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呪われし者の英雄譚  作者: 桐条京介
3章 反逆者の汚名
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 魔物の襲撃から一夜が明けた。パーティーを楽しんだのは最初だけで、途中からは食事をしながらの話し合いとなった。町に残された住民全員が参加し、それぞれの気持ちや意見をぶつけあった。

 自分たちを見捨てたレイホルンへ頭を下げるのは嫌だが、兵力の少ない状態ではいつ、他国から侵略されるかわからない。魔物の脅威は一時的に去ったものの、今度は対人間の脅威に晒されるはめになった。

 海沿いの町のランジスの近くには、大きな川も流れている。水源が豊富なので、農業も盛んだ。食料にはあまり困らないのだが、生憎と畑をやれる人間が少ない。町に残された住民の大半が、老人だからだ。

 他国との貿易をどうするか、国としてお金をどう稼ぐのか。様々な問題に直面する。それでも、せっかく独立した国となったのだからと、ミルシャを初代女王として国家を運営していくことに決定した。

 初代女王のミルシャは荷が重いと苦笑しながらも、重責を放棄したりはしなかった。住民のためにと、女王の立場を受け入れる。

 国名は一から新しい国を作るという意味を込めて、ゼロをそのまま使うことになった。周辺国家に改めてミルシャが書状を送る。その中には、レイホルンも含まれた。

 女王となったミルシャは、ラースリッドを騎士団長へ任命したがった。けれど、当のラースは首を左右に振った。

 魔剣を手にした自分が、騎士団長というのは良い印象を周囲に与えないような気がした。剣術も初心者なので、見栄えがいいとも思えない。

 騎士団長には以前にレイホルンでも務めていたマオルクスが適任だと進言した。騎士になるのも辞退し、ひとりの兵士として国に尽くすことも伝えた。

 ミルシャは残念がったが、ラースの我儘な希望を受け入れてくれた。マオルクスがゼロの初代騎士団長となり、国を守る役目を担う。彼についてきた騎士たちが、そのまま配下となる。

 兵の数が少ないのもあり、壊れた家を撤去して、新しく作ったりする間に訓練が行われた。ラースやジドーも参加した。

 元は乱暴者だったおかげで腕力と体力に優れているジドーは、すぐに成長した。一方のラースに戦闘の才能はないみたいだった。

 とある日に、いつもの小高い丘で落ち込んでいると、マオルクスとミルシャがやってきた。

 マオルクスはラースに魔剣の所有者となったのを恥じるなと言った。呪われずに魔剣を扱えるのも、才能のひとつだと。

 強力な魔剣を使えるのだから、それを踏まえた戦い方を覚えればいいというのだ。ラースはなるほどと頷いた。

 他者を圧倒できる剣技を習得できなくとも、人並みに戦えさえすれば魔剣を持つラースは最強の騎士となりえる。

 マオルクスの励ましに、ラースは素直に感謝した。魔剣を使わない模擬戦では連敗しても、魔剣を使えれば圧勝する。

 身体能力に優れないラースでも、魔剣のおかげで皆の力になれるのだから、プライドがどうのとは一切思わなかった。

 町の再興や訓練に明け暮れる間に、十日ばかりが経過した。

 前途はまだまだ多難だが、誰もが仲良く暮らせる国を作ろうと、住民たちは希望に満ち溢れた顔で働いていた。

 そんな時だ。レイホルンから、書状が届いたとミルシャがラースに教えてくれた。

 ラースやジドーは万が一の場合に備えて、元領主の館で生活していた。

 住民は最初に城を作ろうと言ってくれたが、ミルシャが断った。国民となる皆の家が最優先。城なら一番最後でいいと。そうした事情もあり、新生国家ゼロの居城は、元領主の館そのままだった。

