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呪われし者の英雄譚  作者: 桐条京介
8章 仇と決着
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 ヘンドリクが息絶えたあと、ジドーもまたその場に倒れた。魔法で作られていたという槍はすでに消えたが、傷口は生々しく残ったままだ。

 地面に真っ赤な染みができる。見つけたミルシャの心が痛くなる。耳には、冷静さの欠片もない女性の泣き声が届いてくる。

「どうして、こんな無茶をしたのよ!」

「……俺が……無茶、しねえと……お前、死んでたろうが……そんなの、ごめんだ……」

「貴方に死なれるのもごめんなのよっ! 頭、悪いんじゃないの!?」

「まあ……よくはねえな。けどよ……こんな男を、好いてくれた女がいたんだ。なら……命、かけてやりてえじゃねえか……」

 ジドーがにっと笑う。仰向けで倒れてる彼の頭の下には、セエラの太腿がある。膝枕をしてあげながら、会話をしている最中だった。

「私……そんなふうに言ってもらえる女じゃない。とっくの昔に汚されて……!」

「あン? ああ……そういや……たぶらかされたか、とか……言われたな……へっ……そんなの……気にするような、男に……見えるかよ……」

 至近距離にまで顔を近づけた二人が見つめ合う。

「汚された……んじゃない。俺へ……尽くすための……勉強をしてたと……思えば、いい……」

「そうね。ジドーへ……ん?」

「俺に奉仕して……喜ばせるために……その時間はあったのさ……そして、お前の……尻も……大きくなった――ふぐおっ!」

 聞くも下品な悲鳴が周囲に響く。頭部をしたたかに地面へ打ちつけたジドーを心配する者は誰もいない。

 つい先ほどまで、膝枕をして心配そうな表情を見せていたセエラでさえも、他の皆と同様に白い目を向けている。

「な、何……しやがる……お、俺は、お前のために……くっ……目が……霞んできやがった……」

「すいません。治療魔法をお願いします。うるさいので、さっさと治してあげてください」

 本陣に滞在していた衛生兵が、数人がかりで治癒魔法を唱える。

 体内に属性がなく、魔法が効かないラースリッドとは違って、大怪我でもジドーはあっさりと回復する。

「……なんか、感動の場面が台無しだな」

「じゃあ、死んでみる?」

 セエラの冷たいツッコミに、慌てたジドーが首を左右に振る。

 一分前まで存在していた甘く切ない空気など、どこにも見当たらない。また余計な発言をしたと気づいたのか、大男のジドーが面白いくらいにガックリ肩を落とす。

「怪我が治ったのなら、さっさと戦いなさい。貴方にできるのは、それくらいでしょう。落ち込むのはそのあとよ」

 体格に似合わないめそめそぶりを披露するジドーの背中を、皆が見てる前でセエラが蹴りつけた。

 前のめりに倒れそうになったジドーが怒りとともに振りかえるも、首根っこを掴まれると途端に何も言えなくなる。

「ほら、行くわよ」

「わ、わかったよ。だから、手を離せって!」

 この二人はこんな感じでいいのかもしれない。まだ周りは大変な状況だというのに、なんだか微笑ましくなったミルシャはひとりで小さく笑った。


 ジドーら傭兵部隊の活躍で本陣の危機が去ろうとしていた頃、戦場のど真ん中でラースはまだイルヴォラスと戦闘中だった。

 距離を取って戦おうとするも、そうはさせじと敵が迫ってくる。

 得意技の衝撃波を苦し紛れに放っても、回避されるだけ。致命傷を与えるなど夢のまた夢だった。

「どうした、魔剣の所有者よ。この程度だとしたら、さすがに拍子抜けだぞ」

 かれこれ一時間以上は戦い続けている。腕や足はだるくなってきているが、疲れはあまり感じない。これもラースに属性がないからだろうか。

