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呪われし者の英雄譚  作者: 桐条京介
4章 弱者たちの抵抗
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 覆りそうな戦況に焦ったレイホルン王妃のファナリアは、ようやく周辺諸国へ援軍を要請した。

 交流のある国々から戦力と物資の提供を受ければ、生意気な小娘女王もろともゼロを叩き潰せる。

 ほくそ笑むファナリアだったが、周辺諸国から援軍の要請を拒絶する書状が次々と送られてくるのを見て表情を一変させる。

「これは一体、どういうことじゃ! どうしてわらわに、援軍をよこそうとせぬのじゃ!」

 憤る王妃ファナリアに怒りの矛先を向けられるのは、深い関係にある将軍のワルドボーンだった。

「戦局が不透明になりつつあるからでしょうな。奴らは貴国内の独立戦争には干渉できないと揃って返答しております」

「ぐう……! なんと生意気な奴らじゃ! ならば、ミルシャの国ともども滅ぼしてしまえいっ!」

「お言葉ですが、王妃様。現在、我が国では亡命者が多数出ております。軍人はゼロへ加担し、貴族は他国へ逃亡する始末。今は一時的にでも戦争を終結させ、国内の引き締めを行うのが得策と存じます」

 ワルドボーンに反論したのは、王妃の隣にいる王女コンスタンテだった。

「何を言うのですが、将軍。お母様――いいえ、王妃様が、ミルシャごときに頭を下げられるはずがないでしょう。冗談はおやめなさい!」

「……はっ。申し訳ありません」

 頭を下げるワルドボーンに、王妃ファナリアは再び進軍を命じる。娘のコンスタンテと同意見だったからだ。

 王子のフロリッツもさっさと殲滅しろばかりで、有効な策を考えようともしない。

 議論は無駄だと判断したワルドボーンは、承知しましたとだけ告げて謁見の間を出る。

 廊下では、腹心のヘンドリクが待っていた。

「その様子では、王妃様への進言は徒労に終わったみたいですな」

「ああ。せっかくあの女に取り入って、レイホルンの将軍にまでなったというのに、国が滅びては意味がない。何か対策を講じねばならぬな」

「ごもっともですが、王妃や我らに忠誠を誓う貴族以外は、国を見捨てつつあります」

 ヘンドリクの言葉は本当だった。

 国民は上が変わったとしても、自分たちの生活が守られれば文句は言わない。一方の貴族は権力や名声を求める。

 滅びゆく可能性が高い国へ加担した挙句にレイホルンが負けたりすれば、戦勝国のゼロに領地を没収されるかもしれない。

 それよりは一時的にでも国外へ避難しておき、決着がついたら戻ってくる。

 どちらが勝利していたとしても金品を貢いで取り入り、これまで同様の立場を約束してもらえばいいという考えなのだ。

「仕方ない。あの王妃には、少し現実の厳しさを知ってもらうとしよう」

 薄ら笑みを浮かべたワルドボーンは、ヘンドリクとともに城を出る。

 怒り狂った貴族などの有力な国民が、揃って王城を訪れたのはそれから数日後だった。


「失態の責任を、どう取るおつもりなのですかな!」

 詰め寄ってくる貴族の勢いに、王妃のファナリアが言葉を詰まらせる。

 戦争へ投入する兵士を増やそうと、王城の警備レベルを極端に引き下げた。

 普段王妃を護衛する将軍のワルドボーンは、戦争のために王都を離れたばかり。

 頼りの将軍が不在になった直後、ファナリアは貴族たちの非難に晒されるはめになった。

 これまでは、強い口調で一蹴すれば解決した。今回もそうするつもりだった。

 つい先ほど、わらわを誰だと思っておるのじゃと声を荒げたばかりだ。

 ところが城へやってきた貴族連中は、ファナリアを敬うどころか、殺気ばしった目で睨みつけてくる。

 今にも襲い掛からんとする勢いに、恐怖すら覚える。

「ワ、ワルドボーンはどこじゃ。誰か連れてまいれ!」

 錯乱気味に叫ぶも、王妃へ駆け寄る人間は子供たち以外に誰もいない。

 長引く戦争にイラつき、優秀な家臣たちを役立たずと罵り、揃って解雇してしまったせいだ。

