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巡回で発見できたのは、結局ジドーとセエラの二人だけだった。元領主の館こと王城へ戻ると、まずは無事に帰還したのを喜ばれた。
とりあえずの危機が去ったのを知らされた住民たちが、謁見の間で新女王陛下のミルシャの帰りを待っていてくれたのだ。
正面の出入口に警備の騎士が二名。ホールに一名いる。残りは怪我の具合が酷く、メニルらが治療しているみたいだった。
すぐに戦力としての復帰はできないが、命に別条はないと聞かされてラースも安堵する。
「これも全部、君のおかげだな」
マオルクスが握手を求めてきた。
ミルシャたちが巡回してる間に、元騎士団長は館の中から適当な鞘を見繕ってくれていた。遠慮なく頂戴したラースは、魔剣ヴェルゾを鞘に収めた。引き抜きやすい形で、腰に鞘ごと装着した。
魔剣という響きに恐怖を覚えた住民もいるみたいだが、平然そうなラースを見て徐々に不安を消失させたみたいだった。
皆で無事を喜んでるうちに、救世主だとラースはもみくちゃにされた。呪われた子だと忌み嫌ってた住民の大半が引っ越したのもあって、差別する人間は極端に減少した。
傷ついた騎士たちの治療を終えたメニルらも、ラースを取り囲む輪に加わる。口々にお礼を言っては、歓喜の抱擁をしてくれる。ミルシャが、複雑そうな表情を見せたのが印象的だった。中年女性が相手の時は、余裕の笑顔だったのだが。
この日は、館に残っていた食料でささやかな勝利パーティーが開催された。謁見の間が会場となり、生き残った住民全員が参加する。
置いていかれたとはいえ、料理人も残っている。メニルら料理ができる女性も手伝い、美味しそうな食事が並んだところで女王陛下の挨拶が行われる。
「明日からも色々あると思いますが、まずは今、生きていられるのを喜びましょう」
歓声が上がる。酒や水を片手に、それぞれが好きな料理を食べる。周囲の目を気にせず、誰にも嫌味を言われない食事に皆が夢中だった。
ほぼ全員が大なり小なり虐げられてきたからか、そこかしこに気遣いが溢れる。ラースを呪われた子だと蔑む者もいなかった。
「凄い熱気ね。心からの笑顔がありすぎて、戸惑ってしまうわ」
焼いたチキンを口に含んでいたラースに、マントとフードを脱いだセエラが近づいてきた。
ホットパンツに袖のないシャツは動きやすそうだが、その分だけ露出度も高い。どこを見ればいいのかわからず、ラースはたまらず彼女から顔を背けてしまう。
「フフ。意外と純情ね。じろじろ見てくる男よりは、好感が持てるけど」
軽く笑ったあとで、本題を切り出す。
「どうして貴方は、魔剣に呪われないのかしら。何か心当たりはあるの?」
「さあ……? もしかしたら、僕が呪われた子だからかな。すでに呪われてるから、新しいのにはかからないとか」
ラースの言葉に、セエラが「呪われた子?」と目を丸くした。以前にジドーから助けてくれたものの、どうしてそんな目にあってたのかまでは知らないみたいだった。
隠す必要もないので、ラースは事情を説明した。するとセエラは納得したように頷いた。
「なるほどね、ようやく理解できたわ。体内に属性を宿してないのが、今回はプラスに働いたのね」
「どういうことかしら?」
チラチラと横目でラースの様子を窺っていたミルシャが、ここぞとばかりに会話へ乱入した。
嫉妬心を含んだ目で睨まれたセエラが、面白そうに笑う。
「気になるのは属性のこと? それとも……」
「からかうのはやめて。それより、本当にラースが魔剣に呪われない理由がわかったの?」
道中で散々からかわれたせいか、ミルシャのセエラへの口調は、ラースらに対する時と変わりなかった。
