第八十三話 感染④
五門斉へと向かったラテっち、パチ、優作の女性チーム一向は、目の前にあまりにも高くそびえる塔と向かい合っていた。その高さは雲をも突き抜けているほどだ。
「ありきたりでちゅ! おやくそくでちゅね! プンだ」
ラテっち、ちょっとむくれる。
「げーむにありがち」だと幼児に云われてますよ。ゲーム制作者さん方。
塔の中に入ると、薄暗い中、壁伝いに螺旋状の階段が頂上まで続く。
見上げる首が疲れるほどの高さだ。
「これからどうしましょうか。今のところプレイヤーも魔物の姿も見えませんが……」
優作の云う通り、塔の最下層には誰もおらず、静けさすら漂っていた。
「とりあえず最上階まで歩くしかないかしら……すっごくしんどそうだけど」
「ですがパチさん。最上階まで行っても治療薬があるとは限らないのではないのですか?」
「優作の話も尤もね、それじゃ、どうする?」
「そうですね……」
悩む二人。と、ここでラテっちからも提案があがる。
「てっぺんまでとんでいってね、あるいておりたらどうでちゅか?」
「それはいい案ですね。そうしましょう!」
「……飛ぶ?」
不思議そうに首をかしげる優作。
「しょれでは! あれでもないこれでもない、あれでもないこれでもない……あった~!【ぷかぷかたたみ~しかもにじょう】」
小さなカバンから二枚分の畳を出すラテっち。
しかもプカプカ浮いている畳に何の気にもしないでラテっちとパチが乗る姿に優作は戸惑いを隠せなかった。
「……え、なんで、なんで??」
「何しているの優作、早く乗って」
「いくでちゅよ!」
優作は初めてタタミに乗る。
「すごい……タタミが飛んでいる」
「それではいきまちゅよ~。れっつごーでちゅ!!」
勢いよく飛び立つタタミ。慣れない優作はおっかなびっくりしながらパチにつかまっていた。――そしてあっという間に最上階までたどり着いた。
最上階はドーナッツ状になっており、三人で空中からプレイヤーであふれ返っている光景を目撃した。
魔物の姿は見当たらない。どうやらこのダンジョンは「探索」がメインのようだ。
「これは、もしあったとしても争奪戦になりかねません」
「ボンズがいたら卒倒するわね」
「おりまちゅか」
歩きながら階段を下る。
下を覗く込むと、塔の入り口が見えない。一階が金貨の面積の様に小さかった。
「うわ~、ここから落ちたら終わりね」
「それに、階段と壁しかありません。どこに治療薬があるのやら……ラテっち、なんかないの?」
パチの問いにいつも以上にやる気を見せるラテっち。
「ぼんずのいちだいじでちゅからね! がんばるでちゅ! いいぇい!!」
……ナレーションにまで突っ込まなくていいよラテっち。
「そうでちゅね。「あれでもないこれでもない、あれでもないこれでもない……あった~! 【おなやみまねきねこ~】。ねこさんになやみをそうだんしまちょう」
「招き猫」とはいうものの、よく店頭で見かける丸い招き猫とは違い、首に白い襟巻を付けたチンチラのような長毛種で短足の子猫だった。
「かわいい~!」
その姿に思わず喜ぶ優作。
「そうか。この猫にワクチンを見つけてもらうのね。アイテムを見つけるためにアイテムに探してもらう。いいじゃない! それじゃ、早速教えてくれる?」
「だめなんです……吾輩なんて。どうしよう……どうしよう」
アイテムが喋り出したかと思えば、出てきた途端に頭を抱え始めた。
「アンタが悩んでどうすんの! アイテムが喋るなんて非常識な存在な上に、悩みを解決してくれるんじゃなくて、この猫がすでに悩んでいるじゃない!!」
「そうですよ……どうせ、吾輩なんて……あぁ、もうやだ……」
「めっちゃネガティブなんだけど。ボンズが二人いるみたい。まぁいいわ。私たち、探し物をしているんだけど、ウイルス感染の治療薬のある場所を知らない?」
「知らない……知らないよ……知らなくて、生きててごめんよ……」
「ラテっち! 使えないアイテム出すんじゃない!」
「知ってても、君には教えない……すいません。心のきれいなそちらのお嬢さんになら教えてもいいかも……」
プチン――
何かが切れる音を、優作は聞き逃さなかった。
「アイテムの分際でふざけたことを……ここから叩き落とすわよ」
「やれるもんでも、やらないで……」
パチは猫の襟巻を掴み、階段の横ギリギリに立つ。
地面が遠くなったところで、猫を宙ブラリにする。
「ここから落下したら、もう二度と悩まなくて済むわね」
「さっき……やらないでって念を押したのに……」
「さぁ、教えるの? 落ちるの? どっち?」
「…………」
悩んでいる猫を、パチは容赦なく手放した。
「んにゃああああああああ!!」