 国内の実権を握りたがったワルドボーンが、そうするように進言したのだ。

 おかげで軍事も政治も、ワルドボーンに大きく依存する歪んだ状態となった。

 それでもワルドボーンが色々と動いてきたので、こうした問題は発生してこなかった。

「恥を知りなさい。国が苦しい時こそ、文句も言わずに従うのが貴方たちの役目でしょう!」

 コンスタンテが叫んだ。これまでチヤホヤしてきた連中の変貌ぶりに、本気で腹を立てていた。

 母親の代わりに貴族たちを叱責したコンスタンテだったが、その勢いもすぐになくなってしまう。

 貴族のひとりによって、逆に「黙れ!」と一喝されたせいだ。

「我らの金でのほほんと暮らす小娘が調子に乗りおって! 偉そうにしてる暇があったら、ひとりで戦場へ行って来い!」

「な……! お、王女の私に向かって、そのような口をきいてよいと――」

「――いいに決まってるだろう! 何の役にも立たないクソガキが! 貴様ら王族を、晒し首にしてやってもいいんだぞ!」

 屈強な私兵を連れた貴族たちの剣幕に、ファナリアだけでなくコンスタンテも何も言えなくなる。

 ここまでの逆風に晒されるのが初めてなだけに、怖くて仕方なかった。

 恐怖で冷静さを失う。どうすればいいのかもわからない。城へ押し寄せてきた貴族たちによって、乱暴された挙句に殺されるのではないか。考えるだけで、全身が震えた。

「具体的な対策がないというのであれば、我らにも考えがある! 覚悟してもらいますぞ!」

「か、覚悟じゃと……? わ、わらわはレイホルン王妃のファナリアなるぞ!」

「そんな肩書がいつまでも通用すると思いますな! 敗戦国の王族がどのような目にあうか、知らぬわけではありますまい」

 ファナリアやコンスタンテは、事あるごとにミルシャを甚振ってきた。

 玩具のように虐げられてきたミルシャが、レイホルンを征服したら自分たちをどのように扱うかは想像に難くなかった。

 実際には郊外の別荘で、監視付きの生活を送らせ、政治から遠ざける程度で終わる。だがファナリアやコンスタンテは、そう思えなかった。

 逆に自分たちがゼロを征服すれば、女王のミルシャを屈辱でのたうち回らせるほどの仕打ちをするつもりだった。

 だからこそ戦争に敗北して、ミルシャの前に突き出されるのを極端に恐れた。

「今の状況で、我らまでが亡命すれば、この国はどうなりますかな。愚かな王妃様でも、その程度はおわかりでしょう」

 ただでさえ亡命者が増加してる現状だ。王家に近い貴族にまで背を向けられたら、確実に国は崩壊する。

 本来の国王を担ぎ出せば何とかなるかもしれないが、頼るのはだけは絶対に嫌だった。

「ま、待つのじゃ。望みがあるのなら、申してみよ。わらわが叶えてやろう」

 口調こそはまだ偉そうだが、偉そうに振舞ってきた王妃ファナリアが貴族たちに頭を下げたも同然だった。

 これで溜飲を下げるかと思いきや、貴族たちは非道極まりない要求をしてきた。

「ならば玉座から降り、額を床に擦りつけて懇願していただきましょうか。愚かな王妃を許してくださいとね」

「な……! そのような恥知らずな真似を、わらわにせよと申すのか!」

「嫌なら構いませんぞ。我らも国を見捨てるだけですからな」

 詰め寄ってきた者たちが、国内に残った最後の有力貴族だった。立ち去られたら、戦争の費用を捻出するのさえ難しくなる。

 我儘放題をしてきた王妃たちのせいで、レイホルンの財政は有力貴族に依存しきってる状態だった。

「お、お母様……」

 愛娘で王女のコンスタンテが、不安げに見つめてくる。王子のフロリッツは不貞腐れたように鼻を鳴らすだけだ。

 自分一人が頭を下げれば、最悪の事態は免れるのか。しかし……。

 プライドの高い王妃は、貴族たちの要求を実行できずにいた。すると連中は、怒りを王女のコンスタンテに向け始める。

「今回の戦争で、我らもずいぶんと資産を失いました。王家の方々には、是非穴埋めをしていただきたい。なに、簡単ですよ。美貌豊かなコンスタンテ様が、庶民を相手に商売をしてくださればよいのです」

