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回避されるのも考慮したラースは、空中にも衝撃波を送った。それも三連発だ。
「チイっ! 生意気な真似をしおって!」
避けきれないと判断したガギュルは、両手の爪を交差させてラースの衝撃波を防ごうとした。だが威力を増した黒い剣波は、硬い爪でさえも斬り裂いた。
「ぐううっ!」
致命傷とまではいかなかったが、ダメージは与えられた。これなら、先ほどまでの素早い動きはできなくなる。
「おのれ……我に傷をつけるとは……! 人間ごときがぁあああ!!!」
ガギュルが発したのは、咆哮だけではなかった。大きく開いた口から、火炎を吐き出したのだ。
真っ赤に燃え盛る炎が、場にいる全員を丸ごと焼こうとする。反射的にラースは飛び出した。
セエラの防御魔法はきっと間に合わない。だとしたら、防げる可能性があるのは自分だけだ。
両手に持つ魔剣ヴェルゾを水平に構え、剣の腹で受け止めようとする。
「愚か者め! 我に魔法を跳ね返す力などないわ! 敵の火炎をなんとかしたいのであれば、衝撃波を放って打ち消せばよいだろうが!」
「なるほど。そうだよね」
頷いたラースは、言われたとおりに衝撃波を連続で放った。炎とぶつかりあい、中央の部分だけ掻き消える。
「何だとっ!?」
驚いたのはガギュルだった。まさか、衝撃波で炎を防御されると思ってなかったのだろう。
「こ、小癪な……! さっさと死んでしまえばいいものを……!」
歯ぎしりするガギュルを前に、ラースは手にしている魔剣へ尋ねる。
「どうして助けてくれたの? 僕が死ねば楽になれるんでしょ?」
魔剣の影響が肉体に及んでないだけに、ラースは決して不死じゃない。攻撃を受ければ傷を負うし、致命傷となれば命も失う。
そうなれば魔剣ヴェルゾは、所有者を変えられる。自由にできないラースではなく、普通の人間を呪えるのだ。
「しまっ――フ……我の所有者が、あの程度の魔物ごときに倒されるのが許せぬのだ。これは誇りの問題だ」
最初に何やら叫びそうになったみたいだが、その点にはあえて触れないでおく。
「じゃあ、これからも僕に協力してくれるんだよね。レベルの低い敵に倒された困るんでしょ? ヴェルゾの誇りを傷つけるわけにはいかないもんね」
「ぐう……む、無論だ。こうなれば聖剣と呼ばれるはめになろうが、貴様を最強の剣士に育ててくれるわっ!」
半ばヤケクソな感がしないでもないが、とにかくヴェルゾは正式にラースの味方になってくれたみたいだった。
「我を構えろラースリッド! 油断していると、不意を突かれるぞ!」
「うんっ!」
魔剣の声に反応し、真っ直ぐに傷を負ったばかりのガギュルを見据えた。
「何だ……その目は? 我に手傷を負わせて、いい気になってるのではないだろうな。クク……人間ごときが……調子に乗るなっ!」
大きく口を開けたガギュルが、先ほどと同じく火炎を放ってくる。
どうやって防げばいいのか理解したラースは、今回も衝撃波を放って炎を消した。
「炎はもう通用……って、あれ?」
前方に立っているはずのガギュルが、こつぜんと姿を消していた。
「逃げたのかな?」
きょとんとするラースの背後で、突然に悲鳴が上がる。ミルシャの声だった。
慌てて振り向くと、いつの間にかガギュルがミルシャを捕らえていた。
「我が人間に負けるなど、あってはならぬのだ。留守を任せてくれたイルヴォラスに申し訳がたたんしな。利用できるものは、利用させてもらうぞ」
護衛の騎士だけでなく、セエラも地面に倒れている。ラースが火炎を処理してる数秒間で、ガギュルにやられてしまったのだ。
