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呪われし者の英雄譚  作者: 桐条京介
5章 報い
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「弓矢隊! 一斉に矢を放てェ!」

 マオルクスの号令が戦場に響く。規律正しい動きの兵士たちが、向かってくる魔物の軍勢へ矢を放つ。

 降り注ぐ弓矢の雨を浴び、何匹もの魔物が地面に倒れる。少しでも臆してくれれば楽なのだが、仲間を殺された敵は怒りを爆発させて向かってくる。

 弓矢隊に突っ込まれると虐殺されるだけなので、突進してくる魔物の盾とすべく騎士たちを前進させる。

 剣と盾を構えた騎士たちが、魔物との交戦に入る。同時に弓矢隊と魔法隊がポジションをチェンジする。

 騎士たちの背後から、魔法隊が援護する。弓矢隊は丘の上へ移動し、空から騎士を攻撃しようとする魔物を狙う。

 一匹一匹の魔物は強力でも、指揮官の能力に差があった。連携して動くゼロ軍に対し、レイホルンと魔物の連合軍は力押し一辺倒だ。

 本陣で魔将軍のワルドボーンが何事かを叫んでるみたいだが、人間だからと軽く見られて命令を聞いてもらえない。

 魔物の分際でと憤る暇があるなら、命令へ従わせるための努力をするのが優秀な指揮官というものだ。

 遠目でワルドボーンの醜態を眺める。マオルクスはフンと鼻を鳴らした。

 仮にも騎士の身分を頂いた者でありながら、率先して魔物の配下となったのが気に食わない。

 しかも戦闘開始前の名乗りは何だ。得意げに、自らを魔将軍などと言いおった。

「クズめ……。ワシが性根を叩き直してくれるわ」

 マオルクスが騎士団長だった頃に、ワルドボーンは騎士となった。

 どこぞの貴族がバックにいたらしく、大した実力がないにもかかわらず任命された。

 王妃が政治へ口を出すようになってからは、余計にえこひいきぶりが目立った。

 史上最年少で将軍へ指名されたのも、王妃ファナリアの意向が大きい。

 事あるたびにマオルクスは注意してきたが、野心溢れるワルドボーンは表面上だけしおらしくするばかりだった。

 やがてマオルクスが退役すると、ゲルツ国王は完全に姿を見せなくなった。

 代わりに国王代理として、王妃ファナリアが実権を握った。

 当たり前のようにワルドボーンが王妃の補佐役となった。親密な関係にあるという噂は本当だったのだろう。

 腹立たしかったが、自分はすでに現役を退いた身なのだからと我慢してきた。

 態度を一変させて行動を起こしたのは、退役後も慕ってくれていた騎士のひとりからランジスの一件を聞いたからだ。

 その騎士は、妻を連れて絶望的でしかなかったランジスの戦いに参加してくれた。

 そうした気概のある者たちと同じ騎士を、ワルドボーンが名乗るのが我慢できなかった。

「押せるからといって、一気に攻め込みすぎるな。大胆さの中に慎重さも持て! この戦い、敗北だけは絶対に許されんぞ!」


 怒声のようなマオルクスの叫びを聞きながら、傭兵部隊を率いるジドーは横から敵陣へ突撃する。

 本来の隊長であるラース同様に、ジドーも先頭に立って敵へ突っ込む。

 率いるのが傭兵であろうと騎士であろうと、部隊の士気をあげるにはもっとも効果的な戦法だった。

 その分だけ危険も付きまとう。ついさっきも、敵陣から放たれた弓がジドーの頬をかすめたばかりだ。当たり所が悪ければ、一撃で致命傷になりかねない。

 上等だ。敵陣のど真ん中で、ジドーは笑った。

 大きくて重い斧を片手で軽々と振り回し、押し寄せてくる魔物どもをことごとく粉砕する。

 こちとら、失恋したばかりでストレスが溜まってんだ。いくらでも相手してやるぜ。

「うおぉおォォォ!!!」

 獣の咆哮のごとき叫びを発し、筋肉がムキムキの腕を振るう。

