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ミルシャ帰還の報を受けて、マオルクスやジドーも戻ってきた。頼りになる騎士のひとりに戦場での指揮を任せたという。イルヴォラスが途中で城へ戻ったのもあり、それでもなんとかなるとのことだった。
当然のように兵士や傭兵に犠牲が出た。彼らの遺品を前に、救出されたばかりの女王ミルシャが祈りを捧げる。ラースは彼女のすぐ後ろで、その様子をじっと見ていた。
「……彼らも誇りに思っているでしょう。自分たちの働きで、敬愛する女王陛下を敵地より救い出せたのですから」
マオルクスの言葉に、ミルシャが頷く。女王である以上、本当にそうかしらなどと言って、周囲の士気を下げるわけにはいかない。
祈りを終えたあと、ミルシャは元領主の館へ入る。居城としては物足りないが、ずいぶんと慣れてきた感じがある。
少しだけ豪華な椅子に座り、ミルシャはホールでマオルクスらの報告を受ける。
王都にいた兵士や騎士の大半が亡命してきたおかげで、兵力だけは十分に増えた。その代わり、今度は食料が不足する。
争いが起きるのではないかと、ラースも不安だった。余計ないざこざが起きないよう、騎士に町を巡回してもらうのが決定した。
翌日になり、心配が杞憂に終わったのを知る。ランジスの住民たちは、惜しげもなく数少ない食料を亡命者たちに分け与えたのだ。
寝泊まりするスペースも提供し、元領主の館に入りきらなかった人たちを進んで受け入れてくれた。
その中には、ランジスを捨てて出て行った元住民たちもいた。彼らは口々に謝罪しながら、与えられる好意に涙した。
虐げられてきた人々だからこそ、他人の辛さも理解できるのだ。そんな人たちに危害を加えようとすれば、女王のミルシャが決して許さないだろう。
ラースの叔母のサディは残念だったが、メニルの親族は無事だった。元領主の館で再会を喜ぶ彼女に、親族たちがずっと謝り続けていたのが印象に残っている。
ランジスの町に仮の住処となるテントを張り、日中は皆で畑仕事をする。人が増えたのもあって、新たな畑を耕したりもできる。
幸いにしてランジスの側には大きな川もある。海風が冷たいのを除けば、農作業には適している。
ラースたちも含めて、兵士たちは訓練だ。マオルクスが見守る中、戦いへの準備を怠らない。
ミルシャを助け出そうとするラースたちのためにと、だいぶ無茶をしたらしいジドーも加わっている。
回復魔法を使える人たちのおかげで、傷はすでに治療済みだ。
魔法で怪我を回復できないラースの代わりに、自分が無理をしてやるんだ。ジドーはそんなふうに言っていた。
ひと足先に訓練を終えたラースは、ミルシャのもとへ戻る。謁見の間と呼ばれるホールでは、畑仕事の手伝いを終えたばかりの彼女が椅子に座っていた。
「あら、ラースじゃない。もしかして、私が恋しくなったのかしら?」
周囲にいるのが見知った人間ばかりだと、途端に女王らしさが崩れる。そうした面も魅力と捉えているのか、騎士団長のマオルクスも特に注意はしてないみたいだった。
「そうかもしれないね。ミルシャこそ、早かったね。いつもは、夕暮れまで畑仕事を手伝ったりしてるのに」
「そのつもりだったんだけど、周辺の諸国から書状が届いたみたいなの」
つまらなそうにミルシャが言うと、ホールにたくさんの書状を抱えたメニルが入ってきた。
「陛下。こちらが、届いたばかりの書状にございます」
「ありがとう」
かしこまるメニルに、ミルシャがお礼を言う。まさしく女王陛下と家臣の姿だった。
そんな二人もミルシャの私室に行けば、姉妹のようにはしゃいだりするらしかった。
書状を広げて見たミルシャが、いきなりため息をついた。どうやら、喜ばしい内容ではなかったらしい。
「どうしたの?」
ラースの質問に答える前に、ミルシャは次の書状に手を伸ばした。
その後もチラリと見ては、他の書状と取り換えていく。
「全部、同じ内容だわ。要するに、望めば援軍を送ってあげるということね」
書状の内容を教えてもらったラースは首を傾げた。
「いいこと……だよね。どうしてミルシャは……あっと、女王陛下はため息をついたのでしょう」
「フフっ。他国の人が同席してない限り、ラースまでそんな口調を使う必要はないわよ。女王として、これまでどおりに接するのを要望します」
「あはは。命令なら仕方ないね。それで、何か問題でもあるの?」
「うーん……援軍を受け入れれば、楽に戦えるのは確かなんだけどね」
ミルシャが難しい顔をして黙り込むと、側で待機しているメニルが代わりに説明してくれる。
「これだけ一斉に助力の申し出が届くなんて、あまり考えられません。きっと周辺諸国の間で、ある程度の話が出来上がってるのでしょう」
「ある程度の話?」
「周辺諸国が肩入れをすれば、ほぼ確実にゼロはレイホルンに勝利する。それ自体は喜ばしいことだけれど、無償で助けてくれるとは思えないわ。推測だけど、勝たせた代償として影響力を持とうとするのではないかしら」
説明を受けて、ようやくミルシャやメニルが何を危惧してるのかわかった。
一国では魔物も追い払えないゼロを助けるという名目で、派遣した軍をそのまま王都に残される可能性もある。
助けてもらった恩があるだけに、決して断れない。そのうちに周辺諸国のどこかが保護してやろうと申し出てくる。
拒否したりすれば、周辺諸国は善意を無にしたと怒る。助けてやった際の費用を支払えなどの無理難題を突き付け、攻め入る口実を得ようとする。
