第三話
自分でも思うが、俺は頭が悪い。
正直、深く考えるのは好きじゃない。
だからだろうか。自然と好むところは体を動かすこととなった。
今やっているのは空手。
これは、面白い。
それ以前は野球をやっていたのだが、テレビで格闘技を見てから興味が湧いた。
だから、中学でやっていた野球を辞めて、空手部に入った。
初めの半年は苦痛だった。
とにかく、体の動かしかたが難しい。
上級生が何気なくやっている動きを、いざ自分が行なってみようと思うと全く体が言うことを聞かないのだ。
とにかく違和感が前に出る。
全くといっていい程、『しっくり』とこないのだ。
野球だったら、実際に打ったり、投げたりするのは兎も角、姿勢だけならすぐに覚えられた。
だというのに、空手はその姿勢から覚束ない。
上級生が当たり前のようにやっていて、自分が全くできない。
それは、運動神経に自信があった俺にとって、初めての経験で。
それ故に、悔しかった。
悔しくて、家に帰ってからも何度も練習した。
上級生に言われたことと、彼らの動きを思い返して。
中々変化はなかった。
ドスドスと、自分でも嫌になる動き。
吐き気がした。
悔しくて、俺は何度も繰り返す。
何度も、何度も。
そうして半年が経ち、俺はようやく『しっくり』とした感触を得た。
その過程で、上級生の何気ない動きがどれほど複雑なものであったのか知ることができた。
そこからは、楽しくなった。
基礎の練習で、一つ一つの動きが分かる。
自分の体の崩れや、他の人の動きが分かる。
どこが悪いのかが、理解できる。
組手。
相手と試合形式の練習をすることで、互いの技能向上を狙うものだ。
これは、楽しい。
「――――始め!!」
審判の号令と共に、互いに構える。
互いに右利き。
左手足を前にし、腹を横にする。そうすることで相手に打たせる面積を減らすのだ。
間合いを図りながら、俺は踏み込む。
文章にすれば、たったの一行。たったそれだけの事柄が、空手では恐ろしく深く、底の知れないモノと化す。
相手の体と、眼球の動き。
気迫、雰囲気。
リーチと、動きの読み合い。
これら全てを読み合い、彼我の能力差を比較し、適切な行動を取る。
それは、まさに魔窟。
終わりのない、一瞬にして永遠の場所。
とても論理的には考えられない、感性の世界。
牽制に、左で顎を狙い打つ。
半歩、相手は下がった。
罠かもしれない。
もしかしたら、単に様子見をするつもりなのかもしれない。
もしくは、何も考えていないか。
俺は、一瞬でそれを判断する。
それは、俺の頭では言葉にできない。
もしかしたら、兄貴なら言葉にできるかもしれないが、俺には無理だ。
ただ、分かる。
これは、様子見のつもりだと。
一歩、前へ俺は出る。
体を捻り、右手を突き出す。
狙うは、再度顎。
相手は、俺からさらに半歩下がる。
そこへ前蹴りを突き出す。
『しっくり』とくる感触がある。
「――――やめ!!」
審判の声。
「技あり!!勝負あり!!」
俺の勝ちだ。
今の相手は上級生。
いつも試合に出る上級者だが、俺はこの相手にもさほど苦戦するようにならなくなった。
空手は、楽しい。
勝利と、敗北。
簡潔明瞭な結果が、俺を示してくれる。
とても、楽しい。
◇
「・・・こんなもんかね」
あ~疲れた、と俺はキーボードから手を下ろす。
慣れない現代ものを書いたからか、妙に疲れる。
・・・いや、馴染みのあるものが多いから、あまり想像力を掻き立てなくてもいいってのはあるんだけどね。
何分俺はスポーツについては素人。
漫画や他の小説を真似てみたが、どんなものだろうか?
あ~別に小説を書くのが面倒くさくなったわけじゃない。
これは弟のせいだ。
ほら、俺が弟にがんがん言っただろう?
あんまり厳しく言うつもりはなかったんだが、やっぱりちょっと気にしたみたいでさ。あの後俺にこういったんだよ。
「じゃあ、兄貴も俺に小説見せてよ」ってさ。
まあ、巫山戯るなってのが本音だね。
誰が好き好んで自身の糞と揶揄される小説を見せなきゃならないんだって。
・・・とはいえ、その糞を書いているのも事実なので、あまり無下にはできない。
しかし、自分の書いているものを弟に見せるというのも癪だ。
そこで、弟には完全に別ものの小説を作り、見せるというわけだ。
今書いていたのが、弟に見せようと思ってるやつ。
現代学園ものの小説だね。
親近感を持たせようと思って、弟と同じ空手部に所属している男が主人公。
ちょいと変わった方向にグレている奴で、とにかく負けん気が強い。
プライドが高くて、それに見合った実力がないと自分が許せない人間。
だから、新しく始めた空手でも必死になって努力するし、実際に才能もある。
半年近くたって、上級生の中でも強い方に勝つことでできるようになったという設定。
・・・なんか、こうやると恥ずかしいな。
なんていうか、設定廚?みたいに思われてもやだし。
ほら、俺は基本設定とか深く考えないんだよね。
今書いている小説もだが、キャラありきでやってるから話しを進めながらそれに並行して設定も深みを増していくみたいな?
思わせぶりな発言をさせておいてから、その真意を作者も考え出すみたいなさ。
・・・いや、別に珍しくないだろ?
商業誌でも、結構そうやってる人いるし。
ネットなら、なおさらだよな?