 シャツの感触が邪魔くさいので、上半身は裸だ。その上に、わずかな防具をつけているだけだった。

 筋肉こそがジドーの鎧であり、多少の攻撃などものともしない自信があった。

 ジドーは密かに、この戦争へ感謝していた。ランジスという田舎町で、暴れ者としてもてあまされてた自分が、いつしか英雄みたいに賞賛されるようになった。

 それもこれもすべて、愚かだった頃の自分を許し、仲間にしてくれたラースリッドのおかげだ。

 だからこそジドーは全力で戦う。少しでも、今の居場所を与えてくれたラースの役に立ちたかった。

「どうした、もっとかかってこい! 俺はラースリッド隊の副隊長、ジドー様だっ!」

 押し寄せてくる魔物の攻撃をものともせず、振るった斧で複数をまとめて薙ぎ払う。

 鬼神のごとき活躍に、傭兵部隊の面々も興奮して敵へ突撃する。

 敵軍の一万五千に対して、当初よりはずっと増えたといってもゼロ側は五千。数の上では圧倒的に不利だった。

 誰も悲観したりはしない。戦力が足りないのは、最初からわかっている。

 これまでも、敵軍の数を上回ったことは一度としてなかった。それでもゼロ軍は大きな敗北をしていない。

 魔剣を持つラースが、数の不足を十二分に埋めていたからだ。

 今回はラースが不在なものの、これまでの経験から兵士たち十分に、数が少ない場合の戦い方を理解していた。

 ゲリラ戦みたいに突撃と離脱を繰り返し、相手が苛々してきたところで別の部隊が横から突っ込む。

 バランスを崩したところで二正面攻撃を仕掛け、一気に部隊長を討ち取る。

 小部隊とはいえ、隊長を倒してしまえば指揮系統が乱れる。統率がとれなくなったところを殲滅する。

 数で勝る相手は、ひたすら力で押そうとしてくる。魔物たちになめられてるワルドボーンの命令を、誰も実行しないのが原因だ。

「オラっ! この程度じゃ足りねえぞ。どうせなら援軍を呼べや!」

 援軍を呼ばれるほどジドーはキツくなるが、その分だけ王都へ侵入しようとしているラースが楽になる。

 自分はメニルに振られてしまったが、ラースはどうにも女王と両想いな感じだ。そちら方面でも頑張ってほしいと思う。

「そらそら! ぼさっとしてたら、一気に全滅させちまうぞ!」

 走り出したジドーが、さらに敵陣深くまで突撃する。四方八方を魔物に囲まれても気にしない。身体を一回転させて、円を描くように斧を振り回す。

 大きな斧が力任せに、魔物を斬りつける。恐れをなした人間の兵は、もはや誰もジドーに近づかなかった。

 というより、あまり戦いたがってない感じだ。やはり魔物に従って、戦争をするのは嫌みたいだった。

 レイホルン軍が消極的なのも、ジドーたちに味方してくれた。

 魔物だけを狙って攻撃し、着実に魔将軍のワルドボーンを狙って歩を進めていく。


「……なんだか、場内が騒がしいわね」

 地下室に捕らわれたままのミルシャの耳に、兵士たちの忙しそうな足音が届いてくる。

 何が起きてるのか知りたかったが、情報を与えてくれそうな人間は誰もいない。

 一度胸倉を掴んで以降、食事を運んでくるコンスタンテも口を開かなくなった。

 やりすぎたとは思っていない。魔物に付け入る隙を与えたのは、他ならぬコンスタンテたちだ。

 正確には彼女の母親で、王妃のファナリアが原因を作った。どうして夫で国王のゲルツとの仲が悪くなったのか。

 深く考えるまでもない。ゲルツ国王が妾であるミルシャの母親を城へ招いたからだ。

 生活が困窮していたとはいえ、母親は最後まで迷惑をかけたくないとゲルツ国王の誘いを拒んだ。

 最後は半ば力押しだった。愛情があったのもあり、城での生活に頷いた。

 飢える心配はなくなった。代わりに、耐え難い屈辱を味わわされた。

 母親は泣き言も恨み言も口にしなかった。お父様は大変なのよと、寂しそうな微笑みを見せるだけだった。

 流行り病に倒れた際も、とにかく自分よりミルシャの心配をした。

