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水路を通り、地下へ繋がってそうな場所を探す。先に歩くのはセエラだ。こういったところは慣れてるからと、彼女自身の意思で先頭に立った。
リードしてもらってばかりだが、自分を情けないと思うより、素直に相手を凄いと感じた。いつかラースも、セエラほど頼りになる人物になろうと思った。
「……ここから、地下牢のある場所へ行けそうよ。少し待ってて」
マントにフードを着用中のセエラが、懐からナイフを取り出した。よく研がれているらしく、薄暗い水路の中で刃先がギラリと輝いた。
「ジドーは不器用なくせに、こういう仕事は得意なのよ。このナイフも、彼のおかげでずいぶんと切れ味を増したわ」
ナイフを研いでくれたのはジドーだと、セエラが教えてくれた。
マオルクスから訓練してもらった際に、武器の手入れも大事だと教えられた。騎士たちも暇があれば剣を磨いたりする。ラースだけは例外だ。魔力で切れ味を維持する魔剣は、手入れをしない方がいいとマオルクスに言われていた。
「……簡単にはいかないわね。ラース、お願いできる?」
「うん。やってみるよ」
ナイフでは、水路と地下牢を遮断している鉄格子は斬れなかった。セエラが移動して、ラースのために道を開けてくれる。
鉄格子の前に立ち、魔剣ヴェルゾを鞘から抜く。普段は鞘に入れっぱなしなので、話しかけられたりはしていなかった。
久しぶりに口が自由になったせいか、魔剣ヴェルゾはひっきりなしにラースの頭に声を響かせる。
「ようやく我の出番か。よもや鉄格子を斬るだけで終わるまいな? 我は血に飢えておるのだ。早く贄をよこせ。そこにおる娘でもよいぞ」
鞘に入れられてる間は、視界や口は塞がれるものの、周囲の会話は聞こえるみたいだった。ヴェルゾがラースの目的を知ってるのも、そのせいだ。
「そんなことできないよ。君に斬ってもらうのは、そこの鉄格子だけだよ」
「何だとっ!? それでも我の所有者か! くっ……! 呪いが効いていれば、好きに貴様の身体を動かし、世界中を恐怖のどん底に叩き落してやるものを!」
魔剣ヴェルゾの残虐な声が頭に響くたび、手にしたのが自分でよかったと心から思う。ミルシャが魔剣の所有者になってたらと考えるだけでゾっとする。
「どうしたの? もしかして魔剣ヴェルゾが、鉄格子より私を斬れとか言ってるのかしら」
「……よくわかったね」
正直に頷くと、セエラはやっぱりねと笑った。
「斬りたいなら、遠慮なくどうぞ。ただし、貴方の所有者が頷いてくれるならね」
挑発気味の台詞を浴びせられた魔剣ヴェルゾが怒りまくる。
「我に対して、ふざけた口をききおって! 我の所有者ならば、そこの女を斬り捨てるのだっ!」
ぎゃんぎゃんと喚いているが、気にせずラースは魔剣で鉄格子だけを斬った。
物音も立てないほどあっさりと、ナイフではどうしようもなかった鉄格子が真っ二つになる。
「さすがの切れ味ね。それに、ラースもだいぶ使い慣れてきたみたいじゃない」
「うん。適当に振ってると衝撃波が発生するけど、発生しないように意識してると出なくなるんだ。まだ完全にではないけど、マオルクスさんとかのおかげで、当初よりはずっと使い方もわかってきたよ」
「その調子で極めなさい。貴方と魔剣の存在が、きっと女王様を助けるわ」
無視して会話を進めるラースとセエラに憤っていたが、最終的には落胆のため息を魔剣ヴェルゾがつく。
「どうして我は、このような者に引き抜かせてしまったのだ。魔剣でありながら、好きなように人を斬れぬとは屈辱の極み……!」
魔剣の声を無視して、鞘に入れる。頭の中が静かになったところで、先を急ぐ。