思惑どおりにいけば、あとは戦力に劣る国をひとつ征服すればいいだけだ。
「さて……私ひとりじゃ判断し辛いわね。ここは、助けを求めてみようかしら」
ミルシャがウインクをすると、心得たとばかりにメニルが笑顔で退室した。
何だろうと不思議がってるうちに、今度はホールにコンスタンテがやってきた。
「私に用があると聞いたのだけど……」
家族を揃って失ったコンスタンテは、以前みたいに強気な女性ではなくなっていた。どことなく、疲れてる様子も見受けられる。
原因はひとつ。亡命の途中で、家族を失った住民たちに責められたからだ。王族にもかかわらず魔物を国へ招き入れ、惨状を引き起こした。
浴びせられる侮蔑や罵倒の言葉を、コンスタンテは王族の生き残りとして黙って受け止めた。反論の余地はないとばかりに認め、何度も住民たちへ頭を下げた。
ミルシャがやりすぎだと注意しようとするのを、当のコンスタンテが制止した。これは自分が償わなければならない罪だからと。
ゼロへ亡命して以降は、ミルシャの隣の部屋へひとりで入った。不測の事態が起きないよう、常に女性の騎士が護衛をしている。
「ええ。周辺諸国から書状が送られてきたの。貴女なら、どう考える?」
ゲルツを軟禁して以降、レイホルンの政治は王妃のファナリアが取り仕切ってきた。コンスタンテは王女として、母親の仕事ぶりを側で見ていたはずだ。
ミルシャに何を期待されてるのか察したらしいコンスタンテは、受け取った書状に立ったままで目を通した。
「……こちらの弱みにつけ込んだ、属国要請みたいなものじゃないかしら」
コンスタンテの感想も、ミルシャたちと同様だった。
「やっぱり、そうよね。小娘が女王になったばかりの小国だからって、甘く見てるんでしょうね……」
ここでもう一度、大げさなくらいのため息をミルシャがついた。
「……そうだわ」
訪れた場の沈黙を最初に破ったのは、コンスタンテだった。
「いっそ、レイホルンの名前を貰ったらどう? 魔物に支配された祖国を解放する戦争にしてしまうの」
「してしまうのって……貴女ね」
「悪くはないと思うわよ。その上で助力を得ずに目的を果たしたら、周辺諸国も簡単には口出しできなくなるわ。魔物を退けるくらいの戦力があるわけだからね」
にっこりと笑ったコンスタンテが、さらなる驚きの提案をする。
「私はたった今、王位継承権を放棄するわ。これでお父様の血を引く王位継承者はミルシャだけになる。貴女が正統な継承者だと宣言し、レイホルンではなく魔物国と戦うのよ」
「……本気で言ってるの?」
「もちろん。罪滅ぼしをしたいからではなく、貴女の方が適任だと思ったから王位を譲るの。反対意見が出るとしたら、亡命してない貴族からでしょうけど……私が一筆書くわ」
そう言うとコンスタンテは、メニルに頼んで紙を用意させる。
「私が王位についたところで、国は混乱するだけ。何より、国を奪われた王族には相応しくないわ。資格があるのは、貴女以外にいないの。覚悟を決めなさい」
妾の子を蔑んできたミルシャへ王位についてほしいというのだから、間違いなくコンスタンテは本気だった。
ミルシャが、先ほどまでとは違う種類のため息をついた。
「……レイホルンを取り戻したら、他の人に任せて気楽な立場に戻るつもりだったのにな」
「もう無理ね。望む望まないにかかわらず、貴女はランジスを救った。他の人たちの助けがあったとはいえね。さらにお父様の血も引いている。民が女王に望むのは、決して私じゃないわ」
すらすらと複数の書状を書き終えたあとで、コンスタンテは何故かラースの方を向いた。
「貴女がどうして普通の女性に戻りたがったのか、理由は察しがついているわ。そちらの方は私に任せておきなさい」
「……任せておけって、どういう意味かしら?」
「そのままの意味よ。私がミルシャに代わって、ラースリッドだったかしら? 彼の面倒を見て、愛してあげるわ」
「却下します」
ラースリッドが何か言うより先に、冷たさを大量に含んだミルシャの声がホール内に響いた。
「そうなの? 王城の地下で戦う彼を見て、気に入ったのだけど。ねえ、私と一緒に、これからの人生を歩んでみない?」
「ということは、王女様もミルシャに協力してくれるんですね」
目を輝かせるラースに、何故か二人が唖然とした表情を見せる。
「だって、ずっとミルシャの側にいる僕と、一緒にいると言ってくれたくらいですし」
理由を説明する。コンスタンテはきょとんとして、ミルシャはお腹を抱えて笑った。
「さすがラースだわ。そうよね。私の側で、ずっと助けてくれると約束したものね」
にこにこするミルシャの前で、ようやく我に返ったコンスタンテが肩をすくめた。
「まいったわね。これじゃ、ライバルにもならないわ。今回の件で貴族が相手の結婚は嫌だから、平民にしようと思ったのに……」
「残念でしたね。ラース君が簡単に心代わりするような男性なら、コンスタンテ様の前に私が――あ、失言でした」
途中で台詞を中断し、ぺこりと頭を下げたのはメニルだった。
「……ラースって本当にモテるのね」
ミルシャはどことなく複雑そうだ。
「そんなことを言われても、自分ではよくわからないや」
皆でひとしきり笑ったあと、改めてコンスタンテがミルシャに尋ねる。
「それで、どうするの? レイホルンの王位を継いでくれる?」
「……継ぐわ。お父様からも国の未来を頼むと言われたもの。どこまでやれるかはわからないけど、私なりに頑張ってみる」