わずかな時間しかなかったのが幸いして、命は奪われずに済んだらしい。耳に届く、セエラたちの苦しそうな呻き声で理解できた。
かわいそうだが、しばらくはそのまま倒れていてもらうしかない。まずはミルシャを助けるのが先だった。
「ミルシャを離せ!」
「貴様が魔剣を離すのが先だ」
ガギュルが口端を歪めた。
「わかってると思うが、約束をしたところで奴は――って、待てっ!」
頭の中で叫び声を響かせる魔剣ヴェルゾを、何の躊躇いもなく放り投げた。
所有者だからなのか、手から離れても魔剣ヴェルゾの声が届いてくる。考えてみれば、剣を抜くきっかけになった時もそうだった。
「何を考えている! 我の忠告に従い、早く貴様の手に戻せっ!」
「ごめんね、ヴェルゾ。僕にとってミルシャは、命より大切な存在なんだ。彼女を救えるなら、どうなっても構わない。それこそ、魔剣に呪われるはめになってもね」
「――っ! 愚か者め……」
諦めたような呟きを残したヴェルゾに代わり、瞳に涙を溜めたミルシャが「ふざけないで!」と叫んだ。
「剣を取りなさい、ラース! 貴方が死んで、私が助かっても嬉しくないわよ! バカァ!」
「アハハ……女王様らしくない台詞だね」
自然と笑みがこぼれてくる。こんな時でも妙におかしくなるのだから、やはり世間一般と比べれば変わってるのだろう。
「殊勝な心がけだな。まさしく、忠臣といったところか」
ミルシャの身を案じるラースが動かない間に、ガギュルは魔剣を足で踏みつけた。
「この……! 腐れ魔族め。我を足蹴にするとは……必ず、報いを受けさせてくれる!」
激怒する魔剣の声には気づかず、ガギュルは勝ち誇った笑みを浮かべる。
「約束どおり、この女は返してやる。ついでに、二人まとめて葬ってやろう。我の優しさに感謝するがいい」
片手で捕らえていたミルシャを、こちらへ突き飛ばす。魔剣が自身の足の下にあるのも含め、周囲の状況も確認する。
「唯一魔法を使える女も、そこでダウン中だ。騎士どもは、我より速く動けまい。よって、貴様とその女の死は確定した!」
勝利を確信したガギュルが、ラースの衝撃波で折られた爪を再生させた。
武器を持たないラースとミルシャは絶体絶命だ。
「ラース……」
ミルシャが、ラースの服の裾をきゅっと掴む。
「大丈夫。何があっても、ミルシャだけは僕が守るから……」
「駄目よっ! ラースが死ぬなら……私も一緒に死ぬんだから!」
ミルシャの目は本気だった。
「嬉しいけど、それこそ駄目だよ。ミルシャはもうただの女の子じゃない。多くの民を導く女王様なんだ。責任は……最後まで果たさなきゃ」
にっこり笑ったラースは、両手で力一杯にミルシャの華奢な身体を抱きしめた。こうしていれば自分の肉体が盾になり、彼女まで敵の爪が届かないかもしれない。
もう一度、ミルシャが「駄目よ」と叫んだ。ラースは聞こえないふりをした。
敵が迫ってくる気配がする。爪が地下室内の空気を切る音が聞こえる。
ここで死ぬことになっても、後悔はない。大好きな女王様を守れたのであれば、向こうで待ってる両親もきっと褒めてくれる。
ラースはそっと目を閉じた。自身の人生に、後悔はひとつもなかった。
もう一度この世に生まれてこられるのなら、また属性を持たずに生まれてきてもいいかなとさえ思えた。
「……?」
とっくに覚悟を決めているのに、いつまで経っても爪で貫かれた感じがしない。
どうなってるのかと目を開いたラースの視界に映ったのは、今にも泣きそうなミルシャの顔だった。
「……お父様っ!」
その声で背後へ視線を向ければ、魔族のガギュルがすぐ近くで驚愕の表情を浮かべていた。どういう理由か、身体には数本もの氷の矢が突き刺さっている。
