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絶体絶命の窮地に思えた。謁見の間は脱出できたが、城門まではまだ遠い。すぐに城内から増援の兵が到着し、ラースたちは討たれる。
自らの命を犠牲にしても、ミルシャだけは逃がしてみせる。覚悟を決めたラースだったが、意外な事態が起きた。
騎士の数名が逃げ惑うラースたちを手招きし、城から脱出させてくれたのだ。仕方なく命令に従っていても、王妃を嫌ってる人間は多かった。
城から出て、マオルクスの馬を回収したあとで、ゲルツ国王に教えられた貴族を頼った。
ドリガスという貴族は、レイホルン国王の書状を見るなり、快く助力を約束してくれた。ミルシャの顔も、覚えていたみたいだった。
レイホルンの現状に嫌気がさしたと話すドリガスは、今後の助力も約束してくれた。
ランジスへ戻ったあと、ラースはボウガンの矢で受けた傷の治療をした。
痛みはほとんどなかったので気にしてなかったが、ミルシャの命令で半強制的に休養もとらされた。
その間にミルシャは周辺諸国へ書状を送り、属国となったばかりのゼロが再び独立すると宣言した。
宗主国のレイホルンは認めるはずもなく、国の実権を握る王妃が軍を派遣。
戦力差がありすぎるのを知りながら、ミルシャ率いるゼロはレイホルンとの戦争を決断した。
もとよりそのつもりだったのだが、住民は誰ひとりとして女王のミルシャを非難しなかった。
レイホルンの王都へ引っ越した者たちによって、虐げられてばかりだった住民は、ミルシャのおかげで人生に希望が持てたと逆に感謝したほどだ。
戦えない老人は鍬を持って畑を耕し、少しでも国の――ミルシャの役に立とうとした。
すぐには結果がでないものの、相変わらず国民と一緒に畑仕事をしたりするミルシャは目を細めた。
どのような決断も支持すると住民に言われたミルシャは、先手を打ってレイホルンに宣戦を布告した。
傷が癒えてきたラースも正式に騎士となり、部隊を預けられる。ジドーやセエラも加わった。
それでも圧倒的不利な状況には変わりなかったが、予想外の事態も発生する。
レイホルンの王都シュレールを脱出する際に、手助けをしてくれた貴族のドリガスがゼロに亡命してきたのだ。
「でやあぁああああ!!」
戦場となった広い草原で、一心不乱にラースリッドが剣を振る。
財力を持つドリガスがゼロへ亡命したおかげで、傭兵を雇えるようになった。
マオルクスら騎士を中心とした部隊と、ラースリッドが率いる部隊がゼロの主力だった。
多少はマシになったといっても、財力も兵力もまだまだ足りない。
本格的に攻め込まれると、守るのが精一杯で反撃どころではなかった。
魔剣を持つ、ラースにかかる負担ばかりが大きくなる。
「第二陣がくるわよっ!」
偵察に出ていたセエラが、戻ってくるなり新たな情報を教えてくれた。
「まだくんのかよ。どんだけ兵と金を無駄にすれば気が済むんだか」
うんざりした様子でジドーが言った。ランジス一の暴れ者だった男は現在、ラース隊の副隊長だ。
怪我をしても痛がらないどころか、敵に特攻しかねないラースの身を案じて志願してくれた。
もともと腕っぷしが強く、気性も荒い。争い事へ参加するにはピッタリだった。自身の身の丈ほどもある斧を敵陣で振り回しては、相手を恐怖させる。
「体力だけが取り柄なんだから、もっと頑張りなさい。ここで踏ん張れないと、終わりよ」
国土が極端に少ないゼロに、敗北は許されない。ラースたちが全滅したりすれば、すぐにでも王都となったランジスを攻められる。
戦える人間はすべて投入しているので、ランジスへ到達されたら敗北したも同然だった。
「わかってるよ。俺様に任せておけ! ラースだけには活躍させないからよ。恰好いい姿を、メニルに見せられないのが残念だがな」
