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女王ミルシャを救出するため、ラースリッドたちは王都フェレールへ到着した。すぐに王城へ忍び込もうとしたところを、セエラが少し待ってと制した。
物陰に隠れて状況を見守っていると、イルヴォラスらしき魔物が大勢の部下たちを連れて王都を飛び出して行った。
「どうやらマオルクス殿が、上手くやってくれたみたいね」
ワルドボーン率いる軍だけでは抑えきれなくなったせいで、国主となったイルヴォラスまでもが出撃を余儀なくされたのだ。
「ジドーもいるよ」
ラースが言うと、セエラはかすかに笑った。
「あの暴れ者は、ただ暴れてるだけよ。本当に役に立ってるのかは怪しいわ」
「でも……どことなく嬉しそうだね。それに、心配してるような感じもするし」
何気なく発した言葉に、普段は冷静なセエラが顔を真っ赤にするほどの反応を見せる。
「な、何を言ってるの。感情の振れ幅が小さいラースのくせに」
「感情云々は関係ないでしょ。それに僕だって痛くなったりはするよ」
「当たり前よ。ラースの肉体は普通の人間と同じなんだから。単純にブーストがかからないから、他の人みたいに大きく感情や感覚が変化しないだけよ」
本来の痛みに、体内へ宿る属性が加わってより大きな苦痛となる。例外はないはずなのだが、ラースの場合だけは異なった。
精霊の加護を得られなかったのもあり、感情や感覚にプラスアルファがされない。おかげで痛みには鈍いし、魔剣を持っても呪われなかった。
「そういう原理でいくと、呪いも多少は効いてるのかな?」
「それはわからないわ。ただ……ラース自身も呪われてるかどうか、判別できないくらいの影響しかないのは確かね」
要するに、あまり気にしなくても大丈夫なのだろう。
魔剣ヴェルゾの攻撃力は凄まじい。運動能力がさほど高くないラースでも、大勢の魔物や軍を相手に奮闘できるほどだ。長所といえば、動体視力が良いぐらいのものだった。
本来なら身体的にも何らかの影響がでるらしいのだが、そういったものは一切感じない。だからこそ、今も普通に魔剣を扱えてるのだろう。
「そっか。セエラは何でも知ってるね。頼りになるな」
「フフ、ありがとう。頼ってもらえて嬉しいわ。私は……ずっとひとりみたいなものだったから」
「ジドーと出会うまで?」
「そうね。あの荒くれ者と出会ってからは……って、何を言わせようとしてるのよ。ミルシャを助けたら、ラースに襲われたって報告するわよ」
「ごめんなさいって謝りたいところだけど、きっとミルシャは気にしないよ。僕にそんな度胸はないでしょうってね」
連れてきた精鋭の騎士たちも、ラースやセエラと一緒になってお腹を抱える。
ひとしきり笑ったあとで、いよいよ城内への侵入を決意する。下手をすれば、全滅もあり得る。
気合を入れて行動を開始しようとした瞬間、今度は同行中の騎士のひとりがラースを制した。
「隊長殿、少々お待ちいただきたい。どうやら、我らのかつての仲間が、話があるみたいなのです」
騎士のひとりが、目でこちらへ来てほしいと合図する。セエラと顔を見合わせたあと、ラースはその騎士の背中を追いかける。
年下で剣の腕前もさほどではないラースが、騎士の人に敬語を使われるのは緊張する。丁寧な態度も含めて、年下に接する感じで構わないと以前に言ったこともある。
その際の返答は、騎士として上官に無礼な真似はできませんというものだった。彼らの中では、どうやらラースは騎士団長のマオルクスに次ぐ立場と認識されているみたいだった。
困るラースに、セエラが「それが騎士というものよ」というアドバイスをくれた。今では、そんなものかと納得している。
