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第八十七話 感染⑧

 


 りゅうと呼ばれる少年――

 半次郎と呼ばれる男性――


 二人には相反する点があった。


 自ら相手に突進し豪剣を振るう少年。

 相手が近づく瞬間斬り割く男性。


 静と動。

 柔と剛。

 幼と成。

 そして、仮想と現実の剣。

 あまりにも真逆な二人。

 ただ、共通点もあった。

 それは相手に全く触れさせることなく斬り割く剣技。

 圧倒的実力。

 己を中心に剣の結界を持ち、その領域に触れる敵を容赦なく斬る。

 曰く――強いことだった。


 数分後には数十匹はいた兜は全滅していた。


「あ、ありがとうございます」

 兜に取り囲まれていた(ナン)のプレイヤーたちはりゅうと半次郎にお礼を云う。

 そして、りゅうに問いかける。

「君のその刀、【九蓮宝燈(チューレンポトウ)】だよね?」

「あぁ、そうだよ」

「やっぱり、君が噂の少年剣士か! 初めて見たけどやっぱり強い、強すぎるよ!」

 りゅうはキョトンとしながら「ありがと!」とだけ云う。表情はテレたり自慢げになったりなどせず、あまり変えることもないまま。

 それより、みんなが無事だったことの方が嬉しかった。己が役に立てたほうが正直嬉しかった。

 そして、一緒に闘った初老の男性と仲良くできるかな? などと考えていた。

 だが、りゅうと考えとは真逆なことを、半次郎は口にする。


「噂には聞いていた。まだ少年ながら、伝説と謳われた名刀を持つ最強の剣客がいると――真の武士(もののふ)と闘いたい。真剣勝負――してくれぬか?」

 高速で走り続ける長い貨物列車。その車上に降り立ったりゅう、壱、式の中で、同じ西(シャー)であり、剣士のりゅうに決闘を申し込んできたのだ。 

 この申し出をりゅうはさらっと断る。

「闘う意味はないよ」

「意味ならあるさ。オイラはワクチンを持っているのだから。欲しいだろ」

「それなら、もっと意味はないよ」

「なに?」

「奪い取ることはしない。他のを探す」

 後ろへ振り返るりゅうに対し、突然膝をつく半次郎。

「すまん! 嘘をついた。ワクチンなど持っておらん。どうしてもお主と闘いための方便だったのだ! 許してくれ」

「どうして、ぼくとそんなに闘いたいんだ?」

 りゅうは再び半次郎の方へ振り向く。

「オイラは現実世界で、とある剣術道場の看板を背負って生きてきた。この世界に来たのはある『目的』を果たすため。そして個人的な理由にもかかわらず弟子たちが笑顔で教えてくれた初めての遊戯だ。そして、仲間は――その弟子たち。弟子たちに報いるためにも、武人として『最強』に挑みたいのだ。この世界での最期の相手として」

「最期……?」

「仲間は、すでに手遅れなのだ。既に2人は消滅し、4人は床に伏せている。もう、永くはないだろう……

「…………」無言で半次郎の話を聞き続けるりゅう。

「所詮――刀というものは人を切る包丁でしかない。包丁を遣うのは握る者次第。刀に主を決める権利などない。だが、【九蓮宝燈チューレンポトウ】だけは違う。主を選び、決める力を持っているときいた。そして――君を主として認めている。