「私も地下牢に入った経験はないわ。ここから先、どのような構造なのかはわからない。慎重に行動するわよ」
ラースが頷くと、再びセエラが先頭に立って歩き出した。
「いざとなったら戦闘に突入するけど、私はその際サポートに回るわ。魔法も使えるから、少しは役に立てるはずよ」
ラースに補助魔法は効かないみたいだが、死角を狙ってくる敵を牽制してもらえるだけで大助かりだ。魔法が使えるのは初耳だったが、きっと誰にも聞かれなかったから、言わなかっただけなのだろう。
見張りに遭遇しないよう気を遣いながら探索してるうちに、地下牢ではなくドアのついた部屋をひとつ発見した。明らかに通常の囚人用とは違う。セエラと顔を見合わせたあと、魔剣ヴェルゾを構えたラースが部屋へ突入する。
見張りをセエラに任せ、鍵のついたドアの一部を魔剣で斬って、強制的に明けさせてもらった。中はさほど大きくなく、がらんとしている。壁の近くにはベッドと机、それに椅子がある。家具らしい家具はそれだけで、あとは窓すらない。
椅子に座っていた老齢の男性が、ゆっくりとこちらを振り返る。魔剣を持つラースを見たあと、なんだか寂しそうな笑みを見せた。
「見覚えのない顔だな。お主は王妃の手先か。余の命を奪いにきたのだな。よかろう。望みどおりにするがよい」
いきなりの降伏宣言に、ラースがきょとんとする。
「え? あの……僕はただ、人探しに来ただけで……」
「だから、余を探していたのであろう。賊のふりをして、暗殺するために」
どうしても自分を殺させたいみたいだが、誰かも知らない老人の命を奪う理由がない。嬉々として殺せと叫ぶのは、ラースが手に持つ魔剣ヴェルゾくらいだ。
「ええと……その前に、貴方は誰なんですか? 僕はラースです」
「ちょ……! 相手の正体も不明なのに、どうして貴方は自己紹介をしてるのよ」
慌てた様子で、見張りをしていたセエラが室内へやってきた。
誰かに名前を聞く時は、自分から名乗るものだと思っていたが、今回のケースは違ったらしい。
苦笑いを浮かべて謝るラースに注意をしたあと、セエラが老齢の男性を見る。
何かに気づいたかのように、息を飲む。冷静な彼女が、珍しく動揺してるのがラースにもわかった。
「ま、まさか……貴方は……ゲルツ国王陛下では……」
震える声でのセエラの質問に、ラースは「えっ?」と声を上げた。
老齢の男性は、先ほどまでと違った種類の笑みを浮かべながら「いかにも」と頷いた。
「どうやら、お主らは余の命を狙ってきたわけではなさそうだな」
椅子に座ったままなのは変わらないが、室内の雰囲気がずいぶんと穏やかになった。
「はい。私たちは人を探しています」
セエラが言った。
「そうか。余も手伝ってやりたいが、生憎とご覧の有様なのでな。せめて、お主らが目的を果たせるように祈ろう」
「ありがとうございます」
頭を下げてセエラは部屋を出ようとしたが、ラースは気になっていた質問を口にする。
「あの……どうして国王陛下が、このような場所にいるんですか?」
「あ、貴方……聞きにくい質問を、さらっとするわね……」
呆れた様子で、セエラがため息をつく。何故、そのような反応をされるのかはわからない。
「フフ、構わぬよ。余は自らの意思で、この部屋におる。逃げようと思えばいくらでも逃げられる。決して、無理強いをされてるわけではない」
病気などや誰かの陰謀ではないと、ゲルツ国王自らが告げた。
囚人服よりは見栄えも着心地もよさそうだが、国王にしては地味な衣服に身を包んでいる。まるで隠居してるかのようだ。
「……私たちが入室したのを見て、真っ先に命を奪われると判断したのに、ですか?」
セエラの質問にも、ゲルツ国王は「そうだ」と頷いた。
