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呪われし者の英雄譚  作者: 桐条京介
5章 報い
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 不覚にもさらわれてしまったミルシャは、以前と同じ地下室に捕らわれていた。敵側の攻撃を陽動と見抜けず、ほぼ全戦力を投入したのが裏目に出た。

 とはいえ、戦力を残していたら押し切られた可能性もある。どちらにしても、敵の有利な状況になっていた可能性が高い。

 レイホルンを乗っ取ったと聞いた時点で、魔物らしく力押しだけをしてくるタイプではないと気づくべきだった。

 この場で後悔しても後の祭り。幾重にも鍵の賭けられた扉を開けられるはずもない。処刑されるのを待つだけだ。

 キイと軋んだ音を立てて、扉が開く。レイホルンを襲った魔物を率いるイルヴォラスでないのだけは確かだ。

 奴は何度もミルシャを甚振りに来たが、その際には必ず瞬間移動みたいな感じで目の前に現れた。

 出現する際には、目の前の空間が不自然に歪むのですぐにわかる。今回のように、決して出入口から普通に入ってきたりはしない。

 ミルシャが捕らわれている最中の地下室にやってきたのは、本来はここレイホルンの王女であるはずのコンスタンテだった。

 昔から意地悪ばかりをされてきたせいで、決して印象は良くない。その彼女が、ミルシャの世話役に指名されたみたいだった。

「……ご飯よ。少しは気分が落ち着いたかしら」

「全然ね。朝か夜かもわからない環境を、快適だという人間がいるのなら見てみたいわ」

「……そうね。貴女の言うとおりだわ」

 コンスタンテは、両手にもったお盆をそっとミルシャの前に置いた。決して美味しそうとは思えない、かたそうなパンと冷めたスープ。それに少量のサラダが乗っている。

「また、これだけなの? 私、ダイエットをしてるわけじゃないんだけど」

「……私たち、人間に与えられる食料なんてこの程度よ」

 コンスタンテの受け答えに、ミルシャは驚いた。

「ちょっと待って。貴女も、私と同じようなメニューなの?」

「ええ。もちろんお母様もね」

 王妃のファナリアは、魔物の王イルヴォラスの妃にすると発表された。その際には、現国王のゲルツを処刑するとも。

「ねえ、お父様はご無事なの?」

 ミルシャは尋ねた。城にいた頃なら、卑しい妾の子がお父様などと気軽に呼ばないでと激昂されかねない質問だった。

 魔物へ従わされてるうちに本来の気位を失ったのか、コンスタンテは眉をひそめたりすらしなかった。

「……ご無事よ。イルヴォラスはどうやら、お父様と貴女を同時に処刑するつもりみたいね」

 やっぱりなと思った。レイホルンの国王とゼロの女王であるミルシャを同時に処刑し、自分たちの力量を周囲へ見せつけたいのだろう。逆らっても無駄だと。

 レイホルンに続いて、ゼロを占拠したあとは本格的に他国の侵略へ乗り出すに違いない。必要な物資や人員は占領した町で奪うはずだ。魔物であるイルヴォラスが、人間の捕虜を丁重に扱うとは思えなかった。

