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呪われし者の英雄譚  作者: 桐条京介
7章 決戦
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 ミルシャがレイホルンの王位を継ぐと決めた日の夕方。ラースはひとりで、通い慣れた例の小高い丘へやってきた。

 ランジスの町では、たくさんの住民が協力して生活中だ。食料事情などは苦しいが、大きな争いは今のところ発生していない。

 コンスタンテが書状でレイホルンの貴族たちに事情を説明。各都市の領主にも、ミルシャへの協力と祖国の解放を呼びかけた。

 返事が来るのは、遠い町ら数日程度を必要とする。それまでは戦線の維持に務める。準備が整い次第、一気に決戦へ持ち込むつもりだった。

 亡命してきた兵士だけでなく、傭兵たちの士気も上がる。無事に王都を奪還すれば、城にあるであろう財宝から特別報酬を出すとミルシャが約束したからだ。

 商人やドリガスら貴族にしている借金も返せる。大盤振る舞いはできないが、ある程度の支出はミルシャも覚悟しているみたいだった。

 周辺諸国からの援軍に頼らず、自国だけで戦う道を選んだ。ラースは、女王であるミルシャのために最後まで剣を振るう。覚悟はとっくにできていた。

「なんだか……懐かしいな……」

 少しずつ沈んでいく夕日を見つめる。

「そうね。ここしばらくは、こんなふうに眺めたりもできなかったものね」

 思わず呟いただけのひと言に、誰かが反応した。

 ラースは振り返らなかった。そうしなくとも、誰なのかはわかっていた。

「女王様が、こんなところにいていいの?」

「もちろんよ。女王にだって、息抜きは必要だもの」

 クスクスと笑うミルシャが、慣れた動作でラースの隣に腰を下ろす。

 ランジスの町に魔物が攻めてくる前までは、毎日のようにここで会っていた。丁度、今くらいの時間だ。

「色々と……取り巻く環境が変わってしまったわね」

 ミルシャが言った。

「うん。でも、おかげでミルシャと、よく一緒にいられるようにはなったよ。お姫様だったのには驚いたけど」

「フフ。今では女王様だけどね。ねえ、ラース……」

 いつになく甘えた声を出したミルシャが、ちょこんとラースの肩に頭を乗せてきた。

 まるで恋人同士みたいじゃないか。ラースはドキドキした。

 人の命を奪わなければならない戦争でも、こんな状態にはならない。とても不思議だった。

 ミルシャと一緒にいる時だけは、他の人同様に感情を素直に出せるような感じがした。

「……ありがとう」

 耳元で囁かれたのは、お礼の言葉だった。

 何のお礼かわからないラースは、反射的に「え?」と聞いてしまう。

「私を助けてくれて……私の側にいてくれて……ありがとう……」

「あはは。それだったら、お礼なんていらないよ。僕が勝手にミルシャの側にいるだけなんだから」

「そうだとしても、ラースにはとても感謝しているわ。私を救おうと、自身の危険を顧みずに魔剣なんて手にして……」

「呪いにかからないのは、自分でも驚いたけどね。ミルシャを助ける力を得られたのは嬉しかったな。戦い方なんてわからない僕でも、魔物を倒せたんだ」

「ええ、そうね。あの時のラースはとても恰好よかったわ。もちろん、レイホルンの王城まで私を助けに来てくれた時もね」

 肩に顔を乗せたままで、ミルシャがラースを見つめてくる。

 とても綺麗な瞳だ。夕日よりも輝いてるように感じる。

 思わずじっと見ていると、ミルシャが恥ずかしそうに微笑んだ。

「私の顔に、何かついてる?」

「ううん……とても、綺麗だよ」

「え……も、もう、ラースってば……意外と、口が上手いのね」

「正直に、思ったことを口にしただけだよ。ミルシャはとても綺麗だ。吸い込まれそうになるよ」

「……それなら、いっそ吸い込まれてしまえばいいのよ」

 ラースの顔を挟み込むように、ミルシャが両手を伸ばしてきた。力が込められ、一気に引き寄せられる。

 驚いて目を見開く前に、唇と唇が重なった。

