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呪われし者の英雄譚  作者: 桐条京介
1章 呪われた子と妾の娘
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「何故だっ! 何故、貴様は我の呪いを受けないっ!」

 叫んだのは目の前にいる魔族ではない。心配そうにこちらを見ている女王でもない。ラースの右手に握られている、ひと振りの魔剣だった。

 鈍い輝きを放つ漆黒の魔剣の声が、ラースの頭の中に響く。直接届けているのか、他に魔剣の声に気づいてる者はいない。

 ラースは魔剣の声に応じず、立っている謁見の間で剣を振った。

 発生した衝撃が、目に見える白い大波となる。こちらを凝視していた魔族を飲み込み、周囲の装飾品までをも破壊する。

 抗議の声を上げる者はいない。装飾品よりも、目の前の魔族をなんとかする方が大事だからだ。

「ぐ……! それは魔剣か。使い手がいるなど、聞いてないぞ!」

 今度叫んだのは、名も知らない魔族だ。

 仲良くしたい意思などないので、相手の名前を知りたいとも思わなかった。

「まあ、いい。魔剣一本で、どうにかなるほど我らは弱くない。それを思い知らせてやろう」

 口端を歪めた魔族が、背中についている大きな羽を広げた。

 宙に舞い上がり、魔剣を持つラースを見下ろす。

 魔族の突撃に備えて、ラースは剣を構える。

 剣技に自信はない。それどころか、剣を持った経験すら数えるほどしかなかった。

 両手にずっしりと重さを感じる魔剣を振るえば、勝手に攻撃してくれる。

 これなら……なんとかなるかもしれない。

 抜群の運動能力などなく、腕力も人並みだ。

 普通の剣で挑んでいたとしたら、数秒程度で物言わぬ躯になっていたはずだ。

 魔族が攻撃動作に入る隙を突き、両手で剣を振るう。

 剣先が相手に届かなくとも、先ほどみたいな衝撃波で攻撃できた。

 頭の中に入っていたのか、魔族が攻撃をなんとか回避する。

 反撃だと向かってきた相手の長く伸びた鋭い爪を、魔剣で受け止める。

 金属同士がぶつかるような激しい音とともに、周囲へ火花が飛び散る。

 心配そうに見つめる王女を、横目でチラリと見る。

 彼女だけは……僕が絶対に守って見せる。

 とっくに決まっている覚悟をお供に、ラースはさらなる一撃を繰り出すのだった。



 魔物が攻めてくる前日の朝。

 ラースはいつものように、家の外へ蹴り出された。

「ラース! ラースリッド! お前は本当に愚図だね」

 眉を吊り上げ、怒りを前面に押し出しているのは叔母のサディだ。ラースの母親の妹になる。

 両親がすでに他界しているラースは、彼女の家の世話になっていた。

 ラースリッドというのが、正式な名前だ。ラースという呼び方を最初にしたのは、生前の両親だった。

 形見など何ひとつないラースにとって、自身の名前こそが両親の温もりをわずかに感じられる最後のものだ。

 自己紹介の際などは、必ずラースと呼んでくださいと言うようにしている。

「これだから、お前みたいなのを受け入れるのは嫌だったんだよ。呪われた子め!」

 足首まである長いスカートをはいた叔母が、地面に左手をつき、横向けに倒れているラースを容赦なく蹴りつける。

 外を歩く通行人は目撃しても、またかとニヤニヤするばかり。誰も助けてはくれない。

 ラースも反抗したりはしない。叔母の気が済むまで、黙って蹴りを受け入れる。

 蹴られるのが好きなわけではない。そうされるのが、当たり前だと思っているからだ。

 叔母が言っていたとおり、ラースは呪われた子だ。どんなに粗末な扱いであろうとも、眠る場所と食事を提供してもらえるだけでありがたかった。

「フン。まったく、気持ち悪い。祝福を受けられなかった呪われた子が側にいるなんて、ああ……おぞましいっ!」