 コンスタンテのみならず、ファナリアも絶句した。

 政略結婚をさせる可能性はあったが、貴族でもない者を相手に不埒な商売をさせるつもりなど毛頭なかった。

「そのような戯言は許さぬ! 手をついて謝罪をするのはお前たちの方じゃ!」

「残念です。ならば戦争に負け、嫌っていたミルシャ様の前で土下座して許しを請うのですな。実に惨めな光景に、レイホルン王家を慕っていた者たちも嘲笑を浴びせてくれるでしょう」

 愚弄するなと叫び、謁見の間にいる連中を追い返すのは簡単だ。しかし貴族たちの助力を失えば、戦争の継続は困難。必然的にレイホルンは、ミルシャ率いるゼロに敗北する結果となる。

 それだけは絶対に嫌だった。一時的にプライドを放棄しようとも、妾の子に屈するよりはマシに思えた。

「ま、待て……! い、今、お前たちに国を出て行かれたら困るのじゃ!」

 背に腹はかえられない。ファナリアの心情を、貴族は誰よりも理解してるように見えた。

「ならば、誠意を見せていただきましょうか」

 目の前の貴族連中は、ファナリアに恥辱を与え、もてあそぼうとしている。決して許されないのに、逆らえば今よりも悲惨な結末が待っているだけだ。

 強く下唇を噛みながら、ファナリアは玉座から立ち上がる。

 その様子を見ていたコンスタンテとフロリッツが、驚愕の表情を浮かべる。

「お母様っ!? まさか……い、いけませんっ!」

「姉上の言うとおりです。このようなクズどもに、王族の我らが頭を下げる理由などありません!」

 ファナリアも二人の子供と同じ考えだ。このような状況でなければ、検討すらしていない。戦時中の難局を乗り切るには、どうしても貴族連中の力が必要だった。

 覚悟を決めるしかないと俯いた時、謁見の間の扉が荒々しく開かれた。

「これは一体何事か! 貴族ともあろう方々が、王妃様に詰め寄って何をしておられるのだ!」

 怒声を上げ、足早に玉座へ歩み寄ってくるのは、不在なはずの将軍ワルドボーンだった。

 腹心の部下であるヘンドリクを従え、王妃の前に立つ。先ほどまで強気だった貴族たちは、それだけでビクビクする。

「国王の代理であられる王妃様へ狼藉を働こうとするなど、無礼にも程がありますぞ! 考えを改めぬというのであれば、このワルドボーン! 王妃様に代わって皆様方を成敗させていただく!」

「い、いや、我らにそのようなつもりは……。そ、そうだ。用件があったのを思い出しました。本日はこれで失礼いたします」

 ファナリアたちしかいなかった時と態度を変え、これまでと同じ卑屈な態度で貴族たちが謁見の間から立ち去っていく。

 静かになったところで、ワルドボーンは王妃ファナリアを静かに玉座へ座らせた。

「私が城から離れたばかりに、あのような事態を引き起こし、申し訳ございません」

「……よい。よくぞ戻ってきてくれたな。して、戦果はどうなのじゃ」

「それが……あまり芳しくありません。やはり、もう少し抜本的に作戦を練り直す必要があります。そこでお願いがございます。私めにもっと幅広い軍事の編成権を与えていただきたいのです。すべては王妃様とこの国のために」

 ワルドボーンの申し出に、次期国王であるフロリッツが激怒する。ただでさえ一将軍にはあまりある権力を貰っておきながら、なおも欲するとは何事だ。怒鳴りつけようとしたところで、王妃の声が謁見の間に響く。

「あいわかった。権限を与える。好きなようにするがよい」

 この発言にフロリッツは愕然とし、ワルドボーンは王妃に頭を下げながら口端を歪めた。

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