騎士が案内してくれたのは、目立たない町の隅だった。そこに何人もの騎士が集結していた。
「あ、あの……これは一体……」
声をかけたラースを、集団の代表者らしい騎士が怪訝そうに見る。
ここまで連れてきた騎士が「我らの隊長だ」とラースを紹介してくれた。
その言葉を受けて、目の前に立つ騎士が態度を改める。年齢は三十代後半くらいで、鎧の上からでも筋肉のついた立派な肉体をしてるのがわかる。数か月前までは、剣を握った経験すらなかったラースとは大違いだ。
「隊長殿でありましたか、失礼いたしました。ゼロ国の兵団とお見受けする。我らはレイホルン軍の者です」
自己紹介をしたあとで、騎士がどうしてこの場に集まってるのかを説明する。
「我らは全員がミルシャ様救出の手助けを行い、そのままゼロへ亡命しようと考えております」
「……レイホルンの兵士が、私たちの女王陛下を助けてくれるというの?」
質問したのはセエラだ。
「そのとおりです。我らとて、好きこのんで魔物に従ってるわけではないのです。家族の無事さえ確かなら、すぐにでも刃を奴らに向けましょう」
「なるほどね。そのためには、魔物が王都から少なくなった今がチャンスだものね」
「はい。加えて王妃より、地下室からミルシャ様を逃がすと言われております」
「あの王妃が!? ……罠じゃないでしょうね」
「我らもその可能性を疑いましたが、どうやら違うようです。王妃も、フロリッツ殿下を亡き者にした魔物を憎んでいるのでしょう」
騎士に言われて思い出す、レイホルンの王子だったフロリッツは、新たに国主となったイルヴォラスの手で殺されてしまっていたのだ。
「王妃の理由はともかく、協力者がいるのはありがたいわね」
セエラの言葉に、ラースはうんと頷く。
だが、安心してばかりもいられないみたいだった。
「ミルシャ様を救出に来たのでしたら、お急ぎください。城内には、イルヴォラスが残していった魔物もおります。我らは奴らに見つからないようにするのが精一杯。地下室から脱出しようとするミルシャ様を、直接助けることができません」
「わかりました。僕たちに任せておいてください。ミルシャを助け出せたら、すぐに合流します。その後、一緒にランジスの町を目指しましょう」
ラースが言うと、レイホルンの騎士たちが「はっ!」と敬礼した。
居心地の悪い堅苦しさを感じながらも、協力してくれる人がいる事実に嬉しくなった。
「さあ、行くわよ。女王陛下が地下に捕らわれてるのなら、以前と同じ侵入ルートを使いましょう」
ここから近かったのもあって、ラースも了承した。
ランジスから一緒の精鋭メンバーだけで、城内へ侵入する。レイホルン軍の騎士たちは、城外で待機中だ。
地下へ足を踏み入れる。牢屋が並んでいる。捕らわれてるのは女性が中心だ。以前には見られなかった光景だった。
「有力者の家族といったところでしょうね。外にいた騎士たちみたいに、人質をとって無理やり従わせてるのよ」
「ミルシャを助けたあとで、牢屋から出してあげよう」
ラースは言った。魔剣ヴェルゾなら、鍵などなくとも簡単に鉄格子を斬れる。
「そうね。私たちだけなら厳しいけれど、外にいるレイホルンの騎士団と合流すれば十分に可能だわ。恩義を感じた有力者も、こちらへ味方するようになるだろうしね」
セエラや同行中の騎士たちも賛成してくれた。行動方針が決定したところで、まずは最優先事項のミルシャ救出を果たそうとする。
「恐らくは隠し部屋にいるはずよ。もしくは……父親のところね」
「そっか。まずはここから近い国王陛下の部屋へ行ってみようか」
厳密にはすでに国王ではないが、騎士たちにとっては主君も同然だった。ザワめいたりしないのは、すでにゲルツが自分の意思で地下にいるのを教えられてるからだ。