 どのくらいそうしていただろうか。ゆっくりとミルシャが唇を離した。

「女王様にキスをさせるなんて、いけない騎士ね」

「ご、ごめん。な、慣れてなくて……」

「ちょっと。私が慣れてるみたいな言い方はやめてよ。ラースとしか……してないんだから……」

「う、うん。ええと……何て言えばいいんだろ……」

「……きっと、言葉はいらないのよ」

 微笑むミーシャを見て、今度はラースから顔を近づけた。無性に……そうしたかった。

 ゆっくりとお互いの唇を貪り合い、抱いた肩の温もりを確かめる。

 ラースもミルシャも、間違いなく生きている。

 絶望的だった数々の試練を乗り越えて、この丘に並んで座っている。

「ねえ、ラース」

 見つめ合う形に戻った途端、これまでよりもさらに甘えた声でミルシャが話しかけてきた。

「キスもいいけれど……言葉も……欲しいな」

 可愛らしいおねだりが背中を押してくれたのか、考えるよりも早く口が動いた。

「……好きだよ。ずっと前から……初めて会った時から……僕は……ミルシャが好きなんだ……」

「……嬉しい。私もよ。愛しいラースリッド。最初は似た境遇だからと同情したのもあったけど、会い続けてるうちに気持ちが変化したの」

 夕日に照らされるお互いの顔を見つめ合ってるうちに、引き寄せられるかのように影が三度重なり合う。

 その時だった。

「――そんな押すなって!」

 丘の後ろにある茂みの中から、野暮な男の声が聞こえてきた。

 はっとしてそちらを見たのはミルシャが先だった。

 きょとんとするラースから離れ、顔を真っ赤にして「誰!?」と叫んだ。

「……わん」

「ああ、犬だったのね……って、そんなわけないでしょ! 出てこないなら、女王命令で処刑します」

「ま、待てっ! 覗いたのは悪かったが、処刑はあんまりだ!」

 茂みから出てきた大きな身体。隠れて覗いていたのは、ラース隊の副隊長でもあるジドーだった。

「……アンタ、何やってんの?」

 いつになくミルシャの声が冷たい。

「だから、待ってくれって! 俺は被害者みたいなもんなんだ。覗こうって、そそのかされたんだよ!」

 そう言ってジドーは、自分が隠れていた茂みをチラリと見た。

「どうやら、もうひとり隠れてるみたいね。さっさと出て来なさい!」

「……にゃー」

「今度は猫なのね……って、ならないわよ! その声はセエラね。貴女まで何をやってるの!」

 貴族だったのを皆に教えて以降、フードで顔を隠さなくなったセエラが頬を掻きながら姿を現した。

「ジ、ジドーをからかってたら、ラースを追いかける貴女を見つけて……つい、ね。ここで逢い引きしてるのは知ってたし……」

「ついって、あのね……ん? ここで会ってるのを知ってたって……どういうこと?」

 ミルシャが目を丸くする。

「二人が、ここで愛を確かめ合ってるのは周知の事実ということよ。かなり前からだそうね。ランジスの人たちに、よく目撃されてたみたいよ」

 セエラの説明で頭を抱えそうになるも、途中でミルシャは思い直したように立ち上がった。

「すっかりバレてるみたいだし、もういいわ。それに、ラースから告白してもらったばかりだしね。これからはいっそ、堂々としてましょう」

 そう言うとミルシャは、ジドーらの前で堂々とラースの腕を取った。

 組まれた腕に豊かな感触が押し当てられる。感情の振れ幅が普通の人より少なかろうと、こういう状況ではドキドキする。

「おうおう。見せつけてくれるなァ」

 元はただの暴れ者でしかなかったジドーが、口笛を吹いてラースやミルシャをからかう。

 恥ずかしがりつつも、ラースの隣でミルシャが得意げに鼻を鳴らした。

 場の雰囲気がひと段落したところで、今度はラースが口を開く。ジドーとセエラが出てきた直後に、覚えた疑問をぶつけるためだ。

「二人って仲が良いよね。最近はよく一緒にいるみたいだし」

 真っ先にミルシャが、ラースの発言に反応する。興味津々に瞳を輝かせ、冷やかすような視線を二人に向ける。