そのまま伏線回収できなくて話しも止まって、ばいばいするのがネット小説の常道だろ?
ほら、FA○Eみたいにさ、取り敢えず色々癖のあるオリキャラ出しまくって、そこまでは楽勝なんだよ、きっと作者もにやにやうはうはしながら書いていくんだって。
自分のお気に入りを出してさ、他の原作では暴れまわってた奴らが吃驚するんだよね、あいつの正体は何だ!?ってさ。
で、みんなわかんないわけだよ。そりゃわかるわけないさ、ゲームの世界の英雄ですとか、異世界の英雄ですとか誰が正体見抜けるんだよ。
そういう奴らがドヤ顔して、マスターはニヤニヤ、作者もニヤニヤ。
冷静な作者様だったら、しっかりとその介入した奴らのキャラを壊さずに扱うけどね。
けどまあ、根幹は一緒だよ。
結局、皆俺TUEEEEが見たいわけさ。
・・・おっと、話しがそれた。
とにかくさ、FA○Eの場合はキャラで出揃った時点で大概止まってしまうんだよ。
悩むわけだよね。
一体、こいつらどうやって減らしていけばいいんだって。
そりゃ、そうだよな。
自分のお気に入り達が一堂に集まって、大暴れさせようったって、その死に様が想像つかねえもん。
愛している故に、殺せないみたいな?
だったら書くなって奴もいそうだが、書きたくなる時もあるさ。
まさに愛故にってね。
デ○ルムッド救済小説なんて、意外と多いだろ?
――――ああ、そういえばリリカ○な○はなんかはまた違うな。
あっちは、なんというか蹂躙ものが多い気がするな。
なんというかさ、『僕の考えたかっこいいオリ主人公』がどうしようもなくのさばってるみたいな。
神様転生で最強の力で暴れまわって、無理やり救済的なのが多いな。
は○ての家に転がりこんで、唾つけたり。
よくわからんが、いつの間にか皆に惚れられたり。
でも主人公は気づいてなくて、不沈要塞の如くみたいな。
・・・性質が悪いのは、この二つは特に数が多いことかな。
他のに比べても、発表されている数が特におおい。
もう、どうなってるんだって突っ込みたくなるくらいの量。
何千人って人が書いている。
だから、レベルの高い作品も多い。
単純に文章力だけでいうならば、一流作家並の人もごろごろ転がっている業界。
まさに、魔窟。
・・・でもな、これらってあくまでSSなのよ。
言い方は悪いけど、二番煎じなのよね。
所詮出涸らしだと、皆さん割り切っているんだろうけどさ、書いている人は。
分かってるさ。
焼き直しでも構わない。それでも書きたい。
そういう人がSSを書くんだってことは。
――――けど、それは読み手にとってはどうでもいいわけで。
面白ければいい。
結局、それだけなんだよな。
で、その面白さってのも限度があるんだよ。
いくら素晴らしい筆力があっても、構想力があっても、心情描写が優れていても、皆わかりきっているわけよ、大体の話しの流れは。
無限の再構成なんていってもさ、人間はすぐに飽きてしまう。
いくら美味しいからと言っても、毎日いくらを食べたいと思うかって話しと一緒なんだよ。
質が高くても、あまりに量が多すぎて終いにはうんざりしてしまう。
まさに飽和状態。
そんなことが、言えると思う。
この現象は、SS作品だけでなく、オリジナルとされるものでも言えると思う。
いや、むしろオリジナルだからこそか?
一つのジャンル全体が、巨大な再構成の輪になっていると思うんだよ。
ファンタジーとか、ファンタジーとか、ファンタジーとか。
ロー○ス島戦記に始まった一大ジャンルですよ。
もはや飽和していると言っても過言ではないものですよ。
・・・あ――ちょいと違うか。
厳密には、ファンタジーを利用した一大オナニ○作品か。
自分を投影した作品は好き放題やりたいから、取り敢えずファンタジーなんだよな。
ほら、現実世界を舞台にしたら、設定が大変だろ?戸籍の問題とか、どういった経緯をもっているのかとかさ。
現実世界に神様転生でヒャッハーなんてしたら、絶対にまずいことになるわけよ。
主に作者様の脳みそがゲシュタルト崩壊して。
でもファンタジーなら、俺の世界はファンタジーって感じで全て解決だもんな。
実際に神様がいるんです。
だから俺は、選ばれた存在なんですって完全に合法化できちまう。
ある意味、奇跡みたいなもんだけど、それを量産しちまうのがもはやファンタジーじゃねえか?
奇跡の大量生産なんて、もう目も当てられない事態だろ。
そう思っていたら、ドタドタと階段を駆け上がる足音。
「お~い!兄貴!」
バタンとドアを押しのけるようにして、突如姿を現す我が弟。
「やべえんだよ!マジやばいんだって!!」
・・・ああ、頭痛がする。
嫌な予感しかしない。
「・・・何が?」
やべえと連呼されても、俺にはさっぱりだ。
こちとら超能力者じゃないんだから。
「いやさ、あれから色々考えて、違うの書いてみたんだよ!やっぱファンタジーだからいけないんだと思ってさ!思い切って現代ものを書いてみた!!」
「・・・うん、それで」
背中に悪寒。
ああ、もう聞きたくないや。
弟は心底焦ったように言う。
「これはいい感じだと思ったから投稿したら、罵倒しかねえ!!」
弟よ、兄の話しは聞けとあれほど言ったのに・・・