 一介の剣客として、刃を交えることすら遠き夢が目の前に転がっている。その刃は千の言葉にも勝る。語り合わせてくれ。最期に……夢を叶えさせてくれ」

 そして、頭を、額を床に叩きつけた。


「――後生の頼みだ」




「わかった。勝負しよう! 壱殿も式さんも、絶対に手を出さないでくれよな」

 りゅうの台詞に式さんが逆上気味に怒りだす。

「ふざけるな! ガキンチョにそんな危ないことをさせられるか! いいか、お前はまだ子どもだ! それを黙って見てろっていうのか!!」

 すかさず壱殿も身を乗り出す。

「式の云う通りだ。もし貴様に何かあればボンズになんと詫びればいい! 絶対に認め…………なんだ、その目はチビッ子」


「男が――『後生の頼み』と土下座をまでしている。二人とも……無視できるのか??」


「ぐ……」

「そんな真っすぐな目をして、そんな台詞を吐かれてはもう何も云えん。好きにしろ」

「……ごめんね。ありがとう。もう一度云うけど絶対に手を出さないでくれよ」

「あ、あぁ……わかった」

「――心得た」


 立会人はこのワシ、壱と――

 式が務める。


 りゅうは鞘から刀身をさらけ出す。

 半次郎は、九本の刀を列車の天井――足場に突き刺す。そのまま居合抜きの構えをとった。


 空気が張り詰める。居合の達人が持つ独特の雰囲気が流れ始めた。

 だが、りゅうは臆すことはない。


「現実世界の達人と、仮想世界の達人との対決か――見物だといえば不謹慎だろうが、眼は離せぬな」

 壱殿は煙草に火を付けながら独り言をポツリと漏らした。


 列車が揺れ続ける。

 汽笛が鳴り響く。

 だが、二人は相手を見定めたま動こうとしない。


 式さんはなにもしていないはずなのに汗が止まらない。

 二人から伝わる緊張感で、思わず逃げ出したくなるほどだった。

「息苦しい……こっちが先に参ってしまいそうだぜ」


 いつしか

 雨が――降りだした。



 壱殿のタバコも濡れ、火が消えるも態勢を変えない

 対峙する二人から視線を逸らそうとしない。

 半次郎も、りゅうも、相手を見据えたまま微動だにしなかった


 いや、動きはあった。

 2人とも、口元だけみると笑っている様にも見えた。

 これは、武芸者の業というものなのだろう。

 目の前に、強者がいる。

 半端者ではない。本物の強敵が。

 本物と対峙してしまったことで、闘いにのみ没頭していく。

 闘いの高揚感が抑えきれない。

 歓喜に浸ってしまったのだ。



 何分経っただろう。

 5分、10分……それ以上かもしれない。


 それでも、りゅうと半次郎は全く動かない。

 刃を相手に向けようとしない。


 この時、双方の見届け役に徹していた式さんが、雨なのか、それとも己の身体から湧き出た汗なのかもわからない水滴を服の裾で拭っていた。

 何も声をかけることはできない。

 だが、何かをしていないと、何かわからないものに押しつぶされそうな錯覚をしていた。

 身体にまとわりつく水滴でさえ、重みのある異物と錯覚してしまう。

 相対する二人から湧き出る極度の緊張感が、式さんの平常を削いでいた。


 もう一人の見届け役、壱殿は相変わらず雨で濡れ火が消えているタバコを咥えたまま微動だにしない。

 それは式さんと同じでもなければ、りゅうと半次郎のような敵を目の前に没頭しているためでもない。

 彼は自身の経験から、一つの結論を出していた。

 あまりにも想像できない結論――声にすら出さず、脳内でのみ結論付けたこと。


 初めての体験は、どうのようなことであっても少なからず動揺なり何かしらの行動の矛盾が生じる。

 だが、りゅうは半次郎という現世界の人斬りの殺気を一身に受けながらも、臆することもなければ闇雲に刀を振りまわすことすらしない。

 ましてや、この状況で「相手の出方と、強さを見定める行為」など……出来る筈がない。


 曰く――この少年は現実における「死」を知っている。


 死線をくぐり抜けた……いや、そんな増長した自伝を騙る言葉では語れない。

 半次郎の様な殺し屋は、標的の命と引き換えに、常に己の死とも対峙していなければ務まらない。いつ己がどのような結果になろうとも全てを受け止める覚悟がなければできない究極のギャンブル――己の命をチップに、相手の命を景品にする。彼はそのプロフェッショナルだ。

