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呪われし者の英雄譚  作者: 桐条京介
4章 弱者たちの抵抗
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 ゼロとレイホルンの戦争は新たな局面を迎えた。突如として、舞台に現れた魔物たちのせいだ。

 魔物はゼロ側の兵士だけを狙った。レイホルンの味方としか思えず、ゼロの女王ミルシャはおおいに戸惑った。

 一方でレイホルン側、特に魔物の助力をとりつけたフロリッツは有頂天だった。

「見たか、ワルドボーン。貴様などいなくても、僕だけでどうとでもできるんだ。わかったら、今後はおとなしくしてるんだな」

 謁見の間で玉座に座っているのは王妃ファナリアではなく、王子のフロリッツだった。

 魔物と同盟を結んだと伝えたあと、お疲れみたいなのでしばらく休んだ方がいいとも言った。ファナリアはフロリッツの言葉に、おとなしく従った。

 コンスタンテが王妃の世話をしているので、謁見の間に王族はフロリッツしかいない。これで十分だ。次期国王は自分ひとりだけなのだから。

「殿下のお力、とくと拝見させていただきました。このワルドボーン、今後も忠臣として尽くす所存にございます」

 膝をつき、頭を下げるワルドボーンを見下ろす。フロリッツの中にある支配欲が満たされていく。だが、まだ足りない。

「殿下ではない。今後は陛下と呼べ。準備が整い次第、僕が――いや、余が王位を継承する」

「承知いたしました、陛下。レイホルンの未来のため、我が身を存分にお使いください」

 いかにワルドボーンといえど、魔物ですらも敬服するフロリッツには逆らえない。権力の基盤は万全になった。あとは生意気なミルシャを破滅させるだけだ。

「戦況はこちらに有利なぐらいになった。これで他の国も、レイホルンへ味方するはずだ。援軍は到着したのか?」

 フロリッツの問いかけに、顔を上げたワルドボーンが首を左右に振る。

「陛下のご指示により、再度援軍を求める書状を送りましたが、色よい返事を貰えてはおりませぬ」

 ワルドボーンが目で合図をする。側に控えていた兵士のひとりが、事前に渡されていた書状を玉座のフロリッツへ届ける。

 書状の中身を見たフロリッツは激昂した。明確に拒否してこそいないが、援軍を出すのを躊躇ってるのがわかる。

 貴国の助けとなるため最大の兵力を準備中。戦争に役立つ新兵器をお届けする。返事に様々な違いこそあれ、すぐに兵を派遣するという一文はどこにもない。要するに、周辺諸国はまだ様子を見ようとしてるのだ。

「ふざけた真似を! いいだろう。ランジスの町しか持たないゼロなど、レイホルンだけで簡単に征服してくれる。だが、見ていろ! この戦争が終わったら、舐めた返事をしてきた連中にも報いを味わわせてくれる!」