打ち解けたというわけではないだろうが、丁寧な対応をする必要はないと判断したみたいだった。
「多分ね」
ラースに向き直ったあとで、セエラが推測だと前置きした上で理由を説明してくれる。
「人間は生まれた時から、属性を宿すわ。当たり前で例外は存在しない。だからこそ、守護属性どころか属性を得られなかったラースは呪われた子と呼ばれてしまった」
ラースだけでなく、事情を知ってるミルシャも頷く。どんな話をしてるか気になったのか、いつの間にやらジドーやメニル、それにマオルクスまでもが側に立っていた。
一同を見回すようにしながら、セエラが言葉を続ける。
「火、風、土、それに水。この四大属性が人体に色々な影響を及ぼすわ。例えば、怒った時には火の属性が強くなる。逆に言えば、火の属性が強まるからこそ、人は怒るのよ」
「そういや……ラースは、ほとんど感情を表に出さねえよな。それが気持ち悪いって、虐めちまってたんだが……」
ミルシャだけがジドーを睨みつけたが、今さら彼を恨んだりはしない。こうして考えると、確かにラースは誰かを怒ったりというのはあまりなかった。だけど――。
頭の中に浮かんできた疑問を、ラースが直接セエラにぶつける。
「それだと僕は、感情の起伏が全くない人間になるよ。確かにあまり怒ったりはしないけど、まったくないというわけじゃないし、悲しくなったりもするよ」
「心が作った感情を、体内に宿る四大属性が増幅させる。そう考えれば、辻褄が合うわ。私の個人的な意見でしかないけどね」
セエラの回答に、ミルシャが同意する。
「でも、それが一番しっくりくるわよ。心はあるから感情もあるけど、属性を持たないから他の人ほどの振れ幅がないってことだものね。道理で、腕を魔物の爪で貫かれても、あまり痛がったりしないわけよね」
ミルシャが隣にいるラースの傷口を優しく撫でた。
「言われてみれば、俺が虐めてもあまり痛がってなかったよな。むしろ、笑ってたりしたし」
各人に思い当たるふしがあったのか、ジドーたちが過去のラースについてあれこれと情報を共有する。
「ラース殿の勇敢さには感服しておったが、そうした事情があったわけですな。感情の振れ幅が少なく、痛みや恐怖を覚えなければ、剣を扱えなかろうとも平然と敵へ突っ込める」
「感情に関しては心も影響するから、まったく感じてないわけではなさそうだけど、一般の人に比べると少ないでしょうね」
マオルクスの言葉に頷いたあとで、セエラは改めて呪いについての注釈も披露してくれる。
「呪いというのは、人間の体内に宿る四大属性を狂わせることにより様々な影響を及ぼすのよ。だけど、ラースには肝心の属性自体がなかった。恐らく魔剣を手にした時点で、呪いは発動しているはずよ。普通の人なら、とっくにそのヴェルゾとやらの支配下ね」
セエラもまたマオルクスから魔剣の話を聞き、どういった影響があるのかを知った。常人が手にしていたら、伝承どおりに生ける屍となり、見境なしに虐殺行為を働いたに違いない。
「平常時なら魔剣の存在を知っている人間もいるし、声が聞こえたからといってすぐには手を出さないはずよ。中には愚かな者もいるでしょうけど、自分を引き抜かせようとしたのが明るみになり、さらに酷い状況下へ置かれるのは避けたい。だからこそ魔剣ヴェルゾは、ひっそりと機会が訪れるのを待った。計算違いがあるとすれば、世界にひとりしかいないであろう属性を持たない人間が所有者となってしまったことね」
笑うセエラがラースを見る。
「魔剣の声は貴方にだけ聞こえるのよね。今は何か言ってるのかしら」
「それが……さっきから、ずっと黙ったままなんだ。帰還する前までは、ため息をついたりとかしてたんだけど」
「変ね。拗ねてるわけではないと思うけど……」
