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超短編

不要なカルテ。

作者: しおん

とある診療所の一室。


暮れゆく日差しが西側の窓から降り注ぐ。室内には白衣をまとった20代とおぼしき青年が、カルテを片手に溜息を吐いていた。

彼はこの町にやって来たばかりの新米の医者。そしてこの診療所は、田舎町だからというわけではないと思うのだがあまり込み合うことがない。周辺住人が健康であることはいいことであるため、それに不満がある訳では無いのだが人があまりいないからこその悩みがある。

学校が終わってしばらく時間がたったぐらいの夕暮れ時、そう、このぐらいの時刻に面倒くさい客人が顔を見せるのだ。


「せんせ~、また来たよ~!!」


元気の良い声と共に診察室のドアから侵入してきたのは、女子高生。良い若者が友達と遊びもしないでこんなところに来るのは、青春時代を無駄にしていると思う。そのうえ彼女は先ほどの言葉から分かるように、何度もこの診療所を訪れている。


小野間おのま 美奈みなさん。本日はどのようなご用件で?」


定型文のようなその言葉をなげかけると、彼女も決まりきった言葉を僕に返す。


「せんせーと、お話ししに来ました!」


小学生か。

とつっこみたいところだが、患者のいない診療所では追い返す術もない。だからと言って、ここは誰もが自由に訪れることが出来る憩いの場というわけでもない。そうだというのに、この小野間という少女は再三の注意をものともせず、あろうことか診療所に通いに来る始末。注意することすら面倒になった最近は、説教ではなく文句を言う毎日だ。


「お前なあ……いい若いもんが病院通いとはいい度胸だな。健康なら外で遊べ」


普段の診察では使えないような、荒っぽい口調でその行動を咎めると、小野間は口をとがらせて見るからに不機嫌ですと主張し始めた。


「どうせ患者さん今日もいないんでしょ~?なら居たっていいじゃない」


今日もとか言うな。悲しくなるから!

それに毎日一人ぐらいはちゃんと診察に来てくれているんだ。この時間に来ていないだけで‼


「余計なお世話だ高校生。学生の本分は学業だ、用がないならとっとと帰って勉強しろ。宿題ぐらいあるだろう?」


僕の言葉に納得したような表情を浮かべる小野間。

これでおとなしく家路に着いてくれるだろう。だが、そんな安心感は束の間のもので、彼女は何を思ったのかスクールバッグをあさりテキストとシャープペンシルを取り出した。


まさか……


「じゃあここで宿題やるよ!わかんないとこあったら教えてね、せんせー」


僕の帰ってという言葉が聞こえなかったのだろうか。あいにく僕は、これを無邪気なんて言葉で片付けてやれるほど懐が広くない。それに同じ先生ではあるが、僕は医者で学校教諭ではないのだ。得意科目もあれば、苦手科目も大いに存在する。その上、教えることは何よりの苦手だ。


「僕は教えねーからな、まあ勉強するのはいい事だからここに居るのは許してやるよ。でも事務処理の邪魔すんなよ?」


「はーい!」


返事だけはいいんだから……。


さらさらと紙にペンを滑らせる音だけが響く室内。小野間が静かにできるとは思ってもいなかった。正直意外だ。

それにしても、なんでこいつはここに居たがるんだか。こんなおっさんしか居ないぼろっちい診療所。カラオケだとかゲームセンターだとかにいったほうが有意義だろうに。


「ねえせんせー」


ボーっと考え事をしていたら、小野間が声をかけてきた。


「何だ?勉強なら教えないぞ」


教えるのが下手だなんて知れたらこいつの事だ、からかってくるに決まってる。


「それはいいんだけど……」


歯切れの悪いその言葉は、はきはきとしたいつもの彼女らしくない。思春期にありがちな悩み事だろうか?取りあえずせかすわけでもなくただ無言で次の言葉を待った。


「ここって、看護婦さんとか居ないの?」


看護婦?

ああ、女性に相談したい内容なのか。


「残念なことに看護婦は居ねーよ。誰が好き好んで都会からこんな所までやって来るんだ。女性と話したいならほかを当たれ、ほかを」


看護師なんて来なくても、患者が全然いないからな。僕一人で十分だ。


「へー、そうなんだ~。別に女の人と話したいわけじゃないよ?いっつもせんせーひとりだから他の人とか居るのかなって」


「僕しか居なくって悪かったな。そんなこと言ってる暇あるなら早く宿題終わらせろ、そして帰れ」


「せんせーの意地悪!そんなこと言うせんせーにはとっておきの罰をあげるよ、宿題終わったけど帰らない」


いつもの調子に戻ったのは嬉しいが、これはまたたいそうな罰だな。拷問か。


はぁ。


溜息をこぼすのは必然のことで、同時に諦めでもある。


「ここに居たからって茶の一つも出してやれねーからな。それでいいんなら診療終了時刻まで居てかまわねーよ」


邪魔さえされなきゃ、実害はないからな。


「はーい!」


返事だけはいいんだから。

何が嬉しいんだか、にやにやしてる小野間を横目に僕は作業を再開する。作業開始からほどなくして隣から声が上がった。


「せんせー、私が看護婦になるって言ってらどうする?」


どうするって……。


「どうもしねーよ」


僕の返答が意外だったのか目を丸くする小野間。


「何だ、意外か?別に将来の夢を持つのは自由だろ。一時の気の迷いで決めた曖昧な夢なら勧めねーけどちゃんと考えて決めた結論なら止める理由なんてないからな、やりたいって思ったことをすればいい。そのかわり結果がどうであれ自己責任だからな」


「……そっか」


噛みしめるように口にしたその言葉。

それはふたりの運命を変える言葉。












――何年後かにこの診療所にこの町出身の看護師がやって来ることを、この時の二人はまだ知らない。



読んでくださって、ありがとうございます。

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