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呪われし者の英雄譚  作者: 桐条京介
6章 女王の救出
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「散々裏切ってきたくせに、今さら妻らしく振舞おうというか。それもまた傑作だな」

 ワルドボーンが声を大にして笑った。

「……散々、裏切ってきたからだ。どうか、哀れな女の願いを叶えておくれ」

「フン。まあ、いいだろう。そのあとで、たっぷり可愛がってやる。ただし、俺の手駒となるのを誓ってもらうぞ」

「喜んで誓おう。わらわのすべてを、お前に捧げるとな」

 満足そうに頷いたワルドボーンが、両手でゲルツを抱える。わらわの愛しい愛しい男性の亡骸を。

「どこまで運べば――」

 ワルドボーンの顔が驚きに歪む。

 何が起きてるのかわからないとファナリアを見たあとで、苦痛と絶望の呻き声を上げる。

 ファナリアが両手に持つナイフは、背中側から間違いなくワルドボーンの心臓を貫いていた。

 戦帰りで、魔物が支配する城の中。油断して鎧を身に着けてなかったのが災いした。

 もっとも、とファナリアは思う。わらわにとっては、好都合極まりなかったがな。

「な、何を……」

「何を? 決まっておるであろう。わらわを裏切った男への復讐じゃ。貴様の口車に乗って、ずいぶんと住民たちを辛い目に合わせた。ひと足先に行って、謝っておけ」

 魔将軍と呼ばれたところで人間には変わりない。心臓を貫かれて、生き延びられるはずがなかった。

 カハっと吐血したワルドボーンが、ゲルツの身体を床へ落すと同時に倒れる。

「貴様もわらわも行先は地獄。善良な市民とは会えぬかもしれぬがの。とどめは刺さぬ。そのまま、死の恐怖に怯えておれ」

「ガハっ! ま、待て……待ってくれ……! て、手当てを……」

「……もう、手遅れじゃ」

 冷たい目を向け、ワルドボーンが絶命するまで待つ。

 見守るのではなく、惨めにのたうちまわるのを嘲笑うのが目的だった。

 この男のせいで、わらわもコンスタンテも酷い目にあった。

 だが、もともとの原因は、こんな男の甘言にそそのかされた自分にある。

 愛する夫を信じられず、寂しさを埋めるために身を任せたのが最初だった。

「わらわも……じゅうぶんにくだらぬな……」

 ファナリアがポツリと呟いた時には、もうワルドボーンは事切れていた。

「……貴様の躯が、陛下の側にあるなど耐えられぬ。特別にわらわが運んでやろう」

 動かなくなったワルドボーンの両足を持つ。上半身が床にぶつかろうとも気にしない。引きずって、ガギュルの死体がある場所まで移動させた。

「魔将軍の地位を欲したくらい、魔物が好きなのだ。貴様に相応しい死に場所であろう」

 権力だけを求めた哀れな男は、惨め極まりない最期を遂げた。

 ならば愛だけを求めた哀れな女は、どのような最期を迎えるのか。

「……ろくでもないことだけは確かじゃな」

 呟いた言葉こそ正解だといわんばかりに、とりまく状況が動き出す。亡き夫の側へ戻り、手にしているナイフで自害する暇もなくイルヴォラスが姿を現す。

 空間移動できても、その先に何が待ってるかまでは予測できないはずだ。今が絶好のチャンスかもしれない。ファナリアはナイフを持つ手に力を込めた。

 ワルドボーンの命を奪い、屈辱を与えてくれた憎き魔物を滅ぼそうとしてるナイフは、セエラのものだった。彼女がガギュル相手に使ったあと、回収し忘れたものを勝手に拝借したのだ。