隣で行われてる会話が耳に入ってきたラースは、素直な疑問を副隊長のジドーにぶつける。
「何で、そこでメニルさんが登場するの?」
メニルというのは、ラースの叔母が住んでいた家の近所の女性だ。穏やかな性格をしていて、誰にでも分け隔てなく接する。住民から呪われた子と、忌み嫌われていたラースにも優しくしてくれた。
そのせいで彼女は、一緒に暮らしていた親族から見捨てられた。当初は悲しんでいたが、今ではずいぶんと吹っ切れたみたいだった。
当時の状況では仕方ないわよ。いつだったか、メニルは笑ってラースにそう言った。
セミロングの青髪をなびかせる姿は、二十三歳らしく大人びていた。弱気さもあるが、頑固な一面もある。
ラースとともに元領主の館へ住み込むようになったため、同じ待遇のジドーやセエラと会話する回数も増えた。
相談役に指名されるくらい女王のミルシャと仲良くなったのは知っていたが、ジドーともだとは思わなかった。
照れ臭そうにするジドーの代わりに、何故か楽しそうなセエラが理由を教えてくれる。
「この大男、身の程知らずにもメニルに好意を抱いてるのよ。それなのに、普段会えば憎まれ口を叩くの。まるで子供よね」
「ガキみたいで悪かったな! こういう性格なんだから、仕方ねえだろ。いいじゃねえか、俺が誰を好きだって」
「悪いとは言ってないでしょ。そういうところが、モテない原因なのよ」
レイホルンから帰還した直後、セエラが自身の生い立ちを教えてくれた。ラースが気絶中に話を聞いていたらしく、ミルシャだけは彼女が元貴族なのを知っていた。
誰もが驚く中、だからどうしたと言わんばかりに「で?」と口にしたのがジドーだ。セエラは怒るどころか、大爆笑した。
以降、事あるごとにセエラはジドーをからかったりする。恨みに思ってるのではなく、打ち解けてるのがわかる。
当初は遠慮気味だった態度も、最近ではほとんどなくなった。とりわけラースやミルシャには親しげに接してくれる。
そんなジドーとセエラのやりとりに、金で雇われてる傭兵たちが笑う。
「こんな不利な状況だってのに、アホみたいな話をしてんだから、たいしたもんだ。けなしてるんじゃないぜ。上に立つ奴らには、それくらい余裕を持っててもらわないとな」
繋がりは金銭だけなので、契約が終わった次の戦場では敵になってる可能性もある。だが今は、頼りになる味方だ。
訓練された騎士ほどの連携はないが、ひとりひとりが数多の戦場を経験してるだけあって、戦い慣れている。
自分が死なない範囲であれば、雇用主のために全力で働いてくれる。待遇次第では裏切りかねない点を除けば、ありがたかった。
ラースリッドが魔剣の力で斬り裂いた敵陣へ、ジドーを先頭にした傭兵部隊が突っ込む。
セエラは魔法を使える傭兵と後方支援をしつつ、ラースが無茶をしないか監視する。
多数の矢が体に突き刺さり、血を流してもまだ動けた。ラースには当たり前でも、ミルシャやセエラには驚きの事態として映った。
あの場で気絶したのは運が良かった。ランジスへ戻ったあとに、ミルシャたちからそんなこと言われた。
いまいちピンとこなかったが、率先して死にたいわけではない。気を配ってくれるセエラへ、素直に感謝する。
「ジドーではないけど、確かにキリがないわね。かといって迂闊に攻め込んだら、ランジスが無防備になる。戦力のなさは、頭が痛いところね」
「そのとおりだけど、諦めるわけにはいかないよ。マオルクスさんたちも頑張ってくれてるし、僕らもやれることをやろう」
「フフ。頼りになる隊長っぽくなってきたじゃない。ジドーに虐められてた頃とは、大違いだわ」
「ジドーが敵陣に突っ込んでいないからって、僕をからかわないでよ」