 そういえば、と思い出す。叔母のサディに毎日たくさんの仕事をさせられたが、極端に息を切らしたことがなかったような気がする。

 肉体は疲れてるのだろうが、それを強く感じない。苦痛をあまり覚えないのと同じ原理なのだろう。

 致命傷かどうかもすぐに判断できないため、メリットかどうかは曖昧なところだ。

「困ったな。これまで戦ってきた魔物より、ずっと強いね」

 ひとり言を口にしたつもりだったが、両手に持っている魔剣にはしっかりと聞こえていたようだ。

「弱気になってもらっては困る。我の所有者なのであれば、あの程度の魔物に苦戦することすら許されぬのだぞ」

「そうは言ってもね……」

 本気で困った。魔剣ヴェルゾが強力でも、ラースの身体能力は人並み以下なのだ。唯一勝っているのが、動体視力だった。

 おかげで相手の動きこそ目で追えるものの、攻撃を仕掛けようとしてもうまく身体を動かせない。

 勝てる見込みがあるとすれば、自身の肉体で槍を受け止め、動きを封じたところを攻撃する作戦くらいだ。

 以前に一度実行した時は、爪を使われたので上手く動きを封じられたが、イルヴォラスは槍を武器にしている。

 槍から手を離されれば、せっかくの作戦が無駄になる。自爆みたいな真似もできず、ますますラースはどうしようか悩む。

「攻めてこないのなら、こちらからいくぞっ! そうらっ!」

 ゆうに二メートルは超える槍を、敵は上手く扱う。次々と向けられる槍先を、なんとか防御するので精一杯だった。

 魔剣ヴェルゾにアドバイスされていたとおり、回避するのが一番だとわかっていてもこの有様だ。

 押し込まれる一方のラースは、反撃すらできない。後ろへ飛び退くと同時に、やはり苦し紛れの衝撃波を放つしかなかった。

「無駄だっ!」

 なんとか繰り出した黒い剣波が、あっさりとイルヴォラスの槍に弾かれる。

 短い時間で急いで出すため、どうしても従来のものより、威力も規模も劣るせいだ。

 じっくりと技を使う時間をくださいと申請したところで、敵が頷いてくれるはずもない。

「ククク。早く俺を倒さなくていいのか? 貴様の大事な人間のところには、手勢を率いたあの男が攻め込んでいるはずだ。急いで助けに向かわないと、手遅れになってしまうぞ」

「耳を貸すなっ! 奴はお前を焦らせようとしてるだけだ!」

 イルヴォラスが台詞を言い終えると同時に、魔剣ヴェルゾの声が頭の中に響いた。

 忠告されるまでもなく、そんなのはラースにもわかっていた。

 しかし、現状がどうなってるか知らないだけに、どうしても不安な気持ちを煽られてしまう。

 そんな時に、やってきたのが伝令の兵士だった。少し離れたところからだが、大きな声でラースに本陣の様子を伝えてくれる。

「ラースリッド様! 本陣を奇襲した魔物は、ジドー様たちの活躍によって撃退されました。女王陛下もご無事です!」

 表情を輝かせるラースを前に、イルヴォラスが舌打ちした。

 想定外の結果に怒っているのかと思ったが、どうやら違うみたいだ。

「どうやらあの男は失敗したみたいだな。この俺自らが、本陣も壊滅させてやらねばならなくなったということか。面倒極まりないな」

 魔物であるイルヴォラスは、同族の死を悲しんだりはしない。あの男が誰なのかは最後までわからなかったが、どうなろうとも知ったことではないのだろう。

 そんなイルヴォラスが、ミルシャを前にしたら――。

「だ、駄目だっ! 絶対にミルシャのところへは行かせないよ!」

「ほう。いい具合に顔つきが変わったじゃないか。ミルシャとかいう女がそんなに大事か。ククク。面白くなってきた」

 笑うイルヴォラスの目が、邪悪な輝きを放つ。

「ミルシャとかいうのは確か、この前さらった貴様らの女王の名だったな。せっかくだ。今から再び捕らえ、目の前で辱めてやる。先ほどの反応で、女王こそが貴様の大切な人間だとわかったからな」