 没落した貴族の娘よ。願わくば、お前の怨念の力をわらわに与えてくれ。

 祈りながら、空間が歪んだ場所に刃を突き立てる。

 グサリと。ナイフが肉にめりこんだ感触がした。やった。ファナリアは心の中でガッツポーズをする。

「わらわの大切な息子、フロリッツの仇じゃ! 己の罪を悔いるがいいっ!」

 地下に現れたイルヴォラスの首筋に、突き刺したばかりのナイフが光る。相手が人間なら、一撃で致命傷となっている。

「あれだけ身の程を教えてやったというのに、まだ逆らう元気が残っていたか」

 たいした影響もなさそうに、イルヴォラスは首に突き立てられたナイフを引き抜いた。腕を掴まれたファナリアの目が、大きく見開かれる。

「何を驚いてる? この程度のナイフごときで、俺の命を奪えると思ったか。思い上がるなよっ!」

 強烈な平手打ちを顔面に食らう。目の前で火花が散った。

 派手に吹き飛ばされたファナリアは、かろうじて上半身を起こす。ポタポタと鼻血が床に垂れ落ちる。

 両足がガクガクする。腰にもろくに力が入らない。どうやらフロリッツの仇を討つという目的は、達成できそうになかった。

「ほう。ガギュルを倒したか。まさかお前の仕業ではあるまい。役に立たぬ魔将軍はどうでもよいが……少しばかり、話を聞かせてもらうとしよう」

 侮蔑の視線すら向けず、床にあったワルドボーンの亡骸を乱暴に踏みつける。ゆっくりと近づいてくるイルヴォラスは、ファナリア程度が敵う相手ではない。

「わらわが……素直に話すと思うか?」

「話すさ。お仕置きをしてやれば、また泣き喚きながら命乞いをするだろうからな」

「そうかもしれぬな……わらわはとても弱い。だが……」

 なんとか立ち上がったファナリアは、よろよろと後退りする。

 身体のあちこちは痛いが、吹き飛ばされたおかげで亡き夫の側にこられた。その点だけは、イルヴォラスに感謝した。

 ナイフは相手に奪われた。心臓を突いて自害することは叶わないが、方法はいくらでもある。

 呼吸を荒くしながら、やっとの思いでゲルツの横に辿り着く。

「すでに死んだ人間みたいだな。何者だ?」

 最初に魔物と交渉した時から、玉座にはファナリアが座っていた。イルヴォラスを含めた魔物たちは、ゲルツが何者なのかを知らない。仮に知っていたとしても、地下に軟禁されてる人間の男がいるという程度だろう。

