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第一話

――――ん?


あれ、どこだここ。


「おお、済まないのお少年、うっかり事故で死なせてしもうた」


「ファッツ!?」


「お詫びとしてはなんじゃが、儂がお前を異世界へと転生させてやろう」


「マジで!特典とかあんの!?」


「おお、察しがいいのお。好きなものをくれてやるわい」


「やった!じゃあ俺、無限の財宝が欲しい!」


「おお、よかろうて、ほれ」


「やった!サンキュー神様!!」



突然、黒い穴が現れる。


「うむ、頑張れよ少年」


「おおよ!じゃあな神様!」


異世界トリップで、ウハウハになってやるぜ!!!!!








――――これが、我が弟の書いている物である。



「・・・むふ、ぐふふ」


リビングに置かれた一台のパソコン。

そこに弟が座り、笑みを浮かべていた。

カチカチと、キーボードを叩く音がする。

弟が文字を打つのは珍しいので、後ろから近寄ってみた。


「・・・なあ、翔太」


俺がそう言うと、弟――翔太は吃驚したように顔を振り向き、俺を見据えた。


「!?って、何だ兄貴かよ。黙って傍によるなって、前も言ったじゃん!」


「いや、珍しくキーボードなんて使ってるから、何してるのかなってさ」


「ん、ああ・・・なあ、見てくれよこれ!!」


そういうと、翔太はパソコンに映し出された文章を誇らしげに俺にみせた。


「兄貴、小説って面白いな!俺も書いてみようと思うんだ!」


弟はドヤ顔を浮かべる。

スゲエだろ、俺?







――――はあ?











一流作家に俺はなる!










俺の名は、山田大樹。

どこにでもいる、三流大の学生だ。

面倒な受験が終わり、漸く念願の大学生となった。

だったらさっさと家から出てやろうと思ったが、階段で足を滑らせ骨折。そのためしばらくは実家から大学へと通う、ごく普通の男だ。

幸い大学は実家から通える距離のため、助かった。

成績は並、運動神経は下。ルックスは並。

高校の時は勢いで付き合った子が一人いた。

友達も程々で、特にいじめに関わったこともなし。

親からも教師からも心配されない、無難な人生を送っていた。





――――そんなおれだが、最近悩みがある。


弟のことだ。


現在高校二年の俺の弟――山田翔太は、ガチガチの体育会系。

中学から今まで空手をやっており、その瞬発力と動きのキレは、身内贔屓を抜きにしてもすごいと思う。

半年前から筋トレも精力的に始めたので、全身にみっしりと筋肉がつき、逞しさが前にでる。

鍛えられているためか、その眼光には力が篭り、厳しい部活に所属している者特有の目力がある。

そのため、容姿端麗というわけではないが、精悍という印象が強い。


だからか、女子にはそこそこ人気があるようだ。


そんな弟だが、最近困っていることがある。


それは――――



「異世界トリップチート勇者だぜ!」


「すごい・・・一体何物なの、あの人」


「勇者様・・・素敵です」


「俺に任せろよ、全て上手くいく」


「ああ、勇者さま・・・」




中二病を発症したことだ。

しかも、極めてまずい方向に。




上記の文章だが、あれは決してダイジェストにしたわけじゃない。弟が夢中になって書き込んだもの、そのままだ。

これを初めて見た瞬間の衝撃は、忘れられようもない。


心底楽しげに、弟は文字を打っていた。

慣れていないであろう、たどたどしいタッチで。

それ自体はいいことだ。

ああ、文字を打つということは手が文字を覚えるということでもある。

小説という形態を用いることで、自発的な言語の習得に励むというならば、それは実に望ましいことだ。

うん、そうだな。そう考えれば実に有意義な――



「くらえ!サンシャインマグナム!」


「ぐあああ!おのれ、勇者めえ」


「きゃあ、勇者様、素敵です」


転がったまおうを、俺は突き刺す。


「ふん、正義は勝つんだ魔王!」


「きゃあ、流石です勇者さま!」




有意義な――――




「おお、魔王を倒すとは素晴らしい、勇者を、わが娘を嫁に迎えてはくれぬか?」


「あああ、当然だぜ。マリーはとっくに俺のもんだ。その身も、心もな」


「きゃっ、言わないで勇者様!」



有意義な――――




「ふはは、魔王なぞ、所詮わしの下僕。この地上を制するのは、心の覇者、大魔王ぞ」


「怖いは勇者さま」


「任せろ!世界は俺が守る!」


「おお、流石ゆyしゃよ」










 ――――なわけがあるか。




会話しかねえぞ。

しかも話しが意味分からん。

きゃあきゃあ言ってる女はなんなんだ気持ち悪い。

誤字脱字多すぎだろおい。

『は』と『わ』の違いぐらいつけろよ。

ちゃんと文字打ち込めよ。変換できてなくて、意味不明な文章になってるぞ。

てか、描写なさすぎだろ。台本みたいになってるぞ。


それから、全く話しが見えん。

何故いきなり魔王と勇者が戦っている?



「――――よし!後はこれを送ればおっけー!」



――――へ?




