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呪われし者の英雄譚  作者: 桐条京介
3章 反逆者の汚名
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 不意を突かれたりしなければ、敵の攻撃は魔剣で弾ける。簡単ではないが、マオルクスらに鍛えてもらったおかげで、防御力はかなり上昇していた。

 恐怖した兵士に助けを呼ばれると、ミルシャの救出が困難になるかもしれない。申し訳なく思いながらも、致命傷にならない程度にダメージを与えようとする。

 強い衝撃波を飛ばせば、助ける対象のミルシャが巻き添えになってしまうかもしれない。錠で壁と繋がっている彼女は、ほとんど身動きが取れない状態なのだ。

 手加減をしているせいか、上手く攻撃を命中させられない。手足に刺さったままの矢も、悪影響を及ぼしてるのかもしれない。段々と、さらに動きが鈍くなってきてるような気がする。

「くそっ! こうなれば援軍を――」

 ミルシャにボウガンを向けている兵士へ、話しかけようとした直後に、口を開いていた兵士の額にナイフが突き刺さった。一撃で致命傷になったらしく、攻撃を食らった兵士は目を見開いたまま上を向いて倒れた。

「何をやっているの!? 戦いの最中に、相手の命を奪うのを躊躇っては駄目よ! 逆に貴方が殺されるわよ!」

 ラースの背後から姿を現したのは、見張りをしてくれてるはずのセエラだった。戦いの音を聞いて、駆けつけてくれたのだ。

 正直なところ、助かった。同時に、目の前でセエラが兵士の命を奪ったことで、ラースの覚悟も決まった。

 精霊の祝福がなく、感情の振れ幅が少ないせいか、人の命を散らす恐怖や悲しみはさほど感じない。今回ばかりは、鈍い自分自身に感謝した。

「ま、待てっ! それ以上近づくと、こいつの頭を撃ち抜くぞ!」

 振りを察した兵士が、ボウガンの先端をさらにミルシャへ近づけた。

 このままではまずいと判断し、ラースは誰もいない方向へ衝撃波を放った。

 破壊される壁を見て、ボウガンを持つ兵士が恐怖と驚きで数瞬ほど身体を硬直させる。

 今だとばかりに、ラースはミルシャへ抱きついた。これで兵士がボウガンを放っても、盾になって防げる。

「ふざけた真似を……! こうなれば二人まとめて、あの世に送ってやる! 相棒の敵だ!」

 ボウガンから放たれた矢が、ラースの背中へまともに命中する。

「ラースっ! 私は大丈夫だから、離れて! お願いっ!」

 次々と兵士の矢が、突き刺さる。それでも、ラースはミルシャから離れなかった。

「僕も大丈夫だよ。それに……ミルシャを守れるのが、嬉しいんだ……」

「何を言ってるのよ! 貴方が死んだら意味ないでしょ! 私を守るより、兵士を倒しなさいっ!」

 ミルシャの身体は温かいな。何本もの弓矢を背中に受けながら、ラースは場違いな感想を抱いた。

 幼い頃、優しかった両親から与えてもらった温もりを思い出す。気がつけば、ひと筋の涙が頬を流れていた。

 一方でセエラは、ラースがどのような行動をするのか察した直後に動き出していた。

 無駄のない動きで兵士に迫り、懐に隠しているもう一本のナイフを素早く取り出す。相手の注意はラースとミルシャへ向けられているので、攻撃を命中させるのは簡単だった。

 喉元を横に斬り裂く。手応えは十分。一撃で、相手の命を奪ったと確信する。横向きに倒れた兵士が絶命するのを見届けてから、セエラはラースたちのもとへ移動した。

「セエラ! ラースが!」

 目の前で血を流すラースリッドを見て、ミルシャは半狂乱だ。落ち着くように言ってから、セエラはラースの傷の具合を確認する。かなり深い。下手に矢を抜かない方がよさそうだ。死んではいないが、危険な状態なのは間違いなかった。