「わらわの……夫じゃ。この身はすべて、この人のもの。もう二度と、貴様らの汚い手で触らせはせぬっ!」

 最後の力を振り絞る。動かなくなった夫を抱きしめ、ファナリアは自らの意思で水路へ飛び込んだ。

 ざまあみろ、と思った。海と繋がってる水路だけに、他のよりも流れが速い。イルヴォラスといえど、飛び込んで追ってきたりはしないはずだ。

 水の底に沈みながら、ファナリアは愛する男性の顔を見る。ゲルツは確かに、自分のことを愛してると言ってくれた。それで十分だった。

 憎んだりせず、お互いに愛されてる女として、アリーシュとも仲良くするべきだった。そうすれば、フロリッツも死なずに済んだ。

 愚かな自分が許してもらえるとは思えないが、叶うなら向こうの世界でもゲルツと一緒にいたい。今度こそ最後まで信じ、愛し合うために。

 自由に身動きが取れない中で、ファナリアはゲルツの唇に自分のを重ねた。水の中でも、ひんやりとした冷たさを感じた。

 わらわも……誰より、愛しています、陛下……。

 意識が失われる瞬間まで、ファナリアは心の中で愛の言葉を囁き続けた。


 ミルシャを救出して城の外へ出たラースたちは、待機していた騎士たちと合流した。一般兵や住民も含めて、かなりの数になった。

「これだけの人が……王都を出たがっているのね……」

 目を丸くするミルシャに、亡命を希望する騎士のひとりが応じる。

「魔物に支配されて以降の惨状は酷いものでした。愛する者を無理やりに奪われ、自害した者も少なくありません」

 荒くれ者や欲望にまみれた傭兵が集まり、好き勝手を行った結果だった。

 店なんて開いていたら、一時間もしないうちに商品を根こそぎ強奪される。

 暮らすのもままらならなくなった王都に、好んで残りたいと思う住民は少なかった。

「わかりました。我が国で可能な限り保護します。元は同じ国の住民ですからね」

 女王らしい口調で応じたミルシャが、怪訝そうな顔をした。

 ひとつの方向をじっと見つめるラースに気づいたからだ。

「どうしたの?」

 声をかけられたラースは、悩んだ末に理由を教えた。

「あそこで……倒れてるの……僕の、叔母さんなんだ……」

 近寄って確認しなくとも、すでに事切れてるのがわかる。

 恐らくは魔物か荒くれ者どもに襲われたのだろう。近くには、彼女が誰より愛していた息子もいる。

 身ぐるみを剥がされ、ボロ雑巾のように道端へ捨てられている。

 辛い思いもさせられたが、叔母のサディがいなければラースは途中で飢え死にしていた。

 埋葬してあげてる時間はない。けれど、せめて……。

「よければ、誰か……僕にマントをくれませんか……?」

 何も言わずに、同行中の騎士のひとりが自身のマントを手渡してくれた。

 お礼を言ってから、ラースは急いでサディのもとへ向かった。

 印象どおりに、彼女は別の世界へ旅立ったあとだった。

「叔母さん、向こうで……僕のお母さんによろしくね……。今まで、ありがとう……そして、さようなら……」

 しゃがみ込んで話しかけたあと、マントをかけた。全身がすっぽりと覆い隠れるまではいかないが、悲惨な姿を晒さずには済む。

 気がつけば、他の皆も可能な限り、衣服すらも奪われた人たちの亡骸にマントなどをかけていた。

「いつか……きちんと埋葬してあげたいわね」

 側に近寄ってきたミルシャが言った。

「あの丘でよく泣いてはいたけど、ラースは一度も貴女の文句を言ったことはなかったわ。どうか安らかに眠ってください」

 マントの上から、ミルシャも祈ってくれた。ラースはありがとうと言った。

「フフ、お礼を言われるようなことじゃないわ。さあ、行きましょう。あまり遅くなると、せっかくの機会が失われてしまうわ」

「そうだね。色々な人たちの助けがあって、僕らは城からミルシャを救い出せた。ここで失敗したら、怒られるね」

 ラースとミルシャがともに戻ると、すでに出発の準備は終わっていた。

「では、これよりゼロへ帰還します。道中は魔物へ見つからないようなルートを徒歩で移動しますので、どうか気をつけてください」

 ミルシャの言葉で全員が歩き出す。先頭にはランジスから一緒に来てくれた騎士たちが立つ。ガギュルとの戦闘でダメージを負った者もいるが、誰ひとりとして弱音を吐かなかった。

 騎士たちのすぐ後ろにミルシャが続く。女王を警護すべく、側にはラースとセエラがいる。

 そのあとに亡命希望の住民たちがいて、兵士たちが彼らを守ろうと指定の位置を歩く。

 最後尾にいるのは、少し前までレイホルン所属だった騎士たちだ。背後から敵が追ってきた場合に備え、多めに人員を配置している。

 一行が歩き出した直後、ミルシャのやや後ろをついてきているコンスタンテが立ち止った。

 通り過ぎる人々に不思議そうに見られる中、彼女は一度だけ手を組んで目を閉じた。城へ残った母親へ祈るように。

「お母様……言われたとおり、コンスタンテは……強く、生きていきます」

 あの場にいた人間であれば、王妃ファナリアが死を覚悟していたとわかる。ラースたちが少しでも遠くへ逃げる時間を稼ぐためにも、身を犠牲にしてくれたのだ。

 しばらく閉じていた目を開き、コンスタンテが小走りで元の位置まで戻る。

「……最後の挨拶は終わったの?」

 ミルシャが振り返って尋ねた。

「ええ。いつか……戻ってきた時に、きちんとお墓を作ってあげたいわね……」

 寂しそうに微笑むコンスタンテの頬に、ひと筋の涙がこぼれた。

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