「祖国がこんな状況になってるというのに、騎士たちは何をしているの? 民を守るために戦うべきでしょう」

「……ここにいても、周囲からすすり泣く声が聞こえてくるでしょう? 牢に捕らわれているのは、全員が有力者の妻や娘ばかりよ」

 コンスタンテの言葉で、ミルシャは騎士たちが逆らえない理由を理解した。大切な家族を人質に取られているのだ。

「財力のある貴族たちは、あっさりと魔物へ頭を下げたわ。お母様を裏切った将軍のワルドボーンと同じようにね」

 魔物を率いてゼロへ攻めてきた時点で、ワルドボーンがイルヴォラスの手先になったのはわかっていた。

 さして驚きもせずに、ミルシャはそうでしょうねと言った。自分の身が何より大切な貴族連中が、命を懸けてまで魔物へ立ち向かうわけがない。

 ミルシャがイルヴォラスの立場だったとしたら、真っ先に気をつけるのは騎士たちの反乱だ。

 騎士として国に忠誠を誓った者たちが、魔物の配下になるのを素直に了承するはずがない。当初はおとなしくしていても、必ずどこかで状況を覆そうとする。

 正面からの戦闘であれば、魔物側が簡単に勝利する。指摘されるまでもなく承知済みの騎士たちは、内部から崩しにかかる。

 レイホルン軍は決して弱くなく、その気になれば魔物たちとも戦える。ランジスが攻められそうになった際、そうしなかったのは王妃の落ち度だ。

 とにかく反乱を事前に防ぎたいのであれば、騎士たちの家族を人質に取るに限る。全員とはいかなくとも、大多数はこれで逆らえなくなる。

「事情は理解したけど、意地は見せてほしかったわね」

 ミルシャが言うと、コンスタンテは「したわよ!」と声を荒げた。

「お母様が中心となって、騎士たちに王都奪還を呼びかけたわ。だけど……その時点でも、ワルドボーンなんかを頼っていたから……!」

「反乱を密告されたのね。ワルドボーンに」

 コンスタンテが頷く。

「反乱の首謀者として、お母様はイルヴォラスに酷い折檻をされたわ。私は目の前で、その光景を見せられた。逆らえば、お前もこうなるぞという見せしめだったのでしょうね」

「それで王妃も逆らう気力を失くしてしまったのね。情けない」

「情けないって……貴女に何がわかるのよ。フロリッツも殺されて……どんなに苦しんでいたか……!」

「何もわからないわね」

 泣きそうになっているコンスタンテに、ミルシャは冷たい口調で告げた。

「私はどこかの方々にずいぶんと酷い折檻をされたわ。大好きだったお母様が、まるで家畜みたいに扱われる姿も見せられた。それでも、最後まで屈しなかったわ。色々な人に助けてもらったのは確かよ。でもね、諦めた人間には、誰も手を貸そうとはしないものよ」

 ミルシャの言葉を、コンスタンテは黙って聞いていた。俯き、瞳に涙を溜めながら。

「私には……貴女みたいな強さはないわ。ごめんなさい」

 コンスタンテが素直に頭を下げたので、またしてもミルシャは驚いた。自分に非があろうとも、決して謝罪をするような女性ではなかったからだ。

 それだけでも、魔物によってずいぶんと酷い目にあわされてきたのがわかる。着ている服はとても王族とは呼べない質素なもので、ずいぶんと肌も露わになっている。

 一見すれば王女どころか、哀れな囚人にしか見えない。恐らくは王妃のファナリアも、同様の扱いを受けているはずだ。

 品位と気位の高い女性に、わざとみすぼらしい服を着せる。

 実に効果的だなとミルシャは思った。身なりが貧しくなれば、自然と気持ちも引っ張られる。自身が好んで平民に近い服装をするのも、そのせいだ。

 民と同じ目線に立ち、何を必要としてるのかを自分の目で確かめる。世間一般的な女王らしくはないかもしれない。周辺諸国の王たちが見たら笑うだろう。

 嘲笑に晒されたとしても、考えを改めるつもりはなかった。たまには、そんな女王がいても悪くない。誰より民が、自分たちに近いミルシャを歓迎してくれる。

 元が王族と知らずに育ったのもあり、畑仕事も単純に楽しい。汗をかいて労働をすると気持ちよかった。あまり多くはないご飯も、とても美味しく感じられた。

 それもこれも全部、王妃ファナリアの政治手法を見てきたがゆえだ。彼女みたいに貴族や王族だけを大事にして、平民からひたすら搾取するだけのトップにはなりたくなかった。

「……ひとつだけ、聞きたかったことがあるの」

 食事を運ぶ役目を終えて、立ち去ろうとしていたコンスタンテの背中に声をかけた。

 振り向いた彼女に、どうしてランジスを見捨てようとしたのかを尋ねた。

「レイホルンの戦力であれば、ランジスを襲った魔物を簡単に追い払えたでしょう?」

「……ランジスを襲おうとしていた魔物たちだけならね。全体で、どれくらいの数がいるのかは把握できなかった。予想以上に敵が多かった場合、軍全体が疲弊してしまう。そこでお母様は将軍のワルドボーンに命じて、首領格の魔物を秘密裏に王都へ呼びつけたの」