 最後にラースの顔面を蹴りつけると、サディは両手で自分の身体を抱くようにして、ひとりだけで家の中へ戻った。

 一階建ての木の家では、夫と息子が彼女の作った朝食をとっているはずだ。彼らの食べ残しが、そのままラースの朝ご飯になる。

 今日は、どれくらい残っているのかな。そんなことを考えながら、ラースは立ち上がった。

 両手でパンパンと身体についた砂を払う。蹴られた痛みで全身がジンジンする。半袖のシャツから覗く二の腕には、今日のものではない痣が幾つも痛々しく存在していた。

 今さら、どうして酷い目にあわされるのかと嘆いたりはしない。呪われた子のラースにとっては、当たり前の日常だ。

「さあ、仕事をしよう。早くしないと、朝ご飯を没収されてしまう」

 ラースの仕事は、家の雑用全般だ。サディの夫や息子が残さなければ朝食がなかろうとも、仕事はこなさけなければならない。さもなければ、キツいお仕置きをされる。

 納屋にあるほうきを手に取り、まずは家の周りを掃除する。朝の日課だ。

 せっせと両手を動かすラースに、どこからともなく石が飛んでくる。ぶつかりはしなかったものの、身体の近いところを通り過ぎていった。

 誰かの笑い声が聞こえる。死角から、わざと石を投げつけてきたのは明らかだ。甚振って面白がるのは、標的がラースだからに他ならない。

 呪われた子――。

 生まれた時から、ラースについてまわる蔑称だ。

 この世界に存在する者は、漏れなく精霊の祝福に包まれる。

 身体の中に火、水、風、土の四つの属性が宿る。出生時に教会で判定され、その際に一番強い輝きを放つ守護属性も知らされる。

 当たり前であり、誰もが持っているものだ。ラースの両親も、出産を行った自宅のベッドで、守護属性は何だろうとワクワクしていたに違いない。

 けれど教会の司祭様から知らされたのは、守護属性なしという衝撃的な言葉だった。

 生前の母親はあまり教えてくれなかったが、その場に居合わせた叔母によれば司祭様は驚くほどに狼狽していたらしい。

 守護属性はおろか、どのような人間にも備わるはずの四つの属性すら見当たらないと。

 直後に、動揺を隠せない司祭様は叫んだ。「祝福を得られなかった、呪われた子だ」

 叔母を始め、親族は揃って母親にラースを捨てるように忠告した。

 優しかった母も父も、最後まで首を縦には振らなかった。赤子にラースリッドという名前をつけ、一緒に生きていくことを選んでくれた。

 成長するにつれて、ラースが属性を持たない呪われた子だというのはすぐに広まった。どこへ引っ越そうとも無駄だった。

 行く先々で呪われた子と罵られ、どんなに泣き叫んでも石を投げられる。身を挺して守ってくれた母も、口汚く罵倒された。

 父親は働く場所を与えられず、家族の生活は困窮を極めた。ご飯を食べられなかった日もある。

 とても辛かったはずなのに、両親はいつもラースに笑顔を見せてくれた。家族で暮らせるのは嬉しいと。

 わずかに得られる日々の食糧を、すべてラースに与えていれば、両親の健康状態は悪くなる。

 最初に倒れたのは父親だった。病院へかかるお金もなく、母親にラースを頼むと言い残してこの世を去った。

 その後、間もなくして母も同じ病にかかった。苦しみをラースには見せず、気力を振り絞って叔母の家まで連れてきてくれた。

 叔母に頭を下げ、当時はまだ十歳だったラースを預かってほしいと頼んだ。

 死にゆく姉の最後の願いだからと、サディは最終的に了承した。

 教会で亡くなったが、他の人々と同じ墓地に入るのは拒まれた。司祭様にではなく、町の住人たちにだ。

 理由は、呪われた子の母親だから。

 ラースは母親を、誰も来ないような小高い丘に埋葬した。今でもポツンとひとつだけ、小さなお墓が佇んでいる。

 六年の月日が流れて、現在のラースは十六歳だ。生前の両親に教えてもらったおかげで字の読み書きはできるが、学校には行っていない。望んだとしても、呪われた子はお断りだと拒絶される。