 謁見の間となるホールに、絨毯と玉座だけは設置した。女王のミルシャは使い心地が悪そうにしていたが、これも女王の定めとマオルクスに諭された。

 服装も女王らしいのより動きやすいのを好み、飛び入りで農作業にも参加する。そのため、国民から敬われるよりも親しまれていた。

 そのミルシャが、謁見の間で玉座に肘をついて、ううんと唸っている。難しそうな顔をしてるので、あまりよい知らせではないのだろう。

 ラースたちがミルシャの言葉を待っていると、女王はレイホルンからの書状を騎士団長のマオルクスに手渡した。

「……レイホルンのゲルツ国王からの呼び出しですか」

「どう思う?」

 最初は猫を被り気味に丁寧な言葉を使っていたミルシャだが、最近ではマオルクスらを相手にもすっかり地を見せるようになった。

 女王としてしっかりしろと注意するのではなく、マオルクスは豪快に笑いながら本来のミルシャを受け入れた。

 おかげでミルシャは余計な気苦労をせずに、自分が好むように女王業を行えている。

「きな臭さを感じますな。ワシが国を出る頃には、ほとんど国王陛下のお顔を拝見する機会がなくなってましたゆえ」

「そうなの?」

「はい。政はすべて、代理としてファナリア王妃が行っておりました」

 マオルクスの説明に、ミルシャがやっぱりねと言いたげな顔をした。

「呼び出しに応じれば、ファナリア王妃と面会しなければいけないのよね。息子のフロリッツや、娘のコンスタンテも同席しそうだし」

「間違いないでしょうな。王妃は息子のフロリッツ殿下に、王位を継がせたがっております。姫のコンスタンテ様は、その……」

「はっきり言って構わないわよ。私を目の敵にして、嫌ってるってね。まあ、気持ちはわからないでもないわ。妾の子が、王位継承権を得たんだから」

「とはいえ、やりすぎな面もございましたからな。陛下も事あるたびに注意をなされていたのですが、コンスタンテ様には逆効果だったようで……」

 王都にいる間、父親のゲルツ国王が見てない隙に、ミルシャは散々虐められた。南端の町へ飛ばされた時には、これで少しは楽になると安堵したものだ。実際は頻繁に巡回といっては領主の館に滞在されたので、以前よりも酷い甚振りを受けた。

 レイホルンから独立した今、過去の恨み言を口にするつもりはなかった。ミルシャはゼロの女王であり、一挙手一投足がダイレクトに国民生活へ反映されてしまう。

 国を守るためにも、レイホルンの呼び出しに応じるのは明らかだ。もしかしたら、本当に父親のゲルツ国王が送ってきたのかもしれない。

「準備は終わりましたかな。それでは、早速出発いたしましょう」

 ラースたちがいる謁見の間に、煌びやかな鎧を纏ったひとりの男性が登場した。使い込まれてるのがひと目でわかるマオルクスの鎧とは違い、まるで装飾品みたいだった。

 口ひげを生やし、すらりと立つ男は、騎士というよりも貴族という感じだった。年齢は四十代半ばといったところだろう。

「レイホルンからの使者の、ヘンドリク殿ではありませんか。メイドに案内させた部屋で、お待ちになるように伝えたはずですが」

 元領主の部屋は、ミルシャが使わずに来客用にしたみたいだった。そこに、謁見の間へ現れた男性も案内していたようだ。

 ヘンドリクとミルシャに名前を呼ばれた貴族風の男性は、フンと鼻で笑った。

「あのような粗末な部屋に押し込まれるなど、屈辱の極み。まあ、今にも壊れそうなホールを謁見の間などと呼んでいる国ですからな。期待をするのは無意味とわかっておりましたが……いやはや、それにしても酷すぎる」

