第八十話 感染①
突如――GM から全プレイヤーに向けて音声チャットが送られた。
すなわち、コロシアムのクエストが終わり、新たなる生き残りクエストが始まる合図でもあった。
音声チャットが始まる前に、文字チャットで一行だけ書いてある。今回のクエストの名前だろう。
・ウイルス感染クエスト
「このたび、209組――1463名のプレイヤーが生き残りました。しかし、今回のクエストは既に始まっています。コロシアムにはすでに感染率・致死率ともに100%のウイルスが蔓延していました。今現存しているプレイヤー全員がポジティブです。
つまり、<DIRECTION・POTENTIAL=ディレクション・ポテンシャル>に居る全てのプレイヤーがウイルスに感染し、放っておくと強制ログアウトされます。もちろん蘇生呪文受け付けません。
もう一つ――
皆さん全員に、腹部に掌の紋章が線で浮かびあがっているはずです。
指が一本浮き出れば、症状が現れます。
そして指が一本増えるごとに症状が悪化します。
症状は頭痛、発熱、関節痛、倦怠感と、インフルエンザによく似た症状ですが、四本揃ったときの苦しみは比ではありません。
五本揃うと――つまり紋章が完成すると【アウトオーバー】です
対処法は一つです。
五門斉――五つの分かれた異空間に行き、それぞれ隠してあるワクチン入りの注射を刺し体内に注入すれば助かります。
しかし、注射器は使い回すと、また感染しますので注意してください。
ギルドメンバー分集める必要があります。
ちなみに、潜伏期間は個人差があり、発症するのも同様です。
致死率は100%と云いましたけど、発症から死に至るまでの期間も個人差はあります。1週間前後とみてもらいます。どんなに長くても、潜伏期間と発症してから死に至るまで十日間ほどでしょう。
それと、五門斉に行くにはコロシアム内に転送装置――『ワープホール』を今回のみ復活させましたのでご利用ください。
それではご健闘のほどを――」
ボンズは急いで服を脱ぎ、身体に……胸のあたりに何やら模様が浮かび上がっているのを確認した。
「確かに掌だ……」
「ホントだ! どれどれ……」
りゅうとラテっちもおなかを出すと、ボンズと同様の模様が浮かんでいた。
その時――
「隙あり!」
パチがりゅうとラテっちのおなかをタプタプする。
「うん! 顔同様におなかもプニプニね」
「ポンポンさわられた。えっちー」
りゅうはおなかをスパン、スパーンと叩く。ほめてないのに……
「まぁ、ウイルスが発生してみんな感染したわけね。云いたいことはわかったわ」
「パチはあくまで冷静に考えているみたいだけど、結構怖いぞこれ」
「あらボンズ。怖いなら話をして紛らわしてあげましょうか?」
「話?」
「えぇ。手術室で、全身麻酔打った後に、効き目が出るまで看護師とお話しましょうっていうことあるのよ」
「へぇー」
「その時、ナンパしてくる患者さんもいるわけよ」
「マジで!?」
「その後には導尿される運命なのにね。ププ」
「導尿?」
「ようするに、排泄をする為に尿管に直接管を入れるのよ」
「……笑えねーよ」
すでに、プレイヤー全員がポジティブ――つまり、ウイルスに感染している状態。
しかし、悠長なことを云っている場合ではなかった。
すぐさま、最初にボンズが発症したのである。
「なんか……具合悪い……あれ……」
「ヤバいな……俺、発症したみたいだ……立っていられない」
その場に倒れ込むボンズ。
「ボンズ! 大丈夫か?」
「ぼんずー。しっかりしてー」
りゅうとラテっちが心配して、ボンズの傍から離れない。
「だらしないわねー。まったく、情けないんだから」
「この軟弱者が!」
パチと壱殿はそうでもない。軽く叱られてしまった。
「意識がもうろうとして……こんな状態になんて現実でもなったことはなかったな……」
「それはボンズが家から出なかった菌にもウイルスにも接触する機会がなかっただけでしょ。あ、換気のしない部屋に閉じこもりきりなら、雑菌にまみれていたか」
「パチ……ボンズも一応は病人なんだからさ、何気に酷い事を二段構えで云わなくてもいいんじゃね?」
「式さん、意外と優しいんだな」
「お前さ……この台詞で『優しい』と出る時点で感覚がマヒしているぞ」
「あの……」
優作が云いにくそうに手を上げる。ギルド名を決める時もそうだが、彼女は己から発言をするのはあまり得意でないようだ。
「皆さんにお聞きたいんですけど、ボンズさんが倒れてしまったら誰が食事の支度をするのですか? 恥ずかしながら、自分は料理を得意としませんけど……どなたか料理のできる方はいるのですか?」
優作の発言により、一同、固まる。
「ボンズ! 気を強く持て! 安心しろ、必ずよくなるからな!!」
壱殿が傍へと駆け寄る。
パチが手首を握る。
「脈拍が早いわね。体温も高いみたいだし、すぐ宿屋に連れて行って身体を休ませましょう。発熱による脳のダメージを軽減するために額を冷やし、他に脇などの関節部に氷嚢をあてがうだけでも少しは楽になるはずよ!」
「パチ、回復符術でどうにかならんのか?」
「無理よ。ダメージとは違うんだから」
「そうか、とりあえずここはパチに任せる。みんな、大急ぎでボンズを宿屋まで運ぶぞ!」
返事をせず、その様子を冷やかな視線で見守る式さん。
「お前らさ……変わり身が早過ぎだ。つまり、料理は作れないってことだな。まぁ、オレもだけど」
「そんな問題じゃないわよ!」
パチが吠え、壱殿も深く頷く。
「それじゃ、どうしたんだ急に?」
『宿屋の飯は不味いんだよ!』
「二人してハモるな! そして結局は飯の心配じゃないかよ!」
「式よ、貴様はまだ仲間になって日が浅い。だから、そのようなことが云えるのだ」
「……どうして?」
「よく聞け。すでにボンズの料理によって舌が肥えてしまった我々には、宿屋の料理など幼児の作る泥団子のようなものだ。今更あんなものは食えん」
「確かにボンズの料理は美味いけどさ、他にも心配してやれよ」
「式さんは甘いのよ。料理はボンズにとって唯一の取柄なのに……料理ができなくなったボンズなんて『動く生ゴミ』になっちゃうじゃない。可哀想だと思わないの?」
「うん。パチのおかげでボンズが凄く可哀想になったよ!」
宿屋にて――
「支配人を呼べ」
料理を注文する前にNPCを呼び出す壱殿。
「何でしょう」
「金はある。いいか、一番高くて一番美味い料理をもってくるんだ。わかったな!」
「は、はい」
「不味い!! 食えたものではないわ!!」
「作り直して!」
泣きそうなNPC。
「ぼんずのごはんがたべたいでちゅ……ぼんずといっちょがいいでちゅ」
「ボンズが早く治るためにも、薬を取りに行こうよ!」
「子どもの方がまともだ……二人とも、この環境で素直に育っているな」 式さんがしみじみと語る。続け様に優作も立ち上がり――
「りゅう君とラテっちちゃんの云う通りですね。すぐにでもいきましょう!」
と、ここで壱殿から提案があがった。
「ところで式、貴様の薬品でどうにかならんか?」
「薬品と薬とでは流石に違いがあり過ぎるだろ。それに、これは多分プレイヤーのスキルではどうにもならないんじゃないのか? GMからのクエストなんだし……」
「そうか、それでは向かうか! 五門斉とやらに!!」
『おおー!!』