 自分は後悔してないけれど、貴女には大変な苦労を背負わせてしまった。

 もうすぐ息を引き取りそうだというのに、母親は涙ながらにミルシャへ謝罪した。

 悲しみの涙を流し、最後のお別れをするミルシャたち母娘のもとに王妃とその娘がやってきた。

 あろうことかファナリアとコンスタンテは、お祝いの言葉を述べていったのだ。

 その時の悔しさは、今も忘れていない。

 コンスタンテやファナリアに優しく接するなんて、できそうもなかった。

 ベッドの上で膝を抱えて座っていると、部屋のドアが開いた。

 入ってきたのはコンスタンテだ。どうやら、もう食事の時間になったらしい。

 だが、彼女は手にいつものお盆を持っていない。

「……食事を運んできたわけじゃなさそうね。この前の仕返しでもしにきたの?」

 挑発するように笑いかけるミルシャの前で、コンスタンテは首を小さく左右に振った。

「今さら、そんな真似をしようとは思わないわ。虐げられる辛さを知ったもの」

「じゃあ、謝りにでもきたわけ?」

「それも違うわ。あれだけ酷いことをしてきた私が、貴女に許されるわけがないもの。でも……せめて、少しでも罪滅ぼしをさせてほしいのよ」

「罪滅ぼし?」

 わけがわからないミルシャは、怪訝な声で尋ねた。

「そうよ。貴女をここから逃がしてあげる」

「逃がしてあげるって……罠じゃないでしょうね」

「疑われるのも仕方ないけど、私は本気よ。これは……お母様と決めたことなの」

 コンスタンテの言葉に驚いていると、王妃のファナリアまでもが入室してきた。

「久しいな、ミルシャ」

「ええ。王妃様に、この地下室へ入れられて以来ですわ」

 嫌味全開の返しに、ファナリアが苦笑する。

「フン。それだけ言える元気があれば十分じゃな。さっさとここを脱出しろ」

「……どういうつもりか、聞いても大丈夫かしら」

「わらわはお前に謝罪をしたいわけではない。フロリッツを殺した連中に、この国を好き勝手されたくないだけじゃ」

 ファナリアらしい理由だと思った。罠を仕掛けられてる雰囲気も感じない。

「理由はわかったけど、ここから逃げ出したところで、すぐに捕まるだけだわ」

「案ずる必要はない。すでに城外では、お前を助けるために騎士たちが準備を整えておる。ゼロへ亡命するために家族ともどもな」

 ファナリアの言葉で、ミルシャはまたしても驚きを露わにする。

 女王たる者、いついかなる時でも毅然としてるべきだが、さすがに想定外の事態が多すぎる。

「亡命は大歓迎だけど、大丈夫なの? 魔物たちに見つかったりしたら……」

「その点は心配ない。魔物どもの大半は出払っておるからな。仮に見つかっても、騎士たちが魔物を始末する」

「で、出払ってるって、どうしてよ」

「ゼロが、女王であるお前を救うためにレイホルンへ攻め込んできたのだ。ワルドボーンが応戦したみたいだが、無様にも敗走したみたいじゃな」

 いい気味だとばかりに、ファナリアが笑った。

「お前をさらうために仕掛けた陽動も満足にこなせず、汚名を返上しようとした今回もこの有様だ。魔将軍とは名ばかりじゃな。おかげで、イルヴォラスが全軍の指揮をとるために出発しおったわ」

「それで場内が騒がしかったの?」

「ウム。魔物の支配を快く思ってる者はおらぬからの。イルヴォラス不在の今こそ、動くには最大の好機となる。留守を任されてるのは、幹部の魔物と名前負けしてる魔将軍のワルドボーンだけだ。わらわを好いてる騎士もおらぬが、お前を助けるためだと言ったら快くこちらの協力要請に応じてくれたわ」

「当たり前でしょう。貴女と違って、私には人望があるの」

「フン。相変わらず生意気な小娘じゃ。もっとも、わらわには何も言い返せぬがの。さあ、早くここから出ろ。無事に城から脱出できれば、お前は自由の身だ」

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