「こ、この……老いぼれがぁあああ!!」
怒り狂ったガギュルが睨みつけているのは、ラースではなかった。
少し離れた位置に立っているのは、レイホルン本来の国王であるゲルツだった。
右手を前にかざしたまま、ゲルツは何事かを呟く。
光った手のひらから、つららみたいな氷の矢が生まれる。ゲルツによる魔法攻撃だと理解できた。
「不意を突かれなければ、貴様ごときの攻撃など食らわぬ!」
激昂するガギュルが、爪で氷の矢を払う。
――次の瞬間だった。今度はガギュルの背中に、火球がまともに命中した。床で呻いてるはずのセエラが、力を振り絞って唱えた魔法だった。
「ぐああ――っ! クズどもがあぁああああ!!!」
完全に頭へ血を上らせたガギュルが、誰を狙うではなく鋭い爪を振り回す。取り乱して暴れれば、足元への注意も疎かになる。
ミルシャから離れたラースは猛ダッシュして、ガギュルの足元へ飛び込んだ。
多少のダメージを受けても、自分なら苦痛をあまり感じずに動ける。咄嗟の判断だった。
魔剣を踏んで奪われないようにしておくのを忘れたガギュルが、ラースの接近に気付くも遅い。
意図を察したゲルツが魔法で援護してくれたのもあって、なんとか魔剣ヴェルゾを手にできた。
隙ができてるうちに剣を振り上げ、敵の羽のひとつを斬り落とす。
「ぐぎゃあァァァ! き、貴様ァ! 絶対に許さんぞォ!!」
我を忘れて挑んでくるガギュルへまともには応じない。ゲルツが魔法で援護してくれるのを利用して、上手く距離を取る。
剣の腕が未熟なラースだけに、近距離よりも遠距離戦闘の方が得意だった。
他の誰かを巻き込まないように衝撃波を放つ。羽がひとつなくなって、バランスを崩したガギュルは素早い動きができない。
完全には回避できず、少しずつではあってもダメージを蓄積させていく。
「ぐう……! このまま……やられてなるものかァ!」
不利を察したガギュルが周囲を見る。目を付けたのは、ひとりの騎士によってゲルツの側へ運ばれたファナリアとコンスタンテだった。
ミルシャはラースの背後にいて、騎士たちも守っている。再び人質にするのは難しいと判断したのだろう。
「貴様らには人質になってもらうぞ。その価値がないというのであれば、道連れだァ!」
ダメージを受けすぎて正気を失ってるガギュルが、まずはファナリアへ爪を向ける。
「む……! いかんっ!」
叫んだゲルツが動く。先ほど魔法を放ったばかりで、詠唱が間に合わなかったのか、自身の肉体を使ってガギュルに体当たりをする。
大人の男とはいえ、魔物に比べたら体格は貧相な部類に入る。吹き飛ばすどころか、せいぜいがよろけさせる程度だった。
「我が王妃には、指一本触れさせぬ!」
「老いぼれが! 調子に乗るな!」
「ぬああ――っ!」
ガギュルの爪が、容赦なくゲルツの胴体を貫いた。
「ククク。我に歯向かうから、このような目に――ぐっ!? 貴様……何を……」
「こうなるのは予測済み。貴様にはこそ、ワシの道連れになってもらう」
血の流れる口端をつりあげたゲルツが、魔法の詠唱を開始する。
何をするのかと思っていたら、氷で自身の肉体の一部とガギュルの爪を凍らせた。
簡単には離れられなくなったところで、今度はラースに向かってゲルツが言葉を発する。
「今のうちに、動けなくなった魔物を討ち取れィ!」
ゲルツが命を懸けて作ってくれた機会を、ボーっとして逃すわけにはいかない。
両手でしっかりと魔剣ヴェルゾを持ち、ラースは駆け出した。
「ま、待てっ! くっ! 老いぼれがっ! 離せ! 離れろォォォ!!!」
叫ぶガギュルの背中を一閃する。真っ二つになった魔物は、苦悶の表情を浮かべながら絶命した。




