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「会うのは初めてか、魔剣の主よ。よくも我が同胞たちを大勢葬ってくれたな」
「同じ台詞を僕も返すよ。君のせいで、たくさんの人たちが辛い思いをした。どうして、人間を殺そうとするんだ!」
滅多になく、ラースは声を荒げた。脳裏に、悲しみに暮れる人たちの顔が焼き付いてるせいかもしれない。
一度に大きな怒りを覚えられなくとも、小さな怒りが積み重なればラースだって激怒する。
魔剣ヴェルゾの剣先を突きつけ、おもいきり睨みつける。側ではジドーやセエラも戦闘態勢を整える。
「面白いことを尋ねるな。俺は魔物だ。贄である人間を狩って何が悪い。貴様らだって、存在するという理由だけで俺たちの大陸へ攻め込んだりするだろうが!」
イルヴォラスに怒鳴られ、一瞬だけ言葉に詰まる。魔物イコール危険という考えが、確かにあったからだ。
「俺も聞きたいことがある。何故、貴様は魔剣を扱える。人間には不似合いな代物だぞ」
「影響をあまり感じてないだけなのかはわからないけど、僕に呪いはかからなかった。それだけだよ」
「呪いがかからない? 言われてみれば、貴様は他の人間どもと、どことなく違うな。もっと詳しく教えろ」
丁寧に説明する理由はないのだが、考えた末にラースは理由を教えた。
「僕に……属性が宿ってないからだ」
「属性がないだと? それは興味深いな。しかし、魔剣を扱える理由は納得した。貴様は人間というより、俺たち魔族に近いのだ」
「僕が魔族に近い?」
「そのとおりだ。俺たちも、普通の人間どものような属性はない。あるのは闇のひとつだけだ。貴様ら人間に比べて、魔物には魔法が効き辛いのもそのせいだ」
正直にラースが質問へ答えていたからなのか、わりと丁寧にイルヴォラスが魔物について教えてくれた。
魔物に宿る属性は闇のひとつだけで、それが他の属性の代わりも務めるらしかった。
「貴様、名を何という?」
「ラースリッドだ。皆にはラースと呼んでもらってるけどね」
「そうか。ならば俺も親しみを込めてラースと呼んでやろう。共に来い。異端を許さぬ人間どものこと。貴様は迫害されて生きてきたのではないか?」
イルヴォラスの指摘にドキっとした。ミルシャと出会うまで、愛してくれたのは両親だけという人生だったからだ。
「どうやら図星みたいだな。よく考えてみろ。そんな人間どもが、異端の貴様を心から受け入れると思うか? 魔剣が扱えて便利だから、利用してるだけにすぎん。俺たちとの戦争が終われば、間違いなくまた迫害されるぞ」
「ラース、耳を傾けては駄目よっ!」
「黙れ、小娘が。貴様らは、ラースを蔑んだりしなかったのか!?」
そんなはずないでしょと睨みつけることができたセエラとは対照的に、隣に立っているジドーは苦しそうな顔をした。
出会ってさほど日にちが経過してないセエラとは違い、わりと子供の頃からジドーとは面識がある。
誰かに属性のない呪われた子だと教えられたのか、当時からジドーは容赦なくラースを痛めつけた。
小さな感情も積み重なれば大きなものとなる。殴られてる際の痛みはあまり感じなかったが、悲しみだけは日々蓄積された。
引き取ってくれた叔母のサディを始めとして、町に住む大半の人間に侮蔑の視線と嘲笑を浴びせられた。
でも、とラースは思った。決して虐めようとする人たちだけではなかった。
呪われた子の世話をしてるのを見つかれば、自分も蔑まれるかもしれないのに、皆の目を盗んでこっそり傷の手当てや食料を分けてくれたメニルみたいな人もいた。
長く生きてきた穏やかな老人などは、優しく挨拶をしてくれた。
町中で偶然に出会ったメイドみたいな女性は、ラースを見るなり「意外と可愛い顔をしてるのね」なんて言った。