騎士たちが見張りにつく。ラースとセエラが代表して、ゲルツ国王の部屋へ入る。鍵が取り換えられたみたいだが、魔剣ヴェルゾなら扉ごと斬るのも可能だった。
以前と同じように鍵の部分だけを斬り、扉を開けて室内へ入った。
最初は驚いたゲルツ元国王だったが、ラースとセエラの姿を見るとすぐに納得した。
「お主らか。まだ用があるのか? まさか、ミルシャを救いに来たとか言わぬだろうな」
「それが……そのまさかでして……」
言い難かったが教えないわけにもいかないので、左手で後頭部を掻きながらラースが事情を説明した。
「……そうか。我がレイホルンはそこまで追い込まれてしまったか」
ゲルツが落胆する様子を見せると、ラースが右手で持つ魔剣ヴェルゾが声を震わせた。
「情けない……! これが我を封印したレイホルン王の子孫だというのか! このようにくだらない一族だったとはな。憎む気すら失せるわ!」
魔剣の声を聞き取ろうとラースが黙ってしまったので、会話中だったゲルツ元国王が怪訝そうな顔をした。
「あ、すみません。僕、魔剣の声が聞こえるんです。頭の中に響くような感じで」
「そうであったか。魔剣は何と言ってるのだ? あまりに危険な剣であるがゆえに、先祖はランジスへ封印したとのことだったが」
「それが……」
迷った末に、ラースは先ほどの内容をそっくりそのままゲルツに教えた。
「フフ。耳が痛いな。確かにそのとおりだ。一国の主でありながら、責任を放棄したも同然の情けない男よ」
自嘲気味に笑うゲルツの姿に、ラースは何も言えなかった。本人なりの考えがあって、現状に至っているのだ。本来なら、他人がとやかく口を挟むべきではない。
しかしゲルツは国王だ。弱気な姿勢を見せられる国民はたまったものじゃない。代弁するかのようにセエラが声を荒げた。
「魔物に支配され、多くの国民が苦しんでいます。それでもなお、陛下は何もせずに処刑されるおつもりですか!」
「……ワシは……」
ゲルツがそこまで言った時だった。部屋の外から大きな物音が聞こえてきた。
「ラースリッド隊長、セエラ殿っ! 魔物が現れました!」
騎士たちの報告を受け、ラースとセエラは部屋の外へ出た。
羽を広げた魔物が数匹、地下で暴れまわっている。
「私たちが見つかったわけじゃ……ラースっ! あれを見て!」
セエラが指差した先にいたのは、救出しようとしていた女王のミルシャだった。
ラースと同時に気づいた騎士たちが「陛下っ!」と叫びながら、魔物たちへ突進する。
魔物に追われているミルシャを助けるために、ラースも剣を抜く。
「セエラさんは、ミルシャの安全を確保してっ! 全員、正面を開けてくださいっ!」
ラースの叫びに応じて、騎士たちは走りながら左右に移動する。
「ミルシャっ! 横に跳んでっ!!」
大声で叫ぶ。ラースの声が届いたらしく、ミルシャは大きく頷いて要望どおりにしてくれた。
「力を借りるよっ! 相手はミルシャを狙う魔物。遠慮せずに、滅ぼしていいからね!」
「フン。貴様に従わなければならないのは癪だが、我としても力を振るえるのは本望。魔物どもに絶望を与えてくれるっ!」
頭の中へ声が響く。漆黒の剣が禍々しい輝きを放つ。
「でやあァァァ!!!」
振り下ろした魔剣から、大きな衝撃波が発生する。一直線に、魔物をめがけて突き進む。
黒い剣波が敵を襲う。気づいてすぐに回避しようとするも、何匹かがまともに食らう。
遠目からの攻撃だったにもかかわらず、それだけでミルシャを追っていた魔物の半数が絶命した。
「こっちよ、女王様……って、お供もいたのね」
ミルシャを助けたセエラが笑う。
騎士たちが盾となって、背後へ隠したのは三人の女性。女王のミルシャの他、レイホルンの王妃と王女だった。




