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呪われし者の英雄譚  作者: 桐条京介
5章 報い
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 なんとか馬に乗れるようになっていたラースが、わずかな手勢を連れてランジスへ到着する。

 戦線を維持するために、傭兵部隊の大半は騎士団長のマオルクスへ預けてきた。ラースたちが戻るまでは、なんとか踏ん張ってくれるはずだ。

 マオルクスの心配をするよりも、頼むと言われた町の安全を確保するのが先だった。

 逃げ惑う人々を救うために剣を振り、町の中で暴れる魔物を斬り倒す。結構な数がいる。簡単には殲滅できそうもない。

 そんな中、武器に斧を持つジドーが雄叫びを上げて魔物の群れを追い払おうとする。

「そこをどけっ! 貴様ら、メニルには指一本触れてないだろうな!」

 多少の攻撃を受けるのも構わず、一心不乱に斧を振る。バーサーカーにしか見えない姿に味方は興奮し、敵は怯える。

「とんでもないわね。魔物ですら怯ませるって、どれだけよ。愛のなせる業ね」

 感心してるというより、呆れた感じのセエラがジドーの背中を見つめる。

 先ほどのような発言をしたりもするが、しっかりと魔法で援護する。

 おかげでジドーの勢いは増し、ミルシャやメニルがいるであろう元領主の館までの道をあっという間に作ってしまった。

「うおお――っ! 俺が今、助けるぞ! メニルっ!」

 すでに突き破られてるドアから、真っ先にジドーが建物の中へ入る。

 王城ほど大きくないのが幸いして、元領主の館には外ほど魔物がいなかった。

「メニル、どこだっ! 返事をしろっ! してくれっ!」

 ジドーのあとを追いかけるだけで、勝手に道が開けていく。

「……あの男の持つ斧は、所有者をバーサーカーにする魔力で放っているのか……?」

 ラースの持つ魔剣ヴェルゾが、そんなふうに呟いたのが印象的だった。

 ジドーとともに、謁見の間になっているホールへ突入する。

 そこでは数人の兵士が壁を作り、背中へ隠すようにしてメニルを懸命に守ってる最中だった。

 愛しい女性の姿を発見したジドーは安堵しつつも、危害を加えようとしている魔物たちへ激怒する。

「貴様ら! メニルの側から離れやがれぇえええ!!!」

 攻撃を仕掛けられても、回避しようとせずに斧を振る。伸ばされた腕ごと、魔物の胴体を切り落とす。舞い散る血飛沫を浴び、ジドーの凄味がさらに増加する。

 ラースたちが助けに駆けつけたことで、防戦一方だった兵士たちも反撃に転じる。協力して戦い、すぐに魔物を押し返す。

「ミルシャは!? 女王陛下は無事なんですか?」

 ある程度の安全を確保できたところで、ラースはメニルへ問いかけた。

 メニルは申し訳なさそうにしながら、首を小さく左右に振った。

「ごめんなさい。女王陛下は、敵にさらわれてしまったの。私に力がないばかりに……」

 メニルだけでなく、護衛のために残った兵士たちも俯く。

 自分たちの力のなさを嘆いているのだろうが、仕方のない部分もある。

 大半どころか、ほぼすべての戦力をワルドボーンとの戦いに集中させた。手薄になったところを魔物に攻められれば、防ぎきれるわけがない。

「どうやら敵の狙いは、最初から女王陛下だったみたいね。私たちを戦場へ誘い出し、その隙に本拠地を急襲する。すっかり油断したわ……」

「魔物のくせに、セコい手ばかり使いやがって。堂々と攻めてこいってんだ!」

 ジドーが憤るも、さらわれたミルシャは戻ってこない。

 どうすべきか考えたラースは、すぐにミルシャを追うよりも、ランジスの町から魔物を退散させようと提案する。

 それでいいのかよと聞いてくるジドーに、笑顔で頷く。