ラースの存在を当たり前のように認めてくれた人たちは、初めて魔物が侵攻してくる際にひとり残らずランジスに置いていかれた。
その後、亡命してきた人間でランジスの住民は増えたものの、元いた人たちを尊重してくれたので仲良く暮らせている。
最初にランジスへやってきたのが、規律を重んじる騎士たちだったのも幸いした。
気がつけば、いつの間にかラースは呪われた子と蔑まれなくなっていた。
引っ越し先の王都からランジスに逃げてきた元住民たちも、繰り返し何度も謝罪してくれた。
魔剣を扱えるラースに嫌われたら大変という計算からかもしれない。理由は人それぞれだ。
戦争が終われば、確かにイルヴォラスの言ったような事態が起きる可能性だってある。
「また蔑まれる生活に戻ったとしても構わないよ。いつもの場所に行けば、必ず彼女が……ミルシャが来てくれるからね」
ラースの言葉に、セエラが笑った。
「フフ。女王様が聞いたら、泣いて喜びそうな台詞だわ。男なら、このくらいは言ってくれないとね」
最後に白い目でジドーを睨みつけたのはご愛嬌だ。ますます申し訳なさそうにする大男は、自身のふがいなさを吹き飛ばそうとするかのように大声を上げた。
「おおよ! 俺は情けない野郎だ。何度もラースを呪われた子だってボコボコにしたさ! 責められて当然だ。今さら否定なんぞするかよ!」
「フン。潔いな。役立たずだったどこぞの魔将軍とは大違いだ。それよりも、ラース。貴様はこちらへ来るつもりがないみたいだが、魔剣はどうだ? 人間などよりも、俺たち魔の者に扱われたがってるのではないか?」
イルヴォラスにそう言われたので、魔剣ヴェルゾの声に耳を傾けてみた。
相変わらずの声が、頭の中に響く。
「フム。魔物の手に渡れば、好き勝手できるのは間違いないな。だが連中に我は使えぬ。それに……たまにはわけのわからない人間と行動を共にするのも悪くない。何千年も生きてきて、初めての展開だからな。段々と新鮮に思えてきたわ。フッハッハ!」
ヴェルゾが愉快そうに笑った。
なんだか嬉しい気持ちになったラースは、魔剣の言葉をそのままイルヴォラスへ伝えてやった。
「所有者に感化されたか。愚かな魔剣よ。俺に勝てると思ってるのなら、思い上がりも甚だしい。身の程をわからせてくれる!」
「下等な魔族ごときがよく咆えおるわ。己の実力を勘違いしてるのは、どちらか我が教えてやる! ゆくぞ、ラース!」
ヴェルゾの声に従い、剣を振るう。衝撃波がイルヴォラスに命中しかけたが、寸前で回避される。
「なるほど。それが魔剣の力か。たいしたものだな」
クックと笑ったあと、真顔に戻ったイルヴォラスが言葉を続ける。
「ならばこそ、貴様を殺しさえすれば俺たちが有利になる」
「そっか……最初から僕を狙ってたんだね」
「あの男の提案に乗るのも一興と思ってな」
「あの男?」
ラースが首を傾げると同時に、背後から大きな悲鳴が起きた。
慌てて確認しようとするも、できた隙を突かれてイルヴォラスに攻撃をされる。
伸びた爪が心臓を貫きそうになる瞬間、なんとか魔剣ヴェルゾで防いだ。
「強度もなかなかだな。クク、よそ見はいかんぞ。貴様らの女王が危険にさらされてるとしてもな」
イルヴォラスの言葉で思い出す。伝令の兵士は、本陣が急襲されたと言っていた。
多くの騎士がその場にいるとはいえ、本陣を背後からいきなり突かれれば混乱もする。
指揮系統が乱れた隙に前線の隊が壊滅すれば、真っ直ぐに本陣を目指される。
連中は魔剣を持つラースを足止めしている間に、本陣を陥落させるつもりなのだ。
イルヴォラスがラースを討ち取ればそれでよし。逆に倒されたりしても、ミルシャの命を奪えればいいと考えてるのかもしれない。
「あの男の作戦が、こうまで上手くいくとはな。人間でありながら、魔族になるのを夢見る変な男だが、実力はあったわけだ」
