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呪われし者の英雄譚  作者: 桐条京介
6章 女王の救出
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 イルヴォラスが留守を任せた幹部の魔物、ガギュルをなんとか撃退した。

 敵が動かなくなったのを見届けてから、ラースはゲルツのもとへ移動する。すでにファナリアやコンスタンテ、それにミルシャが側で座り込んでいた。

「残念ながら、あれでは助からんな」

 魔剣の呟きが、ラースにだけ聞こえた。大抵の傷が治せる回復魔法も、致命傷には効果を発揮してくれない。

 懸命に回復魔法を唱える騎士のひとりを、ゲルツが「もうよい」と片手で制した。

「国を放置し、大勢の民を見捨てた報いであろう」

 ゲルツが力なく笑った。床に膝をついて手を握っているファナリアが「どうして!」と叫んだ。

「何故に、わらわの身を守ろうとしたのですか。愛していない女などを……!」

「それは……違う。ワシは間違いなくお前を……ファナリアを愛していた……」

「嘘ですっ!」

 敵がいなくなった地下中に、ファナリアの声が響き渡る。

「陛下は……わらわではなく、そこにいるミルシャの母親を愛していた。だから……」

 ファナリアの両目から涙がこぼれる。抑えていた感情が、一気に爆発したかのようだ。

「……ワシの、罪だ。一度の人生で……二人の女を愛してしまった……」

「嘘ですっ!」

 またしてもファナリアが叫んだ。

「政略結婚の相手であるわらわなどよりも、アリーシュを愛していたに決まっています!」

「確かに、アリーシュを愛した。しかし……ファナリアも心から愛していた。婚姻のきっかけが政治的な判断だったとしてもな……」

 握られてるのとは別の手で、ゲルツがファナリアの頬を優しく撫でた。

「ファナリアと結婚し、コンスタンテやフロリッツが生まれた。共に過ごしてるうちに、本物の愛情を覚えた。始まりがどうであれ、結婚後も愛は育めるのだと知った……」

 本当に幸せだった、ともゲルツは続けた。

「そんな時にミルシャの母……アリーシュと出会った。ワシが見惚れて、一度だけの関係を持った。ファナリアには悪いと知りながらも、城へ招きたいと思った。だが、彼女は拒否をした」

 ゲルツはアリーシュを諦めて城へ戻った。その後は会ったりもせずに暮らしていたが、とある日に驚愕の事実を知った。

「アリーシュが子を産み、ひとりで育ててるのを視察に出かけた町で偶然に見てしまった。ワシの子ではないと言い張っていたが……目元を見れば明らかだ」

 改めてミルシャの顔を見る。ゲルツが言ったとおり、目元が彼にそっくりだった。

「ワシは嫌だと言うアリーシュを、強引に城へ連れ帰った。生活に困窮する彼女やミルシャを見ていられなかった。父親である責任を果たしたかったのだ」

 話してる途中で、ゲルツが真っ赤な塊を口から吐き出す。

 コンスタンテが「もう喋らないでください」とお願いするも、床の上でゲルツは首を小さく左右に振った。

「ワシの……判断が……城に、混乱を招いた。容易に考えすぎていた。同じ女性であれば、一緒に暮らしていくうちに打ち解けてくれるであろうと。実に……愚かであった」

 ゲルツがファナリア母娘とミルシャに謝罪をする。

「すまな……かったな……。せめてもの罪滅ぼしになればと……ファナリアの好きにさせていたが……ワシは、そこでも……選択を……間違った。もっと、しっかり……話し合っておれば……許せ……愛しい……妃よ……」

「お、おお……陛下……陛下ぁ!」

 ファナリアが泣き崩れる。ゲルツの手を握ったまま、ガギュルの爪で貫かれて、真っ赤に染まっている胸に頬を寄せる。

「わらわは……わらわは……陛下の愛を疑い……う、ううっ! わらわとて、陛下を一番に……ああっ!」

「歯車が狂ったのは……すべてワシのせいであろうな。だが……間違いだったとは決して言えぬ。アリーシュを愛し、ミルシャが生まれたのもワシの願いだった。やはり責任は……この……愚かな……国王に、ある……」