「ランジスの町を放置して救出に行ったら、無事に助け出せても、きっとミルシャに怒られる。自分よりも、住民の安全を優先しなさいってね」

「フフ。女王陛下なら、言いそうね。わかったわ。隊長であるラースが言うなら、私は従う」

 セエラに続いて、ジドーも提案に同意してくれた。

「そうと決まったら、さっさとやろうぜ。俺のメニルを危ない目にあわせてくれたクソどもに、きっちりお仕置きをしてやる」

 メニルと護衛の兵士を元領主の館に残した。避難してくるかもしれない住民の保護を頼んだ。

 館から出たラースたちは、ジドーを先頭にして町を襲う魔物たちを倒していく。

 バーサーカーのごときジドーと、魔剣を持つラースが協力し、瞬く間に住民を救い出す。

 形勢が不利になったと判断した魔物たちが逃走を開始するまで、時間をさほど必要としなかった。

 町から魔物を残らず追い出したところで、ラースたちは再び元領主の館へ移動する。

「これからどうするんだ?」

 謁見の間で、最初に口を開いたのはジドーだった。

 魔物との戦闘で負った傷を、回復魔法を使える兵士に癒してもらったばかりだ。

「もちろん、ミルシャを助けに行くよ」

 ラースが言った。

「そりゃ、そうだが……どこに連れて行かれたのか、わかってんのか?」

 言葉に詰まるラースに代わって、メニルが口を開く。

「レイホルンの王都で間違いないと思うわ。自分たちの支配を周囲へ印象付けるには、本拠地で父親のゲルツ国王と一緒に処刑した方が効果的だもの」

「処刑も、王妃に行わせるでしょうね。必要以上の恐怖を与え、人々を支配する。実に魔物らしいやり方だわ」

 吐き捨てるようにセエラが言った。場にいる誰もが憤りを覚える。

「なおさら、一刻も早くミルシャを助けないと……!」

「焦らないで、ラース。まずはマオルクス様と合流して、ワルドボーン将軍が率いる軍を退けるのが先よ。そうしなければ、ランジスが占拠されて、女王陛下が帰るべき場所を失うわ」

 メニルの指摘は正しい。実際にそのとおりなのはわかっていても、感情的な部分で納得できなかった。

 ジドーもセエラも同じみたいだが、ランジスの町に迫る危機を放ってもおけない。

「クソっ! あのワルドボーンって奴は何を考えてやがんだ。人間の国の将軍だったくせによ」

「権力のことしか考えておらぬよ。なればこそ、自分の身が危うくなれば、部下を放置してでも先に逃げ出す」

 怒りを爆発させたジドーに答えたのは、なんとマオルクスだった。

 任せてきた戦場はどうなったのか。疑問に思っていると、マオルクスはラースに笑いかけた。

「先ほど言ったとおりだ。ラースリッドが抜けても状況が変わらないと見るや、戦線をあっさりと放棄しおった。追撃をかけようとも思ったが、こちらも気になったものでな」

 戻ってきたばかりのマオルクスに、メニルが簡潔に状況を説明する。

「なるほどな。ワルドボーンに大軍を率いらせたのは、ワシらの意識をそちらへ向けるためであったか。しかし、解せぬな。奴が陽動なのであれば、むしろもっと時間を稼ごうとしてもおかしくないのだが」

「作戦を聞かされてねえんだろ。あんな奴じゃ、魔物にも信頼されそうにねえからな」

 適当に言ったと思われるジドーの台詞だったが、意外と合ってるような気がした。

 マオルクスもそう思ったのか、驚いたようにジドーの顔を見たあとで豪快に笑った。

「お主の言うとおりだ。確かに、ワルドボーンが魔物に信頼されてるとは思えぬ。同族の人間を、躊躇いなく裏切るような男だからな」

 ワルドボーンが魔物に信用されてるかどうかはわからないが、今が絶好の機会なのは間違いなかった。

「では、今度はこちらが陽動をかけてやるか。ワシが軍勢を率いて、一気にレイホルンの王都シュレールまで攻め込んでくれる。無能ではないが、決して有能でもないワルドボーンなら、点数稼ぎのために新たな軍勢を率いて出てくるだろう。敗走した屈辱を晴らすために、魔物を多く連れてな」