「――っ! そんな真似、させてたまるものか! 皆、急いでここから離れてっ!」

 ラースの言葉を聞いた伝令役の兵士を始めとして、遠巻きに戦闘を見ていた者も一斉に遠くへ移動する。

 我関せずといった感じなのは、魔物たちだけだ。敵なだけに、巻き込んでしまうかもしれないと躊躇う必要はなかった。

「何をする気だ、魔剣の所有者よ。貴様の動きでは、俺を倒すのは難しいぞ」

「まったくだよ。だから、裏技を使ってみようと思うんだ」

 言うが早いか、ラースは魔剣ヴェルゾを両手に持ったまま、その場で回転し始めた。

 何が起きてるのかわからずに戸惑うイルヴォラスの側で、剣を伸ばした状態でひたすらぐるぐる回る。

「まともにやって攻撃が当たらないのなら、これでどうだっ!」

 回転中のラースが叫ぶ。振り回されてる最中の魔剣ヴェルゾから、四方八方へ衝撃波が放たれる。

「なるほど。こういう戦い方があったか。我では思いつかぬ。フハハ! 愉快だぞ、ラースリッド!」

 名前を呼んで褒めてくれた魔剣に、ありがとうとお礼を言ってるうちに、想定したとおりの状況が完成する。

 剣の位置を微調整しながら回転し続けた結果、衝撃波がまるで竜巻みたいな形になっていく。

 しかもその場で留まるのではなく、無造作にあちこちへ放たれるのでたちが悪い。

 当のラースでさえも、次はどのように衝撃波が放たれるかわからないのだ。敵が予測するのは困難だった。

「くっ! ふざけた真似をしてくれる! この程度で、俺が臆するとでも思ったか!」

 槍を片手に突っ込んでくるも、黒い竜巻と化しているラースに槍先は届かない。

 発生中の衝撃波が、防御壁を築くと同時に攻撃も担ってくれる。

 これではたまらないと、たまらずイルヴォラスが距離を取る。

 ラースを倒すのを諦めて本陣を狙われると厄介なのだが、どうやら敵にそのつもりはないみたいだった。人間相手に背中を見せるのは、恥だとでも思ってるのかもしれない。

「でたらめな技を……ムっ! フハハ! 貴様の悪足掻きもここまでだっ!」

 背中にある羽を使って、イルヴォラスが空中へ飛び上がる。

 ――計算どおりだった。

「確かに有効な戦法かもしれんが、頭上の防御が疎かになっているぞ! この状態で攻撃されれば、回避しきれまいっ!」

 勝ち誇った笑みを浮かべるイルヴォラスが、槍を構えて急降下してくる。

「そんなのは最初からわかってるよ。だから、狙ってくれるのを待ってたんだ!」

 回転を止め、真上を見る。猛スピードで向かってきてるだけに、今になって異変を察知しても遅い。

「いくら自由に飛べるといっても、空中では地上ほど素早い動きができないはずだよ。ましてや、直滑降してる最中なら、なおさらね!」

 どれだけ回転していようとも、目が回らないラースだからこそできた芸当だった。

 真上に向かって強烈な衝撃波をお見舞いする。事前に心構えをしていただけに、予定どおりの威力で放てた。

 重ね打ちされた黒い剣波を槍で受け止めようとするも、自ら飛び込んでくるような形となっただけに防ぎきれなかった。

 手や足のみならず、身体のあちこちが衝撃波で斬り裂かれる。急停止して直滑降を中断するも、その時にはすでにラースが新たな衝撃波を放っていた。

 先ほどよりも大きく威力のある黒い大波が、一直線にイルヴォラスを襲う。

「ぐおお――っ! 許さん、絶対に許さんぞっ!」

「逃すな、ラースリッド! 勝つにはここしかないぞ!」

 魔剣ヴェルゾの言葉に「わかってる」と叫び、繰り返し何度も衝撃波を作り出す。

 身体能力が他人よりも劣るラースが、イルヴォラスのような魔物へ勝つには、最後までこの技に頼るしかなかった。

 繰り返し浴びせられる衝撃波によって、敵の腕が吹き飛ぶ。

 持てなくなった槍が地面に落ちるのとほぼ同時に、空中でイルヴォラスが断末魔の叫びを放った。

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