 段々とゲルツの声が弱々しくなっていく。死が肉体を無慈悲に蝕んでいくのが、傍目からでもわかる。

「コンスタンテ……それに、ミルシャよ……ワシみたいにはなるなよ。さて、そろそろ……行くと……するか……あちらで、フロリッツにも謝らねばな。許してもらえるのなら……次はもっとたくさんの……」

 何かを言いかけてる途中で、ゲルツは力尽きた。もの言わぬ躯となった夫を、ファナリアが抱きしめる。

「陛下……わらわも、ずっと……想っておりました。陛下の真なるお心さえ知っておれば……かように愚かな真似もせずに済んだものを……」

「お母様……」

 コンスタンテも涙を流しながら、泣き崩れている母親の肩に手を置いた。

 ひとしきり泣いたあと、ファナリアはおもむろに立ち上がった。

「陛下……ひとまず、お別れです。わらわも……」

 目を閉じ、祈ったあとで自分の場所をミルシャに譲る。

「お前にとっても……陛下は父親だ。どうか……祈っておくれ……」

「……ありがとう、ございます……」

 素直にお礼を言って、ミルシャは息を引き取ったばかりの実父へ抱きついた。これまで、ファナリアやコンスタンテに遠慮していたのだろう。

「辛いこともあったけど、私は……この世に生まれてこられて幸せです。お母様と……お父様がいなければ、叶わぬ願いでした。それに……お母様のことも、きちんと愛していたと言ってくださいました。私は……ミルシャは、それだけで満足です。きっとお母様も同じでしょう……」

 一気に喋り、頬へ軽く口づけをする。別れの挨拶を済ませたミルシャも立ち上がった。

 もうひとりの娘であるコンスタンテも、亡くなった父親のために祈りを捧げた。

 それを見届けてから、ファナリアは急いで脱出せよとミルシャに告げた。

「いつまでもこの場に留まっていては、せっかくの逃げる機会を失ってしまうぞ。異変に気づけば、イルヴォラスはすぐに戻ってくるであろう」

「では、王妃様やコンスタンテも一緒に行きましょう。私を逃がしたのが知れれば、酷い目にあわされてしまいます」

「……わらわはよい。だが、どうかコンスタンテは連れて行っておくれ。このとおりだ……」

 妾の子と蔑んできたミルシャに、ファナリアが深々と頭を下げた。誇りよりも、娘の安全を優先した証拠だった。

「で、ですが……」

「わらわまで城を離れたら、誰が陛下を埋葬するのじゃ。それに一部とはいえ、ランジスの住民を見捨てようとした責任も取らねばならぬ」

 強い決意が、口調にも表れる。覆すのは無理だと判断したのか、ミルシャは寂しそうに俯いた。

「フフ。言葉遣いが乱暴だったりもするが、お前は優しいのだな。散々に恥辱を与えたわらわの行く末を、そのようにして悲しんでくれるのか」

「……お母様と、同じ男性を愛していた女性ですから……」

「そうよな。わらわもそのように考えておられれば……お前の母とも……いや、今さら言ってもどうにもならぬな。陛下が己の行動を罪だとおっしゃったように、わらわにも罪がある。この身で償わねばならぬ罪がな……」