 だが、今そのプロの眼前に立つのは無垢な少年。

 あれは、命のやり取りを知らない無邪気な表情ではない。

 かといって、殺し屋と相対したことのある眼でもない。


 己の命を投げ捨てられる者しかできない眼だ。


 だが……年端いかない少年が、こんな眼をすることができるのだろうか。

 その葛藤で、壱の脳内は論争を繰り広げていた


 しかし、この闘いから眼を離すことだけはしない。

 現実の達人対仮想世界の達人。

 どんなに長く人生を過ごしていても、弐度とこの名勝負に立ち会うことなどできないのだから。


 そして。



 突如――機、舞い降りる。



 合図などない。

 前触れなどない。

 にもかかわらず、二人は寸分の(たが)いもなく、同時に、そして静かに歩み寄った。



 りゅうは刀を肩に抱えあげながら歩き、半次郎は握りの構えをとったままさらに前傾姿勢をとった。




 半次郎は心の中で呟いた。


「もうこの世界には……未練なし。未練は一つだけ」

 走馬灯のように、現実世界での出来事が流れた。

 息子夫婦は交通事故で他界。

 残された孫娘が、宝物となった。

 だが、孫娘が何者かの運転する車に轢き逃げにあい、一命は取り留めたものの、もう何年も意識が戻らない。

 だが、自発呼吸はある。脳波も、心拍数他の数値も正常だ。

 ただ、ずっと眠ったままだった。

 事故の目撃者は多数いた。だが、裁判の時には誰一人として目撃証人にはなってくれなかった。

 なぜなら、孫娘はとある官僚の息子が飲酒運転による暴走した車に轢かれ、そのまま逃げられたからだった。

 金、そして政治的圧力の前では……無力だった。

 ――入院費には金が必要。

 だが、知名度など皆無の秘剣を伝承する流派の道場に、金などあるわけがない。

 そして、手を出したのは暗殺稼業だった。悪徳政治家専門の……だが、殺し屋に変わりはない。

 それでも、弟子たちは見捨てようとはしなかった。

 それどころか、一緒に修羅道に堕ちてくれた。

 犯人はSNSとやらにこの事故のことを書いていた。

「ついていなかったぜ、ガキが飛び込んできやがった。可哀そうな俺」――と。

 弟子たちが怒り、この者のある程度の情報を掴んでくれた。

 それは奇しくも、孫娘も遊んでいたパソコンのゲーム。DIRECTION・POTENTIAL=ディレクション・ポテンシャル>の廃人だったこと。


 弟子たちから、お嬢の意識が戻ったら一緒に遊んであげましょうと<DIRECTION・POTENTIAL=ディレクション・ポテンシャル>を半次郎にやらせる。

 そして、犯人を探し当てると。

「こんな浮ついた遊びなどできんよ」

「駄目ですよ師匠。お嬢さんは必ず意識を取り戻すのですから、今度こそ一緒に遊んであげないと」

「そ、そうか」

「えぇ。我々はお嬢さんがまた元気になると信じている。だから、師匠も諦めないでください」

「そうですよ。お嬢が好きだったパソコンゲームを師匠もできると知れば、絶対に喜びますから!」


 その日から、戸惑いながらも操作を覚える。

 そしてあの日――現実世界からこの仮想世界へと迷い込んでしまった。


 我々の流派は秘伝のもの。その継承者である我々以外知る者は少ない。

 表に出ることのない剣術。


 だが、裏舞台に出ることを誓った。

 孫娘の敵……ではない。

 依頼を受ければ悪徳官僚を斬る只の殺し屋に成り下がった。

 息子達夫婦が残した唯一の宝。

 それすらも簡単に奪われた半次郎にとって、暗殺こそが自我を留めることのできる手段だったのだ。

 そして、意識が戻らない孫娘が、いつか意識を取り戻し「おじいちゃん」と云ってくれることを夢見て。


 だが――



「もう、私も長くはないだろう。この世界でオイラは愛すべき弟子たちと朽ち果てる。雨に濡れるのも、これで最後だ。これまで幾度と血の雨で濡れてきたが、これでようやく終われる。涙で濡れることも。だが、その前に弟子たちに手土産くらい持っていかんとな――『最強』くらいは、持っていかせてもらわんとな!!」


 【――最期に華……咲かせるぜ。 奥義! (ここの)つの太刀・嶺上開花(リンシャンカイホウ)!!】




 ――おじいちゃん。




「空耳――か」


 りゅうと半次郎。

 二人は――何事もなかったかの如く、すれ違い合った。






今回は少し長くかけた……かな?

これからもよければ読んでください。

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