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呪われし者の英雄譚  作者: 桐条京介
5章 報い
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 イルヴォラスと名乗る魔族が、レイホルンを占拠したと周辺諸国へ向けて発表した。王子フロリッツ殺害の一報を、ラースたちが受け取った数日後のことだった。

 同時に現国王ゲルツを処刑し、王妃のファナリアを自分の妃にするとも宣言した。通常なら恥知らずだと怒りを買うのだが、今回はレイホルンの惨めさが笑われるはめになった。

 魔物の侵攻へ抗わずにランジスの町一帯を独立させた。残された住民たちが予想外にも危機を乗り越えると、今度は属国にしようと試みた。

 脅して要求に応じさせたまではよかったが、地下に捕らえた女王をあっさりと奪還された。属国にして数日も経過しないうちに、独立戦争を仕掛けられるおまけ付きだ。

 圧倒的な国力差があったにもかかわらず、すぐに降伏させられなかった。他国に援軍を断られた挙句、魔物を頼って国を乗っ取られた。

 周辺諸国の王に憐れむ者はいなかった。ひとしきり笑われたあとは、魔物の侵攻にどう備えるかの会議が行われる。レイホルンやゼロの住民や王族の安否については議題にすらならなかった。

 もとより周辺諸国に頼るつもりのないゼロ国の女王ミルシャが、父親であるゲルツの身を案じている頃、レイホルンはこれまでの常識が通用しない国になっていた。

 怒号と悲鳴が響き、町の中を人々が逃げ惑う。王都シュレールにおいて、魔物たちは恐怖で人間を支配した。

 力がすべてで、弱い者はすべてを奪われて当然。ラースを虐げていた叔母のサディも被害にあっていた。

「オラ! 金や食い物を出せよ!」

 名前も知らない初めて会った男に殴られ蹴られ、身ぐるみをはがされる。大切な息子も乱暴され、地面でぐったりしている。

 家の中に隠れていても関係ない。強引に扉を破られ、勝手に侵入される。見つかると同時に暴力の嵐を浴び、理不尽に謝罪するはめになる。

 逃げようとしても、すぐ魔物たちに見つかる。その際の報復は凄まじく、すでに何人もの知り合いが命を奪われた。

 こんな目にあうなら、ランジスを出るのではなかった。向こうでは不気味だと思っていたラースリッドが、英雄として町を守ってるというではないか。

 誰かに乱暴され、虐げられるのがこんなにも辛いとは思わなかった。

 わずかに残っていた食料すらも奪われる。着る服すら、もうない。夫は行方知れずで、息子は動かないままだ。

「悪かったよ……ラースリッド。いくらでも謝るから……助けておくれよ……」

「クハハ! 見ろよ。このババア、泣いてやがんぞ。いいぞ。好きなだけ泣き喚け。どうせ助けなんてこねえんだ。この国は、魔物様が支配したんだよ!」

 乱暴者の人間が得意げになって住民を狩り、得た金銭や物品を支配者となった魔物たちへ納める。覚えがめでたくなった連中は、人間でありながら役職を貰えたりする。

 住民をより支配できるようになり、少しでも綺麗な女性などを好き勝手できる。それが目当てで魔物たちを様付けで呼び、忠誠を誓うほどの有様だった。

 王都シュレールを守るべき騎士たちは、何の役にも立たなかった。魔物の力にはなすすべもなく、上層部は無条件降伏したようなものだった。