そこまで言ったところで、セエラがハっとしたような顔つきになった。
「ねえ、ラース。鞘から剣を抜いてみてくれないかしら」
どうしてだろうと疑問に思いながらも、言われたとおりにする。勝手におとなしくしてると判断していた魔剣が、騒がしく喋り始めたのはその直後だった。
「我の視界や口を塞ぐとはいい度胸だ。この程度の鞘など、本来なら簡単に斬り裂けるものを……!」
通訳みたいに、頭の中に響いた魔剣ヴェルゾの声をそのままセエラたちに伝える。
「鞘をされると、喋れなくなるみたいね。有益な事実をひとつ発見できてよかったじゃない」
自分事のように喜んでくれたのはミルシャだ。
「く……! 生意気な小娘だ。目や口は自由にならずとも、貴様らが何を話してるかくらいはわかるのだぞ。下手な発言は慎むがいいっ!」
あくまでも上から目線の言動をしたあと、魔剣ヴェルゾが戸惑いと落胆を露わにする。
「貴様……本当に属性がないのか。信じられぬ。そのような者……過去の歴史にも存在せぬぞ」
その言葉も皆に教えると、最初にセエラが「そうでしょうね」と言った。
「属性がないなんてイレギュラーすぎるわ。この世界に存在する魔法だって、属性があればこそだもの。火を熱いと感じるようにね」
「じゃあ、ラースには魔法が効かないの?」
ミルシャが、セエラに質問した。
「可能性が高いわね。毒なども彼には効果を発揮しないかもしれない」
「凄いわね。魔剣も使えるんだし、無敵じゃないの」
「そう簡単にはいかないと思うわよ。悪しき影響を受けない代わりに、良い影響も得られないもの。例えば、回復魔法などね」
瀕死の状況であっても、高位のプリーストが使うような回復魔法があればなんとかなる。身体能力を上昇させるサポート魔法なども、戦闘では十分に役立つ。
それらがラースには通じない。デメリットがない代わりに、メリットもないというセエラの言葉に納得する。しかも、問題はそれだけでなかった。
セエラが「これは仮説だけど……」と、ひとつの意見を発表する。
「ラースは痛みに強いのではなく、鈍いのよ。苦痛や恐れを感じずに突撃できるのは強みだけど、逆に考えれば、致命傷となるラインを自覚できないことになる」
「そんな……! それじゃ、気づいたら手遅れなんて事態も……」
「ありえるわね。属性がないだけで、肉体の構造は普通の人間と変わりないのだから。ジドーといったわね。貴方がやりすぎていたら、彼はあっけなく死んでいた可能性もあるということよ」
周囲の責めるような目つきに晒されたジドーは言い訳すると思いきや、素直にラースへ頭を下げた。
「悪かったよ。虐めてたのは、間違いないからな。お前はそんな俺の命を救っただけじゃなく、仲間にまでしてくれた。恩は必ず返す。俺は今日からお前の子分だ。どこまでされたら死ぬかわからねえなら、俺が側にいて助けてやる」
高らかに宣言したジドーの言葉に、なんだか嬉しくなった。属性はないけれど、感情はきちんとある証拠だった。
「うん、ありがとう。でも、子分じゃなくてもいいよ」
「俺の気持ちの問題だけじゃねえ。魔剣を使えるお前は、人が少なくなったこの町で最大の戦力だ。何かあれば即、壊滅へと繋がる。ここにいる連中を……お転婆な女王様を守りたいなら、子分は多い方がいいぜ」
「そうね。お転婆という表現以外は、ジドーの言うとおりだわ。ラースはもう、この町――いいえ、この国になくてはならない存在なのよ」
周囲で話を聞いていた人間たちも、一斉に頷く。誰もが知っているのだ。魔物の襲撃を退けられたのは、ラースのおかげだと。
呪われた子と蔑まれてきた自分が、魔剣を扱えたおかげでミルシャの力になれる。生まれて初めてラースは、属性を得られなかったことに感謝した。