「なあ・・・翔太」


「ん?なんだ兄貴」



恐る恐る、俺は聞き間違いだと信じながら問いただす。


「それ・・・どうするって?」


そう言うと、弟は目を輝かせてこう言った。


「ああ、投稿するんだよ。ネットにさ」




――――。





「・・・かお前は」



「え?」



「馬鹿かお前は!!」




――――うん。きっと怒鳴ったとしても許されると思う。

いや、許されて然るべきだ。












「じゃあ、どうしろってんだよ兄貴」



憮然とした様子で、弟は俺に問う。

そんな、心底意味がわかりませんというように聞かないで欲しい。



「取り敢えず・・・なんで投稿しようと思ったの?」


まずそこからだ。

俺からすれば、体育会系まっしぐらな翔太が何故そんなことをする気になったのかが気になる。


弟は、若干はにかんだように笑みを浮かべる。


「いやさ、最近友人とネット小説が面白いって話しをしてね」




なんでも、弟の友人から、ネットに投稿されている小説の話しをされたんだとか。

それで弟もたまにはと思い、ネット小説を調べたらしい。



「そしたら、そこにあるのが面白くてさ!いや本当に面白えの!俺読書は嫌いだったけど、何時間も一気に読んじまったよ!」


弟はそれ以来、ネット小説にのめり込むようになったのだとか。

あんまり読むのが面白くて、遂には自分でも書いてみようと思ったと。



「・・・成程」


話しは分かった。

実に、実に思春期特有のものだ。

創作の中で設定を作り、こっそりノートに書く。

夢の中で最強の自分を作り、やりたい放題する。


小説を書くとは、そういったものと同じ部類であることは否めない。


だけど、だ。


「書いて、投稿するつもりだったのか?」


「ああ」


俺の問いに、弟は頷く。

何の躊躇いもなく。清々しさすら感じる程に。



「ちなみに、文字数は?」


「え?」


「だから、文字数。何文字くらい打ってから投稿するつもりだったの?」


ああ~、と間の抜けるような声を弟は発した。


「特に考えてないや。取り敢えず、キリのいい所まで書いたら出そうと思ってた。てか、そんなのいちいち考えてらんないじゃん」


何言ってんの?と弟は呆れたように俺を見据える。


・・・呆れるのはこちらの方だと言いたい。


「いや、ワードの左下に何文字打ち込んでるか出てるでしょ。見てみてよ」


俺が言うと、弟は吃驚した様子で俺を見据えた。


「げっ、マジじゃん。兄貴あったまいい~!」


「・・・で、何文字打ったの?」


「えっと~。あ、536文字だわ」






・・・頭が痛い。





ワードの最低限の機能くらいは把握しておいてくれよ。



「最低でも、二千字はないとどこのサイトでも相手にしてくれないよ・・・ちなみに、どこに出そうと思ってたの?それとも自分でサイトを作ってそこに掲載するつもりだった?」


「二千字!?そんなに文字書かないといけないのかよ!?国語の寺沢が出す糞長いレポートと同じくらいじゃん?てかマジ?」


「・・・ああ。まあそうだね。で、サイトは?」



「ん?ああ。○ルカディアってとこ。なんか、かなりレベルが高いし、投稿したの気づいてもらいやすいらしいじゃん?」



・・・最悪だ。


目眩を感じながら、俺は言葉を絞り出す。



「・・・あのな。そこは確かに気づいて貰いやすい所だよ。投稿数も他のサイトより少なめだし、新しいのが見えやすい様になってる。けどな――」


一拍あけて、俺は言う。


「その理由、考えてみろよ」


俺は続ける。

何故レベルが高いサイトなのに、投稿数が少ないのか。

他のサイトに流れる人が多いのか。

それには理由があるだろう?


「いや~わかんねえ!兄貴教えて!」


あっけらかんと、考える素振りも見せず弟は言う。

その様はあまりにも自然で、全く、実に邪気がない。


・・・ったく。



「いいか。何故レベルが高いと言われているのに人が少ないのか。いくつか理由があるが、俺が思うに一番の理由は閲覧者の質だな。」


「質?」


「ああ、あそこは良くも悪くも作家に厳しいんだよ。可笑しいと思ったら容赦なく突っ込まれ、叩かれる。しかも他のサイトとは違い、あそこは感想を遮断できないんだ。だから、序盤で叩かれた人達は凹み、二度と返ってこなくなる。人気があってもアンチが多すぎて消えた作品もあるし・・・だから、敬遠する人が多いんだよ。」


「へぇえ!詳しいな兄貴。」


「・・・別に大したことないよ」


うん。全く、実に大したことはない。



すげえ、と弟は俺を見つめる。

そして、言った。



「兄貴、本当何でも詳しいよな!小説書いているかのように言えるんだから」



その目に邪気はなく、力強さがありながら澄んでいる。

心の底から思っていることは明白であり――――



俺は、頭痛を感じた。




「・・・ああ、はいはい。それよりもさ、お前今度の中間テスト――」


「っ!それ言うなって!俺はスポーツで大学行ってやる。関係ないっての!」



勉強の話しをしだすと、弟は突如焦り出す。

誰の目にも明らかな狼狽ぶりだ。


正直で素直。

それが、俺の弟だ。







――――それからしばらく雑談をし、俺は二階の自室へと上がった。


ため息をつき、ベッドに飛び込むように横たわる。


全く、驚いた。

あんなことを言うなんて。


徹底して秘匿しているから、絶対に誰にもバレてないはず。

だからなおさら、俺は弟の言葉に驚愕してしまった。


そう。

こんなこと、決して言えるわけがない。





――――ネット小説を書いている、しかも○ルカディアになんて。



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