「ぐ……う……セエラが……兵士を……倒して、くれたんだね……よかった。あとは……ミルシャの錠を……」

 何本もの矢が突き刺さってるというのに、ラースは極端に痛がったりしない。気怠そうという表現が、一番しっくりくる。

 簡単には外れそうになかった錠も、魔剣の前にはあっさりと屈する。

 集中するのも難しい状態なはずなのに、ラースリッドは慎重に錠を斬った。万が一にも、ミルシャへ傷をつけないように。

 ミルシャが自由を取り戻すと、自分の役目は終わったとばかりにその場へ崩れ落ちた。

「ラース! ラースっ!」

「取り乱すのはあとよ女王様! ラースリッドが戦えない今、新手に襲われたら終わりよ!」

 手の甲で涙を拭いたミルシャが、強く頷いた。まだショックは残ってるものの、何が一番大事なのかを瞬時に理解した顔だ。

 やはり、この女王様は強い。セエラは思った。対照的に戦闘能力は高くとも、ラースリッドは脆い部分がある。だから、放っておけないのだろうか。

 ショックから立ち直ったミルシャが、右手で魔剣を握ったままのラースに肩を貸した。セエラも逆に立ち、二人で気絶したらしいラースを運ぶ。

 幸いにして、見回りの兵士の姿は見えない。ミルシャの部屋で待ち伏せする作戦をとっていたので、あえて地下内の見張りを減らしていたのかもしれない。

 まんまと相手の策に乗せられたのを悟った。もっと早く、見張りの少なさから怪しいと察するべきだった。そうすれば、ラースリッドも余計な怪我を負わずに済んだ。

 自分の愚かさを悔いてる暇はない。反省するのはあとでいい。大切なのは、これからどうするか。そう。過去よりも未来。

「城から脱出するのはもちろんだけど、その前にラースの応急処置もしたいわ。このままでは、とてもランジスまでもたないもの」

 セエラの提案に、ミルシャが頷く。

「私からお願いしたいくらいだけど、ゆっくり手当をしていられる場所なんてあるの?」

「……ひとつだけ、心当たりがあるわ。もし、その人が今回の一件の黒幕だったら終わりだけど」

「行きましょう」

 ミルシャが即決した。ラースを救いたいがために正気を失ってるのではなく、わずかな時間でそれしかないと判断したのだ。

 セエラも同じ考えだった。傷ついたラースを抱えたままでは、素早く動けない。王都を歩いていても目立つだけだ。一時的にではあっても、身を隠せる場所が必要だった。

「案内するわ。こっちよ」

 セエラがミルシャやラースを連れて向かったのは、ゲルツ国王のいる部屋だった。


「お父様っ!?」

 部屋へ入るなり、ミルシャが目を丸くした。まさか城の地下に、行方不明の父親がいるとは思っていなかった。

「お主……ミルシャか。大きくなったな。母親にそっくりだ」

「感動の再会中に申し訳ないのだけど、ベッドを貸していただけるかしら」

 フードをかぶったままのセエラが、今にも抱き合いかねない二人に声をかけた。

 驚きから我に返ったミルシャが、そうだったと父親に同じお願いをする。

「私を助けに来てくれたラースが、待ち伏せ中の兵士に攻撃されて大変なの」

「ム。余の部屋にも来た少年だな。いかん。早くベッドに寝かせるのだ」

 腕や足、それに背中から血を流すラースリッドを、うつ伏せにしてゲルツ国王のベッドへ寝かせる。

「まずは傷の手当てが先だな。余が回復魔法を使おう」

 セエラがラースリッドの体質について説明する前に、ゲルツ国王は魔法の詠唱を開始した。

 矢が刺さってる部位に手をかざし、力ある言葉を放つ。

 ゲルツ国王の手がぼんやりと輝く。優しげな光が、ラースリッドの傷口へ降り注ぐ。

 全身を光が包んでも、傷ついたラースは回復するそぶりを見せなかった。

 戸惑うゲルツ国王の側で、セエラとミルシャはやっぱりと目を伏せた。

 セエラが以前にたてた仮説どおり、属性を持たないラースは精霊の力を使う魔法の加護を得られないのだ。

