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呪われし者の英雄譚  作者: 桐条京介
8章 仇と決着
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 ラースリッドがイルヴォラスと一対一の勝負に挑んでいる頃、レイホルン軍の本陣ではミルシャが声を張り上げていた。

「状況を説明してくださいっ! 一体、どうなっているのですか!」

「はっ! 敵は海を越え、この本陣まで飛んできたもようです」

 騎士たちを統率するマオルクスが、ミルシャに質問に答えた。

「飛んできた……って、海の向こうに軍勢を隠していたとでも言うの!?」

「奴らがもともと使っていた住処が、どこかにあったのでしょう。ワシらも魔物どもの本拠地までは、知りませんでしたからな」

 コーウェル台地での大規模戦闘は、有利に進行中。満足する報告を受けて、数分も経過しない頃だった。

 見張り役だった兵士が、空から向かってくる多数の魔物を発見した。背後から攻められる可能性を考慮していなかったレイホルン軍は、完全に不意を突かれた。

 マオルクスと一緒に当初からミルシャのために戦ってくれた騎士たちならともかく、実戦経験の乏しい者は揃って浮足立った。

 騎士団長のマオルクスが落ち着かせた頃には、敵の軍勢は目の前まで迫っていた。

 女王のミルシャが討たれたら終わりなので、実力のある騎士とマオルクスが側から離れない。万が一の場合には、命を捨ててでも守ろうとするだろう。

 そんな場面を見たくないミルシャは、なんとか魔物を撃退する方法を考えてみた。

 政治的な判断は少しずつできるようになってきたつもりでいたが、こと戦闘にかんしてはそうもいかない。素人も同然だった。

 具体的な有効策を見いだせないミルシャは、これまでいかにラースたちへ頼ってばかりいたのかを思い知らされた。

 そのうちにひとりの兵士が、側までやってくる。

「ラースリッド様が、敵軍の将と思われる魔物と一対一で交戦中。こちらへは戻れそうもありません!」

 報告を受けた騎士団長のマオルクスが「わかった」と頷いた。

「陛下。コーウェル台地の中央で、大将戦が行われてるみたいですぞ。どうやら敵は、ラースが我が軍の要だと判断したようですな」

「……今日まで私たちが戦を生き抜いてこられたのは、魔剣を持つ騎士ラースのおかげ。味方だけでなく、敵もわかっていたということでしょう」

「空を飛べる魔物を使って奇襲を仕掛けてきたことといい、どうにも人間らしい作戦を使ってきますな」

 ミルシャの側にいる老騎士は、もともとのレイホルンでも騎士団長を務めた経験があるだけあって、頼もしいほどに冷静だった。

「……何か打開策はあるのですか?」ミルシャが聞いた。

「とにかく、戦力を集中させて背後の魔物を叩きます。うかうかしていたら挟撃されてしまいますからな。全軍に下がるなと伝えよ!」

 方針をミルシャに伝えたあとで、マオルクスが声を張り上げた。

 指示を聞いた騎士たちが、それぞれ伝令を走らせる。コーウェル台地内で戦っている部隊長たちにも教えるためだ。

「本陣を救おうと下がれば、今度はその部隊が背後から攻撃を受けかねません。前線が崩れれば、本陣が突破されるのも時間の問題。ここは我らだけで対処するよりありません」

 マオルクスも剣を抜き、声高に戦闘中の騎士たちを鼓舞する。

 本陣にいた兵は二千人。そのうちの百人が騎士だ。

 一方の急襲した魔物は、総勢で数百匹といったところだ。数の上なら有利なのはレイホルン軍だが、個々の実力では敵が勝る。

 前線に展開されている魔物と人間の連合軍はざっと見て、およそ三千。迎え撃ったレイホルン軍は一万。人間同士の戦いなら、圧勝してもおかしくない状況だった。

 簡単に敵軍を殲滅できない原因は、やはり魔物の存在だ。とりわけ剣よりも鋭い爪を持ち、炎すらも吐けるデーモンタイプは厄介だった。羽もあるので空も飛べる。