「余の罪を償うためだ。ここから出られなくとも構わぬが、今一度だけアリーシュに会いたいものだな。今となっては、もう叶わぬ願いだが」」
懐かしむように国王が言った女性らしき人物の名前に、ラースは聞き覚えがあった。
「アリーシュさんというのは、ミルシャのお母さんですよね?」
「ム? お主……アリーシュやミルシャを知っておるのか」
「はい。国王陛下は――」
どうして知ってるのかと聞こうとしたが、当たり前だと気づいてラースは質問を中断した。ゲルツ国王はミルシャの父親なのだ。
「何でもないです。あ、そうだ。国王陛下は、ミルシャがどこに捕らわれてるかご存じですか?」
「何? ミルシャがこの城に捕らわれておるだと。一体どういうことだ。説明をしてくれぬか」
事情を知らないゲルツ国王に、ラースはこれまでのいきさつを教えた。簡単にではあったが、大体のことは理解してもらえたみたいだった。
「そうか……ファナリアはそこまで……フム。今は余の嘆きを聞かせてる場合ではなかったな。どこに捕らわれてるのかは知らぬが、心当たりはある。この部屋の先は行き止まりで、壁しかない。だが、その突き当りにある壁こそがドアになる。力を入れてスライドさせれば、開く仕掛けだ。地下牢に繋がれてないのであれば、恐らくはそこだろう」
「わかりました。ありがとうございます」
「気にするな。それよりも、余の娘を頼む」
はい、と返事をして、ラースはセエラと一緒に部屋を出た。
「教えられた隠し部屋を探すわよ」
地下を見回る兵士たちの数はさほど多くない。忍び込むのに慣れてるのか、セエラは簡単に隠れ場所などを見つけだす。おかげで戦闘せずに済む。ますますラースは、彼女に同行してもらえてよかったと感謝する。
国王に教えられた突き当りの壁に到着すると、セエラは両手で壁をスライドさせた。ゴゴゴと音がなり、壁が移動する。その後に現れたのは、ゲルツ国王がいたところと同じ内装の部屋だった。
「ミルシャ!」
ベッドの上で、体育座りをしているミルシャがいた。手足だけでなく、首にも拘束具をつけられている。
「ラース! もうひとりはセエラね」
「どうやら、無事だったみたいね。早く助けてあげなさい」
ここでもセエラが見張りになってくれる。突き当りにあるので、見回りの兵士がやってきたら確実に見つかって騒ぎになる。
「すぐに、自由にしてあげるからね。皆、ランジスで待ってるよ」
救出しようとするラースに喜ぶのではなく、捕らわれのミルシャは泣きそうな顔で叫んだ。
「こっちへ来ちゃ駄目っ! すぐに逃げてっ!」
「え?」
何を言ってるのか理解する暇もなく、ラース目がけて弓矢が飛んできた。
腕や足に深々と突き刺さる。してやったりとばかりに、壁から二人の兵士が現れた。
室内にも壁が移動する仕掛けがあり、兵士たちはそこに隠れていたのだ。
「王妃様から、助けが来るかもしれないと言われ、交代で見張っていたんだよ。残念だったな。お前らの女王ともども、ここで処刑してやるよ」
兵士の持つボウガンが、自由に動けないミルシャにも向けられた。
「こいつが生きてるのは、王女様の玩具だからだ。だが、助けに来た奴らがいれば、一緒に殺して構わないと言われてる。宗主国へ反逆した罰としてな」
先制攻撃が成功して、勝利を確信したらしい兵士たちが揃って笑う。
実際に弓矢が刺さったままの手足は、かなりのダメージを受けたみたいだ。でも、とラースは思った。動けないほどじゃない。
「大丈夫だよ、ミルシャ。僕がすぐに助けるからね」
心配そうなミルシャに微笑んだあとで、魔剣を鞘から抜く。禍々しく黒光りする魔剣の姿に、二人の兵士は言いようのない不気味さを感じたみたいだった。
一歩後ろに下がったあとで、ひとりの兵士が再びボウガンの矢をラースに放った。