 回復魔法を繰り返しても効果がないことに、どうしたことだとゲルツ国王が首を捻る。

「お父様。実は、ラースは属性を持たない人間なの。だから、魔剣も呪われずに使いこなせるのよ」

 ミルシャの説明を受けて、ゲルツ国王は「そうであったか」と表情を曇らせた。

「ならば、普通に手当てをするしかあるまい。あとは、彼の体力に賭けるしかないな。幸いにして、ここにも治療道具はある」

 セエラが、ラースの身体を押さえる。その間に、ゲルツ国王が突き刺さったままの矢を一本ずつ抜いていく。

 吹き出しそうになる血を、ガーゼで押しとどめるのはミルシャの役目だ。

「治療は得意なの。怪我ばかりしてたからね」

 どうしてなのか理由を知る父親のゲルツは、酷く申し訳なさそうな顔をした。

 そんな父親の顔を見て、ミルシャは気にしないでとばかりに笑った。

「今日、大切なラースを助けるための練習だったと思えば、感謝したいくらいだわ」

「……強くなったな」

「知らなかった? お母様とお父様の娘だもの。強くて当たり前よ」

 二人の会話を聞いていたセエラは、親子とはいいものだなとしみじみ思った。私にも……素敵な両親はいたのに、とも。

 ラースの身体に刺さっていた矢をすべて抜き、傷口に薬を塗ったガーゼを当てた。

 痛み止めや化膿止め、それに解熱剤もあるが、気絶中のラースは自分で飲めない。そこでミルシャが、強引に口移しで水と一緒に飲ませた。

 ミルシャにキスされたのをあとで教えたら、ラースリッドはどんな顔をするだろうか。感情がないわけではないので、喜ぶかもしれない。

 ひと仕事終えたことで気が緩んだのか、それまでかぶっていたフードが脱げてしまった。

 素顔を知ってるミルシャは何も言わなかったが、レイホルン国王のゲルツは驚きを露わにした。

「ま、まさか、ラウナ殿……? い、いや、そんなはずはない。彼女は不幸な事故で……」

「ええ、命を落としました。何者かに家を、夫への貞操を奪われ、失意のうちに発生した不自然な事故によって」

「確かに不自然な点が多かった。溺死したはずなのに、傷があったとの報告も受けたからな。だが、余も知らぬうちに自殺として処理されておった。以降はその事件に関する調査書すら出てきておらぬ」

 ゲルツ国王が口にした情報を、すでにセエラは知っていた。何年もずっと、どうして家が没落したのかなどを調べてきたからだ。

 父親は借金の果てに自殺。母親は不審な死。疑問点がたくさんあったのに自殺と断定された。どんなに頼んでも、遺体は返ってこなかった。現場を目撃した人物から、傷があったと教えてもらったのは数年前だ。

 自分ひとりでの調査が手詰まりになっていたのもあって、ラースたちのもとへ身を寄せた。王家に恨みを持つであろう元レイホルンの王女と一緒にいれば、有益な情報を得られるかもしれないとも考えた。

 結果として成功だった。面会したいと願っていたゲルツ国王とも会えた。ただ、顔を見せるつもりはなかった。自身の目的よりも、ミルシャやラースのような者が作る国を見てみたかった。すべては、そのあとでいいと思っていた。

 ふとしたきっかけから、今みたいな展開になった。ラースも気絶したままのなので、少しならいいだろうとセエラはゲルツ国王に自己紹介をする。

「幼少時に一度会ったくらいでしょうか。お久しぶりです、国王陛下。私はセルマ・エル・ラスルク。没落したレイホルン貴族の一人娘でございます」

 かしこまるセエラを見て、ミルシャも言葉を失っていた。よもや貴族だとは想像もしてなかったに違いない。

「幼い頃に……他の貴族に引き取られたと聞いておったが、無事に成長していたようだな」

「無事といっていいかはわかりませんが、とりあえず成長はできました。復讐の方法を考えられるほどには」

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