 ミルシャのいる本陣を襲ってきたのは、すべてデーモンタイプの魔物だった。要するに、精鋭部隊だ。

 騎士たちを多く配置していたにもかかわらず、数的有利が早くも崩れ始める。

「マオルクス様! 急襲してきた魔物たちによって、本陣が甚大な被害を受けています! どうなさいますか」

「堪えるしかあるまい。味方の軍が前線で勝利し、我らを助けに来てくれるまでな」

 本陣へ不意打ちを仕掛け、直接ミルシャの首をとる。この作戦を実行した時点で、まともにやりあえば魔物側が不利だと判断してる証拠みたいなものだった。

「決して臆するな! 複数の兵で一匹の魔物と対峙しろ。騎士を中心に陣を組んで戦え!」

 声を張り上げながら、騎士団長のマオルクスは細かく周囲の状況を確認する。なんとかして女王のミルシャを逃がせないか、考えているのだ。

 大勢の魔物による奇襲攻撃に対応するのが精一杯で、逃げ道を探している暇はない。

 仮にこの場を脱出できたとしても、空を飛べる魔物に見つかったら攻撃される。数名の騎士を護衛につけただけでは、守り切れるかわからなかった。

「マオルクス殿。私の心配はいりません。むしろ、これでよかったのです。ランジスに残っていたら、またさらわれて迷惑をかけていたかもしれませんしね」

 ミルシャの言葉に、けわしい表情をしていたマオルクスが笑った。

「それでこそ、レイホルンの女王というべきかもしれませんな。代々の王は、こぞって戦場に立ちたがったそうですぞ」

 ミルシャは苦笑する。

「私の場合は、別に戦場が好きというわけではないのだけど……」

「そうでしたな。だが安心なされ。ワシらがなんとしても、陛下だけはお守りいたします!」

 近くまでやってきた魔物の一匹を、剣を振るってマオルクスが撃退する。

「このマオルクス、年老いたとはいえ、まだまだ貴様らごときに後れは取らぬ! つああっ!」

 剣技はさすがだが、やはり年齢が年齢。若い騎士たちのような動きはできない。

 側でミルシャの身を守ることだけに集中し、効率的に魔物の爪と剣を合わせる。

 数ではこちらが有利でも、やはり魔物は強力。徐々に押され始める。

「くっ! このままでは危うい。かといって下がれば、前線にいる魔物どもと連携される可能性も出てくる。はてさて、どうしたものか……」

 マオルクスが再び表情を曇らせた時だった。

 地鳴りのような足音が聞こえた。突如として現れた部隊が、側面から魔物に突っ込んだ。

「あれは……ジドー殿と傭兵部隊です!」

 騎士の報告に、マオルクスが頷く。

「本陣奇襲の報を受けたラースリッドが、ジドーを中心とした部隊をよこしてくれたのだろう。感謝するぞ」

 ラースの部隊に所属する傭兵たちは、魔物とも戦い慣れていた。

 指示されるまでもなく複数で一匹の魔物へ飛びかかる。爪や火炎があるのも知っている。油断しないようにしながら、まずは速い動きを封じるべく、羽を狙って攻撃を仕掛ける。

 部隊のど真ん中にいるのは、もちろん傭兵たちを率いてきたジドーだ。

「おっらあァァァ! この俺様がきたからには、好き勝手できると思うなよっ!」

 巨大な斧を軽々と片手で振り回す。騎士たちの剣ですら欠けさせそうな魔物の硬い爪を、逆に叩き折りそうなほどの攻撃力だった。

 ガキンと痛々しい音が響く。とうとうジドーが魔物の爪を折り、斧を敵の胴体に命中させたのだ。

「クク、やりおるわい。傭兵たちがバーサーカーと呼ぶのも頷ける。訓練でワシが鍛えてやってる時とは大違いではないか」

 嬉しそうに感想を述べるマオルクスの側で、ミルシャはなんとかなりそうだと安堵の息をついた。

 しかし、同時にラースリッドは大丈夫なのかという不安がこみあげてくる。

「ジドーが強いのは朗報だけど、私たちを助けて来てくれたということは、ラースが大変になるのではないの」

 誰にともなく言ったつもりだったが、いつの間にか側に来ていた女性が答えてくれる。

「ラースリッドは、イルヴォラスと名乗る敵のリーダーと一騎打ちの最中です。戦いが激しすぎて、助太刀しようにもできません」

