「大丈夫よ。他の国からのお客様がいらした時とかは、きちんとするから」

「そう願っておりますよ。そうした面も、陛下の魅力でしょうからな」

 朗らかに笑うマオルクスだけでなく、側に控えている騎士たちも晴れやかな顔をしている。誰もが戦争の終わりを実感し、安堵しているのだ。

 犠牲者もかなりの数が出てしまったが、戦争はこれで終わり。生き残った者は家族のもとへ帰れる。

「そうよ。私の魅力に、ラースもメロメロなんだから。そうよね?」

 尋ねられたラースは笑顔で頷く。

「そうだよ。僕は出会った時から、ミルシャにメロメロなんだ」


 後にコーウェルの決戦と称されることになる戦いは、レイホルン軍の勝利で終えた。二千人を超える戦死者を出した激しい戦いだった。

 コーウェル台地で部隊を再編制したレイホルン軍は、そのまま北上。魔物や荒くれ者に支配されていた王都シュレールを奪還する。

 ラースたち傭兵部隊を先頭にしたレイホルン軍が到着した頃には、悪事を働いていた大半の者が逃げ出したあとだった。

 食料が不足していたのもあり、ミルシャは王都シュレールで解放宣言をすると同時に持っていた食料を住民へ分け与えた。

 支配されるなら人間の方がいいと、ミルシャの側位は王都の住民にも歓迎された。

 亡命していた多くの者も、ランジスから戻った。荒れ果てた王都を、一刻も早く立て直すためだ。

 レイホルンの新たな女王ミルシャは、騎士団長マオルクスの勧めでランジスへ帰らずに王城へ入った。

 生き残っていた城の司祭などを集め、ミルシャが女王としてレイホルンを導くのを改めて宣言する。

 即位式は後日行われることになり、まずは国内の立て直しへ全力を注ぐことになる。

 混乱をもたらした王族の生き残りであるコンスタンテの処遇については、女王ミルシャに一任された。

 多数の犠牲者を出したのもあり、処刑して責任を取らせるべきだという声も根強かったが、ミルシャは最終的にコンスタンテへランジスの統治を命じた。

 ランジスの町へ残ったのは、大半が見捨てられた住民だった。恨みを持つ者もいるだろうが、彼らと一緒に生活するのがコンスタンテのためになると判断した。

 受け入れたコンスタンテが、ランジスの領主となった。サポート役にラースリッドを求めたが、その要望については女王ミルシャが即座に却下した。


 そして迎えた即位式の当日。ラースリッドはひとり静かに、王都を離れようとしていた。

 王都シュレールは正式に誕生する新たな女王を祝って、数日前からお祭り騒ぎだった。

 これなら、人混みに紛れて移動するのも難しくはない。

 歩を進める。もう少しで、王都から外に出る。

 寂しい気持ちを感じながら、出ようとした瞬間に声をかけられた。

「そこのラース君は、ひとりでどこへ行こうとしてるのかしら」

 ミルシャだった。

 これから即位式が行われるというのに、小高い丘で会っていた時みたいなラフな服装だった。

「ミ、ミルシャ。どうしてここに……?」

「ラースの考えなんて、お見通しよ。こっそり出て行くなら、人目につかないところを選ぶだろうと待ち伏せてたの。さあ、私が納得できる説明をしてもらいましょうか」

 ミルシャの目はとても怖い。黙って出て行けるような雰囲気ではなかった。

 仕方なしに、ラースはずっと心の中に抱いていた想いを告げた。

「僕は……呪われた子だ。女王様となったミルシャの側へいるには、相応しくない。それに、魔剣の所有者でもある。戦いの最中ならいいけど、平和になれば不気味がる人だって絶対に出てくる」

「ふうん……で?」

「僕にとっては大事なんだ。だから、このまま行かせてほしい」

「いいわよ」

 あっさり承諾してもらえると思ってなかったので、逆にラースは驚いた。

 少しだけ寂しくなったりもしたが、これでミルシャの足を引っ張る原因にだけはならなくて済む。

「じゃあ……僕は行くよ」

 未練を残さないように、大好きな女性へ背を向けた。

 きっと、これでいいんだ。自分で自分を慰めながら歩く。

 ふと気づけば、すぐ後ろで足音が聞こえる。誰かがついてきてる気配もする。

 慌てて後ろを振り向く。いたのはミルシャだ。当たり前のように、彼女はラースの背中を追いかけてくる。

「ど、どこに行くつもりなんだよ。ミルシャはこれから、即位式に出なきゃいけないんでしょ」

「出ないわよ」

 きっぱりと言いきった。平然としてるミルシャの前で、ラースが慌てる。先ほどから驚かされてばかりだ。

「な、何を言ってるんだよ! 女王様として、国民のために働くって決めたんでしょ?」

「ラースが側にいてくれるならね。出て行くっていうんだから、女王になるのを拒否して、ついていくのは当たり前でしょ。ラースったら、レイホルンの全国民に恨まれるわね」

「じょ、冗談を言ってる場合じゃ……!」

「あら、私は本気よ。ラースと一緒にいられるなら、誰に恨まれても平気だもの」

 振れ幅が少ないはずの感情が、かつてないほどの喜びをラースにもたらしてくれた。この思い出だけで一生頑張っていけそうだ。

 ありがとうとお礼を言って立ち去りたかったが、目の前にいるミルシャが納得してくれない。あくまでも、ついてこようとする。

「私を女王にしたいのなら、ラースは騎士団長になって。じゃないと、嫌」

「じゃないと、嫌って、そんなわがままを……! それに僕は精霊の祝福を得られなかった、呪われた子なんだよ!」

「そんなのを気にしてどうするのよ。精霊から祝福されなかったのなら、私が祝福してあげるわ。これでもう、ラースは呪われた子じゃないわね」

「え? いや、そんな……それはあまりにも強引じゃ……」

「さ、城に戻るわよ。即位式に遅れてしまうわ。しっかりと私を護衛しなさい、ラースリッド騎士団長」

 首根っこを掴まれ、強引に引きずられる。どうやら、ラースは王都から脱出する機会を失ったみたいだった。

 何を言われても出て行こうと思っていたのに、今では全身から力が抜けている。

 ミルシャの言葉が、頑ななラースの心を溶かしてしまった。

「……ありがとう、ミルシャ」

 引きずられながら、ラースはお礼を言った。

「どういたしまして。お礼として、一生、ラースには側にいてもらうからね」

「うん。ずっとミルシャの側にいるよ」

 女王に引きずられて門をくぐる騎士団長を、メイドたちが出迎えた。


 レイホルンを巡る一連の事件は、様々な脚色を得て大人気の詩になる。

 虐げられる立場から国を救ったひとりの騎士と女王は、平民たちの憧れでもあった。

 詩人が酒場で披露すれば、確実に拍手っ喝采を浴びるほどだ。

 詩の中に、とても人気の一文がある。

 呪われし子、女王の祝福を浴びて、英雄騎士となる。

 ラースリッドとミルシャのやりとりを、誰かが聞いていたのだろうか。

 真相は不明だが、その英雄騎士は今もなお、愛する女王の側に立ち続けている。

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