少しだけ唇を尖らせながらも、剣を構える。ジドーたちが突撃中なので、衝撃波を放つわけにはいかない。ラースも直接戦闘に参加するつもりだった。
本来ならセエラは後方支援担当なのだが、こういうケースではあくまでもラースに付き従う。危険だと忠告しても聞いてくれない。
「さあ、行くわよ。私がラースの名乗りを手伝ってあげる」
クスっと笑ったあとで、隣に立ったセエラが息を大きく吸い込む。
「今から敵陣に突撃するは、魔剣ヴェルゾに認められし世界最強の騎士! ラースリッドの名前を聞くたび悪夢にうなされたくなくば、今すぐ兵を引きなさい!」
圧倒的な戦力と物資の差により、わずか数日で勝敗が決する。
当初の予想は覆り、レイホルンとゼロの戦争は長引く様相を見せ始めた。
簡単に屈しない戦力が、ゼロにあると周辺諸国にまで知れ渡る。王妃のやり方を快く思っていなかった、レイホルンの兵士たちが続々と家族ともども亡命する。
商売になると判断した商人たちも、ゼロへ入る。武器や物資は乏しい。ミルシャは借金をして武器や防具なども含め、戦争に必要なものを購入した。
その際に活躍したのが、ドリガズなど財力のある貴族だった。
戦争にもならないだろうと判断していた周辺諸国は、レイホルンとゼロの戦争に関与してはいなかった。
レイホルンの王妃ファナリアは、交流のある国へ助力を求めるべきという宰相の提案を一蹴。援軍などいらぬと、ひたすら兵士を戦場へ送り込む。
半ば意地になってるところもあり、虐げられない生活を夢見て、自分たちの国を守ろうとするゼロ側とは兵士の士気の違いが明らかだった。
相手兵士の戦意をもっとも奪ったのが、ゼロ側の騎士ラースリッドだ。
魔剣を手にして、軍勢に差がある戦闘でも勝利をもたらす。ラースリッドの姿を見るだけで味方は歓喜し、敵は絶望する。
戦いのたびに、同行するセエラが代わりに名乗りを上げる。いつしか恐怖の代名詞として、ラースリッドの名前は有名になっていた。
「おおう。また敵どもが、あっという間に逃げていくぜ。数は向こうの方が上だってのにな」
戦場となった荒野で、ジドーが遠ざかる敵軍の背中を見ながら笑った。
レイホルンから多くの亡命者が出たおかげで、訓練を受けた兵士たちでも部隊を作れるようになった。
そうした兵士たちは、ほぼ全員がマオルクスの部隊に配置された。見知っている元将軍の配下になった方が、力を発揮できるだろうというのが理由だ。
ラースの部隊は、いわば傭兵部隊だった。肩書などに配慮するものはいない。代わりに、能力が高い人間に従う性質がある。
そういった連中を率いるには、魔剣を持ち、恐怖の騎士として名前が知れ渡りだしたラースが適任だった。
マオルクスたちは主に防衛戦を行う。ラースの部隊は援軍になると同時に、手薄になった敵の拠点を攻めたりもした。
レイホルンの領地を占領するには至ってないが、こちら側から攻め込めるまでに戦力は充実しつつあった。
一方のレイホルンは、戦争が長引くほどに疲弊していく。戦慣れしてないにもかかわらず、周囲の忠告を聞かない王妃に原因があった。
マオルクスの助言に耳を傾けた上で、女王として決断するミルシャとは大違いだった。
王妃やワルドボーンに従う貴族ならともかく、搾取される平民や積極的に味方したがらない貴族は長引く戦争に嫌気を覚える。
加えてゼロ側の女王が、レイホルンの正統な国主ゲルツと血の繋がった娘のミルシャなのも影響した。
ゲルツ国王と懇意にしていたドリガスがゼロについたのもあり、官民問わずに亡命の勢いはさらに増大する。
戦争開始から二ヶ月後。とうとう戦局は五分五分の状態になった。
勢いに乗るゼロ軍とは対照的に、レイホルン軍の兵士は戦意を失いつつある。ラースの姿を見るだけで、今みたいに退却するケースが多くなっていた。