 現状に不快感を持つ者は多いが、家族を人質に取られてるも同然なので亡命すらできない。血が出るほど唇を噛みながら、魔物たちの横暴を黙って見ているだけだった。

「ひゃはは! 本当にたまらねえぜ。こんなに好き勝手できるんなら、喜んで魔物様に従うぜ!」

 狂ったように笑う男が、サディの頭を踏みつける。人を人とも思わない扱いだった。

 けれどそれは、いつかサディがラースリッドにしてきたことだ。

 これは報いなのだろうか。最後に心の中でラースリッドに謝罪をしたあと、サディの意識は深く暗い闇に飲み込まれた。


 王城では、王妃のファナリアがイルヴォラスによって折檻されていた。地下牢に繋がれ、鞭での強烈な仕置きに悲鳴を上げる。

 大切な息子である王子を失ったファナリアは、悲しみに暮れたあとで怒り狂った。このまま魔物どもの好き勝手にさせてなるものかと反逆を企てた。

 普段は王妃を嫌っている騎士たちも、この時ばかりは同調した。詳細な作戦が練られ、いざ実行へ移そうとした時だった。

 王妃ファナリアが、もっとも頼りにしていた将軍のワルドボーンが裏切った。

 自身の立場を約束してもらうために、親密な関係だった王妃を魔物どもへ売ったのだ。

 この時になってファナリアはようやく、ワルドボーンが自分ではなく権力のある王妃を求めていただけだと悟った。

 当初は魔物を睨み殺さんばかりに反発していたが、強烈な仕置きを休みなく続けられれば、どんなに強靭な意志も陰りを見せる。

 苦痛と絶望に耐えきれなくなったファナリアは、大事にしていたプライドを放棄した。泣きながらイルヴォラスへ謝罪したのだ。

 以降は従順になり、逆らおうとするそぶりすら見せなくなった。そんなファナリアの姿を目の当たりにさせられた王女コンスタンテも、絶望とともに魔物へ忠誠を誓った。

「フン。人間の王族など、所詮この程度よ。無様なものだな」

 力なく項垂れるファナリアの顔を持ち上げ、平手打ちなどをしてもてあそぶ。

 王妃の泣き顔を見ても、ワルドボーンは特に心を痛めてないみたいだった。

 彼が心配しているのは、どうやってイルヴォラスに取り入るかの一点だけだ。

 そんな男に反逆の相談をすれば、こうなるのは目に見えていた。

 自分に人を見る目がなかった。そのせいでフロリッツは死に、コンスタンテにまで辛い思いをさせている。

 王妃としても母親としても失格だ。失意と絶望のどん底でファナリアは泣いた。

「ククク。偉そうな人間の惨めな姿を見るのは、やはり興奮するな。反逆を事前に知らせた貴様には褒美をやろう」

「はっ! ありがとうございます」

 レイホルンを守るべき将軍だったはずのワルドボーンは、当たり前のように魔物へかしずく。

 騎士としてのプライドなどない。自身の権力欲を満足させたいだけの、醜い男がそこにいた。

 将軍とは名ばかり。ワルドボーンも、王都で狼藉を働く無法者たちと変わらなかった。

「貴様に魔将軍の位を与える。兵も貸してやるから、戦争中の国を攻め落してこい」

 ワルドボーンは嬉々として頷く。すぐに立ち上がり、腹心のヘンドリクを呼ぶ。魔将軍として、人間の国を滅ぼすために。


 レイホルンの王都シュレールの惨状は、ラースたちの耳にも届いていた。

 送られてくる報告の数々に、ミルシャが表情を曇らせる。敵国になったとはいえ、かつては自分も母親と一緒に住んでいた。見知った城や町が破壊されるのを辛く思うのは当然だった。