「セエラ!」

 疑問を解消してくれた女性の顔を見て、ミルシャは目を輝かせた。

「貴女も来てくれたのね。やっぱりジドーとセエラは、片時も離れられない運命なんだわ」

「……そんなことを言える余裕があるのなら、もう少し助けに来るのが遅くてもよかったですね」

「フフ、冗談よ。ありがとう、セエラ。心より、お礼を申し上げます」

 セエラが「はっ」と応じた時だった。

「ほうほう。ずいぶんと女王らしくなりましたな。王城で虐げられていた小娘とは思えませんぞ」

 またしてもいきなり聞こえてきた声に、セエラとマオルクスが反応する。

「何者だっ!」

 マオルクスが剣を構えて声を張り上げれば、セエラもまた懐から取り出したナイフで周囲を警戒する。

「これはこれは、マオルクス殿もずいぶんと久しぶりですな。私ですよ」

 姿を現したのは、ワルドボーンの腹心だった男のヘンドリクだった。

「ヘンドリク!? 貴方、生きていたのね。ワルドボーンのコバンザメらしく、一緒に死んだものと思っていたわ」

「面白い冗談ですな。レイホルンの新たな女王陛下は、人を笑わせる素質もあるとみえる。フフフ」

 不気味に笑うヘンドリクに、この上ない嫌悪感を覚える。

 たまらず後退りしそうになるミルシャの前で、ハっとしたようにセエラが口を開いた。

「イルヴォラスが言っていた、作戦を立てた人間の男というのは貴方ね。一体、どういうつもりなの!」

「見たままですよ。私はね、魔族になりたいのです。醜い人間と比べて、彼らは美しいと思いませんか?」

 まったく同意できない問いかけに、唖然としたままでミルシャは首を左右に振った。

「残念です。とにかく、私は昔から魔族になりたかった。そのため、密かにコンタクトをとったりしておりました。その際に出会ったのが、イルヴォラス殿ですよ」

 遠い目をしながら、ヘンドリクは言葉を続ける。

「私がまだ若かった頃の話です。魔王に反発したらしいイルヴォラス殿は、自分たちの本拠地とするべき場所を探しておりました。そこで私は助力を決意します。国を手に入れた暁には、私を魔族にしてくれるという条件でね。幸いにして、彼らの寿命は人間よりもずっと長い。練った計画を、じっくりと実行していくことにしました。目を付けたのが、当時から権力欲の塊だったあの愚かな男ですよ」

「……ワルドボーンのことね」

 ミルシャの言葉に、ヘンドリクが頷く。腹心として付き従っていたにもかかわらず、敬ってる様子は微塵も見受けられない。ヘンドリクにとっては上官などではなく、ただの駒にすぎなかったのだろう。

「そそのかすのは簡単でした。貴方こそ、私が仕えるべきお方。王になる器の人物です。そう言っただけで、あっさりその気になりましたからな。あれほど愚かな男は、人生で初めて見ましたよ。フフフ」

「で、貴方はワルドボーンを手駒にして、国の乗っ取りを企んだのね。何故……レイホルンを選んだのか、聞いてもいいかしら?」

「もちろんですよ、敬愛する女王陛下。それはですな。当時のゲルツ国王が妾を作り、王妃が嫉妬している最中だったからです。愛というのは素晴らしいものですが、壊れるとこの上なく醜くなります。貴女もその目でご覧になってきたでしょう」

 ヘンドリクの言うとおりだった。王の愛情を失ったと思いこんだ王妃ファナリアは、様々な嫌がらせでミルシャら母娘を城から追い出そうとした。それだけでは飽き足らず、とうとう愛していたはずの夫を地下へ軟禁するにまで至った。

「まあ、心から愛する夫のゲルツ国王を、裏切るように仕向けたのはこの私なのですがね。フフフ」

 これまでの話から大体予想はできていたが、実際に言葉にされると想像以上のショックを受ける。

 緊張の汗が額に浮かび、前髪を張りつかせる。知らないうちに生唾をのみこむ。すべてはヘンドリクの仕業だったのだ。

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