「くっ! そこを退いてもらうよ! 僕はミルシャを助けに行く!」
「そうかと道を譲るわけがないだろう。俺は貴様を殺したくて、この場にいるのだぞ!」
イルヴォラスが両手を伸ばす。すると何もない空間から、一本の槍が出てきた。
「武器を扱えぬ下級魔族と一緒にしてくれるなよ。俺の槍と貴様の魔剣。どちらが上か、勝負といこうじゃないか」
最初に抱いた印象どおり、いきなり目の前に現れた魔物の実力は桁違いだった。
衝撃波はかすりもしない。騎士に鍛えられてるとはいえ、近接戦闘では明らかに分が悪い。
「どうした! 魔剣の所有者がその程度では、笑われるぞ!」
誰が見ても、イルヴォラスが有利だった。負けるわけにいかないラースは集中しようとするも、そのたびに背後から聞こえてくる悲鳴が気になってしまう。
「……ジドー! 本陣へ戻るわよ!」
「何を言ってやがる! ラースをこのままにしておけねえ! すぐに助太刀を――」
「――よく聞きなさいっ! 下手に助けようとしても、邪魔になるだけよ。それだけイルヴォラスは強い。貴方にもわかってるでしょう」
「だったら、どうしろってんだよ!」
「だから、本陣へ戻るのよ。ラースは女王陛下の安否が気になって実力を発揮できない。私たちで、不安を振り払ってあげるのよ!」
ようやく合点がいったとばかりに、大きくジドーは頷いた。
「よし! ラース! 女王陛下のことは、俺たちに任せておけ。お前は、その魔物を倒すことだけ考えろ。いいなっ!」
「うんっ! ミルシャを頼むね!」
「任せておけ! 命にかえても俺が守ってやる!」
ジドーとセエラが傭兵たちを連れて、襲われてる本陣へ急ぐ。
この場にいるのはラースとイルヴォラスのみ。激しくなるであろう戦闘に巻き込まれるのを恐れて、人間はおろか魔物ですらも近寄ってこない。
「我が所有者である以上、魔物ごときに敗北するのは許さんぞ」
「わかってるよ、ヴェルゾ。君の誇りが傷ついてしまうもんね。僕も……負けるつもりはないよ」
倒されれば、間違いなくイルヴォラスはラースの死体を持って本陣へ行くだろう。
本陣を襲ってるのが誰かは知らないが、逆の場合も考えられる。
性格が悪いと文句を言っても何もならない。それが魔物なのだ。
「では、本格的な殺し合いを始めよう。俺の槍でズタズタに引き裂いてくれる!」
大きな羽を広げて宙に舞えば、衝撃波に狙われる。イルヴォラスが挑んできたのは地上戦だった。
放たれる槍の先端を受け止めようとした時、ヴェルゾがラースの頭の中で「避けろ」と叫んだ。
マオルクスや騎士たちに稽古をつけてもらったおかげで、初めて剣を握った時よりは身体が動く。
なんとか回避したラースに、ヴェルゾはできる限り攻撃を避けろと言った。
「我で攻撃を受け止めるほどに、押し込まれるぞ。防御も大事だが、回避してからの反撃も考えろ。人間が鍛えた武器とは、威力が違うぞ」
アドバイスに従って、剣で受け止めるよりも回避行動を優先する。これまでは普通に防御しても、魔剣の力で簡単に押し返せていた。それが災いした。
かわすのに慣れてないラースは、優秀な動体視力でせっかく相手の攻撃が見えているのに、上手く回避しきれない。
重い鎧だと、筋力の乏しいラースはすぐに疲れて動けなくなる。身に着けているのは、軽めの草鎧だけだった。
魔物の強力な槍を弾き返せるはずもなく、攻撃がかするだけで草鎧は壊れていく。
「実力差は明らかだな。まだやるか? 頭を垂れて俺に忠誠を誓えば、特別に許してやってもいいぞ」
降参したところで、イルヴォラスの部下として好き勝手に扱われるだけだ。
何より、自分の命は助かっても、大好きなミルシャを救えない。
ミルシャがいない人生なんて意味はない。例え勝つのが絶望的であったとしても、最後までラースに勝負を諦めるつもりはなかった。