 そこへ新たな報告をするべく、他の兵士がやってくる。

「魔物の軍勢が……侵攻を開始してきました。率いているのは、レイホルンの将軍ワルドボーンです!」

 兵士の言葉に、騎士団長のマオルクスが忌々しげに顔を歪める。

「将軍という立場でありながら、魔物を率いているというか! 家族を人質にとられた騎士たちならともかく、奴には妻も子もおらぬではないか!」

「ワルドボーンは昔から、そういう男よ。正義感なんてものを、期待するのが間違いね」

 酷い目にあわされた経験のあるミルシャも、不愉快さ全開だった。

「……おかげで、手加減せずに戦えそうだわ。なるべく人間は相手にしたくないのだけど、この状況ではそうもいかないわね」

 手を抜いて戦ってる姿を見られたら、王都に残してきた家族を殺されるかもしれない。レイホルンの兵士たちの気持ちを考えれば胸が痛む。

「じゃあ、僕が迎え撃つよ。ランジスへ到着される前にね」

 ラースの言葉に、女王のミルシャが頷く。

「お願いするわ。それと、マオルクス殿にも部隊を率いてもらいたいの。相手は魔物とレイホルンの合同軍。ラースだけでは手に負えないわ」

 承知、とマオルクスが短く返事をした。

 本拠地に滞在する兵を少なくするのは不安だが、レイホルンとの戦争中はずっとそんな感じだった。

 ラースが踏ん張って、ミルシャの側に敵を近づけなければ大丈夫。そのために、全力を尽くそう。

 副隊長のジドーらと一緒に、ラースは戦場へ出発する。

 いつでも出撃できるように、兵たちも準備を整えていた。マオルクスの部隊と並んで進み、戦場となるであろう草原で陣を張る。

 準備を終えたところで、ワルドボーンが大軍を率いて姿を現した。

 交わす言葉などない。すぐに戦いが始まる。

 ラースが魔剣で先制攻撃を放つも、魔物たちがレイホルンの兵士を盾にして防御する。

 人間を道具としか思ってない戦い方に、感情の振れ幅が少ないはずのラースでさえも、強烈な怒りを覚える。

「――チッ。汚え真似をしやがるぜ。人間を盾にして、俺たちの攻撃を封じようとしやがるとはな」

「連中にとっては、それが正攻法なんでしょ。躊躇っては駄目よ。そうでなければ、私たちが殺されるわ」

 セエラの忠告に、ジドーはわかってるとばかりに頷いた。

「こういうのは俺の役目だな。ラースは大将らしく、そこでゆっくり見物してな」

 ラースが言葉を返すより早く、ジドーが斧を片手に敵陣へ突っ込んでいく。

 怒号を上げて先頭を走る副隊長に、何人もの傭兵が続く。お金で動く彼らには、相手が誰だろうと関係ない。

 盾にされた人間もろとも、魔物の肉体を剣で貫く。躊躇したら、セエラが言っていたとおりに、こちらの死体が増えるだけだ。

「少しでも犠牲になる人を減らしたいなら、僕だけ見物してるわけにはいかないよね」

「……ええ。私たちにできるのは、一刻も早くこんな戦いを終わらせてあげることだけよ」

 セエラと一緒に、ラースもまた敵陣へと突撃する。手に持つヴェルゾが、血に飢えた魔剣らしい邪悪な輝きを放つ。

「魔物も人間も関係ないっ! 我がすべて切り刻んでくれるっ!」

 頭の中に響く声には耳を傾けず、ラースはひたすら魔剣を振るう。生じる衝撃波が、次々と敵を薙ぎ倒す。全力で放てば、そう簡単には止められない。

 ラースたちの姿を見て、マオルクスらも覚悟を決める。元はレイホルンに所属していた騎士であるがゆえに、戦う相手についての情報も多い。

 互いの信念のために戦うのなら納得もできる。だがかつて仲間だったレイホルンの兵士たちは、こちらに攻撃を躊躇わせるための道具でしかなかった。

 心の中にモヤモヤした感情はあるだろうが、騎士たちは決して表情へ出さずに戦場を駆けた。すべての元凶は奴だと言わんばかりにワルドボーンを目指す。

「無駄な抵抗はやめろ。貴様らがどんなに頑張ったところで、魔物には敵わぬのだ。おとなしく、我が剣のサビになれ!」

 威勢のいい発言こそするが、ワルドボーンは決して戦場のど真ん中にはやってこない。比較的安全な位置で指示を送るだけだ。

 先頭に立って戦おうとするラースやマオルクスとは大違いだった。

「僕たちは負けない! これまでだってランジスを守ってきたんだ。絶対に諦めない!」

 あと、もう少しでワルドボーンに剣が届く。

 そこまで到達したところで、ラースは後退を余儀なくされた。

 伝令によって、ランジスの町が魔物に急襲されたとの一報が入ったからだ。

 戦場をマオルクスに任せ、ラースは急いでランジスへ帰還する。

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