「あら……気が付かなかったわ。二人はそういう仲だったのね。もしかして、私たちを見かけてついてきたというのも、ただの言い訳かしら」

「あ。僕たちが気になったんじゃなくて、ここで一緒に夕日を見たかったんだね。そういうことなら、場所を譲ってあげたらいいかな」

 意地の悪さ全開のミルシャと、悪気のないラースの言葉が不思議にぴったりと噛み合う。

 戸惑うジドーに対して、セエラの顔は真っ赤だ。普段から冷静な彼女が、そうした表情を見せるのはとても珍しい。

「ふ、ふざけるのはやめなさいっ! だ、だだ誰がこんな筋肉だけの男なんて……」

「嫌いなの?」

 今度もラースが悪気なく聞くと、セエラは「うう……」と言葉を詰まらせた。

 すぐ側でこのやりとりを見ていたジドーが、ここぞとばかりに調子に乗る。

「何だ、お前。やたらからんでくると思ったら、俺に惚れてたのかよ。さっさと言えばいいだろ。すぐに可愛がってやったのによ」

「――っ! 最低! 貴方みたいな男に、好意なんてひと欠片も抱いてないわよっ!」

 怒りで頬をさらに紅潮させたセエラが、容赦なく股間を蹴り上げた。

 鋼の筋肉で体を覆っていようとも、鍛えられない急所だけはどうにもならない。

 ジドーは巨大をくの字に曲げた。地面に両膝を突く。この世のものとは思えない表情で悶絶する。

 激怒しているセエラが介抱するはずもなく、ひとりでさっさと小高い丘から立ち去る。

 半分白目を剥いているジドーに、一連の流れを目撃していたミルシャが「愚か極まりないわね」と告げた。

「いくら好意を持っていたとしても、あんな発言をされたら怒るに決まってるでしょ。ましてや彼女は、貴族の身分を剥奪された挙句に他の家へ引き取られたのよ。どんな酷い目にあってきたか……」

 悲しげに目を伏せたあとで、唐突に顔を上げたミルシャは倒れてるジドーを無慈悲に踏みつけた。

「女の敵と罵られたくなかったら、早いうちに誠実な態度で謝罪しておきなさい。さ、私たちはもう行くわよ」

 ミルシャに連れられて、ラースもその場をあとにする。

 股間を両手で押さえてうずくまりながらも、ジドーは何かを考えているみたいだった。

 ラースたちが城へ戻ると、いつになく豪華な食事がホールに並んでいた。

「これは一体、どうしたのですか?」

 ミルシャが、ホールで忙しく動き回っているメニルに尋ねた。

「お帰りなさい。貴族のドリガス様が、食料を差し入れしてくださったのです。他にも早馬で、書状の返事が届けられてます」

 椅子に座ると同時に、帰りを待ちわびていたマオルクスが届いたばかりという書状をミルシャに手渡した。

 中身を確認したミルシャが、頼もしそうに笑った。

「早速、比較的近かった町から返事が来たわ。私たちに協力するとね。多くはないけれど、食料も一緒に届けてくれたみたい。亡命する者が多ければ、大変だろうとね」

 書状の内容を教えてもらったマオルクスも、満足げに頷いた。「明日以降も、同様の返事が各町から届くでしょうな」

「ええ。決戦の日は近いわ。皆もそれを見越して、英気を養うためのパーティーを準備してくれてたのね」

 笑顔のメニルが、ミルシャの言葉を肯定する。

「戦えない私たちにできるのは、このくらいだけですから。ラース君も、羽目を外していいのよ」

「僕?」

 話しかけてきたメニルの言葉に、ラースは首を傾げた。

「そうよ。私なら……いつでも大丈夫よ」

「え……何が?」

「もう……わかってるでしょう……」

 頬を赤らめるメニルを制したのは、それまで女王らしかったミルシャだ。

「ちょ、ちょっと! 何を言ってるの!?」

「単純な話です。私は愛人でも構いません。陛下は……愛人の存在を否定できませんわよね?」

「い、いいえ! それとこれは話が別よ! ラースに色目を使わないで!」

 立ち上がるミルシャの剣幕に、場にいる全員が驚くのではなく笑う。

 もうすぐ死ぬか生きるかの決戦が始まる。

 その前に、笑えるだけ笑っておこう。そんな雰囲気が、ホール全体を包んでいた。

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