 守護属性というのは、それだけ大事だ。精霊の力を体内に強く宿している者は、魔法も使える。数はさほど多くないので、この世界での魔法使いは尊敬される職業のひとつだった。

 ラースがいる大陸アルプレーグは、世界の隅に存在する小さな島だ。その中で、さらに小さな国々がひしめきあう。どの国も王制で、貴族が権力を所持する。

 ここ、レイホルンも例外ではなく、現在はゲルツ国王が統治している。王都はずっと北にあり、叔母の家がある町は南端の辺境だ。

 ランジスと呼ばれる町の住民は、決して多くない。数万人が暮らす王都シュレールに比べれば、十分の一以下だった。

 掃き掃除を終えたラースが、サディの家へ戻る。居候の身なので、寝起きは納屋でする。家の中に入れるのは、仕事の報告などをする場合のみだ。それも玄関のみに限定される。

 朝の掃除に水汲みを終えたラースが報告をすると、パンの切れ端が飛んできた。急いで拾い、口の中に押し込む。空腹なので、どんな食事でもありがたかった。

 一生懸命に食べるラースを見て、これから学校へ行こうとしている同い年のサディの息子が笑う。

「俺の残したパンが、そんなに美味いのかよ。さすが呪われた子だな」

 出がけに意味もなく蹴られる。バランスを崩して、手に持っていたパンもろとも地面へ倒れた。玄関にいるのも汚らわしい。そんな目でラースを見るサディが、息子の行動を注意するはずもなかった。

 砂にまみれたパンを食べる。何も与えられないよりはマシだ。情けなくとも、惨めでも、せっかく両親がくれた命を無駄に散らしたくはなかった。

 虐げられてばかりのラースにも救いはある。

 夕方になって暇ができると、いつもの小高い丘へ移動する。目立たない場所には、愛する母親のお墓もあった。

 丘に座って、ぼんやりと沈みゆく夕日を見る。今日も一日生きられたのを感謝すれば、恨みや悲しみの気持ちも消えていく。

「明日も……頑張らないとな」

 呟くように漏らした言葉に、背後で誰かが「そうね」と言った。

 振り返らなくとも、誰がいるのかはすぐにわかった。六年前から、この場所でよく会っている女の子だ。

 肩口まで伸ばした綺麗な栗色の髪が特徴的で、目元もはっきりしている。大きな瞳はとても人懐っこそうだ。一見しただけで美しいとわかる少女は、名前をミルシャと言った。六年前にサディから辛い仕打ちを受け、泣きながら母親のお墓へすがりついている時に出会った。当時はミルシャも十歳だった。

「ここでわんわん泣いていた昔が、嘘みたいね。ラースも成長したじゃない」

 からかうようにミーシャが言った。いつものことなので、ラースもいつもみたいに笑った。

「ミルシャのおかげなのかな」

「そうに決まってるわ。優しい私に感謝してよね」

 笑顔のミルシャが、ラースの隣に腰を下ろした。

 暇さえあれば――というか、頻繁に二人はここで会っていた。他愛もない話ばかりだが、ミルシャはラースを受け入れてくれる数少ない人間だった。

 普通に会話をできるのが、何より嬉しかった。六年の月日を経て、ラースはミルシャに恋心を抱くようになった。想いは決して告げない。呪われた子の自分なんかが、釣り合う相手ではないと最初から諦めていた。

「さて。そろそろ私は帰るわね。フフ、今日も楽しかったわよ」

 先に立ち上がったミルシャに続いて、ラースも腰を浮かせた。昔は同じくらいだった身長も、六年の間に変わった。ずいぶんとラースの方が大きくなった。

「また、明日。会えるかな?」

「きっとね」

 尋ねたラースに笑顔を残して、ミルシャは小高い丘から走り去って行った。

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