母のかなしみ
悲しいから泣く なんてことは ないと
母は言った
くやし泣きかうれし泣きがあるだけだと
本当に悲しいとき
人は涙を流せない
ただ、呆然とするだけだと
涙を流せないほどの
悲しみを私はまだ
知らなかった
母はいつも笑顔で私の話を
聞いてくれた
私は強いのよ。嫌になっちゃう
と、母はよく言って笑った
ある日、話の流れから母は何気なく
言ったのだ
悲しいから泣くなんてことは、ない
と
この母にも
呆然と、まばたき忘れて
うちひしがれて、悲しみに
のみこまれた日が
あったのか
神妙な気分になった私に
母は
「コーヒーでも飲む?」と
笑顔で聞いてきた
肉感が減った母の背中
コーヒーの香りが
話を変えましょうよ、と
私にささやいた