 正しい心を持った兵士であれば、現在のレイホルンの状況を憂い、魔物へ従うのを嫌がっているはずだ。表立っては協力できなくとも、隠れて助けてくれるかもしれない。以前ラースたちが、ミルシャを助けるために王城へ乗り込んだ時のように。

 王都へ滞在する魔物の数が少なくなるほど、侵入もしやすくなる。マオルクスの意図は、ラースにもよくわかった。

「ワシが敵を引きつけてる間に、お主が少数精鋭を率いて女王陛下を奪還するのだ」

 マオルクスに指名されたのは、やはりラースだった。

 もとより自分が行くつもりのラースは、任せてほしいと頷く。

「最優先なのは、女王陛下の安全。敵の殲滅は二の次だ」

 ミルシャの救出に時間をかけすぎると、敵にこちらの意図を気づかれる恐れが出てくる。マオルクスと対峙していた軍はすぐに引き返し、挟み撃ちにされる。そうなればいかにラースといえど、脱出は難しくなる。

「時間が勝負になりそうですね。ラース君、女王陛下をお願いします」

 頭を下げてきたメニルに微笑んでみせる。

 メニルは満足そうにしたあとで、何故か申し訳なさそうな顔もした。

 何だろうと思っていると、彼女はラースリッドではなくジドーを見た。

「あの……俺のメニルとか言ってましたけど、その……私、ええと……ジドー君みたいな男性は苦手で……本当にごめんなさい」

 全員がきょとんとしたあと、ジドーを除く面々が大笑いする。

 メニルに想いを寄せていたジドーは、なんと告白する前に振られてしまったのだ。

「フム。交際を断るのなら、せめて今回の戦い後にするべきだな。少しでも望みを残しておいて、やる気にさせるのもひとつの戦法」

「なるほど。確かにそうですね」

 マオルクスの指摘に納得したメニルが、再びジドーへ声をかける。

「頑張ってください。ジドー君がたくさん活躍してくれたら、私……考え直すかもしれません」

「かもしれないと、付け加えておくのがポイントよね」

「はい。考え直さない可能性もおおいにあるので」

 メニルとセエラの会話を聞き、哀れなジドーはますます大きな肩を落とす。

「振られたあとに言われてもな。ま……最初からわかってたさ。ラースを虐めてた時に、嫌な印象を抱かせただろうからな。けどよ……誰かを好きになれて……よかったよ」

「精一杯恰好をつけているけれど、所詮は負け犬の遠吠えよね。いえ、振られ犬かしら」

「うるせえよ、セエラ。お前は俺に恨みでもあんのか!」

 半泣きのジドーが叫ぶ姿に、またしても笑いが起きた。

「俺の不幸を皆で笑いやがって。こうなったら、魔物どもを相手に大暴れしてやるぜ。女王奪還はラースに任せるからな。セエラ、しっかり守れよ」

「言われるまでもないわ。誰かが見てないと、ラースはすぐに無理するからね」

 仲が良いのか悪いのか。ジドーとセエラが笑い合う。

 とにもかくにも方針は決定した。マオルクスとジドーがそれぞれ部隊を率いて、レイホルン目指して進軍する。その隙に、ラースはセエラら精鋭を連れて王城へ侵入する。

 ジドーも来てくれれば心強かったが、今回は魔物を引きつける方の役を担ってサポートしてくれるみたいだった。

「よし。では、早速部隊を編成するぞ。女王陛下のお命が奪われる前に、悪しき者どもの手から救いの出すのだ」

 マオルクスの言葉に、全員が「おうっ」と声を上げた。

 ミルシャ、必ず助けるから待っててね。

 大切な女性をなんとしても救うために、ラースもまた気合を入れ直した。

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