 嫌味な発言をされてもミルシャは怒ったりせず、にっこり微笑んだ。

「よくわかっておられますね。では、もてなしを期待せずに、指定された部屋で待機していてください」

「フン。書状を運んできた使者に対する言葉ではありませんな。さすがは妾の子。常人とはかけ離れた教養をお持ちでいらっしゃる」

「いかにレイホルンの使者殿といえど、我が国の女王陛下をそれ以上罵倒なさるなら、容赦はできませんぞ」

 ミルシャに代わり、騎士団長のマオルクスが怒りを露わにした。

「おやおや、異なことをおっしゃりますな。私は女王陛下を罵倒などしておりません。事実を、ありのままに述べただけです」

 演技かかった態度で両手を広げて見せたあと、ヘンドリクはマオルスクに対して言葉を続ける。

「それよりも、マオルクス殿もあろうお方が、こんな国にいてはいけませんな。私がレイホルンへかけあい、戻れるように致しましょう。ずっと良い待遇を受けられますぞ」

「丁重にお断りさせていただく。ワシはミルシャ女王陛下に忠誠を誓った。王妃が実権を握り、国王陛下をないがしろにする国よりも、よほど心地よいですしな」

「やれやれ。王宮でも噂になってるとおり、ずいぶんな変わり者でいらっしゃる。王妃様が実権を握ってるなど、妄想もいいところですぞ。実際に私がお持ちした書状は、国王陛下からのものですからな」

 話し合いにもならないと判断したらしく、マオルクスは忌々しそうにヘンドリクから顔を背けた。

 その様子を見て得意げに笑ったヘンドリクは、改めてミルシャに出発を促す。

「私も暇ではないのです。弱小国家の主らしく、尻尾を振って強国の要望に従ってください」

「……わかりました。一部の町を見捨てる強国とやらの求めに、応じることにいたしましょう」

「ありがとうございます。生意気な小娘陛下。我が主もお喜びになります」

 使者のふざけた態度に、強い口調で文句も言えない。これが、独立した国となったゼロの現状なのだ。謁見の間にいたラースリッドは、現実をまざまざと見せられた。

「護衛の兵などはいりませんよ。我がレイホルンの優秀な兵士たちが、しっかりとお守りしますからね」

「そうもいきませんな。ゼロはレイホルンの属国ではありませぬ。女王陛下が他国へ参るというのに、護衛もなしでは沽券にかかわります」

「沽券? 誕生したての弱小国家が何をおっしゃるのやら。それとも、貴国はレイホルンとの戦争をお望みですかな」

 ヘンドリクがニヤリとする。レイホルンとゼロを比べれば、国力と兵力の差はあまりに大きい。正面からまともに戦って、勝てるはずがなかった。

 理解しているからこそ、マオルクスは悔しげに唇を噛んで何も言えなくなる。

「私なら構いません。マオルクス殿は、私が不在の間の国をお願いします」

「……女王陛下がそうおっしゃるのであれば、ワシに異論はありませぬ。道中、お気をつけくだされ」

 レイホルンの使者との会談が終わり、ミルシャはメイドの同行すら許されずに国をあとにする。

 着替えすら持てずに、相手が用意した馬車へ乗り込む。およそ一国の女王へ対する扱いではなかった。

 馬車が出発したあとで、マオルクスが忌々しげに吐き捨てる。

「奴ら……ランジスを見捨てたくせに、属国扱いしておる。ゲルツ国王陛下ならば、このような真似はせん。すべて、あの女狐の仕業であろう!」

 ミルシャが乗った馬車を見送った全員でホールへ戻ったあと、ラースリッドは女狐とは王妃のことかと尋ねた。

「ウム。ワシが祖国をあとにしたのも、王妃が理由だ。だが、ゲルツ国王陛下への忠誠を裏切ったとは思っておらぬ。苦境に立たされたミルシャ様を助けることが、陛下の望みであると信じておったからな」

 ゲルツ国王への謁見を、最後まで王妃に拒否されたのも国を去る原因になったとマオルクスは教えてくれた。

 ランジスの町をあっさり切り捨てるようなやり方にも、我慢できなかった。同じような気持ちの兵士は数多くいたが、下手に反抗すれば、レイホルンで暮らす家族がどんな目にあうかわからない。そうした理由から、マオルクスとともに亡命したのは、数名の騎士だけだった。

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