「陛下のおっしゃるとおりです。愚か者どもには、相応の仕置きをせねばなりません」

「よくわかってるではないか。そうやって従順にしていたら、貴様も余の重臣にしてやるぞ」

「はっ。ありがとうございます」

 恭しく頭を下げるワルドボーンの姿に、フロリッツは大満足だった。すぐに生意気なミルシャも、自分の前で頭を下げさせてやる。

 ワルドボーンを下がらせて、玉座にふんぞり返っていると、奥から姉のコンスタンテがやってきた。

「フロリッツ……戦争は順調みたいですね……」

「姉上か。血の繋がった姉弟であろうとも、礼節はわきまえてもらおう。今後は名前でなく、陛下と呼べ」

 以前から調子に乗りやすく生意気な面はあったが、魔物の助力を得たことでさらに悪化した。

 自身の立場を絶対だと確信し、他の者は虫けら同然に扱う。反抗してきたりすれば、それこそ仕置きで従順さを教えてやればいい。

「で、でも……貴方は私の弟でしょう。それに、勝手に王位を継承するなど――」

「姉上は!」

 強い口調で言葉を遮られたコンスタンテは、今まで見せたことがないほど不安そうにビクっとした。

「僕に――余に逆らうというのか! ならばいっそ、兵士として前線へ派遣するのも面白い。見目麗しい姉上だけに、どんな目にあうか見ものだな!」

「そ、そんな……酷いわ、フロリッツ。私はただ……」

「陛下だ! いい加減に現実を認めろ。なあ、コンスタンテ?」

 名前を呼び捨てにまでされ、コンスタンテはようやく口を閉じた。

「余に忠誠を誓っていれば、由緒正しき貴族の家へ嫁がせてやる。嫌だというなら、そうだな……魔物どもの相手でもさせようか」

 フロリッツは本気だった。姉だけに、コンスタンテもすぐに理解したみたいだった。

「う、うう……かしこまり、ました……陛下……」

 弟のフロリッツを正統な国の後継者と認め、恭しく頭を下げる。

 母親も姉も、もっと前からフロリッツを次期国王として敬うべきだったのだ。

「自分の立場を理解できたら、さっさと下がれ。余は忙しいのだ」

 何も言えなくなったコンスタンテが、謁見の間から出ていく。恐らくは自室か、母親の部屋へ向かったのだろう。

「フン。偉そうにするだけしか能のない女め。余に意見するなど生意気だ」

 すっかり国王気分を味わっていると、目の前の空間が突如として歪んだ。

 初めて見た時は慌てたが、今では慣れた様子で眺める。魔物を率いるイルヴォラスが出現する際の現象だ。何度も経験してわかっていた。

 数秒も経過しないうちに、謁見の間にイルヴォラスが現れる。他の兵士同様に、きっちりと新国王となるフロリッツにかしずく。

「機嫌が良さそうで何よりだ。我らも働くかいがあるというもの」

 言葉遣いはまだなってないが、だいぶマシになった。魔物といえども、部下である限り教育するのは国主の務めだ。

「挨拶はその程度でいい。それよりも、敵を滅ぼした報告をしろ」

「……残念ながら、まだそこまでには至っていない。有利なのに変わりはないが、敵には優秀な騎士がいる」

「それがどうした? 何のために、貴様らを養ってやってると思ってるんだ。役に立たぬのなら、捨ててしまうぞ」

「……手厳しいな。すぐに望みどおりにしてやりたいが、生憎と簡単にはいかん」

 似たような報告ばかりが繰り返される。フロリッツはうんざりしてると表現するため、わざと大げさにため息をついてやった。

「やれやれ、悠長なことだな。ひとつの町しかない名ばかりの国など、さっさと滅ぼせ。ミルシャのあとは、余を愚弄した連中に罪を償わせなばならぬのだ」

「罪だと? 何かされたのか?」

「言葉遣いに気をつけろと前も言っただろう。貴様は学習能力がないのか!」

 怒鳴りつけたあとで、新たな王としての器の大きさを見せるために、今回だけは許してやろうとも言ってやる。

 これでイルヴォラスら魔物の軍勢も、さらにフロリッツへ心酔するはずだ。

「貴様に教える必要はないのだがな。周辺諸国が揃って、余のレイホルンへの援軍を拒否したのだ。決して、許されることではない!」

 声を荒げるフロリッツを前に、イルヴォラスは目を細めた。

「なるほど。他の人間どもから、新たな軍勢は送られてこぬのか。ククク。これは好都合だ」

「何をブツブツ言っている。そんな暇があるのなら、戦場へ行ってこい。余のためにゼロを滅ぼし、ミルシャを目の前に連れてくるのだ。あの生意気な女を、人前で徹底的に辱めてくれる。その際には、貴様にも手伝わせてやるぞ。光栄に思え!」