「魔物を呼びつけた!? それって、あのイルヴォラスとかいう奴なの?」

「違うわ。私は同席させてもらえなかったから見てないけど、フロリッツがイルヴォラスを連れてきた時に面識がなさそうだったもの」

 会話の中で、またもや驚かざるをえないポイントが出てきた。

「ちょっと待って。イルヴォラスを連れてきたのは、フロリッツなの!?」

「ええ、そうよ。どうやってコンタクトを取ったのは、教えてもらえなかったわ。魔物を連れてきて以降のフロリッツは、人が変わったみたいに、姉である私にも冷たかったの」

 フロリッツは元から権力欲と独占欲の強い人物だった。母親のファナリアや、姉のコンスタンテの前ではある程度の猫を被っていただけの話だ。

 ミルシャと二人きりになれば、フロリッツは危険で歪んだ一面を徹底的に見せた。素直に屈するのを嫌って反抗すれば、他の二人よりもさらに酷い仕打ちをする。

 狂人のような面も知ってるだけに、強力な魔物を味方につければ調子に乗るだろうというのは容易に想像できた。

 魔物の――イルヴォラスの目的を知ろうとしないままに城へ招き入れた。部下として扱い、調子に乗ってるうちに色々な情報を与えた。

 イルヴォラスにとって機が熟したところで反旗を翻した。裏切られるとは思ってなかったフロリッツは、あえなく殺害された。

 恐らくはこんなところだろう。酷い目にあわされてきたので同情はしなかったが、哀れだとは思った。

 誰より王座に執着し、権力を欲したのは、もしかしたらフロリッツだったのかもしれない。

「話が逸れてしまったわね。ランジスを見捨てた理由の続きをお願いするわ」

 本来の話題へ戻す。続きを促されたコンスタンテは、小さく頷いて新たに口を開いた。

「魔物の目的は、自分たちの居住区を得ることだった。それを知ったお母様は、取引を持ちかけたの。レイホルン南端の町ランジスを提供する代わりに、有事の際は協力するようにと」

 自分の目がつり上がっていく様子が、はっきりとわかった。床に置かれていたお盆がひっくり返るのも構わずに、勢いよくコンスタンテに掴みかかる。

「ふざけないでっ! フロリッツがやったのと同じじゃない! 一時的には思いどおりになっても、最終的には結局侵略されてたわよ! そんなのもわからなかったわけ!?」

「く、苦しい……! て、手を……離して……」

「この程度で苦しい!? 国に見捨てられた人たちの心は、もっと苦しかったわよ!」

 吐き捨てるように言い放ち、力任せにコンスタンテを押し飛ばす。本当はボコボコにしてやりたかったが、そんな真似をすればミルシャも憎い王妃たちと同類になってしまう。

「……よくわかったわ。貴女方が、自分のことしか考えないクズだってのがね。虐げてきた住民に見捨てられても当然だわ。助けてもらえるなんて思ってないでしょ?」

「う、うう……ごめんなさい。自分がこんな目にあうまで、私は他の誰かの気持ちを考えたことがなかったわ。こんなに辛いなんて……」

「今さら、遅いわよっ! 貴女は処刑されないみたいだから、せいぜい喜んでなさいよ!」

 きっとコンスタンテも母親の王妃みたいに、魔物と結婚させられる。妻というのは名目上だけで、奴隷みたいな扱いをされるのは明らかだった。

 当然の報いだ。ランジスの町の一件を聞いてしまった以上、哀れとすら思えなかった。

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