「お母様……」

「コンスタンテよ、強く生きるのだ。ミルシャよ。お前への罪は、わらわがすべて引き受ける。どうか、コンスタンテは許してやっておくれ」

 ミルシャは首を左右に振らなかった。ただ、わかりましたとだけ答えた。

「すまぬ。礼を言わせてもらうぞ。では、行け。愚かなわらわが、くだらぬ嫉妬心で混乱させた国の未来を……頼む……」

 ファナリアがミルシャたちに背を向ける。会話は終わりだという合図だった。

 誰に言われるでもなく、コンスタンテが立ち上がる。覚悟を決めた瞳で、ミルシャに「早く地下から脱出しましょう」と声をかけた。

「……そうね。では、これより脱出します。城外で待機してるという騎士たちと合流し、ゼロへ帰還します!」

 ミルシャが女王らしく宣言し、ラースたちが応じた。


 ぞろぞろと一行が地下から脱出していったあと、王妃ファナリアはゲルツの亡骸をそのままに城内へ戻った。

 城に残っている兵士のひとりに命じて、ワルドボーンを呼び出す。

 忠誠を認められて魔将軍になりながら、何の戦果も上げられていないワルドボーンがすぐにやってきた。

「イルヴォラス王のお妃様から、呼び出されるとは思ってもおりませんでした。陛下がご不在の寂しさを埋めればよろしいのですかな」

 魔物に支配される前は散々媚を売ってきたくせに、今ではこの有様だ。

 だが、当初ほどの余裕はない。人間だからという理由で、いつ魔物のイルヴォラスに切り捨てられるか不安で仕方ないのだ。

 一時的にとはいえ、このような小心者にわらわは心を奪われたのか。自分自身の愚かさに、笑いがこみあげてきそうだった。

「……まずは手伝ってほしいことがある。わらわを哀れと思うのであれば、どうか手を貸してくれないか……?」

 殊勝な態度でワルドボーンに接する。

 プライドなど、とっくの昔に魔物どもの手で粉々にされた。このような男に、媚を売るなど何とも思わなかった。

「まあ、よいでしょう。せっかくですので、聞いてさしあげますよ」

 反乱の類であったなら、間違いなくワルドボーンは再び密告する。仮に母親や妻であっても、簡単に魔物へ売り渡すだろう。そういう男だ。

「……こちらに来ておくれ」

 ファナリアは、ワルドボーンを連れて地下へ移動した。

 地下に刻まれた戦いの名残を見て、ワルドボーンが絶句する。

「これは一体……何があったというのです!」

「……ゼロの連中が、ミルシャを助けに来たのだ。幹部の魔物が応戦したみたいだが、敵わなかったようじゃの」

 ファナリアが指を差したのは、身体を真っ二つにされて絶命しているガギュルだった。

「そういえば……お前も留守を任されていたか。すでにミルシャは逃げてしまったぞ」

「ぐ……! ど、どうして、もっと早く教えなかったのだ!」

「そのように言われても、わらわが陛下の様子を見に来た時にはこの有様だったのだ。そして、その陛下も……」

 今度はゲルツの亡骸を、ワルドボーンに見せる。案の定、落胆の色はない。

 奴の頭の中にあるのは保身だけだ。自分に責任はないと、いかにして言い訳をしようか考えてる最中に決まっている。

「陛下を運んではくれぬか。わらわは女の身ゆえ、運べぬのだ。そのあとで、今後について話し合おうではないか。わらわで役に立つなら、いつでもお前の力になるぞ」

 瞳を涙で潤ませながら、ワルドボーンにしなだれかかる。腕に豊かなふくらみを押しつけ、哀れで好色な女を演じる。

 深い関係になってはいたが、いまだかつてここまでの姿をワルドボーンに見せたことはなかった。

「……私は一度、貴女を裏切っているのですが?」

「それは、そのとおりなのだが……ああ、どうか、わらわをはしたない女だと笑わないでおくれ……」

 演技だとも知らず、ワルドボーンはファナリアの台詞で何を求められてるか気づいたみたいだった。

「ククク、これは傑作だ。王妃様の熟れた肉体は、魔物が相手では満足できなかったわけですな! 裏切った私を忘れられぬとは、はしたないどころの話ではありませんぞ!」

「ああ……恥ずかしい……。だが、わらわも女。魔物よりも……お前がよいのだ……」

「無様だな。夫の亡骸を前に、他の男におねだりか。いいぞ。お前の惨めさに免じて、特別に抱いてやろう!」

 ワルドボーンはすっかり有頂天だった。

「その前に……陛下の亡骸を運んでおくれ。水路から海へ流してやりたいのだ」

 地下にある水路には、海と繋がってるところもある。そこを利用したいのだと告げた。

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