「そうとも、光栄に思うがいい。俺の手で黄泉への旅路につけるのだからな!」

「何を言って――」

 フロリッツが口を動かしてる最中の出来事だった。

 イルヴォラスは伸ばした爪で、護衛のために立っていた兵士たちの胴体を薙ぎ払った。

 わけがわからないうちに絶命する兵士を目の当たりにして、ようやくフロリッツは相手が純粋な魔族だった事実を思い出す。

「き、貴様、何をしてるかわかってるのか! 余はレイホルンの国王になる者ぞ!」

「だからどうした?」

「だ、誰かっ! ワルドボーン! ヘンドリク! う、うわあ……お母様ぁああああ!」

 母親にまで助けを求めたフロリッツは、あっけなく散った。

 イルヴォラスは、ずっとこの時を待っていた。下衆な人間に頭を下げてまで、だ。

 溜まりに溜まった屈辱を晴らすべく、動かなくなったフロリッツの肉体を切り刻む。

 この男は魔族であるイルヴォラスを、まるで子分のように扱った。初対面時から、怒りで腸が煮えくり返りそうだった。

 生意気な人間へきっちり報復を果たし終えたあと、待っていたかのようにワルドボーンやファナリアらが謁見の間へやってきた。

「こ、これは……お、お前……陛下……いや、殿下を始末したのか……? 契約をしていたのでは……」

「契約?」

 ワルドボーンの発言があまりに的外れで、思わずイルヴォラスは笑ってしまった。

「この程度の人間ごときが、俺様と契約できるはずがないだろ。我慢して命令に従ってただけだ。今日のためになァ」

 残虐に口端をゆがめるイルヴォラスにフロリッツ殺害を知らされ、王妃ファナリアはその場に泣き崩れる。

 自身を玉座から追いやろうとしてるのを知っていても、フロリッツは可愛い息子に他ならなかった。

 先ほどは脅されたコンスタンテも同様だった。幼い頃からともに成長してきた弟を亡き者にされて、愉快な気分になるはずがない。

「下手な真似はやめておいた方がいいぞ。勘違いした王子みたいになりたくなければな。フハーハハハ!」


 レイホルンと戦争中のゼロ側は、突然の魔物の乱入によってかなりの被害を受けた。

 騎士団長のマオルクスが再び部隊の指揮をとり、なんとか落ち着きを取り戻させた。

 ラース率いる傭兵部隊も、レイホルン軍と魔物を相手にする二正面作戦を強いられた。

 ジドー率いる別働隊がレイホルン軍を引き受けてくれてる間に、ラースたち本隊が魔物と対峙する。

 連携はとれてないが、レイホルン軍と魔物が協力してるのは明らかだった。

 拠点にしている元領主の館で、女王のミルシャが何やら考え込んでいる。

 側にはラースだけでなく、マオルクスの姿もあった。

 交戦の最中だったにもかかわらず、敵軍と魔物が揃って後退した。追撃する余力はない。下手に追いかけて、待ち伏せなどの作戦をされたら終わりだ。

 マオルクスもラースも同じ結論に至り、本拠地へ戻っての部隊立て直しを優先させた。見張りの兵士だけを残し、戻ってきたばかりだった。

「それにしても、いきなり魔物が現れたから驚いたよ」

 久しぶりにミルシャの顔を見たラースが口を開く。副隊長としてこの場にいるジドーやセエラも頷いた。

「まったくだ。せっかく、まともに戦えるようになったってのに、奴らのせいでこれまでの苦労がパーだ!」

 ミルシャのすぐ隣には、相談役のメニルがいる。意外な頭脳明晰ぶりを発揮し、現在では宰相みたいな役割までこなす。

「そんなことはないわ。ジドー君たちのおかげで、いまだにランジスは無事なのよ。町の人たちも、毎日感謝しているわ」

 メニルに好意を抱いてるらしいジドーは、真っ赤になってるのを見られないように「フン」と言いながら顔を逸らした。

 その様子をセエラにからかわれると、ますます頬を紅潮させる。戦闘中には見られない表情だった。

「とはいえ、厄介な事態になったのには変わりない。周辺諸国が、レイホルンからの援軍要請に応じる動きを見せてないのは不幸中の幸いでしたな」

 マオルクスの言葉に、女王のミルシャが同意する。

「レイホルンを最初に援助したのが魔物だと知り、関係を深めるか迷ってるんだわ。まさか、魔物に力を借りるとはね。ファナリア王妃も、とんでもない決断をしたものだわ」

 呆れたようにミルシャがため息をつく。

 実際にラースも戦ったから、彼女が何を危惧してるのかわかる。人間に、簡単に頭を下げる連中ではない。一体何を代償にして、魔物に協力を約束させたのか。

 幹部と呼べる面々だけで作戦会議を継続していると、驚きの